2005年06月25日

亀田次郎・詞の緒環(新潮日本文学大辞典)

77b63267.png詞の緒環 ことばのをだまき 語学書二巻
【著者】林国雄
【刊行】天保九年春。天保八年正月の藤原寛海・源瑞雄の序。同七年孟春の自序がある。
【由来】本書はもと一珊で「詞の綾緒」と云つてゐた。刊本の上巻の部分がこれである。刊行の際に下巻の部を書き加へて題を改めたものである。
【内容】上巻は主として「詞の玉緒」「詞八衢」(各別項)の説を補正したものであって、手爾波の係結、活用に関して記し、下巻は詠歌について、語法、手爾波の係結の記憶法等を記してゐる。先づ上巻には、「詞の玉緒」に「は、も、徒」、「ぞ、の、や、何」、「こそ」の三条に分けて手爾波の格を説いてゐるが、このうち「の」は重き意と軽き意のものとある。前者は「玉緒」の説の如く「ぞ、や、何」と同じ格で、「お、こ、そ、と、の」と横に、五十音図の第五の音に通ふものであるが、軽い「の」は「は、も、徒」の格で、「な、に、ぬ、ね、の」
と縦に通ふものである。即ち「の」と云ふべきところを「な」又は「に」、或は「な」に通ふ「が」と言ひ変へても、意味に変りはないものである。さて重い「の」のことは「玉緒」に譲つて、軽い「の」について記すと言つて、「つゝ」「かな」「けり」「なり」「なし」「なく」「なくに」「べし・べく」「か・かし」「みゆ」「おもほゆ」「……さ」等結辞に依つて分類し、証歌を出して証明してゐる。次に「切るゝ辞より受くるなり、続く辞よりうくるなり」について記し、次に「なん」と「ね」、「ぞ」と「なん」、「つ」と「ぬ」、「つる」と「ぬる」、「する」と「せる」の差別、現在の「ぬ」「ぬる」、過去の「つ」「つる」を説いてゐる。次に活用については、即ち上一段之活、中一段之活.下一段之活の三種に就いて記してゐる。
下巻には「歌の文字餘りのあげつらひ」「阿伊宇於は言の下に省く例」等を説き.次に手爾波の係結を歌にして、「てにをはの三つの転《うつ》り、の大むねはずぬねりるれと替る言霊」「はも徒のてにをは上にありてこそ現在のしに過去のきとしれ」等十二首の歌を作り、一々例証を挙げて説明してゐる。
次に「長歌の古調、対句」「長隔句」「れせ等の上にこそとかゝらざる一格」を説いてゐる。

【価値】本書の所説中、手爾乎波に関する説には見るべきものがある。即ち「の」の用法の如きは卓見といふべきである(部分的には欠点がある)。又係結の関係を歌にした事は、法則を諳記する上に便利と云はねばならぬ。但し活用に関する説は頗る杜撰である。上一段活は「八衢」の説に依つたものであるから誤りもないが、著者が新に唱へた中一段活は五種の例皆誤りであり、下一段活も「蹴る」を除いて他は皆誤りである。
さて下一段の「蹴る」は春庭も義門も逸したのであるが、この活用の発見者は、従来本書の著者国雄であると云はれてゐる。然しこの点については疑問がある。即ち国雄は、「け(将然)ける(連体)けれ(已然)」の三段を云つたのみで、十分に活用を研究してゐない。加之、宣長の「御国詞活用抄」(別項)の一本には、その二十五会に「ケ・ケル・蹴」とあり、鈴木朖の「活語断続譜」(別項)(神宮文庫蔵)には.二十五会に「蹴・ケル・ケル・ケル・ケ・ケレ・ケ・ケ・ケ」と記してゐる。即ち不完全ながら気付いたと云ふ点から云へば、宣長、或は朖を推すべきであり、完全に活用を研究したと云ふ点から云へば、宣長も朖も国雄も除外しなければならぬのである。           〔亀田〕


詞の緒環 ことばのをだまき 語學書二卷
【著者】林國雄
【刊行】天保九年春。天保八年正月の藤原寛海・源瑞雄の序。同七年孟春の自序がある。
【由來】本書はもと一珊で「詞の綾緒」と云つてゐた。刊本の上卷の部分がこれである。刊行の際に下卷の部を書き加へて題を改めたものである。
【内容】上卷は主として「詞の玉緒」「詞八衢」(各別項)の説を補正したものであって、手爾波の係結、活用に關して記し、下卷は詠歌について、語法、手爾波の係結の記憶法等を記してゐる。先づ上卷には、「詞の玉緒」に「は、も、徒」、「ぞ、の、や、何」、「こそ」の三條に分けて手爾波の格を説いてゐるが、このうち「の」は重き意と輕き意のものとある。前者は「玉緒」の説の如く「ぞ、や、何」と同じ格で、「お、こ、そ、と、の」と横に、五十音圖の第五の音に通ふものであるが、軽い「の」は「は、も、徒」の格で、「な、に、ぬ、ね、の」
と縦に通ふものである。即ち「の」と云ふべきところを「な」又は「に」、或は「な」に通ふ「が」と言ひ變へても、意味に變りはないものである。さて重い「の」のことは「玉緒」に讓つて、軽い「の」について記すと言つて、「つゝ」「かな」「けり」「なり」「なし」「なく」「なくに」「べし・べく」「か・かし」「みゆ」「おもほゆ」「……さ」等結辭に依つて分類し、證歌を出して證明してゐる。次に「切るゝ辭より受くるなり、續く辭よりうくるなり」について記し、次に「なん」と「ね」、「ぞ」と「なん」、「つ」と「ぬ」、「つる」と「ぬる」、「する」と「せる」の差別、現在の「ぬ」「ぬる」、過去の「つ」「つる」を説いてゐる。次に活用については、即ち上一段之活、中一段之活.下一段之活の三種に就いて記してゐる。
下卷には「歌の文字餘りのあげつらひ」「阿伊宇於は言の下に省く例」等を説き.次に手爾波の係結を歌にして、「てにをはの三つの轉《うつ》り、の大むねはずぬねりるれと替る言靈」「はも徒のてにをは上にありてこそ現在のしに過去のきとしれ」等十二首の歌を作り、一々例證を擧げて説明してゐる。
次に「長歌の古調、對句」「長隔句」「れせ等の上にこそとかゝらざる一格」を説いてゐる。

【價値】本書の所説中、手爾乎波に關する説には見るべきものがある。即ち「の」の用法の如きは卓見といふべきである(部分的には缺點がある)。又係結の關係を歌にした事は、法則を諳記する上に便利と云はねばならぬ。但し活用に關する説は頗る杜撰である。上一段活は「八衢」の説に依つたものであるから誤りもないが、著者が新に唱へた中一段活は五種の例皆誤りであり、下一段活も「蹴る」を除いて他は皆誤りである。
さて下一段の「蹴る」は春庭も義門も逸したのであるが、この活用の發見者は、從來本書の著者國雄であると云はれてゐる。然しこの點については疑問がある。即ち國雄は、「け(將然)ける(連體)けれ(已然)」の三段を云つたのみで、十分に活用を研究してゐない。加之、宣長の「御國詞活用抄」(別項)の一本には、その二十五會に「ケ・ケル・蹴」とあり、鈴木朖の「活語斷續譜」(別項)(神宮文庫藏)には.二十五會に「蹴・ケル・ケル・ケル・ケ・ケレ・ケ・ケ・ケ」と記してゐる。即ち不完全ながら氣付いたと云ふ點から云へば、宣長、或は朖を推すべきであり、完全に活用を研究したと云ふ點から云へば、宣長も朖も國雄も除外しなければならぬのである。           〔龜田〕


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