2016年06月22日

響き合う心119 優しさ

 ――現代人は優しさを求め優しさに飢えていると言われます。結婚相手を選ぶときも、優しい人、面白い人、生活力のある人といった順に・・・。
 
 「なるほどね」。

 ――そういう意味で、優しくしてくれて有難う、みたいな感じの屋だしさを求める。先生は、優しくする人というのは自分も優しくしてもらいたい人なのだと言われたことがありますよね。

 淋しい子の中に動物を可愛がる子がしばしばいる

 「それはこういうことがありますね。動物をうんと可愛がる子というのは、友だちのいない子にしばしばいますね。動物を可愛がる子はみんな友だちがいないという逆の意味では必ずしもありません。けれでも、動物を可愛がる子には、淋しい子が多い。あるいは淋しい子の中に動物を可愛がる子がしばしばいるということ、これは確かに言えますね。それは対話する友だちが少ない、あるいはゆっくり安心して対話できる親とか、兄弟とかが少ないときに動物にそれを求めようとすることがあるのですね。だから自分が動物に向かって優しくしてあげる。それは本当は自分がそうしてもらいたいと感じている気持ちの裏返しの姿や表現である、ということですね。


 人にやさしくできる人は、自分が優しくされていなければならない

 けれども今度は動物なんかではなく、人間が人間に優しくできるかということですが、自分が周囲の人に優しくしてもらってなかったら、一般に私たちは人に優しくなんてできないですよ。これはとても大事なことです。だから動物に優しいということと、友人に優しいということは全然別のことなんです。現代人はペットを猫可愛がりするほど優しい。で、その優しさを隣人に与えられるかというと与えられないんです。弱いものに対する優しさと、対等のものや自分より強い相手に対する優しさは、しばしば質が違うんですね。人に優しくできる気持ちと、ペットに優しくできる気持ちは違うんです、なぜかというと、自分を裏切らないものに対しては、あるいは自分に危害を加えてこない、反抗しないものに対しては優しい。ところが、自分の方から気遣いをしなければならないものに対しては優しくない、よそよそしくなってしまうのです。まして自分より恵まれている人や強い立場にある人には、優しさどころか、反射的に無視や敵意を感じてしまう。人間には嫉妬の感情がありますからね。でも本当の優しさは、自分より恵まれているという人にも感じられる優しさのことでしょう。優しさとは、相手に対する哀れみではないのですから。そんな見下げた感情ではないでしょう。優しさとは。
 とこらが現代人は自己愛的になりましたから、そういう見下したような偽りの優しさや愛情を抱いて、酔っている人がいますね。
 本当に人間同士で優しくし合えている人は、猫可愛がりをするほどのペットは持たなくてもいいんだと、基本的には思っているんです。でも結局は、人に優しくできる人というのは自分が優しくされていなければならないんです」。

 ――先生はこういうことを言われたことがあるんですね「恋愛中の人は優しくなる」と、「そして家族に愛されている人はもっと優しい」と。

 家族に愛されている人は一段と人に優しい

 「ああ、そんなこと言ったですか。なるほど、恋愛がうまくいっている時は、自分が一番愛されていることを感じているわけですから、だから自分が愛されて、優しくされてる時は優しいんですよ。人に優しくできるんです。このようにね、自分が優しくされなければ人には優しくできないんです。恋愛中はうまくいっているから優しくできるんですね。そしてね、本当に自分が優しくされているといういちばん強い実感というのは家族に優しくされていることを深く実感する時で、恋愛なんかよりもっと安定した確かなものなんです。そういった意味で言ったんだと思うんです」。

 ――親は子どもに優しくしなければならないと。

 「そうすれば子どもは誰かに優しくできるんです。だけど親に優しくしてもらえてない子どもというのは、人に本当は優しくはできないのです。優しくしてもらおうとして、おべっかを使ったり、周囲の考えに迎合したりはしますけれどね」。

                               佐々木正美


人 愛 こころ より

budouno_ki at 12:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年06月02日

お悩み相談室

*佐々木正美は現在入院療養中のため、『お悩み相談』へのお答えは体調が回復次第となりますことをご了承下さいますようお願い申し上げます。

ぶどうの木へのお悩み相談をメルマガでおこたえした一部です。
ご質問のある方は、
info@budo-noki.jp まで件名『お悩み相談』でメール頂ければ、可能な限りメルマガにてお返事したいと思います。匿名でも大丈夫ですので、お悩みのある方の手助けになれば幸いです


『自閉症スペクトラムの4歳男の子です。親の言う事に何でも反対したがります。またいつも選択ができません。』

 これは自閉症の子どもでなくてもよくある事です。本質的な問題は子どもが自分の言う事を、よく聞いてもらえないという気持ちを強く抱いていることに由来します。基本的な解決は、よく聞いてあげる事に心がけるといいと思います。指示や命令になる事は、できるだけ控えて下さい。『自分で選べない子ども』は、自由に選ぶことができた経験の不足です。親が賛成や納得をしてくれるかどうかに、不安があって選べないのです。できるだけ子どもの選択を大切にしながら、どうしても選べない時には、子どもと一緒に考えるようにしながら、選んであげるようにするといいでしょう。いつも親が納得や安心する答えを求めすぎることがないように、心がけて下さい。


『アスペルガー障害の年長児で、思うようにいかないと、相手を責めたり、暴力を示して爆発的に振る舞ってしまいます。』
 どのように接するかは、できるだけ苛立たないで、叱らないで、短く分かりやすい言葉で、慰めるように語ることが大切です。困った行動を沢山しめすのは、これまでの行動に周囲の対応が良くなかったからです。やり直しは、いつからでもできますから、これからは、できるだけ穏やかに接してあげてください。根気よく育てているうちに、必ずいい子になってきます。


『4歳の女の子で場面かん黙があります。保育園で先生や友だちのお母さんに抱っこをせがみますが、お母さんには抱っこを求めません。』
 お母さんの育て方が少し厳しいのかもしれませんね。こういう子どもには、子どもの希望をよく聞き届けるやり方で育てるのがよいと思います。子どもの希望を少し聞き入れ過ぎるくらいの気持ちで、すなわち少し過保護くらいの気持ちで育てるのがよいと思います。お母さんの希望や指示を少し厳しく伝え過ぎているのかも知れません。子どもは本来、お母さんに本音でものが言えるように育てることが大切です。


『小学校1年生の男の子で、勉強が苦手で宿題も泣きながらやっている状態です。学校に行くのも辛くて、親としてもいたたまれない気持ちです。』
 学級担任の先生と、話し合うことが大切でしょう。できない勉強を泣きながらするということを続けていては良くないと思います。宿題など、親が手伝ってあげるのがよいか、その他の方法があるのか、子どもの気持ちをよく聞きながら、先生とよくよく話し合って、応援してあげる方法を、ゆっくり考えてあげてください。学校は泣きながら行くところではありません。楽しく通うところです。友だちも勉強も、どちらも同じくらい大切です。 


『発達障害の子どもの就学について』
 多くの保護者が悩むことです。普通学級か特別支援級かということです。単純には決めにくいことですが、最も基本的なことは、子どもの気持ちに寄りそうということだと思います。若いお母さんは、ご自分の気持ちが優先して、必ずしも子どもの気持ちに寄りそえないことが少なくありません。子どもは現在の気持ちを大切にして欲しいということですが、保護者は子どもの現在よりも将来のことを考えるあまり、現在のことをなおざりにして、将来への気持ちを大きく投影しがちです。子どもの将来を考えるためには、現在の子どもの気持ちを無視することはできません。毎日楽しく通学できる学級はどちらであるかということを、しっかり考えて、学級や学校を選びたいものです。親の気持ちよりも、子どもの気持ちです。


『発達障害の姉(小3)弟(小1)が、学校では問題を起こさないのに、自宅で母親の前では毎日かんしゃくやパニックを起こして困らせる際の対応について』
 学校でのがまんを自宅に持ち込んでいるのです。でもこのことは、ある意味、素晴らしいことです。お母さんの前では安心して、心を許して地のままの自分を表現できているのでしょう。これが反対だったら大変です。不登校やひきこもりになってしまいます。お母さんのやさしさが、大きな力になっていることを感じます。お母さんが、「非常に苦しい気持ちの日々で」と書いておられますが、そのお母さんの忍耐が、学校など外での生活を安定したものにしていると思います。「母性や愛情を維持できない」などとはおしゃらないで、私の忍耐が、この子達の安定した日々を維持させてあげているのだと、しっかり自負したお気持ちで、少し力を抜いて、接してあげてください。


『17歳になる発達障害傾向の姪御さんについて』
 幼少期から利発で記憶力等がよく、学校の成績も非常によく、親の期待にそえる子どもでしたが、友だちとの関係はうまくゆかず、いつももめていた少女でした。現在は不登校の状態で、家族との関係も良くありません。親類縁者の叔母としてできることは何かというご質問です。お答えとしては、身近な大切な人(ご両親や兄弟姉妹)の障害への理解が、是非必要です。そのためには、できることならばご両親など家族が、よい専門家に会って、話し合うことをお薦めします。発達障害の子どもは、理解者に恵まれないと、情緒的に安定した日常を送ることが困難です。どうぞそのようになることを、叔母さんとしてご両親に伝えてください。


『自分自身に自信が持てなくて、子育てに不安を感じている』
 こういう人たちの中には、自分自身の育て直しをしたいという人も、少なくありません。けれども基本的に大切なことは、このような問題の本質は、人間関係のなかで修正していくことが大切です。自分の好きな趣味や活動を通して、交わることができるサークルや稽古事を見つけて、人間関係を始めることも、一つの方法です。ご自分の育ちのように、否定的になりやすい過去のことを振り返ることは避けて、できるだけ現在そして未来につながる、自分の好きな活動を通して交われる友人・知人をみつけて日々を生きていくことができるように、心がけるのがよいと思います。お母さんが、好きなことに、生き生きと取り組んで日々を過ごしている姿をみせながら、子育てをなさることは、子どもに安らぎを与えるものです。好きな人々と好きな活動ができる時間をもちながらの日々を、徐々にゆっくり進めていくことを、お薦めします。


『33歳で2児のお母さんからの相談です。ご自分でADHDと言っておられます。多様なご苦労を話しておられ、生きる気力を失いそうです。』
 専門家との定期的なご相談をおすすめします。子どものことよりも、まずご自分の気持ちの安定が大切です。それからお子さんのことを相談するのがよいと思います。何よりも、児童・青年・家族精神医学の専門家に出会うことができるように、相談所にご相談ください。児童相談所、多様な地域相談所などで、お母さんご自身の相談もできるところで、お話合いができるところを見つけてください。発達障害の子どものことばかりではなく、母親や家族のことの相談にのれる施設や機関を紹介してもらうようにしてください。すでにお子さんは療育に通っているとのことですから、先ずそこの先生に相談をされて、それから順次先に進んでいかれるのがよいと思います。私の周りにも、同じような問題をもちながら、元気に希望をもって子育てとご自分の生き方を、焦らずゆっくりとなさっている人が、何人もいらっしゃいます。決して悲観的になぞならずに、淡々と生きてください。子どもにとっては、お母さんがどんなに大切なのかを、時々ふと心にとめてください。


『臨床心理士からの質問に答えて』
 就学相談で、発達障害の子どもの母親から相談を受けました。今後小学校に入学して、「困った時、悩んだ時」のためにどこかに、相談できる場をもっていたいとのことです。相談ということでは、まずは学校の担任や保健室の先生や校長先生と、日々親しい交わりをもっていることが大切だと思います。そしてその上に必要なことがあれば、そういう先生と話し合った上で、地域の診療・相談・療育等の機関や施設を訪問するのがよいと思います。学校で学びやすく過ごしやすくなるように、いわゆる専門機関の助言や協力を求めることが大切だと思います。いうまでもないことですが、母親や家族が一致して、子どもの発達障害を正しく理解することが必要です。子どもの発達障害について、正しく理解できていない人がかかわることは、子どもを無用に苦しませることになりがちです。子どもは、自分のことを正しく理解してくれている人に囲まれて、学び生活していくことが、非常に大切です。


budouno_ki at 20:37|Permalink│ │お悩み相談室 

2016年05月24日

響き合う心118 現代人の特徴

 ―― 現代人は共感性に欠け、衝動的でもあると言われていますね。

 各人が生活を自己完結できれば、勝手に生きてよい、しかし・・・

 「これは豊かさと平和が長く続いたためです。現代日本人と言ってもいいですね。世界中の人間がそうであるかどうかは別ですので。豊かさと、平和がこんなに長く続くと、自分勝手に生きても、かなり安定した生活ができるわけなんですね。自分勝手というのは、その日その日は生きやすくて気楽ですけども、人間は、本来社会生活を営むのが大きな特性ですから、各人が各様に生活をすべて自己完結できれば、自分勝手に生きてもいいんですが、そうはいかない。自己完結できないので、人間は豊かさと平和が長続きすると自分勝手になりすぎてしまうというところがあるわけです。決して自己完結はできないですね。誰か一人が病気をした時など一つの家族の生活を維持して行くだけでも難しいのですから。

 現代人は公的な所に責任をかぶせて勝手な生活をする

 ですから人間は多くの人に依存しなければいけないですね。ところがみんなが自分勝手に生きる気安い気楽な生活をする習慣を身につけてしまったために、面倒なことはみんな公的機関にあれこれと頼るようになったんです。そのことはマスコミの姿勢を見ても極めて象徴的だと思うんですが、個人の非を指摘するようなことは、記事にほとんど書かない。公的なものを非難することは声を大にして書くんですね。だからマスコミも含めて、日本人全体がそうなったと言ってよいと思うんですね。公的な所に責任をたくさんかぶせて、各人は割合自分勝手な、気ままな生活をしようとするようになったのが、基本的には現代人の特徴だと思います。老人は老人福祉保障でやって欲しいとか、幼い子どもの育児も朝早くから夜遅くまで保育園をはじめ学童保育でやって欲しいとかですね。学校には、本来家庭で親がやるべきしつけも含めて、何でもかんでも全部期待してしまうというように。大人たちは各自がこういうふうに仕事をしてとか、あんなふうにレジャーを楽しむ生活を送りたいとか、どんどん欲求が肥大してきて、言ってみればそのしわ寄せと言ってもいいと思いますが、みんなの足りることを知らない欲望の実現を公的な役所、機関で請け負わざるを得ないというのが現代の我が国の風潮ではないですか。いいとか悪いとかでなく、そういうことをみんなが言ってられるだけの豊かな世の中になったということだと思います。

 義務や責任を果たす感覚は現代人からは減りつつある

 では、そういうことを子どもの側から見ますと、子どもも、自分の問題やいろんなことについて主張したり誰かに要求して頼ろうとする。親や大人たちが役所や公的機関にあれこれ要求し頼ろうとしているものを、子どもはどうするかというと、親に向けようとするわけです。社会的な問題に対して私たち一般に大人や親も自分の方から積極的に責任や義務を果たそうとしない風潮が強くあります。どんな責任や義務を果たさなければならないかは、その時代時代によって違うと思いますが。あるいは世界の国々によって、地域の差があると思います。発展途上国では、水汲みだとか田畑の仕事だとか家事、育児だとか、子どもが手伝わねばならない国もあるでしょうし、日本の子どものように、そういうことは一切しなくてもいいという国もあるでしょうね。村のいろんな仕事の義務を、村人がみんな分かち合ってしなければならないというところもあるし、役所がみんなやってくれるという日本のような社会もあるというように、義務や責任を各人がどう果たし合わなければならないかという決まりはないんですね。まるでほとんど何事も義務や責任をもっとも果たさなくてもよいのではないかと思えるくらいになっているのが今の日本の社会だと思うんですね。ですから、義務や責任を果たすという感覚はどんどん現代人からは消えていっていますよ。子どもも同じことなんですね。子どもが義務や責任を家庭の中で果たさなくてよくなっている。社会の中で親もまた果たさないというわけです。

 親が役所に要求するように、子どもは親に要求してくる

 そして権利や要求の主張ばかりを、親が社会に向かってする。役所や学校に向かってするというのと同じように、子どもは親に向かってするわけです。だから今日の社会の中では、役所が住民に対して、ゴミの処理や子どもの保育などまるで無制限とも思えるくらいに次々と、むずかしいことをいろいろしなくてはならなくなります。同じように子どもが物理的な力、要するに腕力をつけてくれば、あれこれ要求してくるし主張もするわけです。ゴミの焼却炉や障害者の施設を近くに建設するのを反対する住民パワーのように、家庭内暴力をふるう子どもが増えてくるという仕組みは厳然としてありますよね。ですから、それは大人たちが役所や学校やその他の公的機関に向けてするように、子どもは親に向かって座り込みもすれば、ストもする。暴力も振るう、これは現代人の精神心理の特徴だろうと思いますね」。

佐々木正美著 人 愛 こころ より

budouno_ki at 15:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)