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今回、本を紹介してくれるのは、
渋沢綾乃さんです。
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『ホリー・ガーデン』江國香織、新潮社

江國香織を読んだ後は、自分も普通の女の子なんだなあ、と安心したりがっかりしたりする。中でもこの「ホリー・ガーデン」は高校生の私をわんわん泣かせた。
江國作品の女性は過去の恋愛に囚われていることが多い、にも関わらず普通に生活しているから不思議だ。この普通は、朝起きて仕事に行き夜には眠り、ごはんもちゃんと食べることだ。表向き普通の生活をしているが、ひとりでピクニックに行ったり、暗い部屋で一晩中煙草を吸い続けたりする。長い卵型の薄ピンクに塗られた爪を見て自分がおとなであることを確認している。これらは自立した大人の女性の行動ではなく、なんだか儀式めいた、何も考えなくてよいことなのだ。
尾形亀之助の詩を口ずさむこともある。例えば、
これは、カステーラのような夜だ
とか。
たとえ大失恋をしても、死を選んだり、白い病室の窓辺でぼんやりすること5年なんていうのは、かなりの少数派だということは10代の私でも知っていた。しかし、この失ってもなお生きていかなければいけなくて、そして生きていけてしまうらしいことが怖かった。
恋愛だけならまだいい。人は他にも多くの物を得ては失って得ては失って生きていくらしい。現実味のない江國作品の登場人物だって得ることと失うことを繰りしている。
弱い弱い私だって生きていけてしまうだろうが具体的にどうやって生きていけば良いのか、いまだに分からない。失った状態で生きていく将来が見えず、怖くてわんわん泣いていた高校生の頃とあまり変わっていない。
果歩のようにたまにプチ奇行をやってのけ、詩の一節でもつぶやけばやり過ごせるだろうか。私は短歌を詠んでいるから、それでどうにかなるだろうか。
詩や短歌に感情をのせるのは心地よい。自分の感情をそのまま口にするなんて恥ずかしくてできないから、その代わりだ。自分が詠んだ歌でも、言葉にしてしまった時点でフィクションだ。
詠み続けた歌を日々に混ぜ込みながら、失い続けよう。

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