名古屋市天白区 ジュエリー工房yamamoto

■ジュエリー工房yamamoto■ 名古屋市天白区のオーダージュエリーショップです。 マリッジリング、エンゲージリング、大切なジュエリーのお造り直しetc...。 お話をお聞きしながら、心を込めて私が制作いたします。 父親が1978年に開業。2005.11.27〜息子である私が継承し、日々を綴っています。 毎日更新中!

店主 山本の作り方

店主 山本の作り方(開業してから)4/4

自分がどうしてジュエリーの仕事を始めたか?
ルーツを文章にしてみます
最終章になります
続けてご覧いただいた方、ありがとうございました
それでは書きます

=開業してから=

お店を継承するにあったって
家族含め父は猛反対
まったく首を縦に振りませんでした
理由は商売として成り立ってなかった
息子が継ぐなんて反対します
当時の父は63歳ごろ、不調の体をかばいながら
十分にやりきりました

唯一理解してくれた母「やったら」の言葉は意外
そして有難かった

知人友人、修業先の師匠や業界系の仲間には
「お店を継ぐよ!」って宣言していたので
皆揃って「いよいよだね頑張って」応援してくれました

お店スタートは、2005年11月
振り返ると色々とありました


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【父と昔の店】
そんな父と一緒に過ごした時間
開業と同時に父と並んでジュエリー制作
喧嘩が絶えなかった
「作り方、考え方が違いすぎる」
今ではその経験が尊く幸せでした

2011年6月に他界しますが
その3ヶ月前まで、ヤスリを握ってました
=生涯ジュエリー職人でいたい=
と話していたことは、叶えてあげられたかと
(その辺りの話はコチラ

現在、製造方法は父のやり方を大切にしています
それを基礎に、今後はドンドン変えていきます


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【現店舗】
こんな感じの店構え
11年が経って12年目です

26歳ごろ、ある先輩に「大切にしているものは?」
私の答えは「友人や仲間」
(ちなみその先輩の答えは「自分の信念」、強いです)

学生時代の友人
本音で話せる仲間
この年末年始の大切な帰省時間に
何人もの顔と会えました

郵便局時代の友人
苦労を共にした戦友
仕事の基礎を教えてくれました

ジュエリー業界の先輩方々
技術的なアドバイスや気づきとか
本当にお世話になってます

異業種の経営者のメンバー
様々な挑戦する姿に刺激を貰ってます


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10周年パーティーの写真】
広告も無くブログとHPだけが
当店の存在アピールの場
それでも、毎年多くのご依頼主様が居てくれました
(友人達に応援いただき紹介も多数!ありがとうございます)
初めて作るデザインや依頼内容
毎日が新鮮で経験値が高まります

お仕事をいただいて
初めてジュエリー制作が成り立つ
このことには本当に感謝です
100%満足は出来ない「モノづくり」
昨日より今日、今日より明日 と
何でも向上心を持って取り組みます



開業してからの知ったこと、覚えたこと
本当にたくさんあります

「お店を初めてからの知識が10なら
準備の時は1しかないよ」
そんなフレーズを商売の先輩?本を見聞き?しました
まさしくそうだと思います

1、父の工法や二代目として父の思いを聞く
  大きく学ばせてもらいました
  どんな顔で天国から見てるのか?
  そっけなく、いいんじゃない...て言われそう

2、友人や仲間達、先輩の皆様
  「人は人からしか影響を受けない」そう思います
  やる気スイッチをカチッと入れて頑張ります

3、ご依頼主の皆様
  本当にありがとうございます
  手が一つしかないのでお待たせしていますが
  これからも心してジュエリー制作に励みます


第四話+番外編
「店主 山本の作り方」でした
記事を書くにあたって過去の写真を見たり
思い出が蘇ってきたりしますね

こうやって書くと「美談」になりがちですが
人生一回きり、楽しく生きたいと思いました

最後に、私を作った張本人「母」
私と同じように忙しく自由に飛び回ってます
性格や考え方は似ているかと...
いつまでも元気でいて欲しいものです

2017年も明日1月6日(土)から営業開始です
今年も宜しくお願いします



店主 山本の作り方 ここまでは...
第一話 学生時代
第二話 郵便局員時代
第三話 ジュエリー修行
番外編 好きなモノ









店主 山本の作り方(好きなモノ)番外編

自分がどうしてジュエリーの仕事を始めたか?
ルーツを文章にしてみます
最終章のの前に... 番外編、書き留めます
きっと10年後も変わってないでしょう

=好きなモノ=

思いつくままに、ワードを書き出すと...

モノとしては
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愛車のMINI
英国アンティーク家具、古くて味がある小物
CANONのデジタル一眼カメラ、5Dは買えず6D
MacBookPro、iPhone、iPad のApple製品
オーダーメイドの靴、スーツ、革製品
アラジンの灯油ストーブ
自転車はクロモリのsurly
冬は革ジャン ダブルのライダース
亡き父と叔父のアナログ時計

食べモノ系だと...
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作り手の愛が感じられるスィーツ
マイルド系のコーヒー
自分で作った梅干し
一生懸命さが伝わる小さな食堂やカフェ
中華料理、パスタ、焼き鳥、串揚げ、お刺身
(けっして外食が多いわけではありませんが...)


モノというかコト...
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最近はちょっとドラム
音楽は元気の良いもの、昔の英国PUNK
野球は中日ドラゴンズ
スーツ時はサスペンダー(ブレイシーズ)愛用
蝶ネクタイも、ちょっとコレクション増加
夏のプライベートは白のTシャツしか着ません
カバン好き、だけど数は要らない
テニススクールに習って7年ほど

振り返るといろいろと好きにやってます


=反対に...どうしてもダメなモノ=

愛が感じられないモノ全般
使い捨てられる100円ライター
昆布巻き

明日は最終章、乞うご期待



店主 山本の作り方 ここまでは...
第一話 学生時代
第二話 郵便局員時代
第三話 ジュエリー修行





店主 山本の作り方(ジュエリー修行)3/4

自分がどうしてジュエリーの仕事を始めたか?
ルーツを文章にしてみます
今日は第三話、こうして振り返ると
私自身もいろいろと思い出し良いものです

=ジュエリー修行時代=
私が初めて金属を削って指輪を作ったのは
中学生の頃でした
父の手伝いの真似ごとが出来ることが
嬉しかった記憶があります

前回の記事の続き、ひとまず郵便局に就職
22歳になり、大学を卒業した同級生が
新入職員といて入ってきました
ふと4年を振り返り
=給与の大半はお小遣い=これは非常に良くない
家業を継いで欲しいと
冗談っぽく言われた幼少期を思い出します
そこで考えたのが「ジュエリーの道」でした

体調に問題を抱えた父がヤスリを置くのはあと僅か
実際に店を継がないとしても、挑戦だけはしようと思います

公務員って、ジュエリーとは無縁の世界です
まずはシルバーアクセサリーを作りに
2箇所の「彫金教室」に通いました
休みの土日、仕事帰りの時間を作って...
1年ほど過ぎて、モノ足らなくなります


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【こんな感じのアトリエ】
=ほぼ写真が残ってません=

ご縁があり、あるジュエリー職人(師匠)に出会います
その彼はアバウトながら、いろいろと挑戦するタイプ
「好きに遊びに来いよ」と嬉しい言葉
即、土日や平日休みにアトリエへ通います

私は郵便局でしっかり給料を貰っています
見習いの立場、ココでは収入はありませんでした
しかし、師匠の役に立てることが嬉しくて
買い出し、雑用、掃除...
実務であるジュエリー製造
何でもやらせてもらいました

兄弟子も含めた3人での時間が楽しかった
隣の喫茶店、中華料理屋... 下町の定食屋
思い出します

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当時作ったアイテム
マネークリップ、カフス
今でも愛用中



実務全般、いろいろなことを教わりました

1、技術的なこと
父とは違う工法をしていたので
そこで製造工程を覚えることが出来ました

キャストと言われる「鋳造製法」
型に流し込み同じ形のジュエリーが複数個つくれる
何回も失敗しいろいろと研究を重ねました

また、製造工程もいかに早く作るか?を
考えていた師匠、見ていると面白い具合に手が動いて
ジュエリーが完成していきます
実際に見ることの重要さを知ります


2、色んな人との出会い
そのアトリエは、一般のお客様は来店はなし
いわゆる「下請け」と言われるタイプ
ジュエリーデザイナー、町の宝石商
ダイヤモンド業者さん...様々な人が出入りしていました

そこで知った方々には、本当に良くしてもらいました
当店のスタイル(受注生産)もそこで学びました



公務員とジュエリー制作との二足のわらじ
結局、ずっと休むことなく通い続けます
郵便局を退社した後も
このアトリエに毎日、足を運びます
現在の店舗を開業する準備をしていました
懐かしいです

我ながら良い20代を過ごしました
次は最終章、開業とそれから です















店主 山本の作り方(郵便局員時代)2/4

自分がどうしてジュエリーの仕事を始めたか?
ルーツを文章にしてみます
少々の恥ずかしさはありますが書き留めてみます
今日は第二話です

=郵便局員時代=
高校3年生の頃、ジュエリーの専門学校へ行く予定
受験勉強はしてませんでした
その頃、父の体調が悪く、ジュエリーの道は断念することに
「国家公務員試験」を入る気もないのに受験
手元には合格通知がありました
志も無く何となく就職...、これが社会人スタートでした

音楽活動も一切辞め、当時の仲間とゴルフ、スキー、車...と
趣味に生きる生活を4年ほど過ごしました
仕事内容は宿直で郵便の仕分け、窓口で切手の販売など

22歳の頃、漠然とジュエリーの道も妄想するようになりました
「このままではNG、この環境で今後に活かせることはないか?」
公務員ながら「営業職」がありました
保険や貯金?と考えがちですが、郵便部門での営業
尊敬する先輩から声をかけていただき
「人と会い商談する仕事なら色々と活かせる」と考え
二つ返事でやりたい!と答えたことを覚えてます

振り返ると大きなターニングポイントでした

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【20代後半の私】
金融機関、通販会社、デパート、商社...
ありとあらゆる業種の方と話ができる貴重な経験

その代わり、大きな看板を背負っての商談、責任重大
過程や成績も問われるため、生活がゴロッと変わりました

説明する内容は
物流部門での有効利用の提案営業
ダイレクトメールの効果的な使い方など...
かなり専門的な知識を必要とされました

そこで鍛えられたのが
1、お客様とのコミュニケーション力
2、マーケティングについて
3、基本的なパソコン作業(パワポ、エクセル)

朝1時間早めに出勤し
ドトールでの読書タイムから始まり
出社後、新聞5紙に目を通し、朝礼へ
アポイントを取った取引先へ営業車で周る
日が暮れて帰社
報告書をまとめて、翌日の訪問先への資料作成
飲み会が頻繁にありました
いわゆる営業職、精一杯に全うしていました

身銭を切って
広告代理店の若手メンバーの販促研修に出てみたり
簿記や中小企業診断士の通信教育をやってみたり
(どちらもダメでしたが...)
面白かったです

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【退職後、友人たちにもらったペン】
いい仲間に出会えました

当時30万人が働く大企業、多くの出会いがあります
3ヶ月間の長期研修に選抜された事や
とっても厳しい東京での営業研修など、良い思い出です
その時のメンバーは皆、重職に就いています

円満退社(自分ではそう思ってます)のはず
今でも交流があり、苦労話に花が咲きます

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【今年の年賀状】
本当にありがたい(数が多ければ良い、のではな無い)
ジュエリーでお世話になった方もたくさんあります
手紙文化を教えてもらいました

手紙を書くと心が穏やかになる...と
ある先輩から教えられ
郵便局時代から名刺交換をしたら
「お礼葉書」を書く習慣が身につきました
メール時代にあえて葉書、私は好きです



ココでも、私のジュエリーの仕事に通じる基礎を構築

1、営業職で身についたこと = いろんな業種の方のとの会話
  人と会ったり、話したり...
  PC作業も程よく出来ます

2、大きな組織で働いた = 素晴らしい仲間に出会えた
  公務員試験を受けてたメンバー、皆さん真面目
  辞めて気付きましたが、優しい人が多いです

3、手紙文化 = アナログでのお便りの素晴らしさを知った
  もらうと一瞬だけ嬉しいですよね...
  

今思うと
ジュエリー業界に18歳で入らなくて良かった...
心から思ってます
18歳の頃、バブル経済も終わりどうなっていたことか?

20代で流した汗と涙が
30代でお店を出した時の良いパワーになってます


この次は、ジュエリーの修行時代です
お楽しみに...





















店主 山本の作り方(学生時代)1/4

自分がどうしてジュエリーの仕事を始めたか?
ルーツを文章にしてみます
少々の恥ずかしさはありますが書き留めてみます

=学生時代=
小中学時代は、自分の意思は余り無く
大人しく引かれた道を進みます

最終学歴である「愛知県立普通科の高校」
そこが、私のスタートだと思います

家業を継ぐ為にジュエリーの専門学校へ進学を考え
学業の方は「赤点を取らない」と決めて
要領良く勉強していました

熱中したのが音楽、バンド活動でした
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【高校3年生の私】
高校1年生なったばかりの頃
中学時代の友人から誘われて始めます

邦楽のコピーバンドから始まり
2年生頃から自分たちの楽曲を作りレコーディング
それをライブハウスへ持参して売り込む
今池HUCK FINNとか毎月一回、ステージに立ってました
出演が決まれば友人達に「ライブへ来て!」と
誘って回りました

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【ドラム】
ドラムが楽しくて、バイト代で
「練習用ドラム」を購入
もっと上手くなろうとほぼ毎日練習です

気がつけば、ちょっとドラムが出来ることで
メインのバンドとは別に、様々な友達から
「僕たちのバンドでも叩いて!」
という依頼がどんどん入ってきました
隣の高校のバンドに入ったり
急な助っ人として呼ばれたり...
友達の輪が広がり「自分自身の居場所」を
確保できました



私の好きなバンドが「英国」系
当時のビデオや写真集を穴が開くほど眺め
音源をたくさん聞ききました
ファッションやカルチャーも大きく影響を受けました




今のジュエリーの仕事に通じる基礎が出来たと思います

1、友達をライブへ来てもらう = 友達を大切にする
 ライブに来てもらうためには、友達の仲良くしなかきゃ...
 私はケンカ、揉め事、はまったくありません
 
2、ドラム = 人と同じ事(ギター)はしない
 ドラムは少数派だったので、重宝がられました
 常に技術向上にも努めてました
 
3、英国好き = 古いものを大切にする
 今のミニクーパー好き、英国骨董家具が好きもこの影響


我ながら、行動的な高校時代
ステージに立ったのは約60回ほど
毎月1回以上のライブを行ってました
振り返ると面白いです


この次は、社会人編 ご期待ください
















店主

ジュエリー造っています
「楽しく」「健康一番」が大切
お店は...2018年1月20日 リニューアルopen
add :天白区池場2-3214
tel :052-802-7766
open:11:00〜19:00
close:木曜日&金曜日

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