大正1011月 大阪の寄席案内

◇三友派

十一日より紅梅亭にて中入余興二人羽織(花橘、枝鶴)支那人その他。

 二十一日より各席へ安来節寿美の家。

◇吉本花月派

 一日より各席へ七代目雷門助六、柳亭芝楽、女流常磐津宝集家金之助、三喜之助、磯節芸妓新藤家小六一行
  等。

六日正午より南地花月亭にて助六、芝楽二人会。

 十三日正午より南地花月亭にて落語花月連幹部競演会開催。

 十三日正午より北新地花月倶楽部にて桂歌団治入門披露会。

二十日正午より南地花月亭にて助六、芝楽二人会。干物箱、五月鯉(助六)、おせつ徳三郎、火事息子
  (芝楽)、声色(長楽)、常盤津(三喜之助、金之助  )

 二十日正午より御旅松竹座にて円歌、残月二人会。

大正10111 大阪朝日新聞京都付録

◇落語花月連 新京極富貴席及び西陣富貴其他各聯合席は一日から紋右衛門、紋十郎、小文枝、ざこば、千橘、残月、勘左衛門、勘三郎、滑稽掛合の玉助、半助、真正剣舞は天地景山、娘新内手踊は若竹清子。

大正10111日 九州日報

<上方圓遊一行・博多川丈座>

◇川丈座(博多) 東京落語三遊亭圓遊一行本日より開演。初日番組左の如し。

女道楽(ゆき栄)五人廻し(さん好)親子茶屋並に手踊り(すずめ)干物箱(圓好)曲芸(旭勝、一郎)野晒ステテコ(圓遊)

<編者註>桂福團治(後の二代目春團治)の番組は、112日「新町ぞめき」113日「青菜」114日「金の大黒」

大正10113 京都日出新聞

◇夷谷座で人気を取つて居る渡辺お糸の安来節は諸芸大会のやうで、落語喜劇あり、名古屋漫歳あり、出雲けんあり、鰌掬ひあり中々賑か…。

大正10114 京都日日新聞

◇芦辺館は一日から滑稽演芸会をやつている。お笑ひと思ひの外一寸四角四面で眼先ではない耳先の変つたもの。一馬先生袴とヒゲを一寸つけて、エヽ諸君ツ、鎮魂帰神を売物にした宗教の末路は…テナ式で頗つた訳。落語相撲は景品付でお客さんから落語の穴を探させる見物と舞台とに連鎖を作る、ソコが客を呼ぶコツだらう。

大正10115 大阪毎日新聞

◇[広告]南地・松島・北新地各花月亭出演

大正10年 002

東京落語若手花形柳亭芝楽、正調安来節一行、初の出演磯節芸妓小六一行、江戸生粋茶番湊家小亀、久々にて出演橘家勝太郎、東京落語之泰斗雷門助六

東京交代連當ル十一月一日ヨリ連夜

大正101110日 京城日報

◇明治町 電話二六〇番 浪花館/當る九日より落語義太夫萬歳 竹本林之助玉子家圓辰合同大一座/出演者連名 宝の入船(入登)二人掛合(淡路家□鶴、つるや□枝)落語物まね(三遊亭□遊)義太夫(静香)東京落語(柳家小三太)娘義太夫(竹本林昇)落語音曲手踊(橘ノ太郎)名古屋萬歳(橘ノ一蝶、玉子家圓辰)女若太夫(竹本林之助)大切喜劇(座員総出)

大正101111 大阪朝日新聞京都付録

◇富貴席及び西陣富貴其他各聯合席は来る十一日より左の通り出番替。

花団治、菊団治、馬琴、桃太郎、小円太、文団治、枝雀、円太郎等の真打幹部連、少女長唄杵屋道子、初子、福徳、福来の軽口、正一の奇術、其他余興として本場安来節連。

大正101111日 神戸新聞

千代廼座 本日からの出番は、一郎、東蔵、圓都、安来節、春輔、小歌女、圓瓢、巴家寅子一行、圓馬、吉奴妻奴、かしく、正楽、染五郎、小半、萬冶
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大正101115日 『寄席』第十八号

◇「大阪から」(十一月六日の夜・大森勝)

 …今月は花月派へ雷門助六と柳亭芝楽に四五ケ月東京に居た橘家勝太郎と常盤津の金之助、三喜之助が下阪して出演して居ます。先月から引続いて小亀一行も出て居ます。今年になつて花月派へ睦会から左楽と今輔が二度来て、円右、燕枝、右女助、小円右、華柳、柳枝、小柳枝、さくら、小燕枝、文楽、柳好等が来たので、後は助六、正蔵、芝楽、枝太郎、翫之助が主なる人です。誰れが十一月に来るのか知らと思つて居ました。助六は気障だからイヤだと云ふ人がありますが、私はなんとなく此人が好きです。芝楽も話はさほどうまいとは思はないが此の人も好きな人です。

四日に南の花月亭に行つたら、芝楽は「おだいもくで助かつた」で、踊りはやらなかつた。助六は「太皷腹」をやつて後で得意の名古屋甚句ともう一ツ踊つた。勝太郎はガチャ〳〵した詞で「居残り」をやつたが、なんだか不快な気がした。後は軍人生活のヤリさび踊りをやつた。暫く京都に居た桂枝太郎も出て、京都島原太夫の話をやつた。真打円太郎は相変らず「小言幸兵」をやる。而し此人の快弁を聞いて居ると知らず〳〵終りまで引張られてくるのが不思議だ。終りに小亀一行、それから余興に水戸芸妓の磯ぶし大漁踊りを水戸実写の活動写真を連鎖で見せました。波の花散る海の写真を見て磯ぶしを聞いて居ると水戸へ行つたやうな気がして来ました。

隣りの三友派紅梅亭は相変らぬ連中に一ケ月振りの円子と女道楽のおかめ、小かめが出て居ます。

尚六日に南の花月亭で助六、芝楽二人会がありました。芝楽は「芝浜」と「山崎屋」、助六は「写真の仇討」ともう二ツ。余興に金之助、三喜之助の常磐津がありました。

◇大正十年十月十一日改正出番表  大阪市南区笠屋町 花月吉本興行部

【大阪】

南地花月亭 歌雀 橘弥 小雀 升三 円歌 文雀 扇遊 残月 五郎 千橘 小文枝 三喜の助・金の助 
 芝楽 磯節 助六 米団治 勝太郎 春団治 三升家

北陽花月倶楽部 左雀 右円遊 扇遊 勝太郎 千橘 米治 歌の助 喬栄・喬の助 三喜の助・金の助 助六 
 楽の助 芝楽 円歌 三升家 残月

松島花月 竹雀 勝太郎 磯節 枝太郎 五郎 花治 三喜の助・金の助 助六 扇雀・四郎坊 小文枝 新鏡
 文雀 三升家 芝楽 小亀

天満花月 文々 白魚 小春団治 扇遊 歌の助 花丸 春団治 桐家連 喬栄・喬の助 星花 団浦[団輔] 
 とんぼ・金の助 米団治 扇枝 円歌

京町堀京三倶楽部 歌団治 磯節 枝太郎 白魚 文雀 東団治 助六 扇枝 春団治 桐家連 せんば 星六
 [星花] 升三 天地・景山 芝楽

福島花月亭 春駒 扇枝 勝太郎 文雀 扇遊 若枝 楽の助 春団治 桐家連 光右衛門 南天 升三 星花 
 残月

天神橋都座 助力 小春団治 白魚 光右衛門 扇枝 雀浦 桐家連 花丸 円歌 天賞・小賞 文蝶 米団治 
 楽の助 枝右衛門

南陽花月 円治 千橘 五郎 右円遊 雀浦[雀輔] 新昇 春初 助力 木鶴 喬栄・喬の助 若竹・清子 
 小雀 杵屋 升三 麦団治

北野青龍館 小文吾 歌団治 木鶴 楽の助 歌の助 助力 光右衛門 天賞・小賞 白魚 光円[若円ヵ] 
 枝右衛門 花丸 助八・芳丸

松島町松竹座 文鳴 花丸 新鏡 千橘 若竹・清子 若円 喬栄・喬の助 歌の助 助八・芳丸 枝太郎 
 とんぼ・金の助 三升家 南天 麦団治 天地・景山 

堀江賑江亭 春太郎 枝太郎 右円遊 五郎 円弥 政右衛門 花治 扇雀・四郎坊 小文枝 三喜の助・金の
 助 升三 杵屋 歌団治 南天 米団治

上本町富貴 枝右衛門 小文枝 天賞・小賞 とんぼ・金の助 小春団治 馬団治 助八・芳丸 残月 新鏡
 扇雀・四郎坊 若春 麦団治 天地・景山 歌団治 若 円

玉造中本倶楽部 円弥 扇雀・四郎坊 助八・芳丸 円治 新鏡 金笑 天地・景山 麦団治 小春団治 南天
 枝右衛門 木鶴 天賞・小賞 とんば・金の助 

堺寿館 木鶴 円治 雀浦[雀輔] 春初 右円遊 団丸 円弥 若円 助力 文藤 若竹・清子 若春 杵屋

新世界芦辺館 安来節 同 万才 安来節 出雲拳 同 同 安来節 安来節 磯節 同 同 小亀 小亀 安
 来節

千日前三友倶楽部 五座長合同一行

【京都】

新京極富貴 歌助・右の助 花団治 福徳・福来 桃太郎 小円太 円太郎 若橘・文如 初子・道子 馬琴 
 安来連 枝雀 正一 菊団治 長楽 文団治 直造

新京極笑福亭 安来団一行

千本長久亭 歌橘 半玉・茶好 直造 長楽 枝雁 文如 竹定 馬琴 桃太郎 枝雀 花団治 正一

西陣富貴 竹馬 文団治 半玉・茶好 梅香 文如 竹定 円太郎 安来連 長楽 花団治 正一 桃太郎

四条大宮泰平館 小太郎 円太郎 福徳・福来 小南光 林福昌 初子・道子 伯馬 竹定 若橘 菊団治 桃
 太郎 小円太

堀川春日亭 文一 直造 若橘 半玉・茶好 八百造 伯馬 馬琴 林福昌 枝雀 正一 文如 花団治

伏見常盤館 伯馬 梅香 林福昌 菊団治 米蔵 小円太 枝雁 福徳・福来 安来連 小南光 初子・道子
 文団治

東京浅草公園みくに座 正調安来節 渡辺お糸一行

巡業第一団(九州)枝の助 柳丈 さん好 一郎 鯛六 福団治 すゞめ 旭勝 小きん 雪江 円好 円遊

巡業第二団(近畿)三木坊 半助 小鍋 ざこば 染八 玉助 文治郎 菊子 金の助 文弥 円若
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大正101119日 大阪毎日新聞

◇風俗壊乱落語取締 大阪府保安課では一般興行物に対し時代に適応する取締をなすため曩に取締規則の改正を行ひ、不足であつた演芸係の補充もついたので過般来一斉に取締を開始し、先づ落語から手を染め、去月三十日夜南区難波新地花月亭で「馬の田楽」、十二日夜西区京町堀京三倶楽部で「葵茶屋」が何れも猥褻に亘るものとして禁止され、落語家から始末書を出させ取調中であるが、尚此種の風俗を害する読物は沢山あるので引続き取締を行ひ徹底的に検挙する方針であると。

大正101121 大阪朝日新聞京都付録

◇落語花月連 新京極富貴及び西陣富貴其他各聯合席は二十一日より出番替、重なる顔触左の如し。

小春団治、扇遊、桃太郎、枝太郎、扇枝、勝太郎、円歌、春団治、掛合ばなし半助、玉助、新内の喬栄、喬之助、義太夫の団勝等。

大正101130 大阪朝日新聞京都付録

◇落語花月 新京極富貴席西陣富貴席其他各聯合席十二月一日からの交代連。

梅香、右円遊、文雀、元次郎、米団治、小文枝、円若、紋右衛門、紋十郎等。余興連は升三、春初、勘左衛門、勘三郎の外新加入の声色柳亭長楽、女道楽花菱家連等。

大正1011

◇全国落語寄席界出演者及寄席一覧表(大正十年十一月調べ・関西の部)

大正10年 001

〈編者註〉表中「京都」とあるのは岡田が反対派を吉本に譲渡したとき、これに反対して飛び出した円笑一派の連名、芦辺館と春日亭がその席。「神戸」は吉原派の連名。文字もそれほど崩されていないので翻刻は省略する。なお『藝能懇話』六号(平成5年)より転載した。
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大正10121日 『寄席』第十九号

◇「大阪から」(十一月二十二日夜・大森勝)

 …落語席は花月派も三友派も二十一日より出番替りにて、花月派は花月連惣出に助六、芝楽、常磐津金之助、三木之助[三喜之助]が引続いて出演。三友派も御名じみの連中に安来節寿美の家一行が出演して居ます。

三友派若手連の民衆落語研究会第三回試演が市民館でありました。一時から開演でしたが、私が入場した時は三時少し廻つた時分で、第三の「崇徳院」と云ふのをやつて居ました。「瀬を早み岩にせかるゝ滝川のわれても末に逢はんとぞ思ふ」の歌が話の眼目なんでせうが、少しゝか聞かなかつたので好く分りませんでした。次ぎは枝鶴で「性は善」、次ぎは小はんの「家庭の裏面」、夫が表で心持をワルクして家へ戻ると、自分の云ひつけて置いた事が一ツも出来て居ないので、尚更心持をワルクする。妻は夫の気げんが取れなくて里へかへり、父に話をすると、父は、男は表へ出れば身体は使わなくとも人の上へたてば立つ程気をつかふものだ、それで家へ帰へつてユックリした気にならうとするのに、云ひつけて置いた事が一ツも出来て居なかつたら心持をワルクするのは当り前だと云ふて帰へす。それから妻は奉公人の先きへ立つて一ツも云はれないやうにして置く。夕方夫が帰るとすぐに手製のアイスクリームを出す、風呂を進める、御飯の仕度はチャアンと出来て居るので、それではおれの云ふ事がないと云ふので終り。なんだか落語を聞いて居るやうな気がしなかつたが、一寸直したら面白いだらうと思ひました。最後に代表者曰く「我々は新らしい落語家を向上させるため市民館のみの会でなく、公会堂なり、進んでは落語館をも拵へたいと思つて居る」と云ふやうな事を話して閉会しました。