大正771日 大阪朝日新聞

◇落語三友派 七月一日より従前一座の上に東京より三遊亭円歌、同円窓、講談邑井吉瓶と鏡味小仙、小金は引続き出演する。

大正771日 大阪朝日新聞京都付録

◇芦辺館 一日より桂文治引退披露興行を開演。出演者は  文治、円子、妻奴、かしく、米団治外定連全員尚大切余興博多狂言あり。

大正774日 大阪朝日新聞京都付録

◇[広告]一日・交代連 橘家円太郎、桂枝太郎白魚、扇雀、四郎坊、五郎、円若、紋兵衛、円歌、文雀、苦竹、清子、輔力雀、紋之丞、円二郎、文輔反対派太夫元直営 新京極笑福亭 

大正774日 九州日報

大正7年7月4日広告(九州日報)[広告]/おすずみ興行 落語歌舞 いよいよ今晩より連夜開演/久々に来博した京阪にて有名な盆の曲舞 橘家圓坊 人気のよい落語界の花形 桂三輔/中州川丈座にて

◇川丈座(博多) 今四日初日にて京阪落語音曲一座を以て開演。初日の番組左の如し。

人情ばなし(馬の助)清元浮世節(桃太郎)滑稽落語(松竹)落語活動写真(円松)音曲ばなし(三路)落語盆踊(円坊)笑話文人踊り(三輔)切喜劇所作事

<編者註>三輔、円坊一座の番組は、下記の通り

75日:竹琴(馬の助)浮世節(松竹)寄合酒(桃太郎)玉の越指活動(円松)音曲(三路)三十石文人踊り(三輔)官営医者(円坊)

76日:浮世節(桃太郎)鼻ねじ(雀の助)人情話(馬の助)親子茶屋(松竹)ちふみきた(円松)音曲(三路)野崎参り(三輔)親起誓盆踊り(円坊)

77日:うそ付(馬の助)稽古屋(雀の助)口入屋(松竹)浮世床(円松)音曲(三路)手踊(三輔)宮戸川盆踊(円坊)

79日:おとぎ噺(馬の助)近日息子(松竹)素人車(円松)音曲(三路)高砂屋(三輔)妾馬(円坊)

大正775日 大阪朝日新聞

◇納涼興行 三友派落語組合各席にては従前の一座の上に五日より女道楽三河家秀子一行十名を差加へ、南地紅梅亭、北陽永楽館、松島文芸館に出演させる。

大正776日 京都日出新聞

◇滑稽七条と四条 博多俄連の大縮尻 此朔日から新京極の芦辺館に掛つた三遊亭しん蔵一行の博多俄連、変つた所を呼物にオット今の新しい言葉で云ふと郷土芸術とかを売物に遥々海越へ山越へ九州三界から京に乗込んだ迄は可いが、元より京の地は初めてで云ふ迄もなく不案内と来てをる。所が目下芦辺館の連中は伏見の常盤、七条大宮の藤の家を掛け持ちときてをるので、此一行も次から次へと汗ダク〳〵で追つ走り廻る訳だが、数日前の夜此一行が初めて常盤を打つて次の藤の家へ乗込む段になり市電に乗つて(後略:七条大宮を四条大宮と聞き間違えられて、反対派の太平館に飛び込んだという失敗談)。

大正776日 神戸新聞

◇境濱海水浴場開場披露會 我社主催須磨境濱海水浴場は開場以来、日一日と来場者を加え賑い立つているが、本社では愈々明七日を以て、花々しい海水浴場開場披露會を挙行し各種の余興を催して来場者に興を添える筈である。・・・・・・・次いで余興場には午前九時からお馴染の落語連、圓三郎、扇蔵、春輔、圓天坊、米昇、圓歌、正楽、正團次、門左衛門、染五郎、春松、歌路、都枝などの大一座と呂光、若呂光両人の新内、手踊、一圓、小半の軽口、チャップリン、ウグイスの滑稽、ワンダー正光得意の奇術、それに東京素噺の上手馬琴の出演など、風涼しい余興場は例に依つて大入り満員を見るであろう。・・・・。

大正778日 神戸新聞

◇本社主催海水浴場開場披露會 …余興開始のシャギリが入ると、モウ身動きならぬほどの満員で、白い扇子がチラチラと美しい。能舞台そのままの上品な舞台には、お馴染の落語家連が立替り入代つて御機嫌を伺う。扇松、圓郎、春三、小米喬、三太郎など、何れも可笑味タツプリで引退ると、人気者の春輔が真黒い顔を突出して、得意の「滑稽講釈」を弁じ立てる。小残月の「千人結び」は閑院宮妃殿下の御仁悲物語というべき高尚な話で大喝采、次いでチャップリン、ウグイスの萬歳、春松の音曲、圓歌の落語などいづれもお腹の皮を撚らせて余興場大景気である。三升が落語と自慢の踊りで大當てると、太郎三郎が相舞いの「汐汲み」で、涼しい舞振りを御覧に入れ、歌路、染五郎、門左衛門亦何れもヤンヤで引退る。次いでワンダー正光の奇術は「不思議の帽子」と「飛行時計」でアツといはせ、一圓小半の軽口から立上つての滑稽舞、美人若呂光の舞では、茶目の一圓が飛込んで興を添へ、それから圓天坊の落語、謎かけに都枝の滑稽琵琶、太郎三郎の鰌掬いと、面白い見物や聴物が続々現れ、最後に圓三郎、扇蔵の十八番、胸の透くやうな「槍錆」から奉書試合までキツパリした型と呼吸の合つた所で大盛況。・・・・・・。

大正7711日 京城日報

[広告]明治町 電話二六〇番 浪花館/當る七月十日より開演/京阪落語語楽會一行/お馴染の當語楽會一座へ更に若手数名出演致し賑々敷御機嫌相うかがひ可申何卒御来館の程奉懇願候/語楽會主演順 落語物まね(遊玉)落語手踊(圓一)落語音曲(笑三)落語手踊(遊生)落語音曲(花輔)落語手踊(木鶴)落語音曲(花丸)人情落語(圓洲)大切喜劇(総出)/入場料は特に従来通り大勉強

大正7712日 大阪毎日新聞

◇浜寺海水浴場披露会

〈編者註〉大阪毎日新聞主催で十四に開催。余興として公会堂にて午前と午後の二回、曾我廼家十郎一座の喜劇、海岸特設余興場にて午前より日没まで三友派連中及び東京客員連総出の諸芸大会が行われた。丸一鏡味社中の曲芸茶番、三遊亭円窓、円歌の珍芸会、東京女道楽三河家秀子一行の現代踊、林家染丸、桂文団治その他の喜劇猿廻しをはじめ、円子、花橘、新蔵、玉輔、円枝、小文、円丸、文作、蔵之助、染八、子遊、白馬、米団治、鶴蔵、万十、かしく、小枝鶴、円輔、竹枝、染丸、遊三、枝女太、文我、染之助、残月、三木助、小はん、松鶴、とん馬、米花、光鶴、妻奴、文団治、吾妻、団朝、お染、久松、陽永山、福楽、小仙、小金、円窓、円歌、秀子一行が出演。

大正7715日 大阪朝日新聞

◇三友派各席の演芸 例年の通り十五日より同派の納涼夏季各席の開場は、南地紅梅亭は落語は林家染丸外一座の落語、連鎖滑稽早替りを余興として大切三河家秀子一行のハツトセ踊り。北陽永楽館は納涼演芸会として三遊亭円歌、桂円枝一座に余興一座の連鎖落語道具入其他各席は三遊亭円窓、水也田呑州余興丸一社中及びハツトセ踊。

大正7721日 大阪朝日新聞京都付録

◇[広告]今廿一日より出演 三升家紋右衛門文輔、円二郎、輔力、門三郎、柳三、三朝、星花、円可、扇遊、福徳、福来、文二郎、琴月、古堂大切怪談 円笑、桃太郎反対派太夫元直営 新京極笑福亭

大正7722日 神戸新聞

◇賑わい立つた境濱 昨日の境濱海水浴場は土用に入っての第二日、折柄日曜の余興デーで、おまけに興味の深い寶探しがあるというので、朝から海水浴へ出掛ける人々夥しく兵電兵庫終点は一方ならぬ混雑を呈した・・・・・・・続いて瀧子の真正剣舞、歌路の音曲、圓歌の話、染五郎の踊から春輔が気の利いた小話で喝采を引浚へ、圓天坊の話から、圓三郎の舞「六歌仙」は相変らず巧いもの、次いで扇蔵の「槍錆」に圓三郎も加わりて十八番の「奉書試合」を見せ、都枝の滑稽琵琶と鰌掬いでワッといわすと一郎三郎太郎三少年の踊りがあつて、小半の滑稽「活惚」で大喝采裡に打ち出したのは午後五時であつた。

大正7722日 九州日報

◇川丈座 青年落語研究会本日七時より開場。入場料廿銭均一、初日の重なる番組左の如し。

一ト目上り(円吉)弥次郎(楽之助)鉄砲勇介(小むらく)音曲噺(三路)寄合酒(松竹)成田小僧(円松)正直車夫(楽天)紙屑屋(三輔)三人片輪及手踊(円平)

<編者註>三輔一座の番組は、下記の通り。

724日:三軒長屋(小むらく)音曲はなし(三路)孝女の敵討ち(楽天)雲天(円松)お花半七(円平)新町ぞめき(三輔)

726日:西行(小むらく)音曲はなし(三路)暗影(円松)太鼓腹(円平)稽古屋(三輔)

727日:寿限無(小むらく)音曲ばなし(三路)寄合酒(松竹)指影(円松)お半半七(円平)あみだ池(三輔)

728日:芝浜(小むらく)音曲ばなし(三路)指影(円松)三軒長屋(円平)太鼓腹(三輔)

大正7729日 神戸又新日報

◇千代ノ座 八月一日より三周年記念特別興行にて、左の顔触れなりと。

扇蔵、若呂光、春輔、圓三郎、馬琴、正楽、花橘、春團次、余興豊年斎梅坊主、三河屋秀子

大正7730 神戸又新日報

◇三宮御代ノ座 千代ノ座の掛持にて出演者左の如し。

馬琴、圓天坊、春輔、小文三、圓三郎、正楽、扇蔵、若呂光、呂光、三猿、しん橋、花橘、米團治、余興(梅坊主、三河屋秀子)

大正7730 山陽新報

◇吾妻座(西大寺) 八月一日より東京落語の大達者三遊亭圓遊一行にて開演。三日限りにて日延べなしと。

大正781日 大阪毎日新聞

◇納涼演芸会 八月一日より紅梅亭、永楽館にて開催番組は御祝儀落語、滑稽掛合、奇術曲芸、長講落語、都々逸角力、新内茶番、落語立噺らくだ、新講談道具入、猿芝居、舞手踊、落語立噺成金、仙台名物ハツトセ節、大喜利怪談大道具入。

大正782日 神戸又新日報

◇生田前戎座 夏期特別興行として、左の顔触れ。

圓天坊、春輔、圓三郎、若呂光、三猿、しん橋、小文三、花橘、三河屋秀子、女連、春團治

大正787日 京都日出新聞

<千歳米坡死亡>

◇千歳米坡 芸界の珍物千歳米坡は予ての心臓病が昂じて去月中より東京日本橋久松町岩佐病院に入院加療中だつたが去る二日午後八時遂に六十四歳を一期として死去した。彼女は確かに変り者であつた。其前半生の華やかな生活は一片の艶史として時人の間に喧伝され、随分粋な噂の種を蒔き散らしたものだ。甞て政界の奇才故光明寺三郎君と情意投合し、磊落豪宕な光明寺は彼の女を立派な令夫人に仕立てゝ宮中に於ける天長節の御宴に同伴したなど有名な話で当時随分世間を騒がせたものだ。それだけ彼の女としても此時代は得意の絶頂だつたらう。光明寺との関係から其親友西園寺候爵の知遇をも得た。併し明治二十九年以来の後半世は人も知る如く実に不遇だつた。各所の演芸館又は寄席の高座に万年新造の姿を現して、昔忘れぬ落し差しなどゝ得意の槍錆に昔の栄華を夢見、僅に世人の記憶をつないで居たが、それも一時、最近は年と病に勝てず身体も人気も次第に衰へ、去歳全く芸壇を引退したのであつた。儚なかりし米坡の一生よ! 彼女の一生は美人の運命の何物かを物語つたローマンスだつた。葬儀は四日正午上野桜木町の自宅出棺、浅草永住町密蔵院で営まれたそうだ。

大正7810日 香川新報(高松)

<東西若手落語家一座・高松常盤館>

◇[広告]東京浪華落語 若手揃大一座 神戸千代の派連中 橘家圓三郎一行/當ル八月十三日ヨリ/兵庫町常盤館 写真あり

〈編者註〉一座の番組は下記の通り。

814日:東の旅(扇松)兵庫舟(小米喬)やれやれ豆腐(一郎)材木丁稚音曲(三郎)前刀付ケ曲芸(却枝)八百屋ロマンス音曲(歌路)稽古屋手踊(太郎)辻占茶屋(染五郎)三人番頭(圓歌)抜雀手踊(圓三郎)

815

日:西の旅(扇松)野崎参り(小米喬)乱暴医者(一郎)子誉め音曲(三郎)浄瑠璃息子滑稽琵琶曲(却枝)年末の奇人(歌路)江戸原盆音曲手踊(太郎)赤子茶屋手踊(染五郎)書置き違い(圓歌)音曲手踊(三郎、太郎、歌路)芸妓の誠手踊(圓三郎)大切余興。

大正7814日 京城日報大正9年814

[広告]納涼特別興行/今十四日より開演/東京大阪合同落語大一座/長唄杵屋勘左衛門、杵屋勘三郎出演 近来珍しき大一座にて余興沢山/入場料破格金二十銭均一 但し特等の外/浪花館

[広告]明治町 電話二六〇番 浪花館/八月十四日より開演 東京大阪合同大一座/盆の曲手踊の橘家圓坊 長唄家元の杵屋勘左衛門、同勘三郎外若手数名大一座へお馴染の語楽會一行も加わり賑々敷開演致候/落語(坊太郎)落語四つ竹手踊(雀之助)落語(笑三)落語手踊(遊生)落語(松□)音曲手踊(圓花)落語(花丸)長唄ヴァイオリン三味線曲引(勘左衛門、勘三郎)舞踊(木鶴)人情落語(圓洲)新作笑話盆の舞(圓坊)大切余興(総出)

大正7830日 神戸又新日報

◇千代ノ座 一日より盆替りの特別興行として、左の顔触れ。

圓天坊、春輔、圓三郎、正楽、扇蔵、呂光、若呂光、謹吾、花橘、遊三、余興三河屋秀子、豊年斎梅坊主一座(梅公、梅々、小つる、梅太郎)

大正7831日 大阪朝日新聞

◇反対派落語 九月一日より南地花月亭外各組合席には従前一座に東京より柳亭左楽、日本太郎、橘家勝太郎、常磐津豊造、麟太夫出演。

◇浪花三友派 落語組合各席は一日より従前一座に川柳改三代目三遊亭円馬、桂春団治、桂三木助、余興連日本チヤツプリン、梅の家ウイグス、常磐津千代番出演。