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  さて。本題に入る前に、『失われた世界』(The Lost World)について簡単に復習しておこう。

  ”The Lost World”は、1912(大正元)年に『ストランド・マガジン』に連載されたもので、日本での初訳は、新聞「新愛知」に大正4年7月〜9月まで連載された「亡くなった世界」。英本国での発表からわずか4年後だから意外に早い。

  少年向けでは、大正5年5月から6年6月まで雑誌『中学生』に連載された風来居主人訳「知られざる世界へ」が最も早い。一般向けの単行本では、大正13年の『奇怪の足跡』(新栄閣)、大正14年の『没落の世界』(金剛社)がある。

――ざっと、こんなところを頭に入れておいていただいて本題に入る。

  少年向けの単行本の嚆矢は、大戸喜一郎編『前世界物語 ロストワールド』(金
蘭社 昭和4年3月20日 世界名編物語叢書17編)。新聞記者・マローンが恋人のグラディスと結婚したいばかりに、チャレンジャー教授の探検に参加を決める、という冒頭部分や、帰国後、グラディスに会いゆくとすでに彼女は結婚していて傷心落胆する場面、ロクストン卿が持ち帰ったダイヤモンドを分配する最後の場面は省かれてはいるものの、おおむね原作に沿った翻案になっている。装丁・挿絵は、高坂元三。

  本書の改装版が写真の大戸喜一郎編『前世界探検』(金蘭社 昭和6年5月1日 金蘭社名著文庫)。写真・左が函、中央が表紙、右が口絵で、装丁は池上浩。口絵・挿絵は、前書同様、高坂元三である。

  前書・本書ともに、編者による「はしがき」がついている。

「この本は、さうした(原始時代の)動物が現在、南米のアマゾン河の上流にゐるといふのが発端になつて、探検に行く話であります。イギリスの、有名なコナンドイルといふ人の作つたものです。不思議な台地があつて、その上に住んでゐる大昔の動物は、どんな事をするでせう。また人とも猿ともつかない動物がゐて、昔のまゝに生活してゐる土人と、どんな争ひをつづけるでせうか。皆様はきつとこの本を読みはじめたら、恐さと、面白さとで、ハラハラしながら、一気に読まずにはゐられなくなると思ひます。」(総ルビだがルビは省いた)

  表紙にも扉にも奥付にも原作者コナン・ドイルの名前は表記されていないが、上記の「はしがき」には表記されている。

  昭和4年のものと昭和6年の改装版の大きな違いは、後者の巻末に「付録 人間と猿」という解説がついていること。ダーウィンの『人間の由来』からの引用――人間は神のような知能を有するけれども、身体構造においては下等なものから起こっことを示す消し難いしるしがある――しながら、人間も動物の一種に過ぎないけれど、人間が類人猿と共同の祖先を持っているからといって、人間の価値が低くなるわけではない。人間はそれ自身の進化への努力によって今日の人間に到達したことを誇りに思うべきだ、という意味のこと述べている。

  少年達がこの「人間と猿」を読んでも、よく理解できないかもしれないが、『失われた世界』の背景をきちんと説明しているのは、好感がもてる。現在のところ、戦前に発行された『失われた世界』の児童向け単行本は、以上の2冊のみである。

  下は、『前世界探検』の挿絵。マローン(右)とチャレンジャー教授(左)の会見場面。
  
(つづく)
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