ホームズ・ドイル・古本 片々録 by ひろ坊

ホームズやコナン・ドイル、ミステリーを中心にした古本についての紹介や身辺雑記を記載する。

お知らせ。

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img250  これだけでは、そっけないので。最近読んだ(再読)岡潔・小林秀雄の対談『人間の建設』(新潮社)から、岡潔の言葉を引用する。

「⋯⋯世界の知力が低下すると暗黒時代になる。暗黒時代になると、物のほんとうのよさがわからなくなる。真善美を問題にしようとしてもできないから、すぐ実社会と結びつけて考える。それしかできないから、それをするようになる。それが功利主義だと思います。西洋の歴史だって、ローマ時代は明らかに暗黒時代であって、あのときの思想は功利主義だったと思います。人は政治を重んじ、軍事を重んじ、土木工事を求める。そういうものしか認めない。現在もそういう時代になってきていると思います。これは知力が下がったためで、ローマの暗黒時代は二千年続くのですが、こんどもほうっておくと、すでに水爆なんかできていますから、(略)人類が滅亡せずに続くことができるのは、長くて二百年くらいじゃないかと思っているのです。世界の知力はどんどん低下している。それは音楽とか絵画とか小説とか、そんなところにいちばん敏感にあらわれているのじゃなかろうかと思うのです。⋯⋯-」

――『人間の建設』が刊行されたのは昭和40年11月。つまり「東京オリンピック」の翌年である。

7月7日は、コナン・ドイルの命日

img243   今日、7月7日は、日本では七夕、イギリスではコナン・ドイルの命日(1930年7月7日)。左は1998年12月17日、ロンドンで開催されたササビーズのオークション・カタログ”English Literature and Historyの表紙。寫眞は、[競売番号476#Doyle(Sir Arthur Conan)Collecton of Photographs」のなかの一枚。左がACD,右が奥さん(ジーン)、真ん中が娘さん(ジーン・リーナ・アネット)。撮影場所は、スイス・ダヴォス(年代不明)。娘さんの可愛いこと!! それに比べコナン・ドイルがやけに老けて見える。杖を持っているが、雪で歩きにくいためだろうか?

  「転ばぬ先の杖」。歳を取ったらこれに限るね。

 

本物か偽物か――ドイルの封筒(2)

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  この封筒がコナン・ドイルの自筆のものかどうか、推理するポイントは、封筒に記されている以下の点のみである。

Conan Doyle(鉛筆で書かれている)
Transvaal War Fund
Mansion House
London E.C.
<消印>
SHOTTER・MILL
11.45 AM
OC 30
99

  ――この封筒が本物であれば、コナン・ドイルは、1899年10月30日、午前11時45分、「ショッターミル」(SHOTTER・MILL)の郵便局から、ロンドン市長官邸(Mansion House)宛に「トランスバール戦争基金」(Transvaal War Fund)に寄付(?)を送っていたことになる。消印の1899年10月30日といえば、南アフリカ(トランスバール)共和国+オレンジ自由国の同盟政府が大英帝国に対して宣戦布告(10月11日)し、「ボーア戦争」(第二次)が始まった直後のことである。

 ‥時、コナン・ドイルが「ボーア国」の動きに深い関心を抱いていたことは、自伝(延原謙訳『わが思い出と冒険』)や伝記(ダニエル・スタシャワー『コナン・ドイル伝』)を読めば分かる。戦争が始まった時、コナン・ドイルは、「ついに開戦になった時はほっとしたほどだった。そして私たちの仕事の重要さもはっきりした。」と自伝に書いている。そして、軍隊に志願するが、当時「四十男」だったドイルの希望はかなわない。しかし、友人のジョン・ラングマンが編成したボランティアの医師団に加わり、戦場に赴く。帰国後、戦史『ボーア戦争』(The Great Boer War)を刊行する。

◆彬校劼魏鵑掘寄付金を入れよう”、と呼びかけるラドヤード・キプリングの詩”The Absent−minded Beggar”(1899年⒓月)を6ペンスで買うと、それが「トランスバール戦争、愛国者基金」(The Patriotic Fund:The Transvaal War)に寄付される、というものもあった。コナン・ドイルが市長官邸にあてた「トランスバール基金」がどんなものであったか不明だが、戦争勃発を知って、早速、寄付金を送ったのも愛国心の強いドイルならではの行動であろう。なお、コナン・ドイルは、同年3月6日、ロンドン市長主催による官邸で行われた会合で講演している。

消印にある「ショッター・ミル」は、コナン・ドイルが当時住んでいたサリー州・ハインドヘッド・アンダーショーの近くの村。当時、ドイルは、「ショッターミル」を初め近隣のクリケット・チームとよく試合をしていた(ブライアン・プー『コナン・ドイル年代記』初版による)。10月30日にどこにいたかは、記録がないため不明だが、「アンダーショー」にいて、「ショッター・ミル」に出かけた可能性は十分ある。

ど筒の筆跡は、コナン・ドイルの筆跡によく似ている。特にHの左足を撥ねるところなど。

ソ靆勝辺轤綻紂Σ爾亘槓)は、鉛筆書きだが、本人が書き忘れ、郵便局で書きこんだ、と考えられる。電報などでも、郵便局で鉛筆で加筆している例がある。

――と、まあ、僕がこの封筒は本物と推測している根拠は以上である。確たる証拠はないが、「ボーア戦争」に深い関心を寄せ、正規軍ではないものの、医師として従軍(ボランティア)したコナン・ドイルが100年以上も前に、この封筒を書いた、と思うと(たとえ、これが偽物だったとしても)、なんとなく彼の姿が浮かんでくるから不思議である。

 ――ベネディクト・カンバーバッチも反対したイギリスのEU離脱が決定して以来、どうも気が乗らない。これから先、世界はどう変わってゆくのだろう。転換期には、YesかNoか、デジタル式の二者択一でなく、二極を呑み込んだ「複眼の思考」こそ大事だろう。この世のことは、YesかNoか、簡単に決められるものではない、と思うのですがね。まあ、僕が、この世界中の混乱を心配してもどうなるものでもない。まあ、昼飯に何を食べるか、お握りにするか、卵サンドか、はたまたノリ弁にするか、考えることにしよう。


  
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