2007年02月23日

人物紹介・・つづき(最後)

今回は数人の先生を紹介したい。すでになくなっている先生などがいるので、写真をはることができないのがとても残念だ。

まず、ミラード先生。この先生は、はじめてわたしが大学へいったときに話しをしてくれた先生。先生は、トッフル500点以上とっているんだから、ワシントン大学へいきなさい。この大学はクリスチャンだけしか入学できない!」といい、私との最初の話を終えた。とても暖かい感じのする先生だ。

そして、わたしは、卒業式で、壇上で、学長から証書を受け取る時、多くの先生たちが並んでいたが、わたしは、受け取るとすぐにその先生のところへいき「3年前にあなたに会えたことを神に感謝します。そして、この大学でも3年間はとてもいいものを得ることができました。この糧を今後の人生に生かして、さらに勉強をしていきます」とわたしはいい、先生は「グッド」といい わたしの肩を叩いた。少し涙がでたし、周りの先生たちもじーとみてくれていた。

2人目は、ホワイト夫妻。2人とも音楽の先生でとても私のことを気にかけてくれていた。3ヶ月に1度 学食で一緒に食事をしてくれて、いろいろ気にかけてくれていた。
2人ともわたしには、A評価をくれた。評価はBぐらいの点数はとっていたけど・・・Aをくれたのがうれしかった。

3人目は、ペコタ先生。とても学生に人気があった。亡くなったと聞いている。いつも学生が先生に対して行う先生評価ではトップだった。わたしが在席していたときは、つねにトップだった。「キリスト学説概論」(あえて日本語に訳すると)というクラスを年間を通して機Ν兇鬚箸辰拭

中間・期末テストは各200問あり、わたしは 198点をとったときは、先生から私をすばらしいといってくれて、クラスみんなが拍手をしてくれたのがこのクラスの思い出だ。2問間違えたのは悔しかったなあ!! この時期ぐらいから 勉強が面白くって、ほとんどクラスでA評価をもらうくらいになった。

最後はテー先生。シカゴ大学で博士をとったどの先生もみとめる凄い知識のもった先生。まあ 厳しく・ハーブソン先生とは違った厳しさがあった。とにかく 表情がめったに笑うことがなく、タンタンと話ていく。生徒はその言葉をノートにとっていく。機械的なクラスだった。

わたしはいつもこの先生から「come to see me) とレポート用紙に書かれ、先生のところへ出向いた。スペル・文法のミスなど徹底的に直されていた。いつもわたしはレポートは友達にお金を出して、添削・更生してもらったいたにもかかわらず!! しかし、この先生のおかげで、他の先生のときには、めったに間違いがなくなり、感謝している。2年生のときには、C評価だったけど、4年との時には、B+評価で、最後のレポートもA−評価で、最後に「なかなか面白い内容だった」と言ってくれた。あの時もうれしかった。

改めて、いい経験をさせてもらった。ノースウエスト大学にはとても感謝している。母校の発展を願う。

bunkafs at 09:14│Comments(0) アメリカ | アメリカ

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔