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脳とコンピューターをつなぐ

最近何かと話題の脳-機械インターフェース。英語ではBrain-Machine Interfaceと言い、略してBMIと言われる。

このBMI研究の歴史と将来についてまとめた、非常に良い総説が出た。

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その総説はTrens in Neuroscienceという雑誌の
Brain–machine interfaces: past, present and future
Mikhail A. Lebedev and Miguel A.L. Nicolelis

著者のNicolelisは、サルやラットのニューロン活動から外部の機械(ロボットアームなど)をリアルタイムで操作させることに、世界で初めて成功した研究チームのリーダでもある。

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この総説のまとめ
総説に書いてあることを簡単にまとめると、将来性のことを考えると、センサー(電極)を脳に直接埋め込む「侵襲的なBMI」が良いのだが、現状として克服すべき課題が山積しているということ。

しかし、その課題を一つ一つクリアしていけば、10〜20年後には、義肢をより自由に動かせるだけでなく、自分の手足のように感じられる技術を開発できるのではないか、としている。


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BMIの種類
さて、一口にBMIといっても、いくつかの方法がある。
大きく分けると「非侵襲的BMI」と「侵襲的BMI」に分けられる。

前者は、外科手術をせずに脳活動をモニターし、外部装置を動かす方法。
後者は、外科手術をして、実際の脳にセンサー(電極)を埋め込み、ニューロン活動をリアルタイムで記録・解析しながら、外部装置を動かす方法だ。

「侵襲」という言葉は難しいので、ここでは、
「非侵襲的BMI」=「BMI−1」(手術がいらない方)
「侵襲的BMI」=「BMI−2」(手術をする方)
と呼ぶこととしよう。
(もちろん、これは私個人の勝手な置き換え)

そのBMI−1、BMIー2はそれぞれ、どのような脳・神経活動をモニターするかによって、さらに細かく分類することができる。


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BMI−1について
こちらは別名脳−コンピューター・インターフェース、Brain-Computer Interface、略してBCIとも呼ばれ、ニューロンの直接の信号を使うBMI-2と区別されることもある。

このBMI−1で今主流なのは、いわゆる脳波(EEG)を記録・解析して、コンピューターのカーソルなどを動かそうというやり方だ。

Wolpawという人が、この分野では有名で、実際、人のEEGの信号からコンピューターカーソルを動かすことに成功している。つまり、「念力」だけでコンピューターカーソルを動かすような感じだ。

このEEGを使ったBMIの問題・限界は大きく二つ。
一つは、取り出せる情報が極めて限られているということ。
二つ目は、脳表面の活動しかモニターできないということ。

現在、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など身体が麻痺してしまっている患者さんへの臨床応用も実際に試みられているそうだ。個人的には、手術のリスクなどがないので、現時点では最も現実的な選択肢だと思っている。

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他のBMI−1として、脳の深部からも情報を取り出せるMRIを使った研究も少し紹介されている。ただ、MRIは携帯性という大きな壁があるだろう。

この総説では、BMI−1はやはり計測技術そのものの抱える限界・問題もあって、手の替わりになるようなロボットアームを動かすまでには限界があるとしている。

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侵襲的BMI、BMI−2について〜歴史〜
1960年代、70年代にFetzという人が、極めて先駆的な研究をした、ということが紹介されている。

1969年にサイエンスに掲載されてた論文によると、次の研究をしたようだ。
サルに、ニューロンの活動度合い(発火頻度)が「条件刺激」となる条件付け課題をトレーニングさせている。つまり、ニューロンが高い活動を示したら、サルに餌を与えるようにする。そして、その記録中のニューロン活動をサルに光か音としてフィードバックしてやったら、サルは記録中のニューロン活動を意図的に変えることを学習して、条件付けが成立してしまった、ということを報告している。

いわゆる「閉回路系」を使った先駆的な研究になるわけだ。

このFetzの研究をうけて、Schmidtが、現在目指しているBMIー2の可能性を提案したそうだ。つまり、脳から直接運動信号を取り出せば、義肢などを操作させるのに使えるのでは?と提案したそうだ。これが1980年になる。

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その後、技術的な発展を待って、有名なNicolelisとChapinのラットを使った研究が1999年に世へ発表されることになる。

この研究がきっかけで、BMI-2の研究に火がついたわけである。現在、このBMI−2は、
1.一カ所から記録する
2.複数箇所から記録する
かによって、大きく二つに分類される。

さらに、
1.少数(数個から数十個)のニューロン活動
2.local field potential(ニューロン集団の大雑把な電気活動)
3.数百個のニューロン活動
をもとに外部装置をリアルタイムで動かすか、によっても分類される。

ちなみに、著者のNicolelisたちは、複数の領域から、数百個のニューロン活動を使ったBMIの開発をしていて、実際、パーキンソン病患者への臨床応用を試みているようだ。

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BMI−2の克服すべき問題
BMI−2の開発には、以下のポイントをすべてクリアすることが重要になる。
1.センサー(記録電極)の開発
2.解析アルゴリズムの開発
3.脳の持つ可塑性の有効利用
4.BMI用の自由度の高い義肢の開発

このうち、はじめ3つについて、現状などが紹介されている。

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センサーの開発
ニューロン活動のセンサーとなる記録電極が今抱えている大きな問題は、長期間安定して記録できないということだ。

良くて1年前後、大抵は数ヶ月しかニューロン活動をモニターできない、というのが現状で、とても人のライフスパンに耐えれるレベルではない。

先日、ネイチャーに人への臨床応用の報告が掲載されていたが、その論文でも、ニューロン活動が記録できなくなったと記述されていたので、人への応用は現時点では極めてリスクを伴うだろう。

そのセンサーの寿命を持続させる試みとして、神経栄養因子や炎症を抑える物質をコートした電極が紹介されているが、これが有効かは不明だそうだ。

他には、セラミックスを使った電極の開発や、ナノテクノロジーを使ったセンサーの開発も試みられているらしい。

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一方で、センサーがとらえた信号を、無線でコンピューターへ飛ばす装置の開発の重要性についても指摘している。

現在は、頭部に埋め込んだセンサー部分に、毎回ケーブルをつなげる必要があるわけだが、それは感染などのリスクを高めることになるから、無線で飛ばせた方が良い、というわけだ。

昨年の学会では、無線システムのことが紹介されていたし、簡単にクリアできるのではないだろうか?

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神経活動を解析するアルゴリズムの開発
このアルゴリズムの開発は、ニューロン集団がどのように運動などの情報を処理しているかを理解することと密接な関係がある。つまり、脳がどのような情報処理を行っているかより詳しく・深く理解できれば、BMI−2のための新しいアルゴリズム開発につながると考えられそうだ。

ただし、臨床目的だけを考えると、必ずしも神経情報処理の正確なことを知る必要はない、とも書いている。

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これまでの多くのBMI−2の研究では、重回帰分析を使って、良い結果が得られている。つまり、わざわざ非線形変換をしなくても、線形変換のアルゴリズムだけでも、そこそこ十分な成果が得られるというわけだ。

さらに、同じニューロン集団の活動から、複数の運動情報を平行して予測することもできている。これは基礎研究にとって重要なことだが、複数の運動情報とニューロン集団との間には、「多対多」の関係が成り立ちそうだということを示唆していることになる。

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単なるアルゴリズムというより、「何をもとに、何を予測するか?」ということについても、今後の方向性がまとめられていた。
1.四肢の動きそのものではなく、筋電活動(EMG)を予測すること
2.運動関連領野だけでなく、高次連合野の神経活動も組み合わせること
という方向性が紹介されていた。

つまり、より広範囲のニューロンの情報をもとに、四肢の運動だけでなく、それを直接制御する筋肉の活動を予測する、という方向もあるというわけだ。

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脳の可塑性とBMI
BMIで操作するロボットアームなどはいわゆる「道具」として考えることができるわけで、その新しい「道具」を使うことで、脳そのものが変化する可能性があることを指摘している。

その脳の変化を示唆する例が紹介されていた。

一つ紹介されているエピソードは次の通りだ。
始めは動物がレバーを操作して、コンピューター画面のカーソルを移動させて餌を獲得できるようにトレーニングする。そして、その課題を行っている動物の神経活動をリアルタイムで解析して、カーソルの動きを予測し、そのカーソルを「解析アルゴリズム」というインターフェースを介して動かすようにすると、その動物は、レバー操作そのものをストップするようになるらしい。

つまり、動物(サル)があたかも「念力」だけで、カーソルを動かして餌を獲得できるようになる、ということが紹介してあった。(この研究については、眼球運動についての可能性を排除できていないという批判もないこともない)

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このような変化を支える脳の仕組みは、現時点では全くわかっていない。だけども、BMIを介することで、脳そのものが何らかの変化を起こすことに対しては、研究者間でコンセンサスが得られつつあるようだ。

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義肢を「感じさせる」には
現在のBMIでは、動物にロボットアームなどを見せる「視覚的なフィードバック」を行うことが多いわけだが、それで本当に十分なのか?より良いフィードバックの与え方があるのではないか?ということが指摘されている。

実際、手足を動かす時は、体制感覚の情報が必ず入力されているわけだから、そのような情報をフィードバック情報として与えた方がより自然ではないか、というわけだ。

ここでは、Chapinとの共同研究で、体制感覚野へ局所刺激を入れる研究について紹介してあった。(ごく最近聞いた話では、皮質ではなく、視床へ刺激を入れていると聞いた)

このような皮質への電気刺激というフィードバックの与え方は、「閉回路系」のBMI開発の一つの有効な手段になる可能性があると書いている。

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10−20年後のビジョン
脳に直接センサーを埋め込んで数千のニューロン活動を記録して、その情報をワイヤレスで飛ばし、運動の4次元的な情報を計算する義肢が実現するかもしれないとしている。

そして、低次から高次までの脳領域の様々なレベルの運動情報を組み合わせて、自由度の高い義肢の運動、もしくは筋肉への直接的な刺激を実現させたいという。

義肢そのものにも様々なセンサーを内蔵させて、その信号をもとに脳に直接刺激を送って、義肢を「感じ」られるようにしたいという。

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個人的な考え
最も大きな難関は、電極の開発と、有効なフェードバックの与え方の開発ではないかと思っている。

上にも書いたように、人のライフスパンに耐えうる電極を開発する必要があるわけだが、それに耐えうるかどうかを知るには、最低数年単位の実験が必要になるわけで、それがボトルネックになるのは間違いないだろう。

これまでの動物での生理実験とは全く違う次元の問題が要求されていそうな気がする。おそらくしばらくは、いろんな電極が乱立して、数年経過してはじめて「これはダメ、これはいけるかもしれない」ということになりそうだ。

またフィードバックの与え方については、本当に皮質などに直接電気刺激を与えた方が良いとしても、それをどのように評価するのかが難しい。例えば、動物に刺激をあたえても、動物は「手を感じました」とは答えてくれない。

これは、アクチュエーターの使用をトレーニングしながら、その効果を評価せざるを得ないだろうから、新規参入の研究者にはちょっとした壁になるかもしれない。

いずれにせよ、このBMIは、臨床応用・基礎研究、両方の側面で大きな可能性を秘めているのは間違いない。実際、神経活動を記録している自分としても、非常に注目している研究分野だ。

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