犬とぶどう園

群馬県榛名山の麓、北群馬郡榛東村で観光ぶどう園をしています。 いつもいっしょにぶどう畑にいく愛犬との日記です。

写真のない日曜日

写真のない日曜日9

社会人になって今年お正月は元旦2日と全く仕事をしなかった。
でも地元行事のお付き合いには出ていたけど。
会社勤めその後もそのときは働くのが当たり前だった。
それ以外のウィークデイに休むくせがついている。
その方が世間が空いているのでいいなんて思っていた。

まぁ、ぶどうにあわせて仕事をしてるんで「日曜だから」休むということはない。
働きながら聞くいいラジオ番組が多いし日曜は。





写真のない日曜日8



「NHK年末日曜大河ドラマ坂の上の雲」、3年越しの最終回。
いよいよ日本海海戦。
私たちのちょっと前の人たちは世界相手によくあんな芸当をやってのけましたね。
戦艦三笠のCGはすごい。
特撮の神様円谷さんが見たら腰ぬかすんじゃないかな。

児玉源太郎役高橋英樹は凄みがあります。
小学校の頃大河ドラマ「国盗り物語」の織田信長を思い出しました。
それより幕末の大村益次郎が主人公の「花神」に出てた越後長岡藩家老河井継の助役を思い出しました。
彼が戊辰戦争で長岡城奪還の時ガトリング銃をぶっぱなすにはしびれた。

また楽しみなのはお酒が好きな秋山好古の安部寛がどんな晩酌シーンがあるかなんだけど。
この前奉天大会戦を終え馬上で一服スキットルで多分白酒だろうな、ぐいとあおるとこおいしそうだったな。

そんなドラマも今日で大団円。
日本海海戦で大勝利した後どうしめるのかな?


写真のない日曜日7


東京FMをキーステイションに全国37局をネットしているラジオ番組山下達郎の「サンデーソングブック」。
先週千回記念放送で投書が読まれました。内容はこの前コンサートにいきその後スナックに行きカラオケで山下さんの曲を歌ったというものだった。
そのはがきはそのチケットをポストカードにして自分の住所氏名はわかりやすく赤でふりがなをふっています。
山下さんはよく投稿してくれるリスナーを「常連」もしくは「超常連」と言ってくれます。
そんな言葉でヨイショされるとまたこの番組を聴きますし投稿したくなりますよね。

本日、この番組に年忘れ夫婦放談で竹内まりや様が出演します。
残念ながらまりや様には投書が読まれたことはありません。























写真のない日曜日6



地上波テレビの映画番組が少なくなった。ビデオ、DVD、ブルーレイと個人で観られる環境が整っている今、たまには吹き替えカットCMつきの映画も味わいがある。
ついみいってしまうこともある。
ここで私の子供の頃の話になってしまう。
「日曜の夕方」4チャンネルで1時間30分ぐらいの枠で映画をやってたのが気に入りだった。
2本立ての名画座でやるような映画があったような感じだった。

夏は怪談、暮れは怪獣モノ、ちょっと色っぽいもの、東映ヤクザ、戦争映画、いろいろありました。
あのごった煮のようなプログラムのなべの中には最上の松坂肉や魚介類があったのだろう。
ちょっと箸をつけただけでわからない味のものも一応味わった。
だってそれしかなかったもんな。
映画館なんて近くになかった。
これが私の映画館だった。

あの時苦かったたり香りがきつかったり生臭かったりしたものもあったんだろう。
それが今は当たり前だったりおいしかったりするのかな。

そんな味わいの映画プログラムが月曜深夜2時ごろ4チャンネルである。
こちらは洋画なら字幕たぶんカットなしでもCMあります。




写真のない日曜日5



小学校高学年になると家族みんなでNHKの大河ドラマをみていた。
「日曜夜8時」はテレビの前に全員集まっていた。
「国盗り物語」司馬遼太郎原作だったけ。高橋秀樹の織田信長、近藤正臣の明智光秀かっこよかったなぁ。
「勝海舟」主役が途中で変わったけ。岡田伊蔵役の萩原健一が忘れられない。
でも高校になる頃には大河ドラマからは卒業してしまった。
家族みんなでに反抗していたのかもしれない。

ただ、12月だけやっている「坂の上の雲」は面白のでみている。
原作が司馬さんだからかな。
今日から始まるんだよね。


写真のない日曜日4


20数年前学校を卒業して地元群馬の会社に就職した。
自宅から通えたのは三ヶ月、すぐに転勤になった。それから10年ちょっと。
最後は東京八王子の営業所にいた。
そんな会社勤めの頃「ある晩秋の日曜」に友人の結婚式があり帰省することがあった。
地元友人の家でその余興の打ち合わせをしていた。
夕方になりふっと近くの林を見上げるとからすが寂しくないた。
「あってないよもう帰ってきな」って。
すーと体に入り腹が決まった。
頭でなく体で決めると早い。
その三ヶ月後に会社を辞め榛東村に帰った。

写真のない日曜日3


子供の頃はテレビをよくみてた。
1970年代前半アメリカのテレビはおしゃれで面白かった。
夢の世界だった。
「日曜の午前」はアメリカテレビをはしごでみてた。
「じゃじゃ馬億万長者」、あの東北なまりのお金持ちの吹き替えよかったな。
「宇宙大作戦」、スタートレックのほうがわかりやすいですね。
あの光学特撮のアナログ感がいいんだ。
日系のミスターカトーがエンタープライズ号にのっているのがなにかうれしかった。
「奥様は魔女」、「ワンダーウーマン」吹き替えが由美かおる、「バットマン」、「ララミー牧場」、
おおらかでやさしくてみんな美人で正義が勝つアメリカ憧れたいね。

今アメリカのドラマはDVDで見てますね。
「パシフィック」、戦闘シーンはリアルすぎて・・・、うーん。
日本は敵役なんで・・・、うーん。
アメリカのシャーマン戦車本物だよね。
日本の九七式戦車がちょろちょろ走り回るシーンには涙が出る。

今アメリカにはあこがれはありません。





写真のない日曜日2


自分の記憶の最初がいつか?
思い浮かべてみる。
何度やってもあの記憶より前の自分は思い出せない。
近所のお兄ちゃんと「晴れた日曜」に駆け回っていたことだ。
3、4歳のころだった。
近所のお兄ちゃんたちのあとを必死になって追いかけてた。
遊びの輪に入りたく必死だった。
でも何の遊びをしてたかは覚えてない。




写真のない日曜日1

小学高学年のころ、早朝の新聞配達をしてた。それはこのあたりの伝統で6つ年上
の兄もやってた。
じゃ次はおまえなという感じでいわれた記憶はなかったが、引き継ぐのが当たり前と
いう雰囲気だった。
たしか20軒ぐらいを受け持ち自転車で配達して月一回の集金もしてた。
お手当ては3000円ぐらいだった。
年に一回そんな新聞少年を楽しませる会があった。
会場は前橋の県民会館というホールだった。そこではデビューしたての和田アキ子と
星セントルイス(なんという組み合わせ!)の歌謡ショーだった。
そんな県民会館は今ベイシアホールなんて今風の名前になっている。
「来週の日曜」そこで山下達郎のコンサートがあるので楽しみ。
この歌謡ショー以来かなと思ってたら90年代にも森高千里様のに行ってた。



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