2011年09月26日

「モバキャス敬遠」記事の違和感

 「KDDI、『iPhone5』参入の衝撃」のオンライン記事で一躍注目を集めた日経ビジネスさん。週刊ビジネス誌の老舗であり、今回の“スクープ”で高い取材力の健在ぶりを見せつけています。
 しかし、15日に出された「応募わずか1社…。新放送サービス、失速の真実〜なぜ、『モバキャス』は敬遠されたのか」という記事には、首をかしげてしまう点がありますので、指摘しておかなければなりません。

 当該記事は、総務省が今月2日まで行っていたV-Highマルチメディア放送(モバキャス)ソフト事業者の認定申請を行ったのがmmbi1社のみだったことを取り上げています。昨年のハード事業者争いは、NTTドコモ系のmmbi(※)と、KDDI系のメディアフロージャパン企画の一騎打ちで、度重なる公開説明会、非公開ヒアリングなどで激しいバトルが繰り広げられた末にmmbiが認定されたことから、それに比べて「失速」と表現。そしてその理由について、「放送インフラの脆弱性」と「スマートフォンの急速な普及」の2点を挙げておられます。

 では、まず「放送のインフラの脆弱性」の点から。

 モバキャスに利用する帯域の電波を受信するには、長さ約1.5メートルのアンテナが理想的とされる。さまざまな実装技術を利用してアンテナを携帯電話の本体内部に収めることも可能だが、屋内やビルの谷間などの受信環境の悪い場所では、数十センチのアンテナを伸ばさなければならない。本体の何倍もの長さのアンテナを伸ばした状態は滑稽で、フェンシングの剣のように見えるわけだ。

 記事ではこの様に述べられていますが、このように冒頭に「1.5メートル」という衝撃的な数字が出して、最後に「フェンシングの剣」と結んでいるため、Twitter上では多くの人がその「滑稽」さをスマートフォンから1.5メートルのアンテナが延びた状態を想像して反応していました。
 「理想的」な数値というほぼ無意味なデータを引き出して、その滑稽さでインパクトを与える記事の書きぶりは、あまり親切ではありません。私が聞いている「理論上」必要なアンテナの長さは33センチです。しかもこれすら「理論上」の数値ですから、現状では内蔵化も可能であると聞いています。記事内では「受信環境の悪い場所では、数十センチのアンテナを伸ばさなければならない」とありますが、私が関係者から聞いている範囲では十数センチで対応可能とのことです。「フェンシングケータイ」という言葉は、もはや関係者間では笑いのネタとして認識されおり、ある人は「『フェンシングケータイ刑事』ってドラマ作っちゃおう」と笑い飛ばしています。
 このことから、最初に入手した「アンテナ1.5メートル」という情報のインパクトの面白さに目を奪われ、関係者にきちんと取材をしていない記事形成のプロセスが浮かび上がります。


 もう一つの「スマートフォンの急速な普及」です。

 通信業界に詳しいUBS証券の梶本浩平アナリストは、「スマートフォンの急速な普及による通信ビジネスの環境変化も、モバキャスにとって逆風になった」と指摘する。
 「ガラケー」と呼ばれる従来の携帯電話でも第3世代携帯電話網(3G網)を使った動画配信サービスはあったが、一度に送信できるファイルの大きさに制限があり、長くても10分程度の動画しか視聴することができなかった。モバキャスの構想が本格化した当初は、放送波によって長時間の動画を配信することで3G網への負荷を軽減するという狙いもあった。
 ところがここ1〜2年のスマートフォンの急速な普及に伴い、映画を丸ごと1本視聴できるような動画配信サービスが次々と登場。携帯電話事業者は3G網の負荷増大に悲鳴を上げているが、コンテンツ供給事業者にとっては配信方法の選択肢が増え、わざわざ放送インフラを借りてサービスを提供する必要性が薄れている。

 こちら、どのように読み解けば良いのでしょう。素直に読めば「スマホの急速な普及で3G網の負荷増大に悲鳴を上げているから、マルチメディア放送へ負荷を逃がせばいい」となり、モバキャスにとってはむしろ追い風のようにも見えるのですが、それがなぜか「逆風」になっています。よく読むと「コンテンツ供給事業者にとっては配信の選択肢が増え」たことで、放送インフラの必要性が少なくなったとしていますが、これと「スマホの普及」の繋がりが分かりません。増えた「配信方法の選択肢」はWiFiやLTEなどのネットワークを指しているのでしょうか。肝心な部分をすっ飛ばしておられるので、どうもこちらの文脈も親切ではありません。
 私がこの部分を書くとすれば、当初V-Highマルチメディア放送は、映像や新聞・雑誌などの様々なコンテンツが自動的に蓄積されるサービスに重点を置いている印象を持っていましたが、スマホの普及によりモバイルで大容量のコンテンツの視聴が可能になってきたため、蓄積型サービスの優位性がスマホ上では下がるという点を「通信ビジネスの環境変化」として捉えます。その上で、mmbiは現在、リアルタイム型放送での高画質の「ライブ」を強く打ち出し、これと蓄積型コンテンツ、ソーシャルメディアとの連携という“モバイル・スマートTV”をコンセプトに戦略を変え「環境変化」に対応している、と結ぶでしょう。
 
 このように、ソフト事業申請1社のみの理由として、上記には少し違和感を覚えます。私の考える理由は極めて単純で、ハード事業者に支払う料金から考えた事業性が見えないからに過ぎません。実用化試験放送も行われておらず、具体的にどのようなサービスができるかが手にとって分かるものではない状況では、なかなか手を挙げられないでしょう。
 だからこそ、先導役であるmmbiがその事業性を示すため、最初の募集で同社1社のみの申請だったというのはある種自然な流れと言えます。また、近年日本企業がリスクを取って事業を進めるベンチャー精神が無くなってきたと言われる中、このサービスはまさしくその精神を体現しているとも言えるでしょう。ドコモやフジテレビの資本から言えば大したリスクではないという人もいるかもしれませんが、多くの貴重な人材を出向させることがリスクではない訳がありません。
 日経ビジネスさんは当該記事を「早くも『ガラパゴス』状態に陥ろうとしている」と結んでいますが、始まってもいないサービスをそのように結論付けるのはどうでしょう。日本発のサービスは何をやっても駄目……という諦めムードが支配していることが日本の大きな問題と耳にタコができるくらい言われる中で、そのムードを率先して作り出すのにも違和感を覚えます。
 もちろん、そのサービスが上手くいかないという裏付けがあるのなら別ですが、そこまで踏み込めていないことは前述の通りです。



(※)マルチメディア放送こと移動受信用地上基幹放送は、ハード・ソフト分離制度を導入しているため、現在ハード会社の地位はmmbi完全子会社のジャパン・モバイルキャスティングに継承されています。

bunkatsushin at 10:00│clip!放送部