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衆議院解散 事実上の選挙戦へ 1月27日公示 2月8日投開票@NHK2026/1/23より
衆議院は、23日午後に開かれた本会議で額賀議長が解散詔書を読み上げ、解散されました。各党は、今月27日公示、来月8日投開票の衆議院選挙に向けて事実上の選挙戦に入りました。


さて衆議院が解散し事実上の総選挙が始まりました。前回の総選挙からの期間が短いと感じる部分はあるものの、高い支持率を誇りつつも少数与党状態であり、また公明党との連立を解消し維新との連立に組み替えた事を考えるとあり得るのかなと感じています。
ただただ政権交代こそ起きていませんが自民党が過半数割れし、国民民主党、参政党など中規模野党が存在感を高めている状況を見ると、おっさんはどうしても自民が下野し55年体制崩壊と言われた1990年の状況を思い出してしまいます。と言う事でプロローグ第2弾として1990年代~与党が自民・公明の体制に落ち着いた2004年までの状況をざっと振り返ってみたいと思います。今回の総選挙とは直接関係ないですが、ただ就職氷河期・ロスジェネを生み出した時代と言える1990年代を振り返ってみるのも何かの参考になるかもしれないのでよろしけれご覧になってください。

1990年 2月
第39回衆議院議員総選挙
1位自民党 275、2位日本社会党 136、3位公明党 45

・バブル期全盛時の選挙、前年に消費税導入、日経が最高値更新した時期の選挙になります。この選挙では自民党はやや議席を減らし、社会党が大きく議席を伸ばしたものの、結果的には与党自民党が単独で過半数を確保しました。ちなみにこの時期の総理大臣は海部俊樹氏になります。

1991年 11月
宮澤内閣
与党:自民党、野党第1党:日本社会党

・有力な後ろ盾のない海部首相の任期満了後の総裁選で宮澤喜一氏が選ばれ首相に就任しました。

1993年 8月
第40回衆議院議員総選挙
1位自民党 223、2位日本社会党 70、3位新生党 55

・前年に起こった自民党有力者である金丸信氏の闇献金問題により政治改革が求められ宮澤首相が改革法案の取りまとめが出来ずに、最終的に自民党内から離反者が出て内閣不信任案が成立した事から起こった選挙、反自民票は野党第一党である社会党でなく新生党、日本新党、新党さきがけ等自民党から離反した人たちによる新党に集中し新党ブームが起こりました。

1993年 8月
細川内閣
与党:日本新党、日本社会党、新生党、公明党、民社党、新党さきがけ、社会民主連合、民主改革連合、野党第1党:自民党

・総選挙で自民党は過半数割れしていたとはいえ圧倒的な第一党であり、どうなるのかと思われたものの、最終的には総選挙で躍進し、人気のあった日本新党細川護熙氏が首相で自民・共産党以外のほぼすべての政治勢力による内閣が成立しました。同じく与党が過半数割れした一昨年の総選挙になぞらえるなら自民・公明・共産以外のすべての政党が組んで人気のある玉木雄一郎氏を首相にして連立政権を組んだ感じでしょうか?

1994年 4月
羽田内閣
与党:新生党、公明党、日本新党、民社党、自由党、改革の会、民主改革連合、新党さきがけ、新党みらい、社会民主連合、閣外協力:日本社会党、野党第1党:自民党

・所謂国民福祉税構想(消費増税)への反発で細川内閣が崩壊後、社会党が連立から外れて出来たのが新政党羽田内閣、比較第一党自民党が野党、第2党の社会党が閣外協力と弱体内閣でこれもあっさりと崩壊しました。

1994年 6月
村山内閣
与党:自由民主党、日本社会党、新党さきがけ、野党第1党:新政党

・さてわずか2カ月で羽田内閣が倒れた後、実現したのはまさかの第1党自民党と第2党社会党の大連立内閣、そして社会党村山党首が首相となりました。あくまで印象論ですがよく言われる「(氷河期世代を中心とした)日本を没落させた竹中平蔵と小泉純一郎の改革」はこの村山内閣~橋本内閣で少なくとも原型は出てきた話と言う感じがします。

1996年 1月
第1次橋本内閣
与党:自由民主党、日本社会党、新党さきがけ、野党第1党:新政党

・そして村山内閣退陣後橋本首相が就任し、自民党が首相も含め完全に政権を取り返します。ちなみにこの内閣で後に自民党と政権を争う民主党の中心人物菅直人氏が入閣し、薬害エイズ問題などで活躍します。

1996年 10月
第41回衆議院議員総選挙
1位自民党 239、2位新進党156、3位民主党 52

・細川政権で実現した現在の選挙制度小選挙区比例代表並立制下での初の総選挙、今回の総選挙で立憲民主党と公明党によって作られた中道が注目されていますが、ある意味でその平成版と言える新進党の名前が見えます。こちらは前の総選挙で活躍した新党と公明党、社会党からも合流者の出た大政党でしたが最終的に議席を4議席減らし、崩壊の道を歩みます。また立憲民主党の前身とも言える民主党が3番手に出てきて存在感を示しています。また自民党の連立相手である社会党はわずか15議席、新党さきがけもわずか2議席と激減し、その後勢力を取り戻すことはありませんでした。

1998年 7月
小渕内閣
与党:自由民主党、野党第1党:民主党

・アジア通貨危機下での消費増税の結果景気が破綻し、その後の参院選で大敗した結果橋本首相が退陣し、小渕内閣が成立しました。先の総選挙で衰退した社会党、新党さきがけとの連立は解消し、単独政権としてスタートしています。ちなみにこの時期には新進党は解党し、多くは勢いのあった民主党に合流して民主党が野党第一党になっています。

1999年 1月
小渕内閣 (第1次改造)
与党:自由民主党、自由党、野党第1党:民主党

・単独政権としてスタートした小渕政権でしたが少数与党と言う事もあって新進党解党後小沢一郎氏が作った自由党と連立を組む形となります。

1999年 10月
小渕内閣 (第2次改造)
与党:自由民主党、自由党、公明党、野党第1党:民主党

そしてその後連立に公明党が加わり、やっと昨年参院選前までの形に近づきます。

2000年 4月 第1次森内閣
与党:自由民主党、保守党、公明党、野党第1党:民主党

・その後小渕首相の死去があり森喜朗氏が総理に就任します。小渕首相在任中に自由党の連立離脱があったのですがその際に自由党が分裂し、与党に残留したのが保守党となります。

第42回衆議院議員総選挙
1位自民党 233、2位民主党 127、3位公明党 32

・そして森首相によって行われた総選挙では森内閣が不透明な就任経緯や首相の問題発言などで支持率が低迷した事もあり与党は議席を減らし、民主党は大きく議席を増やしました。

2001年 4月
第1次小泉内閣
与党:自由民主党、保守党、公明党、野党第1党:民主党

そして今では多くの人に嫌われている小泉純一郎氏が首相に就任しました。色々言われている小泉氏ですが、一つだけ言えるのは90年代自民党下野を含む様々な動きがあり、野党転落の記憶の新しい中で民主党と言うライバルが力をつけてきた中の危機感が「思い切った事の出来る人物」を首相にしたという事です。

2003年 10月
第43回衆議院議員総選挙
1位自民党 237、2位民主党 177、3位公明党 34

さてそんな中小泉内閣で行われた総選挙では民主党が躍進し実に177議席を確保します。この事は自民党に更なる危機感を与える事になります。

2004年 9月 第2次小泉内閣 (改造)
与党:自由民主党、公明党、野党第1党:民主党

そして民主党躍進後にとうとう自民、公明と言う昨年までの与党の基本路線が完成します。保守党に関しては最終的に自民党に吸収される形となりました。そして翌年の郵政解散に繋がっていくわけです。郵政解散は小泉純一郎の大博打と言えるわけですが、ただ闇雲にやった訳ではなく公明党との協力関係がある程度完成した上でリスクヘッジしたと言えるわけです。

立民の144人が新党「中道改革連合」に参加 1人は不参加、もう1人は意向を確認中@産経新聞2026/1/20

さて90年代の状況を振り返った上で今回の選挙を見ていきましょう。新進党の経緯を見ると一見中道の動きはおかしく思えます。勝算が低いからと言って新進党で失敗したはずのやり方を繰り返すように見えます。とは言え野田共同代表をはじめ主要な人物は新進党の経緯は十分承知でその上でやっていると思います。それは「新進党は少なくとも一度は戦えた」と解釈すると納得がいきます。とにかく今回の選挙でこれまでの勢力を維持できれば道は開けると考えたからこそ手を結んだのではないかと思います。

「苦しい言い訳」枝野幸男氏 原発再稼働めぐる“釈明”投稿にツッコミ殺到@女性自身2026/1/20

また憲法9条や原発再稼働に関する路線変更を行う為と言うのもあるのかもしれません。ある意味で高市首相の奇襲的な解散を逆に利用して野田党首が考える現実路線への変更を行ったと言えるのかもしれません。

「高市首相の敗北・辞任が現実的に」…中国メディアが「中道改革連合」に“強い期待”を示す 「早苗は“毒苗”」と悪意ある報道も@デイリー新潮2026/1/23

一方高市首相も小泉前首相の行った固定票を多く抱える公明党との連携と言うリスクヘッジをしない大博打となった訳ですがこちらも1昨年の総選挙、昨年の参院選を見る限り公明党の固定票の弱体化は明らかでそれを考えるとそこから脱却した上で勝つ必要があり、それには今しかないという事なのでしょう。

如何だったでしょうか?選挙をしかける側は大博打ですが、私個人としては最終的に最も望ましい状態を選択するために頭を悩ませようと思います。最後にChoose or Loose、言い換えれば選ばなければあなたの負け、今回の大博打選挙ではそう考えて投票するのが良いのかもしれません。