明治401230日 大阪毎日新聞

<新年の落語席と出演者一覧>

【桂派】

 金沢亭雀四郎、文蝶、伝枝、小文三、文橋、文三、杵屋連中、三木助、三輔、仁左衛門、雀之助、小文吾、文左衛門、小三、左円太、文枝、雀三郎、清国人、枝雀

 瓢 亭:あやめ、文橋、仁助、三木助、三輔、小三、左円太、傳枝、仁左衛門、小文三、清国人、文屋、文三、雀三郎、雀之助、枝雀、小文吾、杵屋連中、文枝

 幾代亭文柳、吾竹、文蔵、雀三郎、扇之助、文屋、雀之助、枝雀、小文吾、文枝、杵屋連中、小文三、清国人、傳枝、文三、三木助、三輔、仁左衛門

 杉の木亭:三昇、扇之助、文屋、小文吾、吾竹、文蔵、清国人、文枝、雀三郎、小三、左円太、傳枝、枝雀、三木助、三輔、杵屋連中、仁左衛門、小文三、雀之助、文三

【三友派】

 紅梅亭:鶴二、団作、福篤、歌の助、米朝、小伯知、松喬、曽呂利、文団治、燕太郎、馬生、扇蝶、花扇、円子、文都、一円遊、梅香、春団治、女連、米団治、印墺国人、松鶴

賑江亭:団昇、小団、団三郎、文雀、新作、扇蝶、松鶴、米朝、文都、梅香、三代松、福吉、米団治、雁徳、花咲、燕太郎、小伯知、歌の助、松光、満留吉、小歌、小満之助

永楽館光鶴、若三郎、三代松、春団治、梅香、松光、一円遊、女三人、松喬、印墺国人、小伯知、松鶴、菊団治、花扇、円子、馬生、米朝、扇蝶、曽呂利

 第一此花館:団幸、団勇、菊団治、燕太郎、雁徳、花咲、一円遊、印墺国人、小伯知、米団治、文団治、松光、女三人、馬生、米朝、扇蝶、松鶴、梅香、春団治、花扇、円子

第三此花館都鶴、鶴三、我楽、小円子、文我、米団治、三代松、花扇、円子、菊団治、曽呂利、□□治、雁徳、花咲、小米、松光、印墺国人、松喬、一円遊、燕太郎、馬生

【互楽派】

  第一文芸館(松嶋)藤円、鶴之助、藤枝、花香、松竹、栄太楼、藤誠、枝光、正三、万治、団司、東六、正楽、梅八、豆八、梅桜、藤遊、三平、小金遊、春輔、円篤

 第二文芸館(内本町):篤三郎、枝光、藤□、梅八、豆八、梅桜、春輔、三平、小金遊、藤枝、円篤、松竹、花香、藤誠、栄太楼、正三、団司、藤六、万治、正楽

明治4111 京都日出新聞

初春興行案内 ▲大虎座 東玉、正玉、馬鹿八等の一座にて「社頭松」「勇み駒」「伊達競恋仇討」「二次会」「名筆吃又平」引抜き「大津絵の所作事」 ▲朝日座 箱王、団次、粂仙、新王の一座にて昼は「寿三番叟」「時代娘」「花橘」「恋看板△夜は「謹賀新年」「寒牡丹」「妹背山」「やかず聟」「合縁奇縁」 ▲幾代亭 深川踊の梅坊主連と宝来家小柳等の浮世節万歳其他定連 ▲笑福亭 千歳米坡、立花家君子、同花の歌舞道楽と外に円太郎等の定連 ▲橘家 南昇、竜馬、文之助、南陵等の講談 ▲西陣座 万歳俄 ▲第一福真亭 吉田奈良丸の浮れ節 ▲第二福真亭 君栄、林之助、尾上等の女義太夫 ▲第二広沢席 吉田奈良丸の浮れ節 ▲錦座 松林伯鶴、山崎琴書の講談

明治4111日 大阪毎日新聞

◇本日より神戸湊亭は、圓若、残月、新作、福治、才賀、小円治に、東京下りの福円が加入。お馴染みの福我、南枝、團輔、小文、光雀、鶴瓶、円楽の大一座。

◇互楽派の各席へ一日より東京三遊亭小金遊、麗々亭梅蝶及び女義太夫豊竹団司、竹本東六等が加わる由。

明治4111 台湾日日新報

新年の興行物 台北座の閉場せしより台北の興行場所は劇場として栄座寄席として朝日座の二箇所となり新年などには聊物足らぬ心地す而して本日より演し物は▲朝日座は高松一行の活動写真・・・。

明治4111日 満州日々新聞(大連)

◇広告/謹賀新年大連信濃町花月席大連市信濃町友花月

明治4111日 満州日々新聞

◇興行もの ▲常盤座 青柳、東、愛澤等の清閑美團一座▲寿座 松尾伊井一座にて開演予定であるが、未だ休業中▲花月席 浪花節吉川秀廣一座

明治4112日 神戸新聞

稲荷座 同座の人形浄瑠璃は昨日より一番目「三国伝来玉藻前」大序より中「先代萩」切「古手屋八郎兵衛」

姫路楽天席と旭館 姫路楽天席は立花家圓一座にて音曲落語手踊り又旭館は大阪親友派宮川松朝一座にて軍事教育浮れ節

明治4113日 北国新聞

◇演芸会 ▲福助座 元日早々花々しく開演したる芳五郎、冠十郎合併一座は、元日とは云わず初日早々一杯の大入を占めたる由▲尾山座 エムバテー活動写真は昨日午前楽隊を以て市中を練り廻り本社前に於て「君が代」を吹奏し、「北国新聞社」萬歳を唱呼(しょうこ)し同日午後六時より花々しく開演したるが、降雪(こうせつ)にも拘らず好景気を占めたり▲いろは座 新派兄弟義会一座にて元日より蓋を開けたるが賑々しき客足を見たり▲一九席 小石喜久松一座の地萬歳にて昨日より開演したるが、例により景気頗るよしと▲松ヶ枝館 鶴之助の地萬歳に手品一座を加えての開場とて昨日の初日早々相当の景気なりしという▲小福座 竹本春玉一座の女義太夫にて昨日より開演したるが、前景気非常によかり▲福栄座 堀川初三郎一座の地萬歳にて昨日より開演せり。場所柄とて大人気を占めたる。

明治4118日 神戸又新日報

湊亭評 第一第二も大々人気は其筈の顔揃いである。東京帰りと号する福圓の落語は相変らずだが三つ合わせた喇叭節がお土産とでも言つて置こう。團輔が例の褌にババは困つたもの屁とか苦楚(くそ)とか言わねば笑わせらねぬものか。小文の落語は例の如く踊はキマリに身の・・・・(解読不能)。新顔の何とかいう落語家が又もババの話アア厭だと思つた後が残月の講談でホットした。得意の廣瀬中佐は朝日座を見るが如く背景が欲しかつた。近来残子頗る腕を上げたは事実である。福我の新落語はアトの官営煙草のトツチリトンと相俟つて新しい。才賀の「お半半七」は正に中入前の腕はある。小網町の半七が来たの処も三遊亭派のクスグリではなく柳派の自然滑稽で聞き宜かつた。座中の圧巻は此男である。切の圓若は聞かずに出た。

明治41116日 鷺城新聞(兵庫姫路)

ブラック一座と十五日戎 當市阪元町山陽座において十五日より興行すべかりし英人ブラック一座の演劇「幡隨院長兵衛」及び奇術催眠術は十八日初日とし、昨紙に十五日すでに蓋を開けたるは全く誤聞なりしかば、尚ほ惣社戎宮祭典も雨天続きのため一日延期し十六日まで執行したり。

明治41117 京都日出新聞

四条南座の円頂派は本日乗込む筈にて一座は宝恵籠に乗りて祇甲、先斗町其他の遊廓へ挨拶に廻る都合、初日は明十八日開場は午後五時、其出番順は円角、円作、円歌、円幸、円丸、円三郎(三代目)円三、円治、円馬(後見)円(座長) 尚入場料は一等(三十銭)二等(二十五銭)三等(十七銭)四等(七銭)

明治41118 京都日出新聞

四条南座の円頂派 音曲笑話は愈々本日初日の都合にて其出番順は御祝儀東の旅(円角)昔噺曲芸鼻立(円作)滑稽落語手踊(円歌)笑話尽し音頭(円幸)音頭流行歌、洋灯きせるの曲(円丸)浪花笑話浄瑠璃手踊(円三郎)ハイカラすてゝこ盥の曲(円三)東音曲浮世噺(円治)古今人情噺(円馬)当世落語、曲踊もの真似(円坊)所作情話一流手踊(円)大切余興社頭松引抜き総踊

明治41118日 神戸又新日報

落語日曜會 例の裁判所前第一湊亭に於て明十九日正午十二時より第十回落語日曜會を開催する由當日の番組左の如し

小倉船(圓楽)高宮川(福次)堅法華(圓松)馬方茶屋(新作)愛宕山(團輔)仕込の大筒(小圓次)心眼(福圓)舞老松田舎娘(小文)中節□□衣洗い(唄喬の助、絃無名子)陰の夜(才賀)□□の花(残月)味噌蔵社頭の松(圓若)

明治41126日 大阪朝日新聞

◇藤原重助建碑式 浪花三友派の組合寄席の内此花、賑江両席の館主藤原重助は、其の組合許りでなく南区千日前の開発にも余程功ある者なれば、存命中より有志は寄り〳〵同人の記念碑を建設せんとの説ありしが、昨年同人の死後いよ〳〵建碑の相談有志中に成立ち、住吉停車場の傍に地を選み建碑落成なしたるより、本日午前九時同所に於て建碑式を挙ぐる事となり、三友桂両派の落語家、各寄席主人及び同人の生前の知友等参集して盛大なる祭典を執行するとぞ。

明治41127日 大阪毎日新聞

◇因みに前号(一月二十六日)記載せし故藤原重輔の建碑式は、昨日正午住吉停車場付近にて挙行し、余興には餅巻き等もあり、三友桂両派の落語家及び関係者又右団治、芝楽、右之助等をはじめ、同人生前の知己等が参集して、頗る盛況なりしと。

明治41131日 大阪朝日新聞

◇桂派の各席は二月一日より従来の一座へ長唄柳家よし、同たきの二名出勤する事となれり。

◇浪花三友派各席二月一日より従前の一座に東京より岩てこ一座、柳亭小燕枝、春風亭梅枝が出勤する由。

明治4121日 名古屋新聞

富本座は昔々亭桃太郎と高島家米玻一座にて開演す。

明治4121 京都日出新聞

興行界 ▲幾代亭は本日より八代目入船亭扇橋及び長唄の杵屋福三郎、同福子、御前倭舞の久茂井辰雄等が出席扇橋は得意の東京俳優声色演芸風俗を演ずる由▲笑福亭は米坡が引続き出勤する事となりしが本日より替る出番順は文橘、円次、橘太郎、芝楽、円弥、三八、三吉、扇枝、福丸、福太郎、円太郎、文之助、有村、円平、花助、君子、米坡▲橘家の講談席は本日より魯水、小円鶴、小伯竜等が出席

明治4121日 神戸又新日報

中道亭 兵庫舊中の土橋講談席中道亭本月の出演者は旭堂南昇と老巧の笑福亭竹山人に若手の旭堂南陵なりと。

明治4121日 満州日々新聞

花月席 既報の如く今一日より演芸大寄せを催すべく車読みの競技に於いて一ヶ月間大喝采を博したるものには、座主より金時計を贈呈すという番組は左の如し

加多の弥太郎(京山若吉)塚原ト傳誉の太刀風(京山若圓)名誉侠客千葉喜太郎(満州軒若八)元和三勇士田宮左金吾(満州軒勝廣)伊賀上野敵討荒木又右衛門(娘太夫吉川巴)難波戦記岩見重太郎(京山末廣)寛永勇士揃御前試合(桃中軒雲丸)義心塚之由来長井源三郎(満州軒雷右衛門)春色咲分梅斑鳩平次徳川葵の錦弁慶新三郎(吉川秀廣)寛政力士伝谷風梶之助合邦辻俊徳丸(松福亭時丸)三味線曲引(京山梅花、松福亭小福)

明治4122日 神戸又新日報

第一第二湊亭 本月は昨年来たりし印度人の愛嬌男サエモンジョジーと白人チャレーとて湊亭の番頭井上が当地で発見して大阪で日本物を仕込ませしハーモニカの吹手と両人にて白黒踊りというをやらかし尚笑福亭枝鶴は四代目松鶴となりし改名披露をなすべく外に松林小伯知の新講談、小圓冶、米朝、春團冶、燕太郎、福冶等の大一座なりという。

明治4125日 神戸又新日報

湊亭の芸評と所感 ヤタラに褒めちぎる愚者でもなくムヤミに批難する程の賢者でもない、芸評と所感とは別物ではあるが夫を一緒クタに書殴り聊か芸術者の反省を促そう

▲三友亭紋弥 落語はベタつく方だが有望の芸風だ当人音曲で客が取れるから話はどうでもと捨鉢にしてはならぬチョイチョイ新しいくすぐりも言うが誤りがある新聞論評でも読んで少し舌を馴らすべしだ音曲も此男の技量で福我式の物に意を注いだらは関西無敵に立至るであろう。

▲笑福亭圓松 右も左東京落語で押通すのだから今少しユトリをつけて前月の才賀などの喋り口を学ばねばなるまい何しろ此男は手品や指の写し絵や問答と多芸なのが却つて身の毒で話方が進歩しない本芸を一つ何と定めて献身的に一意専心研究すべし

▲桂團輔と小文 俺はどうでも宵い忰さへ物になればの一心残らず小文に乗移つて鷹となり親爺は美ン事産んだトンビで満足する為め落語も前々世紀で鷹は□□弛んで来た鷹の方は舞がよいが話はもう一息という世論だ併し父子とも高座に現れれば拍手喝采は素晴らしい人気である。

▲燕太郎と米朝 燕の方はお定まりの芝居噺小笠原も根っから以前と優劣が付ぬソコで所感を別に申さば頭が大きいから、「蕣花」(あさがお)だとか人気取りに自分を卑しめて客に媚びるのは可かん此男の芸風殊に舞ならば正に胡麻すらずとも出世は出来る米の方は落語は老熟している何処へ押出しても米朝は米朝だが話はない方で文都や枝鶴の如くスラスラと流暢に行かぬが結局真打というべき芸ではなかろう。

▲喬之助と福我 喬之助の音は関西無二である。柳原にも中倹にも清元屋はタントあるが声に至つては其右に出づる者はない併し可哀そうな事に覚えただけが追々崩れる方で之を斧正すべき師に乏しいのが関西の浅ましさだ時々東京に帰ってナール程をやつて来ねばならぬ何日までか「コラコラーイ」のみでもあるまい福我の芸評は定評ありとしてすまい此頃此男こはでな服装を廃して茶の紋など着ているが、京阪流に大の男が金鎖を頚から掛けるのもみ裏の羽織を着るのという風は鼻持がならぬ併し衆人稠座の高席に上るのだから幾分渋味を厭うのは至當であろう。

▲ジョジーとチャーレー 印度人ジョジーの方は正に黒人で墺国人チャレーの方は確かに白人で能く名詮自称を現わしている黒の洋笛は巧妙、白の未だ芸人らしくない処を見ると気の毒に思うと同時に白哲人種の堕落に異様な感が起つたのである(へな坊)

明治41210日 大阪毎日新聞

◇桂文団治の改名 当地三友派の宿老文団治は、今度東京の桂文治が名跡を継ぎ、文団治の名は、更に門下の米団治に譲りて、これを三代目とし、文治はこれを機に、二代目文団治の記念碑を法善寺境内に建立する事となりたり。この打ち合わせの為、文団治は来る十五日上京する筈なるが、披露は帰阪後三月上旬を以て各席に行う由なりと。

明治41211 京都日出新聞

○興行界 ▲笑福亭は本日より大切に「小夜衣三人廻」といふ立噺を演ずる筈にて其役割は百姓杢右衛門(文之助)大工熊五郎(円太郎)寄合酒盛(有村)スイカラ通人気取薫(円弥)顔役中野菜造(扇枝)娼妓喜瀬川(米坡)芸妓てく吉(花助)舞子小ねこ(喜美子)同村ちよこ(三八)娼妓梅ケ枝(三吉)若い者喜助(円平)幇間でこ助(福太郎)同ピン内(福丸)芝屋の亭主(芝楽)按摩しよぼ市(橘太郎)鍋焼うどんや(文橘)▲大阪三友派の宿老桂文団治は今度東京桂文治の名跡を襲ぎ文団治の名は門下の米団治に譲りて是を三代目とし文治は退隠する都合にて其改名披露は来る三月上旬を以てする筈

明治41214日 大阪毎日新聞

◇順慶町井戸の辻赤沢亭は、明十五日より落語、新内合併一座にて開演。主なる顔触れは、三升家紋弥、三遊亭ぽん太、春陽亭胡蝶、桂藤朝、岡本呂光、岡本小美栄。

明治41215日 北国新聞

◇一九席 落語連にて開演したるが、久振りとて景気大に好し。今晩の出し物は、異口茶屋(近之助)高砂屋(福圓)川崎土産(近松)清元夕立塚(花之助)くしゃみ太夫(蔵の助)鰻屋(左近)梅若礼三郎伝(文左衛門)喜劇アイラブユー(総出)

明治41215日 神戸又新日報

第一湊亭 一昨、昨の両夜は笑福亭松鶴が四代目松鶴を襲名せし披露にて一昨夜は大阪より文團次来たりて其披露を為し其他松喬、扇蝶数名スケとして出席せしより満場の大入にて松鶴へ市内各贔屓連より贈り物多かりし。

明治41215日 満州日々新聞

演友會慈善興業 明後十六日花月席に於いて開催する大連演友會慈善興行の番組左の如し

落語厄払い(〆太)剣舞(川上福夢)義太夫鈴ケ森(竹本小井筒太夫改め竹本井筒太夫)講談(松林黒燕)落語道具屋(半七)義太夫仇討瀧の段(竹本春庫太夫)清元(福助)曲芸(春風斎)剣舞本能寺孤軍奮闘(川上)落語小言幸兵衛(小はん)凱旋踊(千勝館千松、勝利)大切茶番化地蔵(三枡家連)三味線(竹本井筒太夫改め豊竹筑後太夫)

花月席 満州軒雷右衛門、吉川秀廣、松福亭時丸一座の大寄せ競演會車読みの腕くらべなり

明治41218日 名古屋新聞

富本席 は昨十七日より曾呂利新左衛門一座の落語にて開演其前連中は左の如し

昔々亭桃太郎、高島家米玻、三遊亭圓玉、三遊亭小圓、橘家橘天、昔々亭ぽん太、三遊亭小左衛門

明治41223日 神戸又新日報

落語日曜會 第一湊亭の日曜會昼席は毎日好人気にて既に第十三回となり本日より(晴雨不論)開催する由番組は左の如し

地獄八景(鶴瓶)東の旅軽業(光雀)明石名所(福我)七度狐(南枝)源兵衛玉(小圓冶)意地競(福圓)余興舞保名狂乱(小文、清元雁金、喬之助)内外音曲舞踊(サエモンジョージョー、チャレフイブ)中入後馬の田楽(春團冶)芝居噺春駒(燕太郎)恋の辻占(米朝)色敵嘘講釈(松鶴)

尚同会は各自演芸者は頗る非常の大勉強にて何処までも落語の研究をなす目的にて今回は改名せし松鶴もあり皆腕競べを為す由因みに食費は一人二十五銭にて茶、菓子、火鉢、下足料を申受けるざる由なり。

明治41225日 徳島毎日新聞(徳島)

<徳島緑館開場>

緑館の舞台開き 富田町角寄席緑館は来月一日舞台開きを為し大阪千日前播重席出勤の女義太夫豊竹此助一座乗込み興行することに決せり

明治41225日 大阪朝日新聞

◇宝来亭は二十六七両日、松林右円会主となり演芸会を開く。出演者は桂三友両派の落語家、豊竹時太夫の浄瑠璃その他新内、講談等なり。又同座へ三月一日より松月堂呑玉、伊藤燕凌等出演す。

明治41228 京都日出新聞

興行界 ▲笑福亭は来月一日より桂菊団治、末広家扇諜が新たに出勤し大切には余興として立噺「社頭松」を楽屋総出にて勤める筈にて其出番は文橘、[]橘、橘太郎、円次、芝楽、福太郎、円弥、扇枝、福丸、円平、花助、喜美子、文之助、円太郎▲橘家の講談席は来月一日より南昇、南洋、竜馬、南陵等が出勤する筈にて読物は△昼の部 明治侠客木曾富五郎、仙石騒動 △夜の部 祐天吉松、大和三勇士、木下藤吉郎

明治41229日 北国新聞

◇一九席 文左衛門左近一座の落語連は、愈々本日限りにて、富山旭亭へ乗込むべく、本日の番組は、娘義太夫(近之助)廓の花(福圓)無筆(近松)お三茂兵衛(花の助)おはち(蔵の助)夢金(左近)左甚五郎(文左衛門)

明治41229日 大阪朝日新聞

◇三友派の各席へは一日より今様狂言仕舞の泉佑三郎一座、台湾芸妓小桃外四名、東京落語家扇橋、曲三弦杵屋福三郎、剱舞有村謹吾等が出勤す。

◇桂派の各席へも一日より今様能狂言の泉佑三郎、同ふく、同はなの一座が加はり、久々にて立花家千橘も出席す。

明治41229日 神戸又新日報

第一第二湊亭 三月一日より久しぶりの曾呂利新左衛門に東京カツポレ岩テコ連の寿屋幸蔵、浅吉、鉄三郎、岩蔵加わり外に文雀、米朝、小米等なるが大切は滑稽立ち噺「社頭の松」の所作事ありという。