2008年01月25日

第六章.拘置所生活6)移送

 十六、移送待ち

 拘置所は裁判を受けている間、勾留されている所。『実刑判決』が下れば、もう拘置所に用はないが、収監する刑務所を決めたり、刑務所側の受入を待つ1〜2ヶ月間は拘置所内で懲役生活を送る。これを『移送待ち』といい、私がいた拘置所にも『移送待ち』の受刑者が当時100人ほどいた。
 収監する刑務所を決めることを『移送分類』といい、運動神経、知能指数の簡単なテストを受けて、肉体、知能に異常がないかを調べるが、テスト以前に、初犯/再犯、刑期が8年以内/8年超、暴力団構成員か否かで刑務所が分類されるので、テストも形式的な感は否めない。

 『移送待ち』の間、「独居房」で1人懲役作業を行うが、運動時間になると、同じ『移送待ち』の受刑者が50人位づつ、屋上の運動場に集まって一緒に運動するようになる。もちろん刑務官は立会うが、そこでは受刑者同士が自由に歓談することができる。裁判の機密性を保つ理由で、被告人同士の会話は禁止されていたが、判決が言い渡された受刑者には、その必要がないという考えだ。

 久々の会話である。
 抑圧から解き放たれた開放感が自然と口を滑らかにする。相手がヤクザだろうが、イラン人だろうが、手当たり次第に話しかけては話しかけられる。相手も同じ心境。まるで何年振りかに再会した朋友の如く会話が弾む。
 皆、気持ちは「塀の中」―
 「どこの刑務所に移送されるか?」
 「仮釈放は、どれだけ貰えるか?」
 が話題の中心。刑が確定した直後だと言うのに、もう仮釈放が話題になる辺りが、いかにも犯罪者らしい。
 中に前科13犯の65歳の窃盗常習犯がいて、皆が大ベテラン?の彼を囲み、矢継ぎ早に質問を投げかける。
 「懲役5年の初犯だけど、どこの刑務所かな?」
 「シャブで懲役8年だけど、仮釈放は、どれだけ貰えるかな?」
 当人はといえば―
 「もう65歳だから、これで『名刑』に新築された高齢者専用房で楽をさせてもらえるよ!」(『名刑』とは名古屋刑務所の略称)
 と、まるで新築老人ホームへの入居が決まり、喜びを隠せない老人のようにご満悦。

 一方、運動時間の度に顔ぶれが変わる。
 新しく『移送待ち』に加わった者。
 刑務所に移送された者。
 顔見知りのヤクザもイラン人も半月ほどで見かけなくなった。
 そうこうしながら拘置所内の懲役生活が1ヶ月を過ぎた頃、私の順番が回ってきた。12月も半ばを過ぎた寒い朝、刑務官が舎房のドアを開け―
 「移送だ!」
 の一言。室内に私物はない。やりかけの仕事をそのままに、手ぶらで舎房を出る。何処に行くかも知らされず、飼い犬のように黙って刑務官の後を追うようについていく。



 十七、刑務所へ移送

 行き先は1階の領置室だった。
 私を待ちかねていたのか、不機嫌そうな表情の年配の刑務官は、私の領置品の中味を無造作に、目の前のカウンター台に広げた。「宅下げ」したつもりだったが、本や私服が結構残っていた。
 「私服に着替えろ!」
 と年配の刑務官に促され、入所したとき身体検査で入った1m四方の箱の中で私服に着替えた。
 着替えが終わると領置品を「塀の中」に持って行く物と、捨てる物に仕分けする。中から私の裁判の起訴状が出てきた。どうしようか迷っている私に―
 「こんな物、もういらんだろう!」
 と言って目の前で破いてしまった。裁判は、もう遠い過去の出来事。すでに「刑の執行」は始まっている。
 「過去を引き摺るより、新たな一歩を踏み出すことが大切だ!」
 そう言われた思いがした。
 本は全部捨てた。5年後、娑婆に戻る頃には世の中も変わっている。今の新刊に載っている情報も陳腐化して役に立たなくなる。
 私は鞄を持っていなかったので、年配の刑務官から段ボール箱を貰い、そこに持って行く物(私服、下着、靴下、時計、財布、運転免許証‥‥)を入れた。その多くは逮捕されたとき持っていた物である。
 更新して間がないゴールド免許証―
 「次の更新までに出れるかな‥‥」
 半年振りに履いた革靴の感触が自分の物とは思えないほど足に馴染まない―
 「これ、本当に俺の靴か‥‥」
 これから「塀の中」に向かう深刻な場面だというのに不思議と、どうでもいいことに気持ちが飛んでいく。まるで「塀の中」に向かう不安を無意識に打ち消そうとしているようだ。

 箱詰めが終わると、それを両手で抱え、拘置所の出口に近い部屋に連れて行かれた。そこには、私と一緒に同じ「塀の中」に移送される、もう1人の受刑者がすでに待っていた。浅黒い顔に鋭い目付きのスキンヘッド。しかし、厳(いか)つい外見とは裏腹に、初対面の受刑者(私)に気後れしたのか、私と視線を合わせようとはしない。
 しばらくして背広姿の男2人が部屋に入ってきた。「塀の中」から我々2人を迎えにやってきた刑務官らしい(当時は、背広姿の彼らを刑務官ではなく移送担当の職員だと思っていた)2人とも眠そうな顔をしている。
 受刑者を刑事施設の外に出すときの決まり事なのだろう。背広姿の1人が、我々2人に手錠をかけ、更に腰縄で数珠繋ぎにした。数珠繋ぎにされると1人では決して逃げ出せなくなる。
 部屋を出た4人は、外でエンジンをかけたまま停車しているワゴン車の後部座席に乗り込んだ。運転席には拘置所の刑務官がすでに乗っている。我々4人の乗車を確認すると、ワゴン車は静かに走り始めた。
 久々のドライブだ。道中、受刑者という自分の立場も忘れ刑務官と雑談に花が咲く。この頃には大分と腹も据わっていた。
 「何年だ?何をした?」
 矢継ぎ早に質問を受け、それに応える。窮屈な舎房から脱出できた開放感が口を滑らかにしている。
 スキンヘッドの男は―
 「度重なる飲酒運転を起した上、警察の再三の呼び出しを無視して逮捕され、『実刑』になった!」
 と話していた。『懲役6ヶ月』と聞いて、刑務官2人が落胆の色を隠せない。遠路遥々迎えにきたら『懲役6ヶ月』の『小便刑』(すぐに終わる刑)だという―
 「ここ(拘置所)に置いておけばいいのに‥‥」
 ぶつぶつと文句を言っている。確かに短期刑を、わざわざ刑務所に移送するのは税金の無駄遣いだ。行き(移送)だけでなく、帰り(出所)の際、帰住地までの旅費(JR乗車券分)も刑務所が負担する。拘置所内の労役に就かせればと、ぼやく刑務官に私も無言で頷いていた。

 そうこうしている内に、ワゴン車はJRの駅表口で止まった。ワゴン車は、刑務所に向かう我々4人を降ろし、拘置所へ戻っていった。
 時間は朝9時頃。刑務官2人は、腰縄を片手に平然と駅構内に向かって歩き出した。
 「うそだろ!」
 手錠をはめ、腰縄で繋がれた異様な格好の2人が、通勤客でごった返す人込みの駅構内を歩いていくのだ。想定外の行動だが、移送慣れしている刑務官2人は、何食わぬ顔で人込みを掻き分けていく。
 両腕で抱えた段ボール箱の下で必死に手錠を隠すが、丸刈り頭の2人を繋ぐ腰縄が誰の目にも『それ』と分かる。
 顔から火が出るほど恥ずかしい。だが、テレビの犯罪ドラマでは決して見ることのない光景を、誰も『本物』とは思わないようだ。誰一人足を止めることなく擦れ違っていく。
 それよりも、あれだけ幾重にも厳重な警備で勾留されていた後だけに、この無防備な移送は驚きである。なぜなら、ここは人込みの駅構内。2人が協力し合えば、どこへでも逃亡できるからだ。だが、今朝が初対面の2人では、さすがに呼吸が合わず、逃亡を試みる間もなく50m程歩いたところでJRの改札口に着いた。
 「はい、切符!」
 無造作に差し出された切符を刑務官から受け取り、一般の乗客と一緒に自動改札を通る。手錠をはめた両手で、段ボール箱と切符を持つという不自由な体勢だったが、なんとか自動改札を通った。
 階段を上りホームに出たところに、電車が停車していた―
 「この電車だ!」
 と言う刑務官に促されるように、急ぎ足で4人が電車に乗り込んだ。
 電車に乗り、ホッと胸を撫で下ろす。早く人込みから逃れたかった。多くの視線が自分に向けられているようで辛かった。

 指定席の座席の1つを180度回転させ、向かい合わせにする。逃亡を防ぐためか、受刑者2人が窓側、刑務官2人が通路側に向き合う形で座る。やっと腰縄が解かれた。
 「目的の駅まで2時間だ!」
 と聞かされただけ。目的地がどこかは分からないが、聞いたところで所詮は「塀の中」。

 いつ買ったのか、電車が走り出して、すぐ刑務官の1人がスポーツ新聞と缶コーヒーを渡してくれた。手錠をはめたままでは新聞が持てない。
 「手錠を外してくれ!」
 と頼むが嫌な顔をしている。
 「じゃあ、手錠を緩めてくれ!」
 こちらは聞いてくれた。視線ばかりに気を取られ、段ボール箱を抱えていた両手の手錠が、手首に食い込んでいたことに気付かなかった。
 片手で新聞を持ち、もう片方の手で缶コーヒーを飲む。ちょっと窮屈だが、どちらも手放す気にはなれない。
 「手錠」という言葉に反応するように、通路反対側の家族連れが我々に気付き、好奇な視線を何度も送ってくる。
 移送する受刑者が多い場合は、マイクロバスを使うそうだ。その方が刑務官も安心だ。だが、マイクロバスを使うと運転手を含めて刑務官が最低3人必要になる。受刑者2人の移送に刑務官3人も付けられない刑務所の事情もあるようだ。

 「トイレに行きたい!」
 と言う私に―
 「だから、飲ませるなと言っただろ!」
 刑務官2人が揉めている。
 「我慢できんか?」
 「我慢できん!」
 「‥‥」
 「早く行かせてくれ!」
 催促する私に缶コーヒーを買ってくれた刑務官が責任を感じたか、渋々立ち上がった。私だけがまた腰縄をつけられ、トイレに連れて行かれた。刑務官は腰縄の端を片手に持ち、トイレのドアを開けたまま付き添っている。
 トイレから戻った後―
 「もう1本缶コーヒーが飲みたい!」
 と強請(ねだ)ってみたが―
 「またトイレに行くから駄目だ!」
 とつれない返事。
 「塀の中」のことを色々聞いても―
 「行けば分かる!」
 としか答えない。トイレ以降、急に無愛想になった。余程、腹が立ったとみえる。
 話によると、我々2人を迎えに来るため朝6時の電車に乗ってきたらしく―
 「眠い!眠い!」
 を連発している。受刑者移送という緊張感は全くない。まるでサラリーマンの日帰り出張だ。

 2時間が経ち、電車は予定通り目的地の駅に到着した。電車から降りる前に、また腰縄で2人が繋がれた。電車から降りた4人は人通りが、まばらなホームの階段を急ぎ足で駆け降り、人目を避けるように裏口の改札から駅の外に出た。人通りの少なさが、手錠をはめ、腰縄で繋がれた我々2人には幸いだった。
 改札口を出て少し歩いた道路の脇に、迎えの護送車が止まっていた。待たせたことを気遣うように4人が急いで乗り込み、それを確かめた護送車は、ゆっくりと発進した。
 「何分かかる?」
 と聞く私に―
 「10分くらいかな〜」
 護送車に乗り込んで、ホッとしたのか、刑務官の明るい声が返ってきた。
 拘置所で出廷の際に、10数人で乗っていた護送車も今日は僅か4人。この時ばかりは、もっと長い時間乗っていたい気分だった。我々4人を乗せた護送車は、一路「塀の中」を目指して加速していった。

 拘置所の勾留生活を体験したせいか、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
 「何が待ち受けているか!」
 「これから先、どうなるのか!」
 といった疑問も、不安ではなく、むしろ好奇心からだった。
 「じたばたしても始まらない!」
 もう一度、心の中で自分に言い聞かせた。
 高く冷徹なコンクリート塀が目前に迫ってきた。5年間という「塀の中」の長い未知の生活が始まろうとしていた。
            (下巻)に続く

bswkinkoban at 11:25犯罪、刑罰  
contents
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ