落語家銘々伝:初代桂小春団治

初代桂小春團治①

     初代桂小春團治(本名林芳男)、後の舞踊家花柳芳兵衛

 この人の経歴は、「上方芸能38号」及び「鹿のかげ筆」に詳しく載っていますが、今回は、私が最近調査したものを二三ご紹介いたします。

まず、経歴ですが、父は桂團丸(橘ノ圓丸)という噺家で、本人も小さい頃に「橘ノ小圓丸」と名乗り高座に上がっていました。後橘ノ圓の弟子で、「橘ノ次郎」。寿々女会に入って四代目松鶴の弟子で、「笑福亭児鶴」、更に三友派に入って圓子の弟子で、「三遊亭子遊」。初代春團治の弟子で、「桂小春團治」となりました。

 昭和8年に吉本を脱退、「桃源座」を組織しますが、翌年に「桃源座」が解散後、上京し、東京落語協会又は東宝名人会に所属。(この間、四代目小さんの弟子で、さん生と名乗る)

 昭和11年に吉本と和解して、「林芳男」で復帰。14年に花柳芳兵衛となり舞踊家となります。

 今回は、その中で「上方芸能38号」の「花柳芳兵衛年譜」を見ながら、当時の新聞を見ていきたいと思います。

①父桂團丸について

円丸

 その前に、父親の桂團丸について調べてみました。

 花柳芳兵衛の「芸界こぼれ噺」(「鹿のかげ筆」に収録)によると、圓丸は明治二十五年頃から素人噺に熱中し、明治三十年頃に三代目桂文三の門弟になったとあります。同書には入門時の芸名が書かれていませんが、恐らくは「落語系図」にある慶三なのでしょう。明治三十年代前、中期の慶三の動向を辿れる記録は、次の数件だけです。

明治341220日 大阪毎日新聞

共恵会 明日明後日の両日西区新町廓婦徳会場に於て催す例の共恵会の番組は左の如し 落語兵庫船(笑楽[正楽])正月丁稚(慶三)初天神、転宅盗人(吾竹)しじみ茶屋、金[]猫(新作)一枚起請(枝光)…。

明治35118日 大阪毎日新聞

共恵会 明十九日午後一時より西区新町廓婦徳会場にて催す共恵会の番組は左の如し。

落語(都若、新作、慶三、枝光、金玉、延枝)音曲集(三遊亭圓子)

 共恵会は各種各派の芸人混合で、落語家には、桂、三友、藤明(後の互楽)各派の外に、無所属や半玄人が混じっています。著名な人は所属の推定が付くものの、慶三クラスではそれが出来ません。想像の域を出ませんが、彼のこの後の経歴が互楽派と密接なので、同派又はその前身藤明派に属していたのかも知れません。もう一つ考えられるのは、帰天斎正一主催の「座敷諸芸斡旋所」(金玉、延枝、都若(後の五代目小文吾)等が所属)や素人落語の「緑連」に属していた一群の落語家があります。慶三もそれらの一員で、一流席には出席せず、端席や余興専門の、半玄人だったのかもしれません。要するに、「落語系図」にある、文三の弟子とは言うものの、桂派の席に出演したのかどうか疑わしく、端席に多く出た為に、記録がほとんどないのかもしれません。

 さてその後、明治三十九年一月から同年六月迄、互楽派の前座に、「桂三」「慶三」が記載されます。これが、後の團丸でしようか?いくら半玄人とはいえ、十年近い芸歴の噺家を前座で出演するでしょうか?しかし、この間落語家をやめていて、再び復帰したとなれば考えられない事もありません。團丸の慶三は、その後、立花家圓三郎の一座に加わり、名前も「小圓三」と改名します。

明治39103日 北国新聞

一九席 三周年祝賀興行として三遊亭圓馬、立花家圓三郎一座にて、一昨夜よりを揚げたるが、小圓三、後八、文平、圓坊、千橘らの落語、曲芸、踊りなど、取り取りに面白く、中にも圓三郎の碁盤上の座り踊り、紺の前垂れは妙技真の驚くべく、圓馬の落語は軽くして味あり。流石は故圓朝の四天王ぞと感ぜしめ、大切松尽しは花やかにして、種々の松尽しを演じたる、又面白き趣向なり。初日より溢れるる計りの大人気なれば、定めて引続き大入りを占むるならん。

今晩の番組は左の如し

小倉船龍の都(圓子)三人旅浮かれの尼買(しん三)鉄砲屋芸廻し(小圓三)満州土産(後八)ステテコ踊(文平)落語天災碁盤踊(圓三郎)故師圓朝自作人情百種の内読物(圓馬)教育文字当て踊(掛合)

明治391015  北陸政報

旭亭の落語 兼ねて評判の立花家圓三郎一座愈々一昨日より富山市旭亭において開演せしが非常の好評なり。今晩の番組は左の如し

御祝儀宝の遊舟(圓子)三人旅うかれの尼買(新三)浮世根問並に顔芸(小圓三)大阪落語くしゃみ講釈並に満州土産踊り(後八)寿限無ハイカラステテコ(文平)こんにゃく問答並に曲芸踊り(圓坊)当世流行音曲(千橘)新作落語いじくらべ並に一流碁盤手踊り(圓三郎)故師圓朝作牡丹燈籠毎夜続き(圓馬)大切新案身振落語八種商二人旅行引抜松づくし(連中総出)

明治4011 大阪朝日新聞神戸付録

姫路の一月興行旭館 立花家圓三郎、三遊亭圓馬、千橘、文平、しん三、小圓、後八、圓子、小圓三、圓坊一座の東京大阪音曲ばなし

明治40314 芸備日日新聞

胡子座の落語 東京下り落語圓頂派立花家圓一座は一昨十二日より中島集産場胡子座にて開演せり。同初日の出席番組は、御祝儀(立花家圓左)伊勢参り(同圓子)落語曲芸(同圓丸)落語手踊(同圓三郎)士族の車曲芸(同圓三)今様音曲(圓吉)浮世物真似(同圓坊)新作鹿の政談、碁盤の上座り踊(同圓)大切りには座員総出にて桜と坊主その他種々の余興を演じたりしが中々面白く大人気を占めつつあり。

 橘家圓三郎と兄三遊亭圓馬の一座は、明治三十九年十月から北陸の金沢、富山、福井と巡業。その後は、名古屋、伊勢と廻り、翌年一月に、兵庫県姫路市にある旭館で、「圓頂派」の旗下興行を行います。全員坊主で、名前も「圓」のつく名前に改名します。

 私がなぜ、「小圓三」が「圓丸」と考えたのは、実は、圓丸の得意芸「煙管の曲」を思い出したからです。

 桂米朝師が、雑誌「上方芸能38号」で、圓丸の煙管の芸について述べられています。「…圓丸さんという人は、藤本義一さんの『鬼の詩』で顔に煙管をぶらさげる落語家で出てきます。あの小説の主人公桂馬喬のモデルは「大せんべい」と仇名されたアバタの桂米喬ですが、この件りのモデルは圓丸さんです。ただし圓丸さんはアバタでなく、顔中をシワだらけにして、そのシワに煙管をぶら下げるから芸になったんです。アバタにひっかけたらやらしい。なにしろ、十本ぐらいぶら下げ、四丁目の合方に合わせて一本づつ落していくという芸やったそうです。…」

 つまり、姫路の興行で、後八は「三代目圓三郎」、文平は「圓三」、千橘は「圓吉」、しん三は「圓左」、小圓三は「圓丸」と各自改名しました。

 圓丸は、圓頂派興行に参加して、東は名古屋北陸、西は九州迄巡業します。明治四十年四月には、三つの小春團治が父に会いに岡山迄来たそうで、その時に座長の圓より、踊りの手ほどきをうけたそうです。

②初舞台

 圓丸の圓頂派参加も長くは続かず、明治四十一年十月頃には、一座から抜けます。その後は、互楽派の各席に出演したようで、息子の芳男も、「小圓丸」の名前で、松島の文芸館で初舞台を踏みます。無題

 その後、しばらく互楽派各席に出演しますが、明治末には新しく誕生した寿々女会に父親共に参加。小圓丸は、四代目松鶴の弟子となり、「児鶴」と名乗ったそうです。但し、この「児鶴」の名前は新聞等では確認する事ができませんでした。

(写真は、寿々女会の頃の小圓丸<児鶴>「上方はなしより」)



 大正三年十月、圓丸は、寿々女会を離脱して、神戸の落語定席栄館にて興行。その後、一座を組んで中国四国地方を巡業します。この時、小圓丸も参加します。

大正31019 徳島毎日新聞

◇緑館 神戸栄館に出勤中の圓頂派立花家圓丸一行の落語乗込み明後二十一日午後六時より花々しく開演一座の顔触れは

立花家圓六、立花家圓二、立花家圓之助、立花家圓玉、立花家圓盆、立花家圓三、立花家小圓丸(九歳)、橘のかほる、立花家圓丸

大正31028 徳島毎日新聞

◇緑館 好評を以て迎えられ居る大阪落語一座は今晩より仲入に滑稽親玉尻角力を差加えたり。初日の取組左の如し。

出尻川(かほる)-サンショ川(小圓丸) 出歯の海(圓丸)-奥目川(圓三)

ケンノチ丸(圓盆)-ホラガ嶽(圓玉)  片目山(圓二)-人形川(圓之助)

 その後、神戸から巡業中の橘ノ圓一行の合流。第二次圓頂派として、再び巡業します。

大正31111 徳島毎日新聞(徳島)

◇緑館 初日早々大入を呈し居る橘の圓師一行は先般来神戸栄館にて特等四十二銭なりしが、今回は陥落祝として特に破格の入場料特等十八銭(外に下足敷物二銭)とせり今晩の番組は

須磨名所(圓六)曲芸手品(圓之助)稽古屋踊り(圓玉)タラチネ踊り(圓三)三十石竹琴(圓丸)軽口イガゴエ(座中)無意の犬踊り(小圓丸)雪天踊り(都ン輔)蛸芝居舞踊(圓二郎)クシャミ講談(圓天坊)文七元結舞踊り(圓師)大切新作(全座員総出)

大正31122日 香川新報(高松)

◇当兵庫町常盤館にては二十二日より圓頂派、橘の圓、小圓丸、圓王[]、かほる、圓市一座の落語にて開場する由にて一行中例の圓の助の曲芸は目先の変わりたるものなりと。

大正3124香川新報

丸亀新町座 二日より丸亀新町座において開演中なる橘の圓一行落語その他演芸は初日以来大入を占め居れるが、三日目の出物は左の如しと。

御祝儀宝の入舟(圓六)子誉め(圓子)加賀見山奥庭(軽口)植木屋娘(圓玉)曲芸(圓之助)雪てん手踊ステテコ(圓三)音曲煙管曲がけ(圓丸)質屋芝居五段返し海安寺(圓二郎)住吉駕籠(圓天坊)権兵衛種手踊(小圓丸)忠孝(圓)老松越後獅子(総出)

大正31229 山陽新報(岡山)

◇大福座 一月一日より圓頂派一座の歌舞笑話にて開演する由番組左の如し。

大阪落語(圓六、小圓二、圓子)かる口掛合(二郎、天坊)落語曲芸(圓之助)落語手踊(圓三)落語音曲(圓丸)落語舞碁盤手踊(圓二郎)大阪落語(圓天坊)落語音曲手踊(當年九歳小圓丸)歌舞笑話百種(圓)大切余興所作事楽屋総出

大正4122 中国新聞(広島)

◇大黒座 市内中島本町大黒座にては昨二十一日より東京落語圓頂派橘の圓一行にて開演の筈。

大正429 中国新聞

◇柳座は九日初日にて東京落語手踊橘の圓一行にて初日は東券番芸妓六十名の総見あり。

大正3329 徳島毎日新聞

◇緑館 久しく休演中なしり同館は来る三十一日よりお馴染の落語家圓頂派□将圓二郎圓天坊を初め橘与二郎加入の大一座を招き開演する事に決定せり其顔触左の如し

大阪落語(橘家圓六)大阪落語(橘家小圓二)大阪落語(橘家圓子)軽口掛合(橘家二郎、天坊)曲芸落語(橘家圓之助)落語手踊(橘家圓三)落語手踊碁盤踊(橘家圓二郎)大阪落語(橘家圓天坊)落語音曲手踊(十歳橘家小圓丸)歌舞笑話百種(橘の圓)臨時出演(おなじみ橘ノかおる事初音家与二郎)大切余興所作事(楽屋総出)

大正4411 奈良新聞(奈良)

◇尾花座 圓頂派本部橘圓の大一座乗込み明十二日より昔噺、音曲、手踊、曲芸、大切には楽屋連中総出の余興などを開演する由にて入場料は特等金二十五銭、一等金十五銭、二等金十銭なりと。

大正4530 日新聞京都付録

◇大正座は三十一日初日で橘家圓一行圓頂派の落語開演余興に尻角力を見せるという。顔触れは、圓六、圓子、二郎天坊、圓之助、圓丸、圓三、圓二郎、圓天坊、小圓丸、圓

大正4612 北陸新聞

◇一九席 橘の圓一座の落語手踊にて今晩より開場番組左の如く木戸銭下足共十五銭小人十銭中銭なし。

滑稽落語(小圓二)落語音曲(圓丸)大阪落語(圓六)落語音曲(圓子)軽口掛合(二郎、天坊)落語曲芸(圓之助)落語手踊(圓三)落語舞手踊(圓二郎)浪花落語(圓天坊)滑稽笑話手踊所作事(圓)大切所作事(楽屋総出)

大正471 朝日新聞京都付録

◇笑福亭は一日から定連の外に圓丸とその子の小圓丸(十年)を加え左の出番順となる。

ひさご、圓二郎、圓寿、芝楽、圓之助、小圓左、枝雁、圓歌、先太郎、小圓丸、桃太郎、福圓、圓丸、枝雀、松琴、文之助、枝太郎、圓笑

 圓頂派としての巡業は、北陸興行で終了。その後、圓や圓丸は神戸に再び帰り、新開地の栄館や大和座に出演します。

 小圓丸は、十一月に行われた神戸博覧会の余興、落語芝居に出演します。

大正4117 神戸新聞

◇神戸博覧会デー本日の余興 本日の読者デー第二日の余興は特に午前十時より開始すべく書簡は日々大好評を博せる奇術、筑前琵琶、女道楽の外日の出、大和両座出勤の落語家が舞台に演ぜざる隠し芸中尤も十八番なる舊劇「扇屋熊谷」上総(かずさ)屋店より五条橋及び「弁天小僧浜松屋店先」より召捕(めしとり)迄を本衣装にて演ずる筈なれば定めて人気を呼ぶ可其配役は左の如し。

弁天小僧(圓三郎)両郷力丸、娘桂子(圓二郎)浜松屋主、姉婚平次(春堂)若旦那仙の助、堤軍次(三升)番頭常七、熊谷直実(弥次郎兵衛)手代佐七(小文我)手代文七、折子(圓之助)丁稚長松(小圓丸)按摩徳市(圓玉)鳶吉五郎(鶴吉)日本左衛門、折子(光鶴)折子小萩、実敦盛(小米)扇屋上総(圓天坊)木鼠忠太(米紫)折子(團幸)

 その後も父親圓丸と共に、神戸の各席に出演。

 翌年大正五年一月より、正式に橘ノ圓の弟子となり、「橘ノ次郎」と名乗ります。この年には、神戸に住居を移したようです。

「花柳芳兵衛年譜」には、千代廼座という事になっていますが、下記の新聞記事にあるように、千代廼座は、五月に活動写真館帝国館を吉原政太郎が借受、「千代廼座」と改称した落語定席で、それ迄は北新開地にあった「大和座」に出演していました。

 大和座は、元々浪花節の二代目吉田奈良丸が経営していた寄席で、同じ新開地に大正座という浪花節定席も経営していた理由から、吉原が借受、吉原派としての興行をスタートした寄席でした。

 次郎の名前は、五月迄神戸の各席に名前が見えます。

 それ以降は記録がなく、多分、帰阪して「新桂派」に加入したのでしょう。この時、神戸に居た、林家正楽、笑福亭光鶴(後の五代目松鶴)も新桂派に加入したようです。

大正5118 神戸又新日報

◇大和座 東西合併落語は今晩より左の出番。

圓丈、圓弥、正輔、右近、左近、都枝、圓八、たふく、三升、歌丸、歌六、光鶴、圓三郎、春輔、次郎、太郎、馬琴、圓天坊、武生、正楽、大切次郎太郎の軽口

大正5520 神戸新聞

◇帝国館改称 日活直営活動写真常設館たりし帝國館は今回内部の構造を改め千代之座と改称し来る二十日より落語定席として開場する事となりたるが初興行は大阪三友派の幹部桂文團冶、同小文枝、同春團冶、同米團冶、橘家圓太郎、同蔵之助、橘の圓、三遊亭圓子、林家染丸、金原亭馬生が毎夜交代出演するの外左記大一座なりと。

橘家春三、同弥左衛門、同小三太、同圓六、同圓丈、同圓丸、同圓天坊、同圓三郎、桂南喬、同米之助、同都枝、同玉輔、同三木弥、同春輔、同三升、同萬光、橘の一圓、同太郎、同次郎、金原亭馬琴、笑福亭光鶴、林家正輔、同正楽、美の家可祝、春風亭柳昇

 「花柳芳兵衛年譜」によると、この年大正五年の十二月に、新桂派から浪花三友派に加入。三遊亭圓子の弟子となり、「三遊亭子遊」と名乗ったそうです。

 この「子<小>遊」の名前の初出は、京都の新聞です。

大正5121 大阪朝日新聞京都付録

◇芦辺館交代連 一日よりの出番は新蔵、万十、円之助、枝雁、三八、かしく、朝枝、子遊、古堂、文之助、貞丈、万光、小助次郎、稲子、稲八、妻奴、円子

 この頃に、桂文我のもとへ通い、芝居噺を習ったという事です。

 子遊は、八月に師匠の圓子と共に上京。東京落語睦会の席に出演します。

大正6816日 都新聞

◇大入寄席案内(八月下席)▲三遊柳派連睦會合同席

○本所若宮亭 左楽、雛太郎、右楽、大阪登妻奴、手遊、小遊、圓子、かしく、圓遊、扇橋、可楽、楓枝、新朝、錦枝、竹天

○神楽坂下神白梅 志ん生、左楽、大阪登手遊、染三、小遊、小南、右楽、桃李、竹天、雛太郎、しん馬、新朝

○四谷喜よし 志ん生、小柳枝、橘之助、大阪登小遊、金坊銀坊、小南、福圓遊、政治郎、竹天、秋月、大正、新朝、市兵衛、右楽

 「花柳芳兵衛年譜」によれば、大正九年に三代目圓馬と共に、北陸巡業に行き、十二月に初代春團治の弟子になったという事ですが、下記の出番表を見ると、大正十年一月には桂春團治は吉本へ移りますが、圓丸親子はまだ浪花三友派に加入していたようで、小春團治の名前の初出は、大正十年九月です。

大正10111よりの三友派各席の出番順(民衆娯楽の実際研究より)

◆松島文芸館:(510分)正又右衛門、米の助、枝鶴、米蔵、蔵之助、高峰、松鶴、子遊、鶴蔵・一円、川柳、文字花、正光、染丸、円三、円枝、円童、遊三、花橘、南陵、(大切)寿獅子。

◆堺寿館:(615分)文作、竹枝、円丸、染雀、しん蔵、玉輔、円、道子・はつ、小はん、子遊、高峰、文如、一郎、(大切)蔵之助。

大正10911日より「北新地花月倶楽部」特別大興行出演順(「芸能懇話号」より)

落語左雀、落語米治、落語踊小春団治、掛合噺玉助・半助、落語花団治、東京人情噺円歌、世界的大魔術本邦随一読心術木村靖子・マリニー、落語文団治、落語声色振事紋十郎・紋右衛門、落語文治郎、東京歌舞伎物真似会社中、東京落語文楽、滑稽落語春団治、東京落語左楽、大切宇津の谷峠座頭殺し・大道具大仕掛南天・染八・菊団治・小南光・五郎/露の五郎二役早替りにて御覧に入申し候

 小春團治は、春團治の弟子となり、父親圓丸も團丸と改名して弟子となります。

 大正十四年には、名古屋の大須にある七寶館にも出演、三代目柳家小さんの引退興行で九州にも巡業したという事です。

大正14831日 名古屋新聞

◇七寶館 九月一日より落語界の人気者桂文治郎に、式亭三馬、桂小春團治、桂四郎坊、金之助等の大連にて、残暑の厳しさを笑いで忘れさすと。本紙切抜持参の方は例の如く割引。

<編者註>九月十日迄興行

大正1494日 名古屋新聞

◇七寶館の落語 桂文治郎の落語は聴て面白い。オツな小唄も交ぜ、若手だけに車輪の高座ぶりは何よりである。これで深味が出来て来ると申分なし。式亭三馬の人情話しはさすがに老功な話術の妙があり、扇子一本が聴客を惹きつけて行く。このほかに四郎坊、金之助のかけ合話し、小春團次、光鶴などくすぐりは多いが笑はずには居られない。

 その後、小春團治は、「禁酒運動」「廃娼論」「円タクの悲哀」等数々の新作を発表。吉本の若手の筆頭として人気を博します。

 しかし、昭和八年十月、吉本を脱退。「桃源座」を組織して地方にて興行しますが、翌年解散。その後、東京の落語協会に入ります。


初代桂小春團治②

③東京上京

昭和951日 都新聞

[広告]寄席案内

◎人形町末広/貞山 小勝 金馬 文治 小さん さん馬 岩てこ一行 馬の助 東朝 三平 小三治幅丸 香津代 小春團治

昭和9519日 都新聞

◇落語研究会 二十日正午神田立花亭にて

 意地競べ(小三治)近江八景(小圓朝)五月幟(柏枝)四の字嫌い(圓蔵)ごん兵衛狸(馬楽)禁酒(小春團治)有馬のお藤(芝楽)はやり物(圓生)佃祭(金馬)

昭和9528日 都新聞

◇落語協会 一日夜よりの各席

◎四谷喜よし さん馬 柳朝 小久 馬楽 小李彩 小勝 幅丸 香津代 小春團治 三寿金馬 貞山 小鐡 辰三郎 小さん

◎神田立花 談好 談志 可楽 小鐡 辰三郎 金馬 萬橘 文治 大洋 小さん 小春團治馬風 小勝

昭和9529日 都新聞

◇落語講談有名会 三十一日夜浅草金車亭にて

 貞山、小勝、三語楼、文治、小さん、金馬、馬楽、談志、小春團治

昭和9617日 都新聞

◇落語研究会 十七日正午より神田立花亭に

 厄払い(文七)不精床(圓蔵)弥次郎(小圓朝)やかん泥(文楽)どうかん(小さん)孝行糖(金馬)夏の医者(馬楽)寄合酒(圓生)円タクの悲哀(小春團治)富士詣(可楽)

昭和9629日 都新聞

◇落語協会 一日よりの番組

◎浅草金車亭 小團治 扇太郎 三福 小李彩 團洲 百圓 小三治 丸一小鐡辰三郎 馬風 貞山 三寿小春團治 萬橘 金馬 馬楽 幅丸香津代 三語楼

昭和972日 都新聞

◇小春團治演芸会 七日六時半、帝国ホテル演芸場に

 小春團治、小さん、馬楽、小仙、亀蔵、夢声、藤代瑛代出演。

昭和9730日 都新聞

◇落語協会 一日よりの各席

◎浅草金車亭 花の丞 談好 文治 百圓 扇太郎 柳楽 小南 岩てこ 三語楼 馬の助 さん馬 小春團治勝次郎 金馬

◎白山浅嘉亭 三福 小せん 小三太 可楽 小南 三寿 小圓朝 幅丸 小春團治 萬橘談志

昭和9829日 都新聞

◇落語協会 一日よりの各席

◎浅草金車亭 小三太 文歌 文都 三福 百圓 扇太郎 花蝶 幅丸 小さん 貞一茂子 小春團治圓生 馬の助 小李彩 文治

昭和996日 都新聞

◇新作落語爆笑会 十日夜芝恵智十に

新釈気養帖(正岡容)名犬(小團治)エアガール(文都)円タクの恋(百圓)脱線(幅丸)市電料理(柳條)肉弾三勇士(小春團治)温泉(米丸)大角力漫々洞(伊藤忍々洞)余興(さん三、勝次郎)

昭和998日 都新聞

◇落語協会 十一日よりの各席

▲浅草金車亭 文都 小團次 小三治 小せん 可楽 さん馬 小春團治 三蔵 三語楼小李彩 談志 岩てこ 文治 圓蔵 大洋一行 貞山

▲白山上浅嘉亭 金太郎 小三太 幅丸 三福 小さん 百圓 扇太郎 福丸香津代 可楽 小南 小春團治萬橘 圓生

昭和9919日 都新聞

◇落語協会 二十一日よりの各席

▲浅草金車亭 談好 百圓 三福 幅丸 福丸香津代 圓洲 柳朝 馬の助 小春團治三寿 可楽 花蝶 小南 馬風 丸一小鐡辰三郎 小勝

▲高田馬場松月 小三太 柳朝 馬楽 馬風 小李彩 小せん 小南 貞一茂子 談志 丸一小鐡辰三郎小春團治 圓蔵 福丸香津代 圓生

昭和9914日 都新聞

◇落語研究会 十六日正午より神田立花亭に

殴られ屋(文都)絵根問(小春團治)ずっこけ(馬の助)たぬき(圓蔵)お布施(小さん)目黒のさんま(可楽)野球(金馬)唐茄子屋(馬楽)木乃伊取り(圓生)廓のれん(芝楽)

昭和9926日 都新聞

◇馬の助をめぐる会 三十日夜神田立花亭に

悋気の見本(柳條)寄合酒(圓洲)湯屋番(小三治)ぶたれや(文都)百面相(花蝶)大蔵次官(さん馬)京見物(文治)町内の若い衆(馬生)二番煎じ(圓生)禁酒(小春團治)長屋の花見(小さん)奇術(小李彩)こわめし(馬の助)歌澤(寅登秀寅登代久)小唄(小ふじ 久和)声色(竹二郎)義太夫(さくら太夫 久米造)

昭和9105日 都新聞

◇創作落語爆笑会 十日夜芝恵智十に

仏道(正岡容)女靴磨き(文都)■宝(百圓)脱線狂想曲(幅丸)落語チーム(小團治)わんくらわん(柳條)幽霊会社(富士朗)くしゃみ(米丸)廃娼論(小春團治)漫談(楽天春波)

昭和91015日 都新聞

◇秋季名流大会 演芸連盟主催で十七日夕方五時報知講堂に

楽天、梅龍、正岡、天堂、無名庵、左楽、伯猿、金馬、加賀太夫、時寿斎、小春團治、大洋、恵美子、小さん、春の家、雲右衛門、馬楽、梅寿、伯鶴出演。

明治91017日 都新聞

◇げい・ヴァライテイ 十七日夕六時から飛行館に

声帯模写(猫八)円タク(小春團治)政岡忠義(佳靖)漫談(山野 徳川)同情幽霊(芸社中)ガマの油(馬楽)手品(李彩)明烏(文治)芝居(小南)三人旅(小さん)野晒(圓遊)一ツ毬(助次郎)

昭和91031日 都新聞

◇落後協会幹部大会 三十一日浅草金車亭に

小勝 貞山 三語楼 文治 小さん 圓生 金馬 小春團治 馬楽 談志 可楽 さん馬

昭和9116日 都新聞

◇東西落語調べ 六日より五日間浅草金車亭に

金馬 圓蔵 小春團治 談志 小南 可楽 圓生

昭和9119日 都新聞

◇落語協会 十一日より各席

▲浅草金車亭 談好 小團治 文都 柳朝 幅丸 貞一 三語楼 貞山 さん馬 福丸 談志 小鐡 小さん小春團治 文治 小まん

▲白山浅嘉亭 小南 三寿 小春團治 岩てこ 百圓 貞一 圓生 可楽 幅丸 小さん

昭和91115日 都新聞

◇演芸文都の夕 喜嘉寿(きかす)会主催で十八日夜万世橋東京倶楽部に

長命(小三治)紙切(正楽)法事の茶(馬之助)音曲話(萬橘)ぬけ裏綺談(柳條)夜店行進曲(小春團治)温泉(米丸)軍国芸者(百圓)エアガール(文都)文芸落語(正岡容)珍芸(千栄孝)漫談(伊志井秀次)舞踊(新丸白梅会)補助(文治小さん 三語楼)

昭和91117日 都新聞

◇落語研究会 十八日正午神田立花亭に

干物箱(文七)富士詣(小圓朝)茶の湯(圓洲)自作廃娼論(小春團治)自作瓦斯車御代の曙(小さん)品川心中(芝楽改め柳枝)うどんや(可楽)おさん茂兵衛(圓生)大貫清花新作長屋防護團(金馬)おしの釣(馬楽)

昭和91120日 都新聞

◇落語協会 二十一日よりの各席

▲浅草金車亭 金太郎 百圓 柳朝 小三治 貞一茂子 圓生 三寿 圓洲 福丸香津子 小春團治小鐡辰三郎 文治 圓蔵 馬風 岩てこ 金馬

昭和91126日 都新聞

◇落後色物競演会 二十六日夜より浅草金車亭に

圓生 三寿 福丸香津代 小春團治 圓蔵 小鐡 文治 馬風 岩てこ 〆蝶 金馬

昭和91128日 都新聞

◇落語協会 一日よりの各席

▲浅草金草亭 花の丞 柳朝 貞一茂子 馬風 可楽 福丸香津代 談志 小南 萬橘 馬の助 三寿小春團次 さん馬 小李彩…

昭和91215日 都新聞

◇落後色物競演会 十六日夜より浅草金車亭に

三語楼 小南 香津子 福丸 小春團治 貞一 萬吉 小李彩 小三治 馬の助 小さん

昭和91219日 都新聞

◇落語協会 二十一日より各席

▲浅草金車亭 談好 百圓 三福 幅丸 福丸香津代 圓洲 柳朝 馬の助 小春團治三寿 可楽 花蝶 小南 馬風 丸一小鐡辰三郎 小勝

▲高田馬場松月 小三太 柳朝 馬楽 馬風 小李彩 小せん 小南 貞一茂子 談志 丸一小鐡辰三郎小春團治 圓蔵 福丸香津代 圓生

昭和九年五月より落語協会の寄席に出演。その間、落語研究会の若手としてほぼ毎回出演します。又、正岡容等東京の文芸家主宰の「創作落語爆笑会」にも参加。七月には、このグループの主宰で「小春團治演芸会」を帝国ホテル演芸場で開催されます。

 この年の十月に、師である春團治が亡くなり(兄である玉團治より小春團治に電報)、一時大阪に帰りますが、すぐに東京へ戻ったという事です。この当時の吉本と小春團治の関係については、今回省略いたします。

 翌年、一旦大阪に帰り、吉本に「小春團治」の名前を返上。二月より、三代目金馬の紹介で、東宝名人会の専属となります。

昭和1022日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 元日の夜(小春團治改め林龍男)朝鮮舞踊僧の舞剣の舞エヘア・ノアラ(崔承喜)人生舞台(静波)三曲合奏八重衣(米川文子石井美智子 井上重美)舞踊菊の露(掘ひで)長者番付(小さん)南部坂雪の別れ(青雲)二人癖(金馬)笹野名槍伝(伯鶴)

昭和1023日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 寄合酒(林龍男)饅頭怖い(小さん)佐々木政談(金馬)

昭和1024日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 厄払い(林龍男)二十四孝(小さん)節分(金馬)

昭和1025日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 爆弾三勇士(林龍男)瓦斯車御代之曙(小さん)道具屋(金馬)

昭和1026日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 蜜柑屋(林龍男)帝国浴場(小さん)高田馬場(金馬)

昭和1027日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 夜店(林龍男)提灯屋(小さん)夢金(金馬)

昭和1018日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 猪買い(林龍男)代脈(小さん)たらちね(金馬)

昭和1029日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 廃婦論(林龍男)浮世根問(小さん)寄合酒(金馬)

昭和10210日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 絵根問(林龍男)問答(小さん)子誉め(金馬9

昭和10211日 都新聞

◇東宝小劇場名人会  禁酒(林龍男)石返し(小さん)高尾(金馬)

昭和1031日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 地獄八景(林龍男)笠碁(可楽)居酒屋(金馬)ろくろっ首(小さん)

昭和1032日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 島めぐり(林龍男)大工調べ(可楽)金明竹(金馬)三人旅(小さん)

昭和1033日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 お伊勢詣り(林龍男)高砂や(可楽)雛鍔(金馬)茶の湯(小さん)

昭和1034日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 煮売屋(林龍男)意地競べ(可楽)お血脈(金馬)抜裏奇談(小さん)

昭和1035日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 法会(林龍男)碁泥(可楽)テレスコ(金馬)萬金丹(小さん)

昭和1036日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 軽業(林龍男)泣き塩(可楽)按七(金馬)猫の災難(小さん)

昭和1037日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 播州名所(林龍男)宿屋の富(可楽)権兵衛狸(金馬)南瓜屋(小さん)

昭和1038日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 兵庫船(林龍男)試し酒(可楽)品川心中(金馬)意地競べ(小さん)

昭和1039日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 鱶の身入り(林龍男)富士詣(可楽)点失器(金馬)芋俵(小さん)

昭和10310日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 小倉船(林龍男)言訳座頭(可楽)真田小僧(金馬)狂歌家主(小さん)

昭和1041日 都新聞

◇漫談新作発表会 徳川夢声主宰で、二十三日東宝小劇場

泥棒哲学(夢声)鯰(なまず)のロマンス(牧野周一)魂(美奈乃一郎)女学生の先生(福地悟朗)しつてんばつとう(丸山章治)佐渡冗話(吉井俊郎)漫劇(喜代駒)囃と舞踊(林龍男)頤なし地蔵の縁起(天野■彦)鮑のし(圓洲)花見の仇討(金馬)清水次郎長裸道中(村松梢風)

昭和1061日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 栴檀(せんだん)菖蒲(林龍男)七福神(小さん)無筆(金馬)

昭和1062日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 竹の子(林龍男)だくだく(小さん)佐々木政談(金馬)

昭和1064日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 猫(林龍男)汲みたて(小さん)子誉め(金馬)

昭和1065日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 味噌蔵(林龍男)百川(小さん)くしゃみ(金馬)

昭和1066日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 曽我桜(林龍男)一眼国(小さん)根問(金馬)

昭和1067日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 魔風(林龍男)蚊軍(小さん)寄合酒(金馬)

昭和1068日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 江戸荒物(林龍男)素人易者(小さん)野球見物(金馬)

昭和1069日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 二人浄瑠璃(林龍男)牛ほめ(小さん)居酒屋(金馬)

昭和10610日 都新聞

◇東宝小劇場名人会 前句付(林龍男)錦の袈裟(小さん)付馬(金馬)


初代桂小春團治③

 「花柳芳兵衛年譜」によると、翌年昭和11年には、文壇の後援で「桃源亭さん生」と改めたと書かれています。多分、同じ東宝名人会専属の、四代目柳家小さんの預りとなったのでしょう。

昭和1122日 都新聞

◇東宝名人会 一眼国(馬楽)地獄八景(さん生)孝行糖(金馬)

昭和1123日 都新聞

◇東宝名人会 蔵前駕籠(馬楽)牛褒め(さん生)浮世床(金馬)

昭和1124日 都新聞

◇東宝名人会四日目の番組は

三人旅(馬楽)蔵丁稚(さん生)按七(金馬)

昭和1125日 都新聞

◇東宝名人会 粗忽の使者(馬楽)島廻り(さん生)点失器(金馬)

昭和1126日 都新聞

◇東宝名人会 □□どろ(馬楽)景清(さん生)茶の湯(金馬)

昭和1127日 都新聞

◇東宝名人会 がまの油(馬楽)宿替(さん生)石けん(金馬)

昭和1128日 都新聞

◇東宝名人会 お血脈(馬楽)篭盗人(さん生)堪忍袋(金馬)

昭和1129日 都新聞

◇東宝名人会 天災(馬楽)紙くず屋(さん生)高尾(金馬)

昭和11211日 都新聞

◇東宝名人会 芝居の穴(馬楽)眼鏡屋盗人(さん生)子ほめ(金馬)

昭和11212日 都新聞

◇東宝名人会 三人旅(馬楽)蔵丁稚(さん生)按七(金馬)

昭和1137日 都新聞

◇落語研究会 八日正午より東宝小劇場に

金の大黒(金太郎)本能寺(さん生)子別れ上(圓洲)芋俵(小さん)書生芝居の思い出(痴遊)先の仏(馬楽)猫の富(可楽)留守居番(金馬)尚三月の東宝名人會は二十日初日と変更。

昭和1043日 都新聞

◇落語研究会 五日零時半より東宝小劇場に

蛇目草(小文枝)太公望(圓洲)お血脈(金馬)胴乱幸助(さん生)書生芝居の思い出(痴遊)引越の夢(小さん)花見酒(馬楽)大工調べ(可楽)

◇東宝小劇場 二十四孝(可楽)長者番付(小さん)紙屑屋(さん生)初音の太鼓(馬楽)

昭和1145日 都新聞

◇東宝小劇場 三人旅(可楽)道具屋(小さん)蛸芝居(さん生)権兵衛狸(馬楽)

昭和1146日 都新聞

◇東宝小劇場 転失器(可楽)山崎屋(小さん)小倉船(さん生)岸柳島(馬楽)

昭和1147日 都新聞

◇東宝小劇場 がまの油(可楽)ろくろっ首(小さん)稽古屋(さん生)宿屋仇討(馬楽)

昭和1148日 都新聞

◇東宝小劇場 火炎太鼓(可楽)百人坊主(小さん)本能寺(さん生)本膳(馬楽)

昭和1149日 都新聞

◇東宝小劇場 長屋の花見(可楽)蚊いくさ(小さん)質屋芝居(さん生)啞の釣(馬楽)

昭和11410日 都新聞

◇東宝小劇場 替り目(可楽)萬病丹(小さん)助六(さん生)穴どろ(馬楽)

昭和11411日 都新聞

◇東宝小劇場 お灸(可楽)王子の狐(小さん)網七(さん生)代脈(馬楽)

昭和11412日 都新聞

◇東宝小劇場 仁(可楽)子誉め(小さん)昆布巻芝居(さん生)花見酒(馬楽)

昭和1151日 都新聞

◇東宝小劇場 禁酒(さん生)□合(馬楽)石返し(小さん)浮世床(金馬)

昭和1152日 都新聞

◇東宝名人會 寄合酒(さん生)百川(馬楽)芋俵(小さん)留守居番(金馬)

◇落語研究会 三日零時半東宝劇場に

桃太郎(金太郎)替り目(可楽)干物箱(圓洲)黄金餅(金馬)伊井容峰のこと(痴遊)蛸芝居(さん生)代脈(小さん)宿屋の仇討(馬楽)

昭和1153日 都新聞

◇東宝小劇場 円タク(さん生)蒟蒻問答(馬楽)雑俳(小さん)居酒屋(金馬9

昭和1154日 都新聞

◇東宝小劇場 お伊勢詣り(さん生)上方見物(馬楽)弥次郎(小さん)長屋チーム(金馬)

昭和1155日 都新聞

◇東宝小劇場 島巡り(さん生)おかふい(馬楽)五月幟(小さん)防空練習(金馬)

昭和1156日 都新聞

◇東宝小劇場 篭盗人(さん生)三百植木(馬楽)家見舞(小さん)真田小僧(金馬)

昭和1157日 都新聞

◇東宝小劇場 夜店(さん生)松田加賀(馬楽)引越の夢(小さん)二人癖(金馬)

昭和1158日 都新聞

◇東宝小劇場 猪買い(さん生)普の予讃(馬楽)一眼国(小さん)満州行進曲(金馬)

昭和1159日 都新聞

◇東宝小劇場 野崎詣り(さん生)船徳(馬楽)座談会(小さん)相撲放送(金馬)

昭和11510日 都新聞

◇東宝小劇場 絵根問(さん生)大仏餅(馬楽)出来心(小さん)お化長屋(金馬)

昭和11710日 都新聞

◇東宝小劇場 宝船(さん生)提灯屋(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)堪忍袋(金馬)

昭和11711日 都新聞

◇東宝小劇場 小倉船(さん生)青菜(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)転失器(金馬)

昭和11712日 都新聞

◇東宝小劇場 煮売屋(さん生)兜将棋(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)野球見物(金馬)

昭和11713日 都新聞

◇東宝小劇場 尼寺(さん生)猫の災難(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)付馬(金馬)

昭和11714日 都新聞

◇東宝小劇場 遊山船(さん生)甲府い(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)子誉め(金馬)

昭和11715日 都新聞

◇東宝小劇場 親子茶屋(さん生)抜裏綺談(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)茶の湯(金馬)

昭和11716日 都新聞

◇東宝小劇場 昆布巻芝居(さん生

◇落語研究会 十九日正午東宝小劇場

七段目(金太郎)軽業(さん生)大師の杵(圓洲)百人坊主(馬楽)自分の修業時代(痴遊)紙入れ(可楽)藪入り(金馬)即席三題噺(馬楽)意地くらべ(小さん)

昭和11717日 都新聞

◇東宝小劇場 軽業(さん生)無学者(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)嘘講釈(金馬)

昭和11718日 都新聞

◇東宝小劇場 地獄八景(さん生)萬金丹(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)寝床(金馬)

昭和11719日 都新聞

◇東宝小劇場 鱶の身入(さん生)帝国浴場(小さん)繰り連鎖牡丹燈籠(馬楽)放送の穴(金馬)

 

この年に吉本と和解して、「林芳男」で復帰。十四年に舞踊家花柳芳兵衛となり、吉本退社したという事です。

現代落語家名鑑[昭和1111月現在](雑誌「富士101号付録」昭和121月)

◆林芳男 (本名)林龍男(明治37生)

     (住所)大阪市北区北新地ささなみ内

 大阪の人、橘家円丸の息として生れ、先代春團治の門人、新作を手がける一方、古い落語も巧く、山村流の舞をよくして、踊は本格と、好条件ぞろいに人気を占めてゐたが、事情あって出京。本名で東宝に出たり、桃源亭さん生と改名したりしていたが、今度更に林芳男と改めて、もとの古巣の大阪吉本へ復帰。やはり水に合った故郷で活躍することになった。「円タク」「禁酒」「廃娼論」などが面白い。

 今回は、あまり公表されてなかった東京時代の小春團治の記事を中心に作成いたしました。

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丸屋竹山人

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