ヒトの脳内ネットワークをグーグル的に調べ尽くすには?

タイトルはふざけてますが、できるだけまじめにエントリーを作ってみます。

PLoS Comput Biol. 2005 Sep;1(4):e42.
The human connectome: A structural description of the human brain.
Sporns O, Tononi G, Kötter R.

という2年前の総説で、この分野の先駆者でもあるSpornsたちが、The Human Connectomeを提唱している。

ヒトの脳内ネットワーク構造を調べて、機能と構造の関係を知り脳を深く理解しよう、という提案である。

何をするプロジェクトか?
ヒトの脳内ネットワークをできるだけしっかり調べ尽くす、というプロジェクト。専門的な表現をすると、ヒトの脳の隣接行列・結合行列(connection matrix)を明らかにする、というプロジェクト。脳のどことどこがつながっているか?をとことん調べようというわけだ。

なぜこのプロジェクトか?
マカクザル、ネコ、ラットといった哺乳類の脳は古くから詳しく調べられているけど、肝心のヒトの脳、実は全然わかっていないから。(どことどこがつながっているか?という意味で)

何のためのプロジェクトか?
脳が機能する根拠となる構造の情報を知るため。(機能をより深く理解できる)
脳機能障害を構造変化という観点から深く知るため。
情報を公開・共有し、他の研究分野の情報資源を提供するため。

アブストラクトな最終目標は?
脳をノードとして細かく分割し、ノードAとノードBがつながっているかどうか調べ尽くす。
つながっているなら、他の情報(例えば、結合方向、結合強度、伝達時間などなど)を追加する。

これで、脳をマトリックス(行列)として表現できる、というビジョン。

何が問題・壁か?
二点問題点を挙げている。
第一に、ヒトの脳は複雑過ぎる。

これに関しては、まず大脳皮質と視床にターゲットを絞ってバージョン1.0(ファーストドラフト)を作って、バージョン2.0では大脳基底核など他の構造も含めて脳全体を調べよう、と提案している。

第二の問題は、「ノード」をどう定義するか、という本質的な問題。ニューロン、シナプスというミクロレベルか、領野、領域といったマクロレベルか、それともその中間レベルか?この点に関しては、詳しく触れている。


ミクロスケール?
非現実的と一蹴。
そんなことをヒトの脳で網羅的に調べる方法は現時点ではない。
シナプスレベルのネットワークは、こうしてブログを書いて・読んでいる時にも変化し続けている。(はず)
ということで、このレベルでconnectomeを調べるのは、不適切としている。

マクロスケール?
ニューロンに比べ、領野、領域というのは定義、境界引きが難しい。
けど、バージョン1.0としては、実現可能なノードのレベル、としている。
実際、マカクザル、ネコ、ラットでは、バージョン1.0的なデータは存在している。

では、ヒトの脳でどう調べるか?
昔から行われている方法は、carbocyanineという色素を死後の検体で用いて、どことどこがつながっているか、組織学的に調べるという方法。ただ、死後検体ということで、その色素が運ばれるのに相当の時間がかかり、信頼性も低下する。

そこで生きている脳を調べたいわけだが、有望視されているのが、MRIを応用したdiffusion tensor imaging(DTI)、diffusion-weighted imaging(DWI)。

水分子が神経繊維に沿って拡散していくことに注目して、神経繊維の束を生きてるまま可視化しようという方法だと思う(誤解していたら、指摘してくださいませ)

Proc Natl Acad Sci U S A. 1999 Aug 31;96(18):10422-7.
Tracking neuronal fiber pathways in the living human brain.
Conturo TE, Lori NF, Cull TS, Akbudak E, Snyder AZ, Shimony JS, McKinstry RC, Burton H, Raichle ME.

という論文がその方法を紹介したおそらく初の論文だと思う。

このdiffusion MRIと、広く行われている機能画像を撮るfMRIとを組み合わせることで、領野・領域のノードの定義、それからノード間連絡を調べるのが最も良い戦略ではないか、と提案している。

1つの方法論だけでなく、複数の方法論を組み合わせて、同一人物の脳からいろんな角度で調べていくのが良い方法ではないかとしている。

どれくらいのデータサイズになるか?
1−10万のノード、10−1000万の結合を持つマトリックスと推定しているようだ。
現在ネットワーク科学で扱われているデータサイズに比べたら、数桁少ない。つまり、今connectomeが完了しても扱える。


中間レベル?
マクロレベルではやはり不十分だから、バージョン1.0以降は中間レベルも調べたい。

ここでは、大脳皮質にあるミニコラムをノードとして考えることを提案している。
ミニコラムは80−100個程度のニューロン集団と考えられている。

大脳皮質以外の他の構造ではどうするかは、特に記述されていないように思う。
大脳皮質の機能・構造的な単位としては良いかもしれない。
もちろん、ヒトの脳で調べるにはまだまだ非現実的か。

ちなみに、もしミニコラムをノードとしてconnectomeを調べるなら、1000万−1億個のノードを扱うことになりそうとしている。例えば、すべての日本人の社会関係を調べ尽くすのに匹敵しうる。。。バカでかい。


ポストconnectome時代?
ゲノムプロジェクトのアナロジーと絡めて、個体差の問題も触れている。
遺伝・環境要因によって、脳の個体差は時間とともに広がりうるわけで、その問題点を指摘している。

が、ゲノムプロジェクトがそうであったように、個体差を積極的に考慮に入れてないconnectome 1.0が完成しただけでも、多くの成果をもたらすだろうとしている。

具体的戦略は?
5ステップとしてまとめている。
ステップ1:構造マッピング(diffusion MRI)
ステップ2:同一人物の機能マッピング(fMRIかMEG)
ステップ3:構造マップと機能マップの対応付け(クラスター解析)
ステップ4:マカクザルのデータと比較
ステップ5:結合行列の検証(新規課題、TMS)

さらに3つのステップを挙げている
ステップ6:被験者間比較
ステップ7:組織学的知見との対応付け(Amuntsたちがやっていることをイメージしたらいいか?)
ステップ8:疾患患者と健常者との比較

おそらく実際取り組んでいく過程で、いろんな工夫が必要なのだろう。

connectomeは何をもたらすか?
構造と機能の関係がわかれば、機能の原因を知るのに役立つ。
ヒトの脳活動シミュレーションができる。
脳損傷、その後の回復を理解するのに役立つ。

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何を学ぶ?
やはり機能を深く知ろうと思ったら、まず構造を知るのが王道だと思われる。

ブザキ先生も
The safest way to start speculating about the functions of a structure is
to inspect its anatomical organization carefully.
と本に書いている。

そういうことをヒトの脳でやりましょう、という夢のあることを、しかもできそうな希望を持たせてくれることを、この総説で書いている点がすばらしい。

この総説が発表されたのは2年前だが、今どれくらい進んでいるのだろうか?

そう遠くない将来、脳ドッグ検診で、ブルジョアの脳内ネットワークをマクロレベルで調べられるような時代が来るのだろうか?

実はビルゲーツの脳は、ネットワークという点でスカスカだったりすると、ニュースのネタとしても、科学的にもかなり面白い。