おけいはんで京都にやって来たのは、ここに来るためであった。

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京都市営地下鉄東西線の蹴上駅。

と、こんな写真を載せるといかにも地下鉄でやって来たような印象を受けるかもしれないが、この日はさほど暑さも厳しくなかったので、実は京阪三条から歩いてきたのであった。

蹴上駅は、かつて京都市動物園に行った際に利用したはずである。“はずである”というのは、実は記憶にあるかないかの幼少のみぎりであったからだ。当然、地下鉄ではなく、まだ併用軌道を走っていた京阪京津線でやってきたはずである。

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蹴上駅を出ると、目の前が三条通である。三条通を山科方向へ少し歩くと、日向大神宮と安養寺への参道の入口が見えてくる。ここが蹴上インクラインへの入口の一つである。

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参道を上ると水路を跨ぐ橋がある。この水路が琵琶湖疏水である。奥が琵琶湖側になる。

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疏水の脇を見ると、いきなり趣のある建物が目に飛び込んできた。旧九条山浄水場ポンプ室である。琵琶湖疏水は第一、第二とあるのだが、第二疏水が完成した際、疏水の水を京都御所へ送るために造られたそうだ。

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こちらは疏水の下流側、蹴上船溜まりと呼ばれる場所である。

その向こう側で水路がいったん途切れ、小さな船が何やら台車のようなものに載せられているのが見える。

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琵琶湖疏水は農業・工業用水や生活用水を京都へもたらすのと同時に運河としての役割を持っていた。疏水を通じて琵琶湖から船で多くの荷物が運ばれた。

ところがここ蹴上は傾斜がきつく、船が運河をそのまま通ることができない。そこで船ごと台車に載せ、鉄路の上を走らせて傾斜を上り下りしていたのである。これがインクラインである。

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これが台車の全体図である。奥に見える滑車のようなものでワイヤーを巻き上げ、台車を上げたり下ろしたりしていたのだろう。

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最初は水車動力で滑車を動かしていたようであるが、蹴上水力発電所の完成後は、電力によって滑車を動かすようになったそうだ。

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一帯は公園のようになっていて、琵琶湖疏水やインクラインの遺構が残されている。

これは山ノ内浄水場の導水管。

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当然のことながら、琵琶湖疏水は今でも京都の貴重な水源の一つである。

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琵琶湖疏水の設計に携わった田邊朔郎の銅像である。設計監督への就任は工部大学校在籍時の21歳という若さであった。今では考えられない大抜擢である。

(2)へ続く

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