ホームズ・ドイル・古本 片々録 by ひろ坊

ホームズやコナン・ドイル、ミステリーを中心にした古本についての紹介や身辺雑記の話。

数えてみると〜〜

漱石のユーモア」「黒死館殺人事件」   こう暑い日がつづくと、頭の動きも鈍くなる。年々歳々、夏の気温が上昇しているようで、それにつれ暑さが身にこたえるようになった。これは温暖化のせいだろう。

 そんな訳で、今回も簡単にすまそうと思う〜〜〜

 先日、古書店で左の和田利男『漱石のユーモア』(人文書院、昭和22年5月20日)を買った。100円也。本書中で、著者は『吾輩は猫である』のなかに、どのくらいの食品名が出てくるのか数えて(ご苦労様です!)一覧にしている。以下、そのまま引用(縦書きだが横書きに)する。ただし、上の数字は第一回、第二回という連載(?)回数を示すもので、品名が現れた頻度を示すものではない。

1、飯、酒
2、椎茸、蒲鉾、餅菓子、麺麭、砂糖、雑煮、餅、正宗、飯、香の物、漬物、蕎麦、かけ、もり、飴、沢庵、菜つ 葉、鮭、牛肉、鴨のロース、牛のチャップ、なめくじのソップ、鮭のシチュ、(トチメンボー)、メンチボー、茶、カステラ、孔雀の舌、空也餅
3、吉備団子、焼芋、ジャム、茶、大根卸し、椎茸、空也餅、飯、西洋料理
4、鰹の切身、鮪の刺身、ビール、ジャム、牡丹餅、菓子、羊羹、飯、豆腐、汁粉、西洋料理、
5、半ぺん、山の芋、とろろ汁、御寿司、ジャム、飯、玉葱、団子、酒
6、酢、味噌、棒鱈、玉子のフライ、バタ、ご飯、御茶漬、笊蕎麦、山葵、饂飩、林檎、苺、大豆、蛇飯、水瓜、唐  辛子
7、鮪の切身、鰹節、鮭、蒲鉾、肴、豚、芋のにころばし、酒、御飯、茶漬、鹽焼


(あまりに多くて、引用するのも疲れるので、8<17種>,9<12種>、10<10種>は省略する)

11、鰹節、握り飯、夏蜜柑、梅干、甘干しの柿、味醂、ビール、酒、寒天、馬鈴薯、シャンパン、肴
-
------「猫」のなかにこれほど食べ物の名が出てくるとは気が付きませんでした。漱石は、ロンドンに留学していたころのビスケットを食べて暮らしていた貧乏生活を笑いのめし、憂さを晴らしているかのようである。山田氏は、この食べ物の羅列に漱石のユーモアを感じ取って、笑いの発生を「愛若しくは性の本能の行動に関係している」というこれまでの説に加え、食べ物と笑いの関係を論じているのが興味深いところだ。「トチメンボー」のことはすぐに思いだされるが、迷亭君が蕎麦の食い方を微に入り細に入り講釈する場面をあげ、著者は漱石の食への関心の深さを指摘している。このあたりには、漱石が子供の頃、よく落語を聴きにつれていかれたことも影響しているのだろう。

  漱石は、この「猫」に始まり、「坊ちゃん」、「三四郎」と後の作品になるにしたがって、食べ物についてふれる回数が減っているのではないか、と愚察する。手元に本がないので確認のしようがないけれど、自我の追求が深くなるにつれユーモアの影は薄くなってゆくのではないか?(このあたりのことは、すでに研究つくされているだろうけれど)。

  著者はまた、「坊ちゃん」に天婦羅蕎麦の話がたびたび出てくることをあげ、これが「可笑しみ」をさそうという。そして、「一体、言葉なり事件なりというものは、単にそれ自体では可笑しくないことでも、それが度々繰り返されるといふと遂には滑稽感を誘発する」と説く。その例として、「要するに」という言葉を何度も言う教師をあげ、学生たちがその回数をメモして笑いを誘う、と言う。そういえば。近頃の政治家(特にAbe首相)はヤタラと「しっかり」という言葉をつかう――「しっかり説明する」とか「しっかり対応する」とか――なんども聞いていると滑稽である。テレビで政治家のインタビューを聞いて御覧なさい。へたなお笑いよりもズッと嗤えますよ。

 漱石の『猫』に出てくる食べ物の名前を紹介したので、他の例も書いておこう。なんでもトルストイの『戦争と平和』には、300以上(正確な数は「記憶にありません」)の人物が登場するとのこと。ロシア人の名前は複雑なので読んでいても誰が誰やらサッパリ分からない。光文社から古典新訳が出ているので随分と読みやすくなった。それから、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』(左は、ハヤカワ・ポケット・ミステリ版。昭和49年11月再版)。このペダンティックな小説には、様々な書名が登場する。こんな具合。

『一四一四年聖(サン)ガル寺発掘記』、寺門義道『紋章学秘録』、「ブーレ手写『ウイチグス呪法典』」、「ワ”ルデマール一世『触療呪文集』」、希伯来語手写本『猶太秘釈儀法』、ヘンリー・クラムメル『神霊手書法』〜〜〜

〜〜と、どれが実やら虚やら。虚実入り混じっている書名が『黒死館』のなかに全部で何冊登場するか、数えた人がいるという。(どこで読んだか「記憶にございません」)。それによると、こちらも300冊以上。まあ、これくらいなら、僕にも出来ないことはない〜〜と思っていたら、さらに上がいた。
bruegel-p2(バベルの塔)  朝日新聞「天声人語」(2017年6月24日付)ブルューゲルの絵「バベルの塔」の話が載っていた。ブルューゲル研究の第一人者、森洋子・明治大学名誉教授によると、「遊戯」が画題の場合は250人、諺が題なら85の言葉を絵に表しているという。さらに『バベルの塔』に登場する石工、煉瓦工、足場職人などを数えると総勢1400人になるという(これは「天声人語」の筆者が数えたようである)。左の『バベルの塔』の絵をよくよく見ると蟻のように人々が働いているのが分かる!!!

  ――とすると。

  『ホームズ譚』60編に人物名はどのくらい載っているだろうか?と気になった。こんなことを考えたのはホームズ譚と付き合ったから始めて。そこで『緋色の研究』から調べ始めた。ワトソン博士、スタンフォード青年、シャーロック・ホームズ、ハドスン夫人、給仕のビリー〜〜〜こんな調子では何年かかるか分からん。どうしたものかと天井を眺めていて、ふと気が付いた。「日本シャーロック・ホームズ・クラブ」の有志が調べて発行した冊子「人名索引」があるではないか!(正確には『<シャーロック・ホームズ物語>(新潮文庫) 人名索引』、1984年12月9日発行)。これを利用しない手はない、と思ったけれど、生憎手元にないので”師匠”から拝借し、数えてみた。するとザッと800以上になる。かなりおおざっぱに数えた数字ではあるが(例えば、「レストレード」は、この他「レストレード君」「レストレード警部」も別項目になっているが、これらはひとつに数えた。また、作家名ポー、フローベールなど実在人物名も入っている)、想像以上の数だった。ただ、ホームズとワトスンが入っていないのは何故だろう。どなたか、ホームズとワトスンが何回、聖典に登場するか数えてみませんか?? 

  ああ、暑いねえ〜〜。今回はこのへんで。

  そうそう、忘れていました。「黒死舘」に登場する探偵役、弁護士の法水(のりみず)麟太郎の「法水」は、「ホームズ」の語呂合わせだろう。




  





ダリとはダリだ?(贋作8)

0eb5130e476bebac1e36641b99cbc29b   ダリのことを書いていたら、新聞にダリの記事が載った。テレビのニュース番組で紹介された時、コメンテイターが「ダリってダリだ?」と駄洒落を言って笑わせていた。「巨匠ダリの遺体 掘り起こし命令」という見出しの記事(「朝日新聞」2017年6月27日夕刊2面)はこんな内容――

  ダリの家政婦をしていた母親から自分は彼の娘だと聞いたスペインの霊媒師(61歳)が裁判所に訴え出た。「生物学的な親子関係」を特定するためにはDNA鑑定のほかに方法がない、と裁判所は判断し、ダリの遺体を掘り起こす命令を出した。ダリ財団は掘り起こさないように上訴するかまえ。

――ダリの作品は、現在ダリ財団が管理しているが、もし、この娘さん(ピラル・アベル)がDNA鑑定でダリの子と判明したら、莫大な遺産の一部を相続の権利が発生する可能性がある。テレビではこの娘さんのインタビューが放映された。ダリと娘さんを比較してみると、なんとなく似ているような気もする(???)。どんな結果になるのか楽しみだが、生前、奇行が多かったダリのことだ、お棺を開けたとたん,上の寫眞のように、バネ仕掛けで飛び起き(ポーの「お前が犯人だ」のように)、「お前は俺の娘ではない!」なんて言ったら、一大ニュースになるだろうね。

  話を絵に戻す。

  1980年代に刊行されていた「STYLING」という雑誌に、海野 弘の「室内の都市:58 カナリアの部屋」(切り取ってしまったので発行年不明)が載っていた。読んだらヴァン・ダインの『カナリア殺人事件』(The Cannary Murder Case.1927)の話。NYのブロードウェイで名花「カナリア」と呼ばれたミュージカル・スター「マーガレット・オデール」の殺人事件をファイロ・ヴァンスが解決するのだが、作中、彼女の部屋が仔細に描写されている。海野は、この部屋の様子を読んで、「カナリヤ」は「ルイ16世式」趣味だったと推定している。『カナリヤ殺人事件』は読んだことはあるが、この部屋の様子などすっ飛ばして読んだから、海野の指摘が新鮮だった。

img613  そこで『カナリア殺人事件』の、そのあたりだけを再読した。手元にハヤカワ・ポケミス(瀬沼茂樹訳、昭和29年11月15日刊)と創元推理文庫(井上勇訳、1969<昭和45>年11月20日5刷)の2種あるが、海野は創元推理文庫から引用しているので、ここでもそれに従う。






ヴぁん・ダイン(プーシェ)ヴァン・ダイン(フラゴナール)th(ワトー)





 


  ヴァン・ダインはこの部屋の調度を仔細に描いている。「マリー・アントワネッット型の三面鏡」や「プウル風の用箪笥」などについてはかいもく見当がつかないが、「ルイ16世式装飾をした飾り箱つき小型スタインウエイ・グランド・ピアノ」とあれば、「カナリヤ」の趣味が伝わってくる。僕の目を引いたのは、壁に飾られていた「プウシェ、フラゴナール、ワトー」(いずれもフランスの画家)の数枚の「すばらしい出来栄えの複製画(下線筆者)である。この三人の画家については全く知らないので、検索し主な作品を見てみた。それが上の絵(左からプウシェ、フラゴナール、ワトー)。ロマンチックななかにも淡いエロチシズムを感じさせる絵である。ヴァン・ダインは、部屋全体の印象を、女優業から身を引いた後、「デミ・モンド(高級娼婦)」をしていたという「カナリヤ」の「か弱い、はかない人柄と、このうえなく釣り合っているように思われた。」と描かれている。壁を飾っているこれらの絵も、彼女の人柄や趣味を象徴しているようだ。

  ヴァン・ダインの本名は、ウイラード・ハンティントン・ライト(1888~1939)で美術評論家、と聞けば、これらの絵の選択にも彼の美術眼がよく表れている。贋作のことを調べるために、美術の図録を多く見てきたので、探偵小説を読んでも絵画に目がゆくようになった。どんなことでも役に立つものである。

藝術新潮」1990年7月号  さて。贋作についてながなが書いて来た。ドイルと贋作についても少し触れたいと思ったけれど、ドイルは、「ピルトダウン人」捏造事件の犯人にされたり、エルシー&フランシスが撮影した妖精寫眞を本物と信じたり(左は、「芸術新潮」1990年7月号に掲載されたドイルの記事の一部)、死後に発見されたホームズ譚「求むる男」(The Man Who Was Wanted)が真作ではなく他人が書いたものと判明したり〜〜と種はいろいろあるが、とにもかくにも種が大き過ぎ、とても手に負えないので、こんなところで退散する。

  浜の真砂はつきるとも、世に贋作の種はつきまじ。

 この項、終わり。




  

ダリとは誰だ?(贋作・7)

ダリ「美術手帖」img576   ダリの名前を知ったのはいつごろだろうか? しかと覚えがない。学生時代に、16ミリ映画でルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』(1929年製作)を観た。目玉をカミソリで切るシーンは、その後ずっと脳裏に焼き付いている。ただ、この映画が、サルバドール・ダリとの共作だったと知ったのは、ずっと後のことで、ダリの画集かなにかで知ったのだと思う。



ダリ図録 (2)  「贋作」について書いているうちに、ダリにたどりついて『贋作王ダリ』を読んで、ますます興味が沸いた。先日、神保町で『ダリ展』(1999年)の図録と『美術手帖』(1959<昭和34>年9月号)を買って、観て、読んだ。左上の寫眞は、『美術手帖』の表紙(イラスト:ダリ)。サルバドール・ダリ特集。右上はグラビア口絵で、絵は「やわらかい自画像」。1941年の作品、つまり僕が生まれた年、太平洋戦争が始まった年である。

  ダリは、随分昔の人と思っていたが、年譜をみたら(「ダリ展」図録・左)、1904年生まれで、亡くなったのは1989(平成元)年1月23日(84歳)、二ホンはバブル景気の頂点(以降、ハジケル)だった。つい最近まで生きていたのだ。ダリが死亡すれば、新聞の一面に大きく載るだろうが、まったく記憶にない(JFKが暗殺された日の新聞は良く覚えている)。平成元年と言えば、昭和天皇が崩御し万事自粛の世の中だったから、ダリの記事など新聞の片隅に追いやられていたかもしれないし、こちらは二日酔いの朦朧のなかにいたから、記憶にないのかもしれない。

  『美術手帖』の本号には、勅使河原 宏がスペインのポルト・リガにあるダリ邸(現在は美術館)を訪れたときの寫眞が掲載されている。ダリ一流の「大げさなポーズ」の寫眞だが、ダリの特徴が良く出ている。勅使河原はシュールレアリズムに傾倒した映画監督(映画「おとし穴」「砂の女」など。草月流第三代家元でもあり多方面で活躍した)だったから、ダリとは気が合ったと思われる。

  ダリについては、『自伝』もあり批評・評伝の類も数多くあり、彼についていちいち解説する必要もないが、晩年のダリについてはよく知られておらず、以前から彼の作品には???がつきまとっていたようだ。今回、『贋作王ダリ シュールでスキャンダラスな天才画家の真実』(原題:Dali&I:The Surreal Story)を読んで、これまでのダリについてのイメージを塗り替えられた。本書はノンフィクション(一部、人名などは変えてあるという)だけれど、まるでフィクションを読んでいるような面白さである。著者は、アメリカ人の投資家が設立した投資会社にやとわれたダリの美術品専門ディーラー。彼の経歴もセールス方法、美術業界の内幕もおもしろく一晩で読むのは欲しいので、毎晩すこしづつ読んだ。

 これから読む人のためにサワリだけ書いておこう。

 ダリの作品には、3種類ある。 嵋槓の本物」、◆嵋槓のにせ物」、「にせ物のにせ物」の3種である。
,蓮∨椰佑描いて本人がサインし、本物の来歴書があるもの、は完全な贋作だが、△ややこしい。美術業界については無学なので、ダリの場合でなんとなく感じたことを(本書をもとに)書くと、リトグラフならサインは本物だが死後に刷ったものや他人が描き、それを本人が少し修整し本人がサインしたものーーということになろうか。本書の作者によれば晩年のダリは、お金欲しさに(ダリは、ブルトンから”ドルの亡者”と呼ばれた)大量の白紙にサインし、1枚何ドルで売り大金をせしめたという。このサイン入りの白紙に後刷りしたものが△痢嵋槓のにせ物」になろうか。それに、ダリのサインは何種類もあるので、サインだけでは素人には真贋を見分けにくい。展覧会の図録では、絵が小さいためサインがどこにあるかわからないが、オークションの図録の場合は、サインの位置がハッキリ記載されている。例えば、右下にあるとか。

  本書の解説・谷川渥氏によると、ルーベンスもダリと同じように「工房式」で製作されたものがあるとのこと。1978年、東京・上野の国立西洋美術館が1億5千万円で購入した作品が1994年になってオリジナルではないと判明。同名の作品がアメリカの美術館に2点あり、ロンドンのオークションにももう1点でたためである。ロンドンのものを除いた3点を徹底分析した結果、アメリカの1点がルーベンスのもの、他の1点がルーベンス工房によるもの、東京のは工房以外で制作されたものと判明したという。

  投資目的の美術品購入者は、絵の美術的価値に大金を払うのではなく、これは「ダリの絵」「ピカソの絵」「ルーベンスの絵」といった名前への「信仰」に大金を払う(谷川氏)のである。僕のような年金生活者には複製で十分なのである。このブログ「贋作」を描くため(他にもあるが)に、様々な作家の図録を買い、眺めていると絵の良し悪しが少しずつだが分かるようになった。絵画にしろ、骨董品にしろ、小説にしろ、人間にしろ、多くのものをよく観察しなが見たり読んだり話したりすれば、その良し悪しが即座にわかるようになる、という。僕の場合はまだその域に達してはいない。まあ、努力だけはしようと思っているけれど。

  40歳になったら自分の顔に責任をもてーーと言ったのはリンカーン大統領である。友人から、ある人物をホワイトハウスで雇ってくれないか、と頼まれたので、大統領は面接した。その結果、「不採用」と聞いた友人が、大統領になぜか、と尋ねたら「顔が気に入らなかったから」と答えたという。日本の首相が、ある会見で(少し前のことになるけれど)、アメリカにゆくと自分はリンカーン大統領と同じように、ABE(エイブ)と呼ばれる、と自慢げに語っていた。民主主義の体現者であるリンカーンに、「アベ」さんが面接したらなんという答えが返ってくるだろうか?

  しかし。最近、顔つきのいい政治家が非常に少ないねえ。


 まだまだ、つづく〜〜〜  
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