January 19, 2007

無知の知〜無知程度の知識〜

国民年金未納:
当然この問題は未納であることが焦点となるわけだが、
なぜ未納であるのか?
一番よく聞く話が、「払ってももらえないから」とのこと。
確かに報道されていることを聞くと
あたかもそのようであるように感じる。
もちろん、それはフェイクである。
無知であることはそれだけで犯罪に近い。

では、未納者は実際に貯蓄をしているのだろうか?
少なくともしていないことは明白である。
彼らの言葉を借りると「そこまで生きない」からである。
さて生きたときどうするのだろうか?

百歩譲って貯蓄していたとしよう。
これはすなわち「積み立て方式」への移行を意味する。
現在、日本は「賦課方式」をとっている。
これは若い世代から集めた国民年金に
同時代の年金受理者に財政から色を付けて配布する仕組みである。
つまり、未納者が多いということは年金が行き渡らず
文字通り、見殺し犯罪である。

かつては「積み立て方式」をとっていた。
なぜ変えたのだろうか?
それは貨幣価値である。
国民年金加入が20歳、受け取るのが65歳、
この間に貨幣価値というのは大きく変わる。
昔はある金額だったものが、
いつのまにか上昇していることはよくある。
つまり積み立て方式は、貨幣価値が変わったとき、
もっとも、下がることはほぼなく
基本はインフレーションしている、
積み立てたものが皆無に等しくなる可能性がある。

そのため、賦課方式に移行した。
この一番の短所が未納である。
そして二番手に「少子化高齢化」である。
現在、それが露呈してしまった。
その短所が現れると困るのは政府と受領者である。

未納者の国家に対する不信、未来への不安、
それは大いに認められるべきである。
しかし、それにより功労者である年金受理者を
見殺しにすることは人道から外れるし、
その尻拭いを行う財政を圧迫し、
さらに増税を課されるのは結局我々である。

報道は非常に我々に大きな影響を与える。
しかし、報道はウソをついてはいない。
要は我々が勝手に都合よく情報を処理してしまうことで
誤解を生み、最悪の状況を生み出しているのである。
無知はもはや犯罪である。
日本という国は無知である自由も保証されているようだ。
しかし、1人1人の勝手な思い込みが
国を滅ぼし、人を滅ぼす、
そして最後には自分すらも食い尽くすことを知らなければならない。
国民年金加入者は立派な成人であり、
無知であることは本来許されない、
しかしその両肩にはその結果が必ず跳ね返ってくる。
その責任を自分で取らなければならないのが成人である。


brilliant0910 at 00:27│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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