昨日、安西冬衛の詩の一行「小説『THE ADVENTURES OF A SCANDAL IN ST.MARIE』」を挙げ、これはホームズ物語に想を得ているのではないか?と書いた。何か見忘れていることもあるやも知れぬと思い、図書館から安西の『軍艦茉莉』が収録されている『現代詩集』(筑摩書房 平成12年1月 14刷)を借りてきた。読み進んでゆくうちに最後の散文詩「物集茉莉」にたどりついた。読んでみたら驚きましたね。ドイルの名前がありました!! 安西がホームズ物を読んでいたという予想は当たっていたのである。その詩は2章に分かれていて少々長いが、全文引用するわけにもゆかないので第1章を少し省略して(あまり省略すると意味がつかめなくなるから)以下に記す。
物集茉莉
第一章
最初、その少女に遭ふたのは、旅順行貨物列車の最後部の便乗室だつた。秋雨のぐしょぐしょ車床をよごす日で、私はさういふ日に私の有つてゐる事務所に通ふことに、ひどく小説めいた気持がした。(略)尤もこれは必ずしも、私の架空癖からばかりではなかつた。といふのは当時実際自分は「Conan Doyle を持てる茉莉」といふ伝奇的な作品を結構してゐた、その央だつたからである。
すると列車が夏家河子といふ駅に着いた時、突然濡れたレーン・コートを羽織つた黒いリボンの少女が車室に入つてきた。そして私の前にゆつくり座席した。手に副読本(サイドリーダー)らしい、褪紅色の薄い洋書を持つてゐる。彼女はそれを膝に裏返した。私は危なく『あツ』と声を発てようとした。何故なら、さういふ彼女は、不思議にも私作中に出てくる茉莉といふ少女だったからである。咄嗟に私はその洋書を調(たしか)めて、確かにその表紙に
The Adventures of a Scandal in Bohemia
と刷られてゐなければならない筈の事実をはつきりとつきとめて、この運命的な邂逅に、邃い面を合わせたい衝動を感じた。しかし遽に、それをどうすることも出来なかつた。(以下略)
第二章にも、
『(略)そりやあそうと、安江、お前のあれはどうなつた?』
『あれ?』
『例の小説。コナン・ドイルを持てる茉莉』
『ああ、あれか、あれなら妙な話がある』
という下りがある。安西冬衛(明治31年―昭和40年)は、「1930年代のモダニズムの詩的革命」をになった詩人で、「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。」という有名な一行詩がある。今日は写真抜きの文字ばかりで恐縮! 『軍艦茉莉』の初版本の書影でも載せたいところですが、なにせ数万円もするので手がでません。悪しからず。
物集茉莉
第一章
最初、その少女に遭ふたのは、旅順行貨物列車の最後部の便乗室だつた。秋雨のぐしょぐしょ車床をよごす日で、私はさういふ日に私の有つてゐる事務所に通ふことに、ひどく小説めいた気持がした。(略)尤もこれは必ずしも、私の架空癖からばかりではなかつた。といふのは当時実際自分は「Conan Doyle を持てる茉莉」といふ伝奇的な作品を結構してゐた、その央だつたからである。
すると列車が夏家河子といふ駅に着いた時、突然濡れたレーン・コートを羽織つた黒いリボンの少女が車室に入つてきた。そして私の前にゆつくり座席した。手に副読本(サイドリーダー)らしい、褪紅色の薄い洋書を持つてゐる。彼女はそれを膝に裏返した。私は危なく『あツ』と声を発てようとした。何故なら、さういふ彼女は、不思議にも私作中に出てくる茉莉といふ少女だったからである。咄嗟に私はその洋書を調(たしか)めて、確かにその表紙に
The Adventures of a Scandal in Bohemia
と刷られてゐなければならない筈の事実をはつきりとつきとめて、この運命的な邂逅に、邃い面を合わせたい衝動を感じた。しかし遽に、それをどうすることも出来なかつた。(以下略)
第二章にも、
『(略)そりやあそうと、安江、お前のあれはどうなつた?』
『あれ?』
『例の小説。コナン・ドイルを持てる茉莉』
『ああ、あれか、あれなら妙な話がある』
という下りがある。安西冬衛(明治31年―昭和40年)は、「1930年代のモダニズムの詩的革命」をになった詩人で、「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。」という有名な一行詩がある。今日は写真抜きの文字ばかりで恐縮! 『軍艦茉莉』の初版本の書影でも載せたいところですが、なにせ数万円もするので手がでません。悪しからず。