平成3034

「見世物興行年表」の蹉跎庵主人のご協力で、201510月から作成して、何とか明治から昭和10年迄完成しました。

 以降は、この期間の、未調査の新聞資料を更に挿入していきたいと思います。

 20158月に亡くなられた橋本礼一氏の集められた数々の新聞資料も今回ブログに掲載させていただきました。

 最後に、私が調査した新聞と所蔵機関を掲載いたします。

 ご興味のある方は、一度ご覧下さい。

 

都新聞         関西大学図書館(マイクロ)

            神戸学院有瀬図書館、龍谷大学瀬田図書館(縮少版)

東京朝日新聞      大阪市立西長堀図書館(縮少版)

東京読売新聞      同

郵便報知        同

愛知新聞        愛知県立文書館、愛知県立図書館(マイクロ)

金城新聞        同

扶桑新聞        同

東海新聞        同

名古屋新聞       同

絵入扶桑新聞      同

新愛知         同

新朝報         国会図書館(マイクロ)

岐阜日日新聞      岐阜県立図書館(マイクロ)

和歌山新報       和歌山県立文書館(縮少版)

紀伊毎日新聞      同

伊勢新聞        三重県立図書館(マイクロ)

三重新聞        同

伊賀新報        同

奈良新聞        奈良女子大学図書館(縮少版)

新大和         同

大和新聞        同

大阪朝日新聞大和版   同

北国新聞        金沢市立玉川図書館、石川県立図書館(マイクロ)

石川新聞        同

北陸政報        富山県立図書館(マイクロ)

関門日日新聞      国会図書館(マイクロ)

馬関毎日新聞      同

門司新報        北九州市立中央図書館(マイクロ)

九州日報        同

香川新報        丸亀市立図書館(マイクロ)

鷺城新聞        姫路市立図書館市史編集室(マイクロ)

神戸新聞        兵庫県立図書館(マイクロ)

神戸又新日報      同

大阪朝日新聞神戸付録  同

満州日日新聞      龍谷大学瀬田図書館(マイクロ)

台湾日日新報      同

京城日報        同        (縮少版)

大阪新報        国会図書館、大阪中之島図書館(縮少版)

大阪毎日新聞堺周報   堺市立中央図書館(縮少版)

山陽新報        岡山県立図書館(マイクロ)

芸備日日新聞      広島県立図書館(マイクロ)

中国新聞        同

普通新聞        徳島県立図書館(マイクロ)

徳島日日新聞      同

徳島毎日新聞      同

 <編者註>国会図書館のマイクロは、関西館にて取り寄せました。

平成3047

 「落語家銘々伝」シリーズで、今回「笑福亭福我」を更新しました。

 福我は、私の好きな噺家の一人で、今回は、彼が残した日記も紹介します。


●平成
30428

 明治231月の香川新報の記事の、「編者註」に、尾道文治の説明を若干入れました。旅文治と呼ばれた噺家で、四国や中国地方を中心に弟子を連れて巡業していました。晩年(明治28頃)は、尾道の田坂家の厄介となり、93歳の高齢で亡くなったとの事です。


平成30517

 四代目桂文枝を「落語家銘々伝」に追加しました。

 蹉跎庵主人に編集をお頼みして、何とか完成しました。

 明治40年文枝が入門して、戦後四代目文枝となるまでの新聞記事を調査しました。この人は、京阪の落語定席にはほとんど出演していなかった為、今まで不明な点が多かったのですが、地方の新聞にはかなり多く載っており、若い内から座長として一座を組んでいたようです。

 まだまだ不明な時期がありますが、新しい記事が発見できれば、追加していきます。


●平成
30624

 初代桂小春團治(花柳芳兵衛)の生涯を、都新聞の東京の記事を中心にまとめ、「落語家銘々伝」に追加しました。

●平成30年7月3
 昭和
11年度と昭和12年度を追加しました。


●平成
30年7月13
 昭和13年度と昭和14年度を追加しました。

平成3084
 昭和15年度と昭和16年度を追加しました。


●平成3085

 落語家銘々伝に、「初代桂ざこば」を追加しました。

 今回は、幇間時代と大陸にいた頃の記事を中心に入れています。

平成308月12
 昭和17年度と昭和18年度を追加しました。

平成308月24

 昭和19年度と昭和20年度を追加しました。


平成301010

 朝鮮新聞の大正3年の『三升小紋』と『立花家橘之助』の記事を挿入しました。

 小紋一座の三升小紋(本名細野春吉)は、初代三升紋弥の弟子で、後東京で、二代目紋弥を襲名します。この時まだ若干二十で、花月亭九里丸の師匠です。小文我は、初代文我の弟子で、この頃満州で芸人をしていました。内地に帰った後、桂太郎と改め吉本の高座に出演していたようです。易学者で、吉本の寄席の名前『花月』の名付け親と言われています。

 又、橘之助一座の染之助(本名金川利三郎)は上方の人で、最初松喬時代の二代目染丸の弟子で、三喬から染之助。大正二年三月に、師匠と共に上京した時に、橘之助に気に入られそのまま居残り、橘之助一座に加わり各地を巡業。帰京後、三代目志ん生門に移り錦生から志ん馬を襲名して真打になりました。

平成301210

雑誌「小天地」の曾呂利新左衛門の二回目を更新しました。