大正104月 大阪の寄席案内

◇三友派

 一日より各席へ江戸茶番巴家寅子一派、音曲はなし橘の円如、東京落語柳家つばめが出演。

 七日正午より紅梅亭にて四代目桂文三改名披露。出演者は五十余名で東西落語界の真打連が多数出演。

十一日より各席へ講談旭堂南陵、音曲噺手踊橘円如、東京落語柳家つばめ、奇術ウワンダー正光等が出演。

◇吉本花月派

 一日より各席へ東京落語談州楼燕枝、新橋幇間桜川長寿、東京落語談州楼小燕枝、滑稽更芸東洋一郎、松旭
  斎旭勝が出演。

 八日正午より南地花月亭にて桜川長寿演芸会。補助として桂文団治三升家紋右衛門、談州楼燕枝出演。

 十一日より各席へ桂小文枝、談州楼燕枝、柳亭小燕枝、曲芸松旭斎旭勝、東洋一郎等が出演。

二十四日正午より南地花月亭にて談州楼燕枝独演会。演目は「今戸の狐」「将棋殿様」「柳田堪忍袋」「悪
  僧玄若」

大正1042 京都日日新聞 

◇吾妻団朝の新内 芦辺館にはこの頃吾妻団朝の新内節がかゝつている。ある夜一寸聴く。それは「新口村」であつた。梅川と孫右衛門との対話から、その文章には通俗で人情の機微を穿つたものがあつた。殊に「盗みする兒は憎なうて縄取る人が恨めしい」のあたりに節廻しが軽妙で感心させられた。

大正1043 大阪毎日新聞

◇[広告]卯月興行

大正10年 007

新ばし幇間桜和川長寿、滑稽曲芸松旭斎旭勝・東洋一郎、東京落語若手真打談州楼小燕枝、東京落語ノ泰斗談州楼燕枝

堀江賑江亭、北新地花月倶楽部、京町堀京三倶楽部、南地花月亭

大正1046日 九州日報

◇川丈座(博多) 京阪落語福の家福太郎一行明七日より開演。入場料は六十銭均一で番組左の如し。

伊勢参り(福之助)子誉め(小金吾)近江八景(若枝)音曲手踊(小福)曲芸(徳太郎)長持(宋枝)新内(小美津八)蔵丁稚(圓之助)歌根問(圓三)掛萬(文歌)藤間流手踊(福太郎)

大正1047日 大阪毎日新聞

<桂小文三、四代目桂文三を襲名>

◇小文三襲名 桂小文三は今回四代目文三を襲名し、七日正午より南地紅梅亭で家元文治補助の下に披露演芸会を催す。

大正10年 002

〈編者註〉四月二十一日から十日間、京都新京極芦辺館で披露興行。二十四日に襲名披露会を同館で挙行(下記参照)。又『藝能懇話』六号(平成5年)に「改名御披露 小文三改め四代目桂文三」の挨拶状が載る(上図参照)。

大正1048 京都日日新聞 

◇[広告]落語音曲舞踊奇術等の諸余興は若葉会へ。利欲を不想、熱誠車輪に相演じ升。御用命の節は寺町五条南入万倍社余興部へ。

大正1041014 京都日出新聞413日 京都日日新聞大阪毎日新聞京都滋賀付録

<巴家寅子を聴く>

◇芦辺館 十一日より江戸生粋音曲茶番巴家寅子一行にて開演。一座は寅子の外松之助、小奴、壽郎、小染、愛之助、金太郎等なりと。(京都日出410

◇巴家寅子を聴く 十一日から芦辺館に出演した巴家寅子一行の江戸生ツ粋と云ふ音曲を聴く。…舞台は寅子、松太郎、小奴の三人で、寅子は得意の咽喉に見物をヤンヤと云はせる。殊に義太夫、琵琶、浪花節を、太の三味線を使つて器用に弾き語りをした「ふきよせ」には満場水を打つた様に耳を澄ました。松太郎の曲芸も亦頗る垢抜けのしたもの。舞台上の四十分間は、寸分の隙もなく、次から次へと息をもつかせぬ面白さ、…。(京都日日)

◇芦辺館にて久々の寅子一行 久し振に芦辺館を覗く。春雨の加減かそれとも呼物の江戸生粋巴家寅子のお目通りが人気に叶ふてか、花時にも拘らず却々の大入。恰度東京噺川柳の「名人奉行」から聴く。普通のものには多少癖のある此人も斯うした人情噺にかけては流石に堪まらない味があつた。シンミリと聴かしたは嬉しい。次は愈々巴家一行。…寅子の吹寄せは例に依り洗練し切つたもの。次から次と江戸茶番の所謂生粋味を紹介する、…程好い所で又明晩と切上げるなど却て面白く軽快な点が気に入つた。此後三八は純上方落語で、又トリの蔵之助は一流の渋味ある話振でそれぞれの持味を出していた。(鯉)(京都日出414

◇巴家寅子を見る 泥鰌すくいが京阪で全盛なら八木節が東京で人気がある。共に泥臭くて肥桶臭くて重苦しく、田舎趣味が都会を覆うて了ふ当世に巴家寅子の音曲茶番は可なり珍重してもよいものだ。洒落気と機知が縦横に閃いて、さうして取り止めのないのが取柄だが、小田大炊と安宅郷右衛門の紅葉狩のだんまり茶番なんか今の新京極の見物にはかなり無理なものと思ふが、ソコは今後手加減が肝要と釈迦に説法件の如し。(滋賀付録) 

大正10414 大阪朝日新聞京都付録

◇建碑供養 笑福亭出演の井上照士、河合円笑主催にて、十六日午前十一時から裏寺町誓願寺墓地にて故父の十三回忌建碑供養を営む。

〈編者註〉河合円笑とは三代目笑福亭円笑(本名河合亀太郎)のこと。昭和八年没。

大正10415日 香川新報

高松劇場 東京落語歌舞音曲名人の一行二十名は九州地方巡業帰途十五日より花々しく開演す。出演幹部は市川九女代、市川駒寿、中村夏子、中村房十、近松家小えん、花の家蝶々一、春風亭柳窓、近松家燕朝、三遊亭左エ門

大正10417 京都日出新聞

◇芦辺館 十七日の日曜日大入祝として座員総出にて円山島屋にて観桜会を催し珍趣向の余興を催すと。

大正10422 京都日日新聞 

読者招待大演芸会・四月二十日・岡崎公会堂>

◇満場唯酔へるが如く 見惚れし大演芸会

…桂洲は「餅酒合戦」と云ふ筑前琵琶の一曲に得意の妙技を発揮し、巴家寅子一行は江戸生ツ粋の歌舞音曲は妙技神に入るものがあつた。…独特の曲芸には芦辺館の三代松が熟練の腕を冴えを見せ…、「長短かつぽれ」は芦辺館の一馬、枝女太、三八、ぜん馬の総出で舞台では見られぬ珍芸に満堂の見物は唯酔へるが如く…昼の部を終つた。

夜の部は…先づ芦辺館の川柳、素噺の地味な所で見物をグツと引締め、…枝女太、ぜん馬の「二人道化」は三千に近い見物腹を抱へ、桂州の「乗合琵琶」また大受け。一馬の剣舞と木曽節、他に類のないものとて大喜び。正団治の落語、蔵造の「安来節」は一人で人気を浚つた。白鶴の蒲団廻しは見物を驚かせ、…三代松の独楽廻し大当り。  

大正1042123 京都日日新聞42324日 京都日出新聞 

<四代目桂文三襲名披露会・新京極芦辺館>

◇文三襲名と染丸 桂小文三は今度亡父の襲名をする事となつて二十一日から十日間新京極芦辺館でその披露興行をする事となつた。襲名披露会は二十四日の夜に盛大に同館で挙行する。又応援として染丸が同日からお目通りする外に、目下人気を集中してゐる巴家寅子一行も本月中は同館で打通す事になると云ふからには、野に山に花は散つても百花繚乱の舞台の花は芦辺館に咲くであらう。フレ〳〵染丸! 起て〳〵文三ッ。(京都日日421

◇廿四日は昼夜 亡父文三を襲名した桂小文三の襲名披露会は明二十四日昼夜二回に渉つて花々しく挙行する。口上には家元桂文治クンが入洛して共に舞台にお目通りする。文三は段々と亡父に似て来るので本人もメツキリと年が老けた様にシツポリと貫目が出来た。染丸と云ひ寅子と云ひ、芦辺館の当興行は精鋭をすぐつている。(京都日日423

◇文三の襲名 関西落語界の名人故三代目桂文三の遺子小文三は今回後援者の勧めに依り四代目を襲名し、目下亡父との縁故浅からざる新京極芦辺館へ出勤中なるが、二十四日正午より是が披露演芸会を同館に於て開催する。(京都日出423

◇芦辺館 小文三改め四代目桂文三の襲名披露は既報の如く二十四日正午並に午後六時の二回開催し、補助には桂派家元桂文治の外左の連名にて出演の由。

 一蔵、双馬、白鶴、南州、三代松、蔵造、枝女太、ぜん馬、三八、桂州、川柳、─披露口上─文三、文治、一馬、染丸、巴家寅子一行。(京都日出424

大正10422日 香川新報

高松劇場 初日以来好人気にて大入満員の東京落語歌舞音曲名人會、本日より三日間日延べす。

兵庫舟(同雀)寄合酒(門楽)安来節(初口)壷坂澤市宅(住登)忠臣蔵(蝶ん一)隅田川法界坊渡場(芳子、駒助)文七元結(柳窓)女道楽(小えん)吉原雀(燕朝)富みくじ(門左衛門)軍事講談安来節(好洋)鰌掬い(総出)

大正10423 山陽新報

東阪落語有名三人一行若手連を引連れ来る二十五日午後六時より開場

落語(桂喜雀)笑話(桂鯛六)落語(桂文喬)落語手踊(橘家圓弥)曲芸(海老一直造)近世史談(桂家残月)音曲鰌掬(立花家千橘)落語(三遊亭圓歌)

大正10424 京都日日新聞 

◇下京販売局の諸芸大会 …本社下京販売局中貝新聞鋪にては廿四日午後三時より西通院高辻管大臣社務所にて若葉会一派の諸芸大会を開催。同店所属の愛読者全部を招待する由。番組は舞踊(春太郎)、落語手踊(小太郎)、落語四ツ竹(紅司)、落語手踊(桃太郎)、落語(十郎)、落語手踊(福丸)、浪花節(栄昇)、落語(ピリケン)、落語(一蔵)、落語手踊(梅笑)、落語(梅奴)、落語舞(三正)、落語(文紅)、奇術(一徳)、落語音曲(紅咲)、落語扇曲(三玉)。

大正10424日 神戸又新日報

<伊藤痴遊独演会・神戸千代之座>

痴遊独演会(正午より千代之座) 尾崎と島田と内田、東京府市議会の疑獄、古賀長官貴院の態度、満鉄阿片問題、憲政会と加藤珍品事件批評等

大正10428 台湾日日新報

栄座の名人会 昨夜開演した栄座の名人会は落語あり安来節あり娘義太夫、所作事其他舞踊等で全然寄席気分の夏の興行らしいが毎夜変つた処で御機嫌を伺ふと云ふ其の連中と順番は左の如くだ落語(左)同(開楽)安来節(初、房吉)娘義太夫千代萩御殿(佳登)安来節(辰子)演芸百種(蝶ト一)安来節(きぬ子)所作事京人形(芳子、駒助)人情噺(柳)女道楽(小江ん、燕朝)落語舞踊音曲所作事(門左衛門)安来節鰌掬ひの喜劇(総出)
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大正1051日 『寄席』第五号

◇「大阪から」(四月二七日の宵・大森勝)

(前略)只今、花月へは燕枝、小燕枝と曾我の家五郎郎さんの声色をやる桜川長寿等が下阪して出て居ます。紅梅へは柳家つばめが見えて居ます。両方ともつばめとは面白い取組です。花月では席前に柳の枝を一面に釣つてあります。両方とも装に置いてはどつちこつちですが、総じて花月の方が花やかに見えます。東京でもさうですが、会社派の紅梅は話を聞かせやうと云ふやり方、反対派の花月は花やかに賑やかに見せると云ふやり方らしいです。そのためと云ふわけでもありますまいが、花月には女案内人「御茶子」も美人が揃つて居ます。客がひいきの芸人へ祝儀をやるのには、御茶子にたくすと、御茶子が高座の前へ祝儀袋をはさんだ棒を立てるのも、東京から来た目には珍らしく思はれます。それから芸人が高座で羽織をぬいで、それを又入る時に自分で持つて行くのも妙な感じがします。兎に角寄席のキレイなのが大阪の特長でせう。其代りズイブン入場料は高価ですが……

◇「京都から」(京都・米田生)

…京都には今真打は極僅(わずか)なのです。漸く十名足らずで、枝太郎、円笑、福円、三八、福松、助六、可祝、東京児の円司、今は病気で休席は致して居りますが文の家文之助、電話散財なんか此人の作であります。然し此等の中で最も将来の有望なのは三八、福円、福松、可祝位で、人は円好も円歌もてな事をいひますが、人気はあつても噺は零です。実に真価を知る人の少ないのには全く泣出し度くなります。

 昨年の夏に円右独演会が富貴亭で開催されました。名人長治に五人廻し、富久でした。他には時々円蔵が参ります。何と云つても好い弟子を持つて居ますからネ……。大阪の真打としては蔵之助、新作噺しで随分現代的な男です。小さんは立花で一度聞いたきりですが、京都落語界の名人と迄云はれた故文吾式でありました。京都も随分故人には名人級の人があつた相(そう)です。先代の福松と、桂藤兵衛、此人の名跡は大阪の円枝が継ぐ相です。するとそれで一人真打がふえる勘定ですが、ま何にしても寄席の少数なのと、落語家の少数とで随分惨めなものです。蘆辺、春日両席は三友派ですから大阪紅梅から交代連があり、関西随一の笑福亭松鶴が聞けますが、富貴、笑福、西陣富貴、泰平、日本の反対派本家の出店の大阪□に御株を取られ、実に孤立無援の形です。