日下 知章
西日本豪雨に見舞われた2018年夏。酷暑の第100回全国高等学校野球選手権記念大会は「金農旋風」に沸いた。
節目の100回目。秋田県の県立高校、しかも、全国で少なくなった農業高校。選手全員が地元の出身者。それだけでも、金足農高は十分に話題性があり、新鮮だった。
1回戦で鹿児島実、2回戦・大垣日大、3回戦・横浜、準々決勝・近江、準決勝・日大三と、いずれも私学の甲子園常連校を次々に撃破。決勝では、根尾、藤原、柿木ら超高校級選手を揃えた大阪桐蔭に大敗したものの、近江戦での逆転サヨナラ2ランスクイズや、体をのけぞらせて校歌を歌う姿がまるで青春映画のようで、ファンを魅了した。
立役者はエースの吉田輝星(こうせい)だった。1回戦から準決勝までの5試合を1人で完投。決勝は途中降板したが、6試合で計881球を投げ抜いた。1大会としては、第88回の早稲田実の「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹の948球に次ぐ記録だった。吉田は秋田県予選も全5試合を完投しており、甲子園6試合を合計した球数は実に1,517球にも上った。
胸のすく吉田の剛速球をテレビで見ながら、私は「どうか故障しませんように」と冷や冷やしながら、祈っていた。一高校野球ファンとして、悲劇の投手を思い出していたからだ。1991年夏、第73回甲子園大会でひじの故障を抱えながら、準優勝に至る6試合で773球を投げ抜いた沖縄水産・大野倫。彼は大会後、右ひじの疲労骨折と診断された。
トーナメント方式は負ければ敗退という一発勝負であるがゆえに、これまで数限りないドラマを生んできた。桜の散り際のように、敗れて甲子園を去っていく球児たちは切なく、美しい。
しかし、高校野球にドラマ性を求めすぎるあまり、連投が美談のように受け止められる風潮がある。そうした感動物語の陰で、どれだけのエースが酷使されてきたことか。「感動至上主義」は燃え尽き症候群を生むなど、大きな危険性をはらんでいる、と私は思う。
2018年のドラフト会議で、吉田は日本ハムの外れ1位で指名され、入団した。ちなみに、決勝の相手だった大阪桐蔭の藤原、根尾もドラフト1位で指名された。プロ入りしてからの吉田の成績はやや精彩を欠いている。2023年オフにオリックスへトレードされ、今年は中継ぎで活躍しているものの、9月3日現在で、プロ入り6年間で通算7勝(17ホールド)。タラレバの話だが、2018年夏の短期間に試合で1,517球も投げなければ、プロに入って、もっと大エースになったのではないか、と思う。
甲子園の優勝投手でもプロで大成した例は八木沢荘六や平松政次、桑田真澄、松坂大輔、田中将大らがいる。その逆に、甲子園未出場でも高卒でプロ入りし、不世出の投手になった例も多い。稲尾和久、江夏豊、北別府学、斎藤雅樹、山本昌、千賀滉大…。
高野連は、大野倫の疲労骨折を教訓に、投手の肩やひじの関節検査を導入し、その後、ベンチ入り選手数や大会期間中の休養日を増やした。米国の野球ファンは、まだ体ができていない高校生に連投を強いるのは非科学的ととらえ、特に、吉田輝星の881球は「クレイジー」と批判した。
高校サッカーでは、2011年から全国規模のリーグ戦として「高円宮杯U−18サッカープレミアリーグ」が開かれている。全国の上位24チームが東西2地区に分かれ、1年近い長期にわたり、ホーム・アンド・アウェー方式で戦う。Jリーグの各チームはユースチームを抱えており、多様な選択肢があるのは高校野球にはない魅力だ。野球の場合、プロアマの壁は大きく、プロのチームが高校生世代のユースといったアマの下部組織を持つことはできない。
少子化に伴い、2023年度から全国中学校体育大会(全中)に地域クラブの参加が可能になった。高校野球もそろそろ、学校単位のトーナメント方式を根本から見直す時期に来ている。例えば、クラブチームや連合チームも加え、過密日程とならないリーグ戦に切り替えるとか。エースの連投回避や沸騰化していく夏の酷暑対策を考えると、大きな転換期を迎えているのではないだろうか。(続く)