4年の張です。5月14日に行われた読書会についての報告になります。参加者は、新入生も含めて10人と、比較的多くの会員が参加しました。
 今回扱った「風立ちぬ」は、堀辰雄の代表作であり、日本近代文学におけるいわゆる「名作」の一つにも数えられているものです。堀辰雄は、1904年、東京生まれの作家であり、芥川や犀星に師事、結核を病みながらも、軽井沢を中心に創作を行い、「風立ちぬ」や「菜穂子」などの作品を残しました。その作品はしばしば「繊細」「美しい」「静的」と言われ、一部の同時代作家からは、批判的に「療養文学」と呼ばれました。
 今回の読書会では、「風立ちぬ」において、そのような堀辰雄の固定的イメージを切り崩し、議論を感性や美しさといったものより、作者の意図や、メタ的な要素の次元に持っていく、という点を試みました。私の論の要旨としては、まず「風立ちぬ」における、語り手「私」がヒロイン節子とまるで同一の感覚を持っているかのように語る箇所に着目した上で、そのような言及、また、そのような言及に象徴される彼らの「幾分死の味のする幸福な生活」が、ほかならぬ「私」の自分たちの生活を描こう、という狙いから来る創作営為によって失われていく、ということを論じました。  ここで重要になってくるのは、「私」が自らの夢想の投影体として、節子を見ている、という点です。この投影体、という考えを見る時に、堀辰雄の「書き手と距離があるものを描いてこそ、作品は美しくなる」という言及を確認しました。このようにして書かれた「私」による小説内小説は、結局書き上げられないのですが、それは、「私」の夢想の挫折を表している、と私は読みました。その上で、今回は最終的に、死んだことによって、節子は、「私」と絶対的な距離をもつ投影体へと変化し、そのために小説「風立ちぬ」は書き上げられた、というメタ的な考察を行いました。
 このような私の論に対して、「節子は結局「私」を愛していたのか」「節子の死が描かれていないのにはどういう意味があるか」という質問が飛び、議論は活発なものになりました。

   読書会を行って思った点として、堀辰雄を、安直な「美しさ」といったものから切り離して論じる、という試みは、参加者の協力もあり、ある程度達成できたということがあります。多くの参加者が、「読み返してみると、昔読んだ時の印象よりも厄介や小説だった」「単純に甘い小説ではない」といった感想を持って参加してくれた方が多く、私としては嬉しいところだったのですが、同時に気になったことが、「堀辰雄自身がどの程度、作者の複雑な狙いを読んで欲しかったのだろうか」という点です。彼はかなり計算して、複雑な構造の小説を書いている、しかし、同時にそれは単純に「美しい」とも言い表されてしまう。堀辰雄はどのような小説として、自分のものを見て欲しかったのだろうか、そんな疑問が私の頭をよぎりました。結論から言うと、こうした堀辰雄個人の狙いというのは、究極的にはわからないのでありますが、一つ確実に言える、と思う点は、構造的な複雑さも、表層の美しさも、堀辰雄によって確信犯的に作られているものだ、ということです。堀辰雄は、我々80年後の読者を、見事に手玉に取っているのです。この記事を読んだ皆さんも、よろしければ、「風立ちぬ」を開いて「狡猾な堀辰雄」を探してみてはいかがでしょうか。