2011年09月06日
霧のマリーンズ・ナイト
先月のことになるが、8月24日にサンフランシスコでジャイアンツ対パドレス戦を見た。4か月の間にAT&Tパークに二度も行くことになったのはひょんな偶然だが、こんな「棚ぼた」のときに限ってリンスカムが先発だったりする。
今季いまいちのリンスカムは、序盤フォアボールを連発して危なっかしかったが、次第に立ち直って結局8回を1失点。
2時間21分の試合は2対1でジャイアンツが勝った。
この試合、パドレスの1番ライトは昨年からメジャーに定着したウィル・ベナブル。
名前からわかるように、かつてマリーンズにいたマックス・ベナブルの息子だ。
彼はプリンストン大学を出ており、アイビー・リーグ出身のメジャー・リーガーの一人になったが、アフリカ系としては初めてのケースで、一部で話題になっていた。
プリンストンにはバスケットで行ったのが、父の勧めで野球に転向したらしい。
試合途中ビジョンに「あるパドレスの選手の父は79年から83年までジャイアンツでプレーしたが、それは誰?」というトリビア・クイズが出て、正解はマックスだが、観客はほとんどわからない様子だった。
またジャイアンツの打撃コーチは、やはりマリーンズOBのヘンスリー・ミューレン。
折しも千葉ではピンクのユニフォームがリバイバルされていたが、マックスもミューレンもその時代の選手だった。
昼でも20度に達しないサンフランシスコでは、写真のように試合終盤には霧。
ただ上空から「降ってきた」霧で、スタンド上部以外は煙らず、プレーに影響はなかった。
2011年05月01日
取り残されたフランチャイズ
もう一度ベイエリアに戻り、29日はオークランドでアスレティックス対レンジャーズ。ここも試合を見るのは約20年ぶりで、そのときは外野の巨大スタンドがなく、多目的とはいえカンザスシティにも少し似た良い球場だと思っていた。
その後NFLレイダースのために増設されたスタンドのため視界は開けなくなったが、それでもいろいろな意味で「変わっていない」と思えた。
20年前のメジャーの球場はこんな感じだった。
ストの後ぐらいから、アメリカの球場は良くも悪くも一流のエンターテインメントの場として洗練され、至れり尽くせりというか、ある意味では日本的な感覚と近くなってきて、それが悪いことだとは思わないが、新鮮さや驚きは減ってきた感じがある。
しかし、オークランドはあまりそうなっていない。
全般に粗削りというか、雑多というか、下品というか、そういう80年代までの感覚がファンも含めて残っており、それらがすべて心地よく感じるのだ。
そして、そのぶんチケットは安い。
1階ネット裏の席が開門後に買えて35ドルというのはNPBでも考えられないが、かつてメジャーの球場はだいたいこんなものだった。
しかし、こういう「古き良き」感覚が残っているのは、アスレティックスが今や「取り残された」フランチャイズだからだ。
サンノゼ移転は本決まりにならないものの、だんだん既成事実化し、オークランドの町が停滞していることもあって客足は伸びず、球団も「何もしない」結果がこうなのだ。
しかし繰り返し言うように、「金のあるところ」を求めて移動していくのが長期的に見て野球界にとっていいことなのか。
メジャーの歴史はずっとそうだった、というのも事実で、それが今の繁栄につながったとも言えるのだが、これからもそれでいいのかというと、疑問は拭えない。
外野スタンドには"Don't Take Our A's Away"という横断幕を出しているファンがいた。
こういうのを見ると、昔からのパ・リーグのファンとしては切なくなる。
鳴り物を使った荒っぽい応援も、「取り残された」球団のファンが外野でやけくそ気味にやっているわけで、かつての川崎応援青年団のようにも見える。
まあ、あの頃のオリオンズより今のA'sはずっと強いが。
ところで、前に見た試合はマリナーズ戦だったが、そのとき出ていて今も現役の選手が一人だけいることに気がついた。
オマー・ビスケルだ。
89年にケン・グリフィーと同じ試合でデビューしたこの名遊撃手はおそらく殿堂に入るだろう。
そう考えると、今日の試合が今ビスケルのいるホワイトソックス戦でなかったのが残念に思えてきた。
またこのときの試合には、ビスケルとジュニア、それにリッキー・ヘンダーソンにグース・ゴセージ、登板のなかったデニス・エカーズリーまで加えると、殿堂入りする/した選手が計5人いたわけで、これは今のメジャーではなかなか考えにくい状況だ。
ジョシュ・ハミルトン(DL)も松井秀喜(オフ)も出なかった今日の試合は、内容的には前回に及ばなかった。
2011年04月29日
リバーフロント
27日は北へ戻ってストックトンで再びカリフォルニア・リーグ。ここの球場もダウンタウンだが、サンホアキン川に面したリバーフロント地区で、隣接してアリーナやホテルもあり、フレズノとは対照的に美しい立地。
飲食店などはまだ少ないものの、アリーナはECHL(アイスホッケーのマイナーリーグ)とアリーナ・フットボール、アリーナ・サッカーのチームが本拠地としており、人口30万の中都市としては恵まれたプロスポーツ環境と言える。
バナーアイランド・ボールパークは2005年開場とリーグでも新しい球場で、収容5300だが、A級としては標準的。
一層のスタンドはフィールドに近く、川こそ見えないものの、オープンコンコースや外野の芝生席など、開放感も高い。
造りとしては、同じリーグのハイデザートに特に似ている気がしたが、あそこは文字通り砂漠の真ん中で、その意味では対照的でもある。
また立地を生かして、外野の裏まで船で来場することもできる(船を持っていれば、だが)。
なお写真にはストックトン・ボールパークとあるが、これが正式名称で、「バナーアイランド」は市が持っている命名権が売れるまで使われる通称ということになっている。
2011年04月27日
寂れたダウンタウン
26日は南東方向へ250キロのフレズノへ。人口50万のフレズノにはAAAパシフィックコースト・リーグのグリズリーズがある。
さびれたダウンタウンにある球場はチュクチャンシ・パークというが、これはネーミングライツで、チュクチャンシとは地元のカジノ。
名前からわかるように、部族の名前をとった「インディアン・カジノ」だ。
カジノに命名権を売るとは、ギャンブルに厳しいプロ野球界としてはぎりぎりの線だろう。
かつてMLBは、カジノの宣伝役になったという理由でウィリー・メイズとミッキー・マントルを永久追放処分にしたのだから(後に解除)。
球場は二層で収容12500と、オクラホマシティやメンフィスといったAAAの優良フランチャイズとよく似ており、観客動員も好調だが、この日は目視で800人程度だった。
確かに箱は良く、中は気持ち良いものの、上記の球場とは周辺の環境がだいぶ違う。
写真にある近隣の建物はまあアメリカらしく趣があると言えなくもないが、ここではどちらかというと陰鬱な感じがする。
こういった建物も含めて、周辺は荒れているわけではないものの寂れており、徒歩10分ほどのホテルまで帰るとき、かつて試合後にこれほど人も車もいない中を歩いた経験はなかった。
今日は観客が少なく、試合が無駄に長引いたためさらに減っていたという事情もあるだろうが。
ダウンタウンの再活性化に球場を活用するのが成功している町も少なくないが、残念ながらここはそうなっていない。
試合はもたもたしてAAAとしてはやや物足りなかったが、選手は当然メジャー経験者も多く、楽しめる。
ビジターのリノ(アリゾナ傘下)にはかつてのパドレス1巡目指名のショーン・バロウズがいた。
2007年タコマ(シアトル傘下)を最後に3シーズンもプレーしていなかったのが、今季アリゾナとマイナー契約したのは知らなかった。
他にウィリー・モー・ぺーニャも絶好調。
ジャイアンツ傘下のフレズノにはマーク・クルーンがおり、ブルペンではリーダー格のようだったが、負け試合でウォームアップの機会もなかった。
2011年04月26日
20年ぶり
25日の月曜はSFから南下してサンノゼへ。A級カリフォルニア・リーグのサンノゼ・ジャイアンツの本拠地ミュニシパル・スタジアムは、約20年前に初めてマイナー・リーグの試合を見た球場だった。
当時は「自動車」という交通機関の存在を知らなかったため、SFから列車を乗り継いで行ったが、80キロもあったとは思わなかった。
今回20年ぶりに行ってみると、記憶にある風景もあったものの、サンノゼの中ではあまり雰囲気が良いわけでもない地域にあることに気づいた。
べつだん危険というほどでもなく、近くにはサンノゼ州立大スパルタンズのフットボールのスタジアムもある。
SJジャイアンツのミュニシパル・スタジアムは、90年代以降新球場建設が続いて早い時期から「現代的」なリーグになったカリフォルニア・リーグでは例外的に、1942年建設の球場を使い続けている。
シリコンバレーの中心でNHLシャークスが本拠を置く「金満都市」なのに、A級の古い球場で昔ながらのマイナー・リーグをやっているという点で、今や特殊なフランチャイズと言ってもいいだろう。
しかもこの月曜は、シャークスがプレーオフのセミファイナル進出を決めるかもしれない試合があり(@LA)、いったい誰が見に来るのかと思われた。
結局400人程度(目視)のファンが集まったが、それだけの理由がある魅力的な球場だ。
何も派手なものはないが、良い意味でオーソドックスな運営をしており、球場の居心地の良さや楽しさは設備の新しさや豪華さではないことを再認識させられた。
思えばこの20年で、マイナー・リーグの環境も、多くのマイナー・リーグの球場を見た自分も大きく変わったが、サンノゼはその間、アスレティックスの誘致運動という激変がありながら、何も変わっていなかったことが奇跡のように思える。
この良い意味での「変わらなさ」を見ると、A'sの移転はやはり流れてほしいと思ってしまう。
球場だけでなく、このクラスでは例外的に守備の良い堅実なチームを作っており、最近7年間で地区優勝5回、最低でも3位という成績もうなずける。
ちなみに、そのうち4シーズンはレン・サカタが監督だった。
10年ぶり

もはや単なる渡米日記と化して久しいこの欄だが、前の前のエントリーのときは、その後国境を越えてバンクーバーに行き、ショートシーズンAノースウェスト・リーグのカナディアンズの試合を観た。
既にそれから1年半以上経ったわけだが、久々に来たのは西海岸ベイエリア。
24日にAT&Tパークのジャイアンツ対ブレーブスで始まった。
この球場で前に試合を観たのは2001年夏、テロの少し前だったので、10年ぶりということになる。
2001年ということはボンズの73本のときだったわけだが、その記憶はまるでない。
球場は相変わらずだが、あらためて物価の高さに驚いた。
水が5ドルとは、あまり他の球場で水を買わないので比較はできないが、常識的に考えて無茶な値段だろう。
昨年のワールド・チャンピオンということもあり、日曜のデーゲームはほぼ満員だったが、ここの(球場に来る)ファンはやはりお行儀が良くて「薄い」という印象が強い。
アスレティックスのシリコンバレー方面への移転問題はまだ不透明だが、実現すればこういうファンベースに変わることはまず間違いなく、それがいいのか疑問なところだ。
こういうカラーが悪いというのではなく、2チームを擁するにはぎりぎりの人口規模であるベイエリアで、両チームのカラーが似てしまうことがまずいと思うのだ。
試合はジャイアンツが一度逆転しながら追いつかれて延長に入り、10回にクローザーのブライアン・ウィルソンが崩れて9-6で負け。
ホームでのブレーブス3連戦では98年以来のスウィープを喫した。
2009年10月17日
4年前

ホームで連勝して第2ステージに進んだイーグルスを見ていると、ちょうど4年前のことが思い出されてならない。
2005年の開幕第2戦で26-0という試合を戦った2チームの立場は今や完全に逆転してしまった。
たった4年でこれほど変わったのだ。
4年前の今日、福岡で「生きていてよかった」と思わせてくれたボビー・バレンタインはあのような形で日本を去った。
もちろん、彼がすべて正しかったわけでもないし、西村徳文新監督には何の恨みもない。
しかし、こんな事態を招いてしまった球団に、来季今までと同じような期待と声援を向けられるか、全く心許ない。
ボビーの今後について誰かが言ったという言葉を支えにするしかないのだろうか。
「二度あることは三度ある」。
2009年08月29日
意外な驚き



4年ぶりにシアトルに来た。
もはやシアトルやセーフコ・フィールドには何の驚きも感慨もないはずだが、「イチローが出ない」という、意外な驚きが待っていた。
8月のヒットのペースなら、メジャー通算2000本安打に立ち会う可能性もある、と思っていたのだが。
しかも、守備練習を再開した26日、打撃練習を再開した27日とも、球場に入ったときにはもうフィールドにはいなかった。
開門前に入ることも可能だったのに、ぐずぐずしていたのは自分のせいだ。
そんなわけで特筆すべきこともあまりないが、写真はまずホームランをめぐっての「ビデオ判定」中のスコアボード。
26日の6回、A'sのジャック・カストのライトへの大飛球がファウルと判定された後、A's側の申し入れによって審判3人が引き揚げてビデオを確認したが、判定はファウルのままだった。
ビデオ判定の導入は、意外なことに審判らも歓迎しているという。
2枚目はダグアウトから戦況を見守るジュニア。
26日は出場せず、27日はスタメンもノーヒットだったが、存在感の大きさは言うまでもない。
もう一度シアトルで見られて本当によかった。
3枚目は試合後にホテルの部屋から。
以前は球場から余裕で歩けるホテルがほとんどなかったが、レフトゲートの向い、かつてガソリンスタンドとコンビニがあったところにSilver Cloudが開業し、あまりにも近くなった。
2008年08月10日
親戚のフランチャイズ
「ヤンキース的なるもの」があるなら、「メッツ的なるもの」もある。私の主観ではこちらの方がずっと好ましい。
やはり今季限りのシェアスタジアムは、球場としての評価は高くないが、そのあっけらかんとした雰囲気は、ブロンクスのそれよりもずっと気やすい。
これは、伝説的な初年度(=1962年の40勝120敗)から不変の「たいてい負ける、しかしたまにとてつもなく強くなる」というチームカラーと不可分だろう。
従って、球団はファン・フレンドリーな球場作りをせざるを得ないし、ファンも「今日は負けたけど、明日は勝とうぜ」的な雰囲気になる。
そこにヒステリックな、信仰的な雰囲気が入り込む余地は小さい。
私にとってメッツは「アメリカにいる親戚」のように感じられるが、それはまず、メッツと千葉の間の人的つながりゆえだろう。
のみならず、体質的に似ていることもある。
今回見た8月5日、6日の対パドレス戦は、結果的には1勝1敗だったが、内容的にはいかにも低迷する両チームらしい、締まらない試合だった。
初回にいきなり崩れる過去の大投手(=ペドロ)、大事なところでのエラーやミス、リードを守りきれないブルペン、故障明けでいいところのない外国人(=井口)など、弱いチームに特有の試合展開は、長年にわたって川崎や千葉で見てきたのと同じだ。
もちろん、こういう「お笑い野球」を褒めるわけではないが、何とも言えず親近感を感じるというか、「自分が応援するチームはこういう野球をする」という感覚が皮膚に染みついているような気がする。
千葉が強くなってきた近年、ともすれば「勝って当然、負けると怒る」的な反応をしてしまうことが私もあるが、それは間違いなのだ、ということを再認識した。
シェアスタジアムの「気やすい雰囲気」は、心地よいことばかりではない。
5日は最上階スタンドで見てみたが、フィールドから遠く離れたここの観客はもう好き放題で、状況にかかわらず"Let's Go Mets!"と叫び続けたり、ウェーブをしたり、お世辞にも「野球を知っている」などとは言えない。
5回頃になって私の真後ろにやってきた子どもたちは前の席を蹴り続け、すきあらばその辺を走り回るし、彼らを連れてきた青年は炭酸飲料を私にぶちまけた。
しかし、この10歳にもならない黒人の男の子たちのグループは、映画『陽だまりのグラウンド』でキアヌ・リーブスにリグレー・フィールドに連れて行ってもらって初めてメジャーの野球を見た子どもたちのようで、こういう子たちが安いチケットで見に来られるということは、やはり球界的にも社会的にも大事なことであるはずだ。
ただメッツで近年気になるのは、巨額のFA選手の獲得など、「ヤンキース的なるもの」を少なからず感じさせるようになってきていることだ。
そういう選手が活躍しないのはやはり「メッツ的」とも言えるが、贅沢な新球場も含め、「メッツ的なるもの」を失って「プチ・ヤンキース」にはなってほしくないものだ。
2008年08月05日
特別なフランチャイズ?
今季限りでその役割を終える(二代目)ヤンキースタジアムは、そんなに特別な球場だろうか。特別と思う人は多いだろうが、それはあくまで主観の話だ。
私にとっては、古くて狭くて薄汚い(1976年の建築でどうしてこんなに汚く時代遅れなのか謎だが)球場に過ぎない。
建物だけではない。
時代遅れの演出、うるさく音が割れるスピーカー、尊大で横柄な従業員など、「一般的には」褒められない特徴が数え切れないほどあるのがこの球場だ。
「それがいいのだ」「それがNYらしさだ」と言う人もいるし、そういう感覚も他のことに当てはめるとわからなくはないが、やはり(やや特殊な)主観なのだ。
ヤンキースのファンは野球を知っている、と言う人もいる。
それも主観だ。
ここには野球を知っているファンもいれば、子どものように相手のエラーに喝采するファンもいる。
そんなことは他の球場でも同じだ。
結局、「ヤンキース的なるもの」が好きならこのスタジアムは特別だと感じるし、そうでなければ単に古くて狭くて薄汚い球場に過ぎないのだ。
私の主観は後者だ。
球場だけではない。
急遽加わったイバン・ロドリゲスも含めて見事に他球団のスターを並べたラインナップ(ジーター以外)は、個々の選手の力量はあっても醜悪にしか見えないし、そんな選手の集団が相手のミスに乗じて勝ったことに大喜びするファンには共感できない。
伝統や歴史を大事にしているのは確かだ。
モニュメント・パークはもちろん、過去の名選手のユニフォームを着たファンがあまりにも多い。
しかしこれも、ここまで極端だとむしろ「神話にすがる信仰」であり、それはおそらく彼らが潜在的に感じている不安(生え抜きのスターがほとんどいないことや、圧倒的な戦力のわりに2000年以降ワールド・チャンピオンになっていないことは、さすがに気になる)のあらわれだろう。
それにしても、3日のエンジェルス戦はあり得ないような試合だった。
6回表までジョン・ラッキーの好投で5対1とエンジェルスのワンサイドかと思いきや、7回裏にヤンキースが8対5と逆転、8回表にエンジェルスは2死無走者からあっという間に満塁にしてマーク・テシェイラのホームランで再逆転、その裏に3つのエラーも絡んで6点とって再々逆転、結局14対9でヤンキースの勝利というのは、両方とも強いチームとはとても思えないドタバタだった。
アナハイムは14失点のうち自責点が5というのがこの試合を物語っている。
まあ、長いシーズンにはこういう試合もあるだろう。
もちろん、こんなのは「ヤンキースタジアムの特別な雰囲気ゆえ」などではない。
テシェイラで終わっていれば、面白い、痛快な試合だったのだが、8回裏は長い蛇足だった。
2008年08月04日
人工的フランチャイズ
7月31日、8月1日とワシントンDCに行った。特に行きたかったわけではないが、単に飛行機の便の都合というか、いちおうメジャーのフランチャイズがあるので立ち寄ったのだが、イメージ通りのつまらない町、つまらないフランチャイズだ。
ナショナルズの新本拠地ナショナルズ・パークは、開場初年度にしては空いている。
31日のフィリーズ戦、1日のレッズ戦、いずれも数字ではそこそこの観客が入っている(=スタンドはいつの間にかそれなりに埋まっている)が、雰囲気的にはしらっとしていた。
現時点でメジャー最低勝率(.369)で31日まで9連敗、この日には故障明けの主力ライアン・ジンマーマンが死球を受けてまたも負傷と、絵に描いたような「八方ふさがり」の状況ではやむを得ないとも言えるが、それだけでもないだろう。
おまけに、フィリーズ戦では田口壮は出ないし、レッズ戦では目玉であるケン・グリフィーが前日のデッドラインにトレードとくれば、「金返せ」と言いたくもなる。
ナショナルズは、人工的な政治都市ワシントンDCにふさわしい人工的な球団だ。
そもそもエクスポズの破綻にあたって、「首都にフランチャイズの復活を」という象徴的な理由「だけ」で他の候補都市を蹴落として選ばれたという経緯もそうだし、ニグロ・リーグの強豪ホームステッド・グレイズでも、かつてのワシントン・セネタースでもなく、首都だからという理由でナショナルズという名称を名乗ったことにもそれはあらわれている(チーム・ショップにはグレイズ関連のグッズは皆無で、セネタースのもごくわずかしかない)。
従ってファン層も曖昧で、地元住民の6割近くを占める黒人はスタンドには少ない。
MLBの他のフランチャイズに比べると若干多いが、それでもわずかで、アメリカ国内での「アフリカ系の野球離れ」の深刻さをどこよりも示している。
また、フィリーズ戦では距離的に近いブーイング好きのフィラデルフィアのファンが3分の1ほどおり、どちらもチームカラーが赤なので見た目には区別がつかない。
レッズも赤なので(こちらのファンはほとんどいなかったが)、楽天イーグルスと同じく背番号10を与えられた「ナショナルズファン」は視覚的にも見えにくいのだ。
なぜNLの複数の伝統球団(カージナルスもそうだ)と同じ赤をチームカラーにしたのだろう。
特徴がないのは球場もだ。
見た目はサンディエゴに少し似ているが、これという売り物がなく、可もなく不可もなく、という印象にすぎない。
どうもチケットの価格設定にやや問題があるらしく、アメリカの球場にしては珍しくネット裏ががらがらで、逆に安い最上階は結構埋まるという、西武球場のような状況になっているのも困ったものだ。
また、レフト後方のコンコースに植えられた桜の木は、咲けばきれいだろうが、そのとき以外は普通の木だし、去年見た完成予想のCGのイメージよりは数も少ない。
テディ(ルーズベルト=写真右側)が必ず負ける「大統領レース」が最大の売り物だとしたら、ちょっと情けない。
かつて二度も「逃げられた」首都のフランチャイズは今後やっていけるのだろうか。
当時に比べれば収益的にはずっと良くなっているのだろうが、他のフランチャイズと比べると不安材料は多いだろう。
思えば、エクスポズの移転先候補のひとつとして、オレゴン州ポートランドがあった。
あの町に移転していれば、と今更ながら思ってしまう。
まああの町だとシアトルがダメージを受けるし、受け入れ態勢にも問題はあったが、アジアから見に行くファンとしては、西海岸に球団が増えれば無条件に嬉しかっただろう。
ワシントンDCは、「やはり首都に移転してよかった」と思えるフランチャイズでないことは確かだ。
2008年04月23日
レッドソックスファンという人々


レッドソックスのファンを描いた映画が近年2本製作された。
まず『ライフ・イズ・ベースボール』。
原題は"Game 6"。
86年のワールドシリーズ第6戦の日のニューヨークが舞台で、主人公はこの町に住むボストンのファンの劇作家。
この日の朝から夜までのストーリー。
こういう設定は面白いが、展開や描写にはほとんど共感できない。
このチームのファンにありがちな、やたら観念的な台詞が繰り返され、まあ劇作家なので当然とも言えるが、結局野球は脇役で、それをしのぐだけの魅力を主人公は持っていない。
何より、レッドソックスの熱狂的なファンである主人公が、68年ぶりにワールドチャンピオンになるかもしれない試合が同じ町で行われるのに、球場に行こうともしないのが納得できない。
それなりに売れている劇作家なのでチケットが手に入らないわけはないが、この男は当然のようにテレビで見て一喜一憂し(実際には「一喜十憂」ぐらいだが)、観念的な台詞を吐き続けるのだ。
9回裏のバックナーのエラーまで、何度もタクシーに乗って様々な民族の運転手と会話するのも、NYという町の描写としては面白くなくもないが、そのこととストーリーとの関わりが見えない。
主人公は、バックナーはエラーをせず延長戦に入ったという「幻覚」を見る。
そこから「敵」である演劇評論家との意外な邂逅へというラストは、まあ工夫はされているが、納得やカタルシスにはつながらなかった。
この作品から感じられるのは、レッドソックスのファンの過剰な自意識だ。
彼らは負けることに過大な意味を与え、過剰な言葉で語って自己を正当化することに熱心だ。
確かに「人は負けることから学ぶ」(注:不正確)といった言明には共感する面もあるが、それは声高に語るようなことではないと思う。
彼らがそれを繰り返し叫べるのは、結局ヤンキースに次いでファンが多いからだ。
ファンであることを商売にしている芸能人や「文化人」が多いのもそのためだ。
このチームのファンと阪神タイガースのファンは相似形だとつくづく思う。
『2番目のキス』(原題"Fever Pitch")はもっとストレートに楽しめた。
主人公のソックスファンはフェンウェイ・パークの1塁側ダグアウト上のシーズンチケットを持っているが、普段はパッとしない小学教師。
しかし、ファンとしても人間としても劇作家よりずっと「まっとう」な人物だ。
ボストンのシーズンチケットホルダーという「特権」も、この町に引っ越してきて友達もいなかった子ども時代に球場に連れて行ってくれた叔父さんのを引き継いだという経緯があるので、嫌味を感じない。
彼は自意識を振りかざしたり正当化するのではなく、恋人との付き合いとファンとしての自分との両立に悩み、ついにシーズンチケットを手放すことを決心する。
シーズンチケットの価値とそれを取り巻くファンのドラマという、野球の世界での展開なので納得できる。
こういうファンが応援するチームなら、とうとう優勝したこと(この作品ではそれがラストになっている)も素直に喜べるわけで、ソックスファンではなく野球ファンの映画になっているとも言えるだろう。
もっとも、両作品の主人公と映画のテイストの違いは、単に球場に行くファンかそうでないファンかの違いにも思える。
『2番目のキス』の小学教師は球場に行くので、レッドソックスが負けても楽しみはいくらでもある。
周りの席の常連との付き合いもそうだし、毎年行く春のキャンプでは野球が始まる喜びを満喫できる。
それに対して『ライフ・イズ・ベースボール』の劇作家はもっぱらテレビで見ているようで、そうすると結局勝敗がすべてで、負けの多いレッドソックスのファンは屈折し、それを説明したり正当化する言葉を紡ぐしかなくなる。
それは無意味とは言えないが、球場に行けばそんなものを吐く必要はほとんどなくなるのだ。
両作品はそんな単純な真実をあらわしているだけなのかもしれない。
2008年04月04日
America's Smallest

LAのコロシアムはどう見ても野球場ではないが、同じくらい変型なのにプロ野球の球場として使われ続けているのがベーカースフィールドのサム・リン・ボールパークだ。
ここはまず、アメリカのプロ野球の球場でおそらく唯一、打者が西を向くように造られており、ナイトゲームの序盤に打者は西日をまともに浴びることになる。
そのため、外野のフェンス後方には日よけの並木が植えられているが、もうひとつユニークなのは外野の狭さで、特にセンターは108mしかない。
これもプロ野球の球場としては全米一、もしかすると世界で最も狭いかもしれない。
そのため、センター後方には高さ15mのバックスクリーンが設置されており、これを越えないとホームランにはならない。
スクリーンに当たってフィールドに戻ってきた打球はインプレイだが、スクリーンは場外にあるため、当たってフェンスとの間(幅2mほど)に落ちた打球は2塁打とするグラウンド・ルールがある。
残念ながらスクリーンに当たる打球を見ることはなかったが。
他にも、やたら外野寄りにあるダグアウト、妙に広いファウル地域、ファウルラインと平行でないブルペンなど、世にも奇妙な球場として興味は尽きない。
もうひとつここがユニークなのは、今時のマイナーリーグとは思えないオールド・スタイルの運営をしていることだ。
球場が古いだけでなく、開幕戦だというのに特別な演出などは皆無に近く、イニング間のイベントやPAも15年か20年前のセンス。
プログラムは綴じてもいない紙を2枚重ねて折っただけだし、場内にある手書きのリーグ順位表やリーダースは、昨年の最終盤のまま。
景気の良いカリフォルニア・リーグにこんな球場があることに驚いた。
そのためか、わりと暖かい夜なのに観客は推定1000人程度。
なにしろネット裏がガラガラで、終盤にはスカウト以外ほとんど誰もいなくなったほどなのだ。
しかし、こういう球場に来ると嬉しくなってしまうのも事実だ。
ほんの少し前まで、マイナーリーグとはこういうものだった。
こういう球場にも残ってほしい、と言えば身勝手かもしれないが、やっていけるのならそれに越したことはないと思う。
試合内容も「らしい」ものだった。
7回まではなかなか締まった試合だったのに、8回表にホームの二番手以降の投手が大崩れし、そうすると守りも乱れに乱れ、長い長い守りで一挙7失点。
シングルAでは投手と守備のレベルはかなり辛く、開幕戦に先発するような投手はそこそこでも、それ以外は相当落ちる。
素材は良くてもちょっとしたきっかけで崩れてストライクが入らなくなったり、チーム全体もそれで糸が切れたりする。
なので、このレベルの野球をずっと見続けるのはなかなか厳しいかもしれない。
だから球場のエンターテインメント性が大事、とも言えるわけだが。
2008年04月03日
America's Finest

再度国境を越えてサンディエゴに戻って開幕戦と第2戦(対アストロズ)。
旧球場の頃から、パドレスの試合を見に行っていやな思いやつまらない思いをしたことがない。
理由はチーム作りの仕方などいろいろ考えられるが、ひとつ重要なのは「人」の要素だろう。
ここでは、昔初めてアメリカの球場に来た頃の心地よさの理由のひとつだった、ファンが親切に迎えられることへの新鮮な驚きがよみがえる。
あの頃に比べるとアメリカの球場も変わったように思うが、それは本当に変わった部分(チケットや飲食物の価格はとても高くなった)と、こちらが慣れてきていろいろな面が見えるようになったことの両方が理由だろう。
いやな奴や無愛想な奴や真面目に仕事をしていない奴は、昔も今もいる。
しかし、サンディエゴではそういう面がほとんど見えない。
球場はこうあってほしい、と思う姿が完全に近いほど実現されているように思うのだ。
例えば、2戦目に私の隣に1歳ぐらいの子どもを連れた若い夫婦がいたが、子どもが当然のようにむずがり始めると、近くにいたアッシャーが小さなカップに入れたオレンジジュースを持ってきて疲れた母親をねぎらい、「もう少し大きくなったらPark at the Parkでボールを打って遊ばせて下さいね」という意味のことを言ったことがあった。
こういう感覚でのサービスというか気遣いが普通にあるのだが、日本ではまず考えられないことだ。
日米の違いは基本的には優劣ではなく質の違いだと思う。
アメリカでわりとよくあるこういうサービスはマニュアル的なものではなく、ひとりひとりの顧客を気遣って満足度を高めるという方針がおそらくあって、具体的には個々の従業員の裁量で臨機応変に行われているのだろう。
日本のサービスにはそういう面がない。
それは提供側が気が利かないというだけではなく、例えば上の例と同じ気遣いを従業員がしたとしても、別の観客が「私にはしてくれなかった」とクレームをつけたり、同じ観客が「この前はしてくれたのに今回はなかった」と文句を言ったりするからではないか。
つまり、する側も受ける側もサービスはマニュアル的なものだと思っているので、それ以外の創意工夫や気遣いができない環境になっているのだ。
世界的な「マクドナルド化」が言われ、確かにそういう画一的なサービスの発祥地はアメリカだが、その「本場」はむしろ日本であり、アメリカにはもっと別のサービスの仕方も根づいている。
日本は、すべての顧客に同様に「かしずく」ようなサービスは得意で、確かにそうしたサービスの水準は高いが、逆にフレキシブルなサービスはほとんど期待できない(ドラマに出てくるような老舗旅館などではあるのかもしれないが、それは珍しいからこそドラマになるのだろう)。
どちらがいいというのではないが、好き嫌いは当然ある。
この種のサービスは、優秀な人材を集めて球団が方針をはっきりさせれば可能になる。
それを「たやすいこと」と言うべきではないだろうが(チームの強化と同じように)、チームを強くすることとの違いは、ゼロサム・ゲームではないことだ。
球界全体で見れば、強いチームがあれば必ず弱いチームがあるし、チームとしても常時強いということはあり得ないが、サービスによる顧客の満足度向上は、全球団がいつでもできるはずのことだ。
だから、これはプロ野球という業界にとって死活問題と言えるほど重要なのだ。
日本も基本的にはこういう方向に向かっているとは思うが、サービスの質において、まだまだという観は否めない。
もちろんアメリカでもすべての球団がそうなのではなく、差はずいぶんあるが、パドレスはそうした点で間違いなく一級のサービスをしている。
対メディアもそうだし、球場の設計や演出にもあらわれているように思う。
2008年03月31日
国境の南の野球

サンディエゴから国境を越えたティファナにはメキシカン・リーグのポトロスというチームがあり、マック鈴木や藪恵壹が在籍したこともある。
このリーグは19日に開幕して既に10試合程度を消化している。
30日はサルティロ・サラペロスとの試合だった。
メキシコの球場の特色といえば、大音量の音楽が1球ごとに鳴り響き、チアリーダーが踊ることだろう。
以前テキサス州ラレドでヌエボラレドのチームが国境を越えて行う試合を見たことがあるが、そこに比べて興行的に成功しているティファナでは、尚更メキシコらしかった。
ただ日曜のナイトゲームは気温が10度近くまで下がり、観客も2000人程度で、スタンドの盛り上がりはいまいちだったが。
スタンド外は縁日の露店のように売店が並び、試合後半にはバンドの演奏も始まる。
こういう中南米的な雰囲気も決して悪くないのだが、終盤にはうるさく感じるようになるのはプエルトリコでも同じだった。
もっとも、寒くなくて試合内容も良ければそんなこともないかもしれない。
野球のスタイルは、以前見たときほどアメリカ野球との違いを感じなかったが、両チームとも投手力の不足が目立った。
ここは中南米唯一のサマーリーグなので、MLB傘下の選手はほとんどおらず、アメリカ人も両チーム1人ずつしかいない(ティファナは元阪神のデリック・ホワイト)。
そのため独自性が強いはずだが、徐々に薄れてきているのか、前回見たときがたまたまだったのか。
メキシコはレンタカーが乗り入れられない(というか、保険が効かない)のでタクシーで行ったが、球場(エスタディオ・カリマックス)は国境に近いダウンタウンから東の方向へ約15分、100ペソ(≒10ドル)程度。
試合終了後も正面に何台か待っていたので、ナイトゲームでも帰りの心配はいらないだろう。
ティファナでは米ドルがだいたい上記のレートでどこでも使えるが、お釣りはペソで返ってくることがほとんど。
また英語は、ホテルなどでは当然通じるが、それ以外では値段のことぐらいしか通じない。
球場でも、売店の売り子などは英語を話さない。
野球はアメリカのスポーツなので球団職員や選手はそれなりに英語が使えるが、それ以外の人々には関係ないのだろう(プエルトリコもそうだった)。
もうひとつ、アメリカとの国境地帯はあまり治安が良くないと言われる。
球場でも入場の際に手荷物検査に加えてボディチェックという、東京ドームでの国際試合以外では初めての経験をしたし、警官も多い。
まあ普通にしていれば旅行者が犯罪に巻き込まれるようなことはあまりないと思うが、野球場は外国人観光客が行くようなところではなく、そうした意味でアメリカとは感覚が違うので、行動には気をつけた方がいいかもしれない。
