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人はホントに自由か?〜自由意志の問題〜

お堅いタイトルだが、ニューヨーク・タイムズに自由意志free will)に関する非常に面白い記事が紹介されていた。原文記事はこちら

自由意志はない。この記事では、冒頭、「自由意志はない」と考えている学者のコメントが紹介してある。そして、意識と無意識の関係や、現代科学全体が抱えている問題などに話題が膨らむ。そして、最後は倫理問題や人生の話題にも及ぶ。

以下、長くなるが、この記事の内容を紹介してみる。(原文を読んだ方が早い&正確かも?です。。。)

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自由意志はない
「自由意志はない」ことを、最近の実験が示唆しつつある(証明されたわけではない)、ということを受けて、有名人(故人も含む)のコメントがまず紹介してある。

まず、Michael Silbersteinという哲学者は
自由意志は幻か?それが問題だ
Is it an illusion? That's the question.
と言い、自由意志に関する議論が一般社会に対して持つインパクについて、進化論以上のインパクトがある、とも言っている。

続いて、「Consciousness Explained」という本で有名なDaniel Dennettはこう述べている。
自由意志は幻か真実か考えると、深海の深みにはまっていく。そして、我々が直面しそうなこと、それは虚無感と絶望の淵である。
when we consider whether free will is an illusion or reality,
we are looking into an abyss. What seems to confront us is
a plunge into nihilism and despair.

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一方、Mark Hallettという神経科学者は、脳科学からの現時点での答えとして、こう唱える。
自由意志は存在する。しかし、それは知覚されるものであって、何か力を備えていたり、何かの原動力になるようなものではない。人々は自由意志を感じる。人々は『自分は自由だ』と感じる力を持っているだけだ。
Free will does exist, but it's a perception, not a power or a driving force.
People experience free will. They have the sense they are free.

さらにこうも語る、
調べれば調べるほど、自分が自由意志を持たないと悟るだろう。
The more you scrutinize it, the more you realize you don't have it.

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こうした「自由意志は存在しない」という発想は古くあるそうで、ドイツの哲学者Arthur Schopenhauerはこう言っている。
人は、己が欲することは非常に良くできる。しかし、己の欲することを決定できない。
a human can very well do what he wants, but cannot will what he wants.


アインシュタインは、次のようならしいコメントを残している。
自由意志はない、というこの知識は、気の利いたジョークが言えなくなること、自分自身を深刻にとらえ過ぎることから私を守ってくれる。そして、行動し、判断する個人としての仲間、人間を守ってくれる。
(This knowledge of the non-freedom of the will protects me
from losing my good humor and taking much too seriously myself
and my fellow humans as acting and judging individuals.
)

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そもそも自由意志とは?
続いて、この記事では、自由意志の定義について説明がある。

昔からの定義では、人を自由でモラルをもったエージェント(free moral agent)としてとらえ、そのエージェントの行動は前もって決まっていないとする。さらに、そのエージェントが熟考する時に、因果律が途切れ消滅すると考える。

その熟考を開始した時点では、あらゆる選択が可能になる。何を選択するにしろ、何かに強制されることはない。一方で、それはランダムなものでもない。

ということが、自由意志の考えとなる。

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物理法則を超えて・・・
先に登場したSilberstein博士のコメントを交えつつ、物理法則との関係について、この記事では次のように説明する。

これまで調べられてきたあらゆる物体・物質はみな、決定論的か確率論的な振る舞いをすることが明らかにされている。「決定論でも確率論であっても、その両方は自由意志にとって悪いニュースだ」と博士は語る。

もし人の振る舞いが、(物理的な意味で)原因を持たず、ランダムでもないとすると、これまでの自然科学では説明できない「魔法のような力」が存在しなければならないことになる。

その「魔法」を信じている人々は、その問題を問題と感じていないようである。しかし、その「魔法」(魂、ソウル、スピリット)が何であれ、
どうやって物理的な世界と独立に存在しているのか?
どうやって非物質的な世界から物質的な世界へ到達できるのか?
どうやって脳細胞を「ゆすって」ちょっかいを出すのか?
といったことを説明できなければいけない、とそう記事では語っている。

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その魔法を信じている物理学者のことが紹介してある。

その魔法の存在に賛成票を投じている人たちの立場は、その魔法の存在を信じることは、新しい理論を考案したり、実験を練るための前提条件だというわけだ。

その中で、量子テレポーテーション、量子情報理論で有名なAnton Zeilingerのコメントが紹介してある。
量子の曖昧・ランダムな振る舞いは「証明されたものではなく、ただのヒントにすぎない。我々に自由意志があると語っているヒントだ」と。

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意識と無意識
この記事では次に、自由意志は「意識」の枠内のものだととらえているようで、意識と無意識に関連した実際の研究例を紹介している。

まず登場する話題は、60年代頃から意識や自由意志の問題に実験的に取り組んできた生理学者Benjamin Libetの研究である。(記事では70年代とあるが、記事で紹介されている研究は83年の研究なので注意)

そのLibetの研究では、自発的に運動をする時、「動かそう」と意識的に意図する約400ミリ秒前に脳の活動がとらえられることを明らかにしている。つまり、意識的に動かそうと意志決定をする前に、脳がすでに運動の準備を完了しているかのような現象をとらえたことになる。

意識は、無意識下で脳がすでに行ったことを、遅れてついていくようなことをやっただけのようである。

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記事ではもう一つ、人は超自然的な現象が起こることを簡単に信じ込む、ことを示したWegner博士たちの実験例が紹介してある。これを受けて、自由意志を感じる・信じるのは、この手の「魔法の力」を信じることと同じ類ではではないか?と疑問を投げかけている。

さらに、Libetの自由意志に対する考えが紹介してある。

彼は、最終的な行動のプロセスをコントロールするような、「限定版・自由意志」が存在している余地が、まだ残されていると考えているようだ。つまり、その「限定版自由意志」は、行動を完成させるためのトリガー役として働いていたり、行動が起きないような拒否権を発行できるような役割を果たしているかもしれないというわけだ。つまり、Libet自身の研究からは、自由意志の存在を完全に否定できていないと、彼自身は考えているようだ。

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自由意志を超えて・・・
再びDennettの考えが紹介されている。Dennettの考えは、Libetが否定し切れていない「限定版・自由意志」に極めて近い発想である。

この記事ではまずDennettのことを、自由意志を物質世界の範疇から外れないよう再定義しようとしている人の一人だ、として紹介している。

彼の議論では、自由意志は因果関係、物質世界の範疇にあるからこそ我々は自由だという。そして、進化、歴史、文化が我々にフィードバックシステムを授け、そのフィードバックシステムこそが物事を再考したり、未来を想像する特有の能力を与えているという。

我々は衝動への拒否権を持ち、さらに拒否権に対する拒否権を持っている
(We have the power to veto our urges and then to veto our vetoes.)
我々は想像力を持ち、未来を見据え、想像できる。
(We have the power of imagination, to see and imagine futures.)
とDennettは言う。

こうとらえることで、因果律はもはや敵ではなく、友となると考えているようだ。

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創発
Dennettの議論に依然残る「自由」に反対する他の哲学者もいる。

その反対派の一部の人は、いわゆる「創発現象」として、自由意志・意識をとらえているようだ。高いレベルの法則によって、下層の振る舞いが規定される「downward causation」というコンセプトも紹介されている。

これに関して、冒頭に登場した哲学者Silbersteinのコメントが紹介されている。
異なるレベルの複雑さを得た時、そのような創発される性質はあり得ない、と語ってくれる物理法則は存在しない。
(There's nothing in fundamental physics by itself that tells us we can't have
such emergent properties when we get to different levels of complexities.
)

George R. F. Ellisという天文学者の例えは面白い。
例えば、核爆弾は、原子核物理学の法則に従って爆発が起こる。実際に爆発するかどうか決めるのは、政治上・倫理上の判断である。それは全く異なる道理だ。
A nuclear bomb, for example, proceeds to detonate according to the laws
of nuclear physics. Whether it does indeed detonate is determined by political
and ethical considerations, which are of a completely different order.
)

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複雑な機械と自由意志
この記事を書いた人は、この意見(創発現象)を受け入れている。

一方で、自由意志は創発現象によって生じる、といった発想は、確かに自由意志は何らかの物理法則によって生み出されているとしても、自由意志を説明したことになっていないと指摘する。さらに、因果律から解放することになるのか?と疑問を投げかけている。

続いて、数学者、コンピューターサイエンティストの考えとして、複雑な機械が自由意志を持っているのか、ということへ話題が移る。

まず、量子計算で有名なSeth Lloydはこう語る
もし我々が自由意志による選択能力があるなら、シンプルなノートPCにだって何らかの自由意志があることになる。
(If by free will we mean the ability to choose, even a simple laptop computer
has some kind of free will.
)

その根拠として次の例えを引き合いに出す。
起動までどれくらい時間がかかるとOSに尋ねても、OSは『わからん、じっと待ってろ、そのうち結論を下して教えてやるから』と答えるだろう
(If I ask how long will it take to boot up five minutes from now,
the operating system will say 'I don't know, wait and see,
and I'll make decisions and let you know.'

ゲーデル不完全性定理の話題にも及びながら、Lloydのコメントが紹介している。
計算に近道はない。
(There are no shortcuts in computation)

合理的に行動しようとすればするほど、その行動は予測不能になるとも言っている。機械も人も似たようなものだ、ということになりそうだ。この記事の著者はこの考えを指示しているようである。機械と同じように行動が規定されているからどうした?と開き直ってもいる。

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倫理問題と人生

ヒットラーはどうだろう?
(So what about Hitler?

という出だして、自由意志の死(the death of free will)と倫理問題についてまず触れている。

再びSilberstein博士が登場し、自由意志はないことを、次のように解釈する人が現れるおそれがあると指摘する。
小惑星や惑星と同じように、自分の行動に対する責任はない
(people are no more responsible for their actions than asteroids or planets.)

Wegner博士は、悪の存在を許すことにつながらないよう警鐘を鳴らす。さらに、自由意志が幻だとわかっても、それが人生や、自尊心に影響を与えることはないと強調する。そしてこう語る。
自由意志は幻だ。永続する幻だ。
それがトリックだと知ってても、常にだまされ続ける。そのフィーリングがただ消え去らないだけだ。

そして、Libetのコメントで締めくくられている。
人間性に授けられた最大の贈り物は、自由な選択です。我々の自由な選択が制限されているのは真実です。しかし、そのいくばかりか残されている自由な選択こそが、偉大な贈り物であり、そのおかげで人生を値打ちのある生き生きとしたものにしてくれる、それだけの価値があるのです。
(The greatest gift which humanity has received is free choice.
It is true that we are limited in our use of free choice.
But the little free choice we have is such a great gift and
is potentially worth so much that for this it self, life is worthwile living.