思っていること・考えていること

2013年12月10日

神戸ルミナリエ

先日、用事があって神戸に行った際に神戸ルミナリエを見てきました。

12月5日の初日でしたが、大変混み合うと言われている点灯の17時を外したので、30分待ちくらいで見ることができました。

土日はかなりの混雑とのことですが、平日は比較的待たずに見られそうです。

光によって、暖かさや、感動や、希望や、勇気や、安心や、親愛などを心に感じることができますので、光というのは、人間の心にとても影響力があるように思います。

神戸ルミナリエも、阪神淡路大震災後の人々の心に、感動や勇気を与えたと聞いています。

1995年の震災後の神戸の街は、いたるところに震災の爪痕が残っていて、当時会社員だった私は出張の際にそうした光景を目にしましたが、今では当然のことながらその痕はありません。

この世の中は、生きて、動いて、常に変化しているのだなということを感じました。


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bouzunikki at 10:16|Permalink

2009年09月08日

やりたいことをたった一言で表現する

最近、テレビやラジオなどの取材を受けていて感じることがあります。

それは何かというと、僕は物事を簡潔に伝えることが下手だということです。

このことは以前から自覚していました。

何かを説明するときに、やたらと説明が長くなってしまったりするわけです。

そして最近、テレビとかラジオとかの取材を受けているとそのことをイヤというほど感じてしまいます。

一般的に取材は長い時間行うものの、そのほとんどは編集されて、放送されるのは本当にわずかです。

なぜここをオープンしたのですか?

ここに来るとなにができるのですか、なにをしてもらえるのですか?

目指しているものはなんですか?

一番大切にしているものはなんですか?

など、質問に対して簡潔に答えなければほとんどカットされてしまいます。

自分が本当に伝えたいことをたった一言、ワンフレーズで答えられることって大切だと思います。

まずはワンフレーズで伝える。

そして、そのことに興味があれば相手がその先を質問してくれるから、詳細はその後に話せばいい。

そんな当たり前のことを実感しています。

僕が人生でやりたいことは「悩みや苦しみを抱えた人のそばにいたい」ということ。

カウンセリング、占い、バーテンダー。

共通しているのはいつでも人のそばにいて気軽に相談が出来る環境を整えているということでしょうか。

自分がやりたいことをたった一言で表現することができれば、人生ってブレないと思います。



bouzunikki at 23:59|Permalink

2009年08月20日

葬儀にて感じたこと

今日は知人のお寺の葬儀の助法に行ってきました。

ちなみに助法(じょうほう)というのは仏事のお手伝いという意味でして、今回の葬儀は僧侶二名でお願いされていたので導師の隣に座る脇僧として僕が出仕してきたということです。

葬儀にて弔辞の後、お孫さん達のお別れの言葉がありました。

二十代、三十代のお孫さん十数人が次々におじいちゃんの思い出話を短く語り、お別れの言葉を述べました。

一人ひとりの想いのこもった温かい言葉に会場が包まれました。

私は故人がどのような方なのか、どのように生きた方なのかということは分かりません。

でも、人に"与えること"の多かった方、人を"受け入れること"の多かった方なんだろうなと思いました。

100年後、私達はこの世にいません。

有形無形にかかわらず何を残せるか。

心が温かくなったり、笑顔になったり。

そういうものを沢山残せたらいいなと思いました。



bouzunikki at 23:59|Permalink

2009年08月11日

人生という舞台の幕が下りた後

昔読んだ本に、人生を舞台演劇に例えたものがありました。

みんな知らないうちに舞台の上に立たされているというお話しでして脚本もなければ舞台監督からの指示もありません。

ちなみに舞台監督は神様です。

知らないうちに舞台の上に立たされて、人々は戸惑いながらも自分なりに考え、同じ舞台の上に立つ人に相談したりしながら自分の役割を演じます。

善人の役を演じる人もいれば悪人の役を演じる人もいます。

そして、中には自分の役割を見つけることが出来なくて自ら舞台の袖(ソデ)にひっこんでしまう人もいます。

舞台の上では様々なことが起こります。

喜びや悲しみ、予期しないハプニングやアドリブなどもあります。

いつか舞台の幕が下りることはみんな分かっていますが、それがいつなのかは誰も知りません。

舞台の上で一人一人が一生懸命自分の持っている能力を最大限に活かして舞台を盛り上げます。

そして舞台の幕が下りた後

善人役を演じた人も、悪人役を演じた人も、みんなが涙を流しながら抱き合ってお互いを称賛し合うのです。

「みんなよくやった、よくがんばった」と声をかけながら涙を流して抱き合って喜びを分かち合うのです。

僕はこの話がなんとなく好きです。

一人一人がそれぞれの役割を担っているこの舞台は曼荼羅の世界でもあります。

曼荼羅にはいろいろな役割を持った沢山の仏様がいてバランスよく配置されています。

もしこの曼荼羅の仏様が一体でも消えてなくなったらこれほど美しい曼荼羅の世界はバランスを失います。

曼荼羅の仏様のように、存在しなくてもよい役割を持った人なんてこの世には一人もいません。

僕も自分の役割を果たし、いつか人生の舞台の幕が下りたときには、同じ舞台の上でがんばったみんなと一緒に涙を流して抱き合って喜びを分かち合いたいと思っています。



bouzunikki at 23:59|Permalink

2009年07月27日

時代劇からの学び

小学生のころテレビの時代劇をよく観ていました。

水戸黄門とか大岡越前とか江戸を斬るとか。

渋いですかね(^^)

で、時代劇にはお決まりのシーンっていうのがありますよね。

そのひとつが、病気のおとっつぁんとそのおとっつぁんを看病するけなげで優しい娘とのやり取り。

娘「おとっつぁん、おかゆが出来たわよ」

父「いつもすまないねぇ。お前には苦労ばかりかけてしまって」

娘「おとっつぁん、それは言わない約束でしょ」

ってやつですよ(^^)

ありますよね。

これって演出としては最高です。

なぜならその場の空気全体が重く暗いものになるからです。

でも、テレビの中だからいいですが実際の自分達の生活においては重く暗いものにはしたくないですよね。

それではどうしたらいいか。

ひとつの方法としてこんなのはどうでしょうか。

娘「おとっつぁん、おかゆが出来たわよ」

父「いつもすまないねぇ。おれはこんな身体だけど、娘のお前にこうして看病してもらって本当に幸せだよ。ありがとうなぁ」

娘「おとっつぁんにそんな風に言ってもらえると私も嬉しいわ」



最初のだと娘は「おとっつぁんに精神的な負担をかけてしまっている」「自分のやっていることがおとっつぁんの幸せにつながっているという実感を得られにくい」という苦しみを抱えます。

それに比べて二番目のだと娘は「大変なこともあるけど、自分のやっていることはおとっつぁんに幸せを感じてもらえてる」ということを実感できて嬉しい気分になれます。

もう少し言えば、最初のだと「がんばると相手に精神的な負担を与え、がんばらなければ相手に肉体的な負担を与える」という葛藤を抱えさせてしまうんです。



少々冗長になりましたが・・・結論

『どんな状況にあっても、感謝の言葉が救いになる』

です。



bouzunikki at 23:59|Permalink
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