2009年09月

2009年09月29日

4217daa2.jpg今日は、となり町のお話。
多分、住所的には早島あたり?
2号線バイパス沿いにそびえ立つこのヘンテコな建物。
私たちの間では通称「さかさまレストラン」と呼ばれてました。
幼なじみのアキチャンがネタフリしてくれて「あ〜!あったあった懐かしい」と久しぶりに蘇ったので思い出すかぎりを…。

私は小学生の時に行った事あります!たしか。
アキチャンは詩吟大会の帰りに行ったかも?という話でしたよね?!
これまた詩吟大会というのが何?って話なんですが、これは保育園の園長先生(千葉先生)が詩吟がご趣味だったのかなにかで園児の私たちにも教えてくれていたのです。
何度か園内のお遊戯ホールで皆で詩吟を大合唱した覚えがあります。
渋い…渋すぎる!
私は、あんまり記憶にないんですが、その延長で外の大会にも行ったのでしょう。まぁその帰り道に「さかさまレストラン」に寄ったんですね。きっと。
この一日、かなり濃いです…。
私は多分、書道の表彰式の帰りに、訪れてます。
これまた渋い!さかさまレストランがあった所からバイパスを挟んで向かい側には今でも「関西書芸院」という施設があります。
そこで、習っていた書道の段が上がるたびに表彰式があるのです。賞状と一緒にいただく賞品は干支の文鎮…しぶッ。
その帰り道に寄った可能性は高いです。

黄色い建物だったのは覚えてました。外観は、ほぼ記憶どおり。
でも、なんか写真で見るかぎり記憶してたより大きい!
この建物の前で渋滞や事故が多発したという記述があるんですが納得です。
そして、このレストランは「パピン」と言う名前があった事も判明。
始めは、吉備中央町のあたりで営業してたらしく、その時は斜めの建物だったとか…それを思い切って、ひっくり返しちゃったんですね。
いつ頃、営業を始めたのか定かではありませんが建物は私たちが中学生の時には無かったかも…。

肝心なのは中に入った時の記憶。
床にあるはずの物が天井に吊され。逆に床は天井のよう。
確か照明が床にあったり、天井に植木があったり…。もちろん机や椅子はあるんですが食器が斜めに作ってあるオリジナルだったと記憶してます。お水を入れてるガラスコップが斜めだったのは確実!
壁の絵とかも逆さまに掛かってて梁や、はば木も斜めになってた…?
トイレも天井に和式便器ついてなかったですか?
もちろん普通に床にも便器ありましたけど。
何を食べたか?とか誰と行ったか?は覚えてません。
室内の記憶も曖昧ですが、どインパクトを受けたことは確かです。
今あってもウケると思いませんか?
少なくとも私は行きますね。でもリピートするか否か…。
私は、あんまり資料を探せなかったのですが何か情報ありましたらご提供ヨロシクお願いします!
懐かしいぃ〜!さかさまレストラン。



(19:58)

2009年09月26日

46305c93.jpgいつも新しい何か、最先端のものを持ってくるのは、お兄ちゃんやお姉ちゃんがいる子達だ。
可愛いプール用のナイロンバッグもそう。
最新のギャグもそう。
やっぱりメディアや雑誌の情報量が多いのか…「羨ましいな〜」といつも思っていた。
私は、なまじっか両親が若いため父の影響を直に受け、小学生には少しウケない物が好きだったので、学校では「今〇〇にハマっている」という事は友達に正直には伝えれなかった。
それでも中学校に行くと普通にヒカルゲンジが好きだったし、宮沢りえちゃんになりたかったし。
まぁ、家では「中原中也」と「楳図かずお」読んで「ビートルズ」と「井上陽水」と「中島みゆき」聞いてましたけど…ある意味、絶妙のバランスとも言えるでしょう…。

そう!音楽。これもやはり兄、姉のいる同級生が目新しいものを持ってきてくれました。
半ドンの土曜日、学校終わりにいつも、たまり場になっていたのが黒ブチメガネのようこちゃんち。
あの三谷屋さんの近所です。
狭い部屋にギュウギュウになりながらラジカセで聞かせてもらったのは、米米クラブやバービーボーイズ。
いたる所に音楽雑誌が置いてあり(PATi-PATiとか…懐かし!)カルチャーショックで倒れそうです。
中学校1年生になりたて。まだ深夜番組を見てない頃だったんで、夜のヒットスタジオやベストテンに出てないアーティストは知らないわけです。
新しい音楽を聞いてドキドキしたのは、これが最初です。
この後も、めったとある事ではありません。
「バービーボーイズ」のコンタとキョウコのツインボーカルと歌詞に射抜かれてしまい即、ようこちゃんにダビングを強要。
ここから深夜番組やら雑誌(ファッションと音楽の雑誌PeeWee…知ってます?)やら見るようになり、視野が広がるわけです。
おりしも時代はバンドブーム。
アイドルじゃないし、父の影響じゃない新境地へ足を踏み入れた時代です。
(つづく)




(09:53)

2009年09月24日

83463160.jpg
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バービーちゃんの前は、こえだちゃん。
そう「木のおうち」です!
わたくし調べですが同世代7人に聞いてみたところ、持ってた率100%でした。
よって大半の女の子が持ってたんでは?と思われます。
いいとこの、お嬢さんは姉妹品の「りんごのおうち」も持ってたかも。
まぁ単純なおもちゃです。
でも誰がデザインされたのか、とにかく可愛い。木がおうちになってるなんて発想!!

「この〜木なんの木気になる木〜♪」みたいな木のてっぺんを指でポンッと押さえると三つに仕切られた部屋が出現。
寝室にはベッド。
リビングには椅子。
たしか、こえだちゃんの足の裏には穴があいてた?
椅子には突起があったような…?
お庭にはブランコ。(これにも突起があって、こえだちゃんを固定できた)
家の裏にまわると木の幹に駐車場スペース。
そこにはマイカーがとめてあります。
表の幹には黄色い扉。
小さな丸い窓がついています。
扉をあけて、こえだちゃんをイン。幹の横に着いてる丸いレバーをクルクル回すとエレベーター式に部屋に到着。

こんな単純なおもちゃだけどエレベーターを何百回と回しても飽きなかった。
こえだちゃんは何回、上り下りしたことだろう。
また、とても想像力を、かきたててくれるおもちゃで、いつのまにか自分が木のおうちに住んでいるような気にさえなり、いつかエレベーターのあるツリーハウスを父に造ってもらおうと思っていた。
ムリな話です…。

息子を連れて、おもちゃ王国(岡山県玉野市)に行った時、おもちゃ展示室に、この「こえだちゃん木のおうち」のグレードアップバージョンが飾ってあるのを見た。
葉っぱの屋根がポンッと開くんじゃなくて観音開きに!部屋数が増えてる!!
ガラスケースに飾られてあったけど今すぐに遊びたい衝動にかられてしまいました。
でも…でもデザイン性としては私たちの遊んだ、あの木のおうちの勝ち!
コンパクトさ、シルエット圧勝です。
「あ〜ぁ、とっておけば良かったなぁ…たしか、お下がりで誰かにあげたよねぇ」と後悔していたところ…。

やっぱり同じこと考えてる同世代の方々、たくさんいたのでしょう…最近出たみたいですリバイバル木のおうち。
息子に買ってやろうかしら…いや、自分が欲しいだけなんですけどね。もちろん。



(15:34)

2009年09月21日

6885691f.jpg室内で遊んだもので、真っ先に思い出すのはバービー人形ごっこ。(タカラから81年に発売86年に、なぜか「ジェニー」と名前が改名される)
これは、かなり長いこと遊んでいた。
期間にすると小学4年生ぐらいから中学校の始めまで。
中学校に入ってからは隠れながらやっていたかも…。
たぶん、この(本格的な)人形遊びにハマったのは、お医者さんごっこや、おままごとを卒業したあたりからだろうか。

使っていない玄関マットがベース。
積木にゴトクとシンクをマジックで書いたキッチン。
布と脱脂綿で作ったベッド。
小物も紙粘土で制作。
小さな空き瓶に雑草を挿して観葉植物に見たてたり。
リカちゃんハウスの家具やバービー人形専用の椅子なんかも少しはアイテムとして持ってたけれど、基本は妄想と手づくり。
そのわりには本格的なワンルームマンションが完成されていたので、かなり気に入って遊んでいたのだ。
遊び方としては、毎日がパーティーのバービーちゃんの衣装替えを手伝ったり、コーディネートを考えたり。
ご飯を作って妹の所有するバービーちゃんを招待したり。
(小さい紙で招待状も作ったりした。)
時にはサスペンスな事件がおこったりもする。
誰かが海外の土産にくれた置物の人形をライバル役にして争ったり…もちろん一人二役は当たり前です!
このライバル役の人形は高く掲げた両手にカスタネットをもってフラメンコを踊る褐色の人形でバービーちゃんより一回り小さいのだけど、かなりの存在感だった。
青いドレスに流し目がステキでした。
私たち姉妹の妄想のせいで最終的には、ものすごい悪女になっていましたが…。

まぁ、こんなリアルにやってるので、どんどんストーリーが展開していき2時間ぐらいは平気で熱中してしまっていました。
まさに2時間ドラマ並。船越英一郎が出てきても、おかしくない。
とりあえず妄想の世界で遊んでいるため誰かに見られると、相当はずかしい…。
よって、友達とこの「ごっこ」をした事は、ほぼ無い。
おもに、妹と二人で遊ぶか、一人ぼっちで遊ぶかだ。
セリフは全部、標準語だったよね〜なぜか…。



(10:18)

2009年09月18日

489f3b22.jpg前にも書いたけれど吹奏楽部は文化部の中では1番、体育会系の部活動だった。
運動場を走らされることもあったし、廊下に並んで腹筋なんかもやったし、全国中学校吹奏楽コンクールが近づくと確か朝練なんかもあり、夏休みにも学校へ通った覚えがある。
何が悲しくて休みの日にまで、あの心臓破りの明石の坂を越えなきゃならないのか…そんな長い坂じゃないくせにサドルに座って登りきれた試しがない!
ぶりをつけても立ちこぎじゃなきゃ越えられない難儀な坂だ。
彦崎っ子はあれで、ふくらはぎがたくましくなるのだ!
でもこの夏休み中の朝練は当時、言うほどダルかった覚えがない。むしろ楽しみだったように思う。
その理由の一つはバスケ部も朝練があるから。
なんで休みの日に意中のあの子に会えるのはテンション上がるんだろう…。
ハイカットの白いコンバースで練習している姿が今だに思い出せる…。
いかにもThe思春期。The青春って感じ。
(あぁ…次回の同窓会で会えたらハゲたり太ったりしてませんように!!)
そして二つめの理由。
それは朝練終了後のお楽しみ。
大平へお好み焼きを食べに行くもよし。
開いてる教室で皆で「コックリさん」をやるもよし。
でも1番ハマった部活終わりの過ごし方は…
原野で30円のホームランバーを買ってから、その近所のトモチャンの家に昼ドラ「華の嵐」を見に行く事。
高木美保が「ごきげんよう」って非日常的セリフを連呼する、渡辺裕之の顔と共にクドイ内容の元祖昼ドラ!
これ、吹奏楽部員の数名ハマってました。
間違いなく、このメンバーの中にいたのは、ももえちゃん。
彼女は今日、会った時に白状しておりました。
あとは誰がいたっけな…?
今日ももえちゃんと「大正とか昭和初期の時代の物って惹かれるんよねー。あの時代の家具とか家とか着物っていい!アールデコ素敵よねー!!」って話をしたけど、もしや「華の嵐」にかなり影響受けてたりしてね…んな訳ないか?さすがに。

【画像は岩本ナオさんのコミック。
スケルトン・イン・ザ・クローゼット。
灘崎出身の漫画家さんという事で読んでみました。景色が全て灘崎です!なぜか漫画になっても分かってしまうもの…ストーリーもなかなかです。
このヘルメットをかぶって下校するバックの景色…完璧に見覚えがありますね。】



(13:45)