明治1811 中外電報

諸興行物 新年早々より開業する新京極街の演劇興行物類の芸題等を記せば新年早々見物に出掛くる人々の便利にもならんとて同街を三条より順次に南に下りてみるに先づ三条下る西側の女新内の席は竹本小広同広治同二見小梅等の女太夫にて出し物は播州皿屋敷、八陣の八段目、合邦の辻、安達の三段目等なり▲其隣席には笑福亭木三松の人情続物語咄を興行す▲同席の北手には大器械の生人形を拵へたる見世物小屋を張れり▲同町東側の演劇坂井座にては中村福助中村雀右衛門中村珊瑚郎中村仙昇嵐巌笑中村小陣等等の一座にて芸題は前が百万石宝入金沢中が再大蔵閨夜睦言後は鐘鳴今朝噂切は平仮名盛衰記(逆櫓の段)にて重立たる役割を挙れは大月源蔵、刀屋新助娘おふで(福助)中老政尾、小田大炊、初花伝七、船頭松右衛門(雀右衛門)多賀義則船頭網六(珊瑚郎)谷沢頼母、中老玉笹築山泉(仙昇)愛妾お定の方、一条大蔵卿、久松三五郎、傾城いろは(巌笑)谷沢求馬、深見十蔵、松喜隼人(小陣)鳥井又助、高松平次郎、左枝肥後守(芝雀)等なり同座は客年顔見世にも大入を取りたるゆへ此度は尚俳優を撰みて興行することゝなせしなりと▲東夷座の新席にては新内を興行し鶴賀馬井助同春吉等の一座なり▲其隣席は小人形入小瑠理を興行す▲六角通誓願寺前の夷座は女俳優にて照葉狂言を興行す▲同所六角下る西側笑福亭の噺席は今度新築して桧木造の美麗なる席となりしか本日開業式を行ひ来客へ景物を与ふるよし▲其隣席には女浄瑠理の興行あり又向側は機関人形浄瑠理にて清仏戦争の状を演す其傍に猿芝居もあり▲東向劇場は実川延五郎実川正三郎嵐芳五郎叶昇寿尾上多三郎大谷友松等の一坐にて芸題に前が誠忠誉桧山次が名筆反魂香後が平仮名盛衰記切が花楓都模様等なり▲同座の南の方講談席にて軍談師は黒坂一竜松栄堂燕真山崎琴昇等にて朝鮮事変の講釈をもなすといへり▲蛸薬師の幾代の噺席は是迄の通りにて引続き興行▲同所向ひ席に女足芸の興行あり▲東側にて蛸薬師上る俄席にては綾丸、東玉、三蝶、双蝶等の俄師にて耶蘇演説の俄狂言をなすといふ▲同所の南にて足芸軽業興行する席あり講談席には神田伯竜同伯鱗伯鳳等の講談師が例の大岡大久保仁政談等を演ず▲錦小路下る共同勧業場内に設けたる新席は鉄割福松、鉄割友吉等の芸人が新工夫麒麟風大道具入の足芸を見せるといふ▲錦天神前の女浄瑠理定席は例の綱子国松等の一座にて忠臣蔵三段目より十段目迄を掛合にて語るよし▲又近所に曲太鼓足芸新聞錦影絵等の席あり▲道場の劇場は市川荒太郎、嵐重三郎、中村竹之丞、中村喜代三等の一坐にて芸題は前が敵討金毘羅利生記、中が義経腰越状後が桂川再浮名切が所作事春事又思出等なり右にて新京極街の分は了りたれは序に四条両側の劇場に及ぼさんに南側は一月ながら昨年に顔見世は興行せざりしゆへ今度が顔見世興行にて俳優は尾上多見蔵、実川延若、嵐璃寛、中村宗十郎、市川荒五郎、嵐橘三郎、実川延三郎、嵐みんし等の顔揃にて芸題は前が曽我物語と定まり居れど中後切等は未だ相談中にて定まらす又蓋を明けるは多分中旬なるべしと云へり又北側は淡路座にて人形入浄瑠理大道具入三十六段返しを興行す是は本日より始めたり芸題は春色緑寄物と敵討児雷也物語なり

18417 名古屋絵入新聞

◇本日と明日、大須福寿亭に於て、軍談師三代目水雲斎竜玉が会主となり、初代水雲斎竜玉の十七年忌並に二代目松崎竜玉の三年忌の追善軍談会を催すよし。尤も当地滞在の軍談師一同も出席すると云う。

明治18419 名古屋絵入新聞

広告講談三幅対古今稀珍談 小林天山 近世五人小僧 高田伯竜 絵入新聞慶応曽我 水雲斎竜玉本月十八日夜より七間町富本

明治18423日 朝日新聞

◇[広告]小生儀這回都合ニ依リ自後芸名ヲ左之通リ改候、此事江湖知己ノ諸君ニ報道ス

高宮南鶴事 東京講談師 浪花南竜

明治18429 東海新聞

◇為永栄二 娘め演説を以て有名なる為永栄二は、先般東海道吉原駅演舌開場中何歟演舌の廉にて入獄せしが、此程満期放免になりたるに付、静岡にて亡母の三回忌を営み夫れより當地へ来たりて開演すると云うと。右開演の節は皆さんチトお出掛けあれ。

明治1851日 朝日新聞

◇[広告]今般諸家様の以御陰を、今宮戎南門前西へ入南側に於、席貸開店仕、尤四季艸花并丁字湯、来る五月一日より相始め候間、賑々敷御来車の程偏に奉希上候也桂文団治事 塩鯛亭文団治先名譲請貴若亭米八改二代目桂米丸

18年 001

明治1853日 朝日新聞

◇橘屋橘之助 清元の音曲を以て久しく当地に鳴りたる同人は、去年来京都京極幾代の席にて興行してをりし処、今度兵庫楠公社内湊席の招きに応じ一昨日より該地へ乗込みしが、例の曲節の妙と三絃の巧みなるとの二つを以て非常の人気なりと、彼地の通信の端に見ゆ。

明治1858日 朝日新聞

◇新講談 御霊裏の講談師前川南滄は彼仲間に於ては一見識ある人物の由なるが、予て易学に熱心にて、過日来自席にて傍聴無料にて易の講義を誰にも分るやうになし、又此程より安土町学校前富貴湯の席にて同(おなじ)く傍聴無料にて、中古以来の歴史につきもっとも面白く、且勧懲の益なる事実を撰びて講談し、其他に心学の道話に類似せる忠孝美談を演ずる由。又一種の変物(かわりもの)といふべし。

明治18516日 朝日新聞

◇落語研究会 堀江賑江亭の席にては過日より落語研究会といふを初め、議長は文吾、可楽の二人にて、或は洋服、或は袴を着用して椅子にかゝり、聴衆の中より落語の非難を入るゝを、弁護者の有りて之を説明し、若(もし)理非決し兼るものは議長之を判決する、随分目新しき趣向にて、追々此事の行はれなば多少落語の面目を改め、従来の弊習を稍除去るに至るべきか。

明治18616 日出新聞

立花家橘之助 京坂間にては随分顔馴染の多き清元語立花家橘之助は此程中より神戸楠公社内の席に興行中なるが此処でもメキとした大人気を取り有繋は立花家丈だと遠近の評判そのうへ同地元町の豪商が取別け同人を贔負にし今度江州産の浜縮緬にて長さ二丈八尺の大幟を熨斗り其を社内に翩飜せし以来一ト際人気の弥増しが近々同地を打揚次第直に大坂京都へ来り夫より名古屋へ赴き同所で一興行した上暫く東京に帰る心構にて其土産に彼の大幟を持参するとの提灯持ち種

明治1871 日出新聞

興行時間 京都にては演劇及び諸興行席の興行時間を別に一定せしこともなきに付大概午後二時頃よりはじめはやきは午後十二時遅きは翌日の午前二時乃至三時に至る者あり為に参観者をして翌日睡眠を催ふさしめ各自営業上に妨害を与ふるのみならずまた衛生上にも大いに害あればとて今度その興行時間を午前六時より午後十二時に限ることゝ定めらるゝ趣むきなり

明治1871 東海新聞

◇寄席 當区の内の寄席はいづれも繁華の場所に多く構えたるが右は近傍に取りては迷惑の事も少なくならざんに付、近々静閉の地へ転席せしめられるの噂するが果たして然るにや。

明治1872日 朝日新聞

◇落語研究会 京都新京極幾代の席にて昨一日より落語の研究会を催せしよし。議長は例の桂文吾、論者は順枝、弁護は菊丸にて、追々此道の改良を謀り、且賑の為毎夜景物等を差出すといふ。

明治1882 東海新聞

◇廣栄座 先般本県より演劇場は官衛と離るる事一町以上にして他に妨害なき地にあらざれば建設を許されざる事になり且つ在来の分と夫々移転せしめうるる都合の由なるが夫れ故にや栄町廣栄座は今度他へ移転するに付一先づ廃業したりと。

明治18830日 朝日新聞

◇[広告]当九月一日ヨリ 通俗水滸伝 宇和島橋席ニテ 玉竜亭一山 出莚

明治1894日 朝日新聞

◇落語研究会 神戸楠公社内の落語小家にては此程より落語の研究会を開き、戯長は桂文吾なりと。

明治181018 東海新聞

◇富本座 同座にて興行中の義太夫大会及び東京初下り東屋駒の助の端唄、都々逸は、非常の大当りにて毎夕大入なるに付、又一週間程も興行する由。

明治181024 名古屋絵入新聞

◇浮世講談 大坂の一等講談師と轟き聞へける三省社長一瓢先生は、門人半瓢、夢楽の二人を従へ來名し、本二十四日の夜より富澤町富本座にて開講するとのよし。 

明治181027 東海新聞

◇寄席の繁昌 當区富澤町の富本座にて去る二十四日より開演せし大坂三省社長一瓢子の講談又頃日中同席にて長らく興行したる女義太夫の大会は昨今大須門前の福寿亭にて興行中なるが何れも非常の大入にて両席ともに毎夜聴衆四五百人に降らざるよし。

明治18113 日出新聞

倶楽部の祝宴 京都倶楽部にては本日午后三時より天長節祝宴を開き余興に目下新京極いく代席に出勤する落語家桂文之助を招て滑稽を演ぜしめらるゝ由

明治181120 日出新聞

落語研究会 新京極いくよ席にては明二十一日より落語の研究会を催ふす由是迄も一度催ふしたる事もありたれど其効果更に見えざれば尚一層悪弊を去ん為桂文之助が発起人となり大阪よりも五六人の同業を招き寄せ追々改良を図るといふ落語家は芝居杯と違ひ改良するには容易なる業なれば充分の改良を見せる様目を刮ふて否耳を傾むけ待て居る

明治181125日 朝日新聞

<落語家芝居>

◇劇場通信 本日招牌を上げ二十七日より開場する戎座の芝居は七化のお染久松、安達の三、天下茶屋敵討の段、梅暦、小栗判官、浪七内の段、信孝馬切り等にて、俳優は落語家桂文三、文吾、順枝、玉助、文我、かしくの一座興行は五日間の見込みなりと。

〈編者註〉『近代歌舞伎年表・大阪篇』に役割番付が出ており、演目は「覧聞噺種蒔」とある。配役は以下の通り。

漁師浪七・芸者仇吉・安部宗任・下女お丸・奴ふく平(嵐福松)、三七信孝・安部貞任・田舎娘・唐琴野丹次郎・土手のお六(実川文三)、駄々の勘兵衛実は七里源内・船頭伊之介・菅居友之進・野崎久作(坂東梅団治)、照手姫・松浪主水・腰元七々浦・千葉半次郎・娘おそめ(中村かしく)、鬼瓦銅八・年寄太郎兵衛・芸者政次・番頭善六・奥方浜ゆふ(市川文我)、弟弥吉・芸者小糸・廻し男源太・中居おさと・傾城此糸(中村きん吾)、庄屋与二兵衛・金棒引・雲介めがね・太皷持市八・油屋多三郎(三枡柳枝)、鬼門喜兵衛・平の護綱・油とり大力坊・増田屋文蔵・謙仗直方(市川順枝)/平井権八・芸者米八・武者修行正忠・奥女中竹川・袖はぎ(中村小文枝)、娘おもよ・丁児久松・娘お蝶・妻敷妙・前田七郎(市川順朝)、髪結の亀・雲天坊・千代松兵衛・中居おつま(尾上げん吾)、娘おきみ・丁稚長松(実川蝶ン平)、桜川由次郎・鈴木弥忠太・八幡太郎・雲介がん八・梅川粂之進(嵐玉助)、女房小ふじ・鈴々木弥忠太・大工与四郎・腰元松ケ枝・本田六郎(実川蝶三)、雲介さん次・腰元かいで・手代九介(市川由之助)、馬士駄々八・ぜゞの四郎蔵・雲介岩松・丁児久太・古鳥左文太(中村篤団治)、風間八郎・山家屋清兵衛・木場藤兵衛・肝入源六・千葉太重(実川九蝶)、幡随長兵衛・瀬田の橋蔵・油屋太郎七・山神実は□□小僧(実川文吾)、船頭伊之介(実川蝶ン平)。

明治181127 名古屋絵入新聞

◇猫遊軒伯知の講談 明後二十九日夜より本区富澤町富本席にて、東京の講談師猫遊軒伯知が新講談を演ずる題は「鯰髭黄金の新猫」「明治忠勇慷慨談」「東都全盛鏡」等にて、此伯知と云へるは東京にては伯圓にも劣らぬ能弁家にて當時の売出しの由なれば、定めて大当りでありましょう。

明治181212 東海新聞

◇富本座の講談 予て其披露ありし東京上等講談師猫遊軒伯知の講談は愈々昨晩當区富澤町の富本座にて開演せり。

◇為永栄二 予て前号にも記載せし如く平假名娘演説に高評ある為永栄二氏は今度當地へ漫遊し當区門前町なる大須門前の福寿亭に於て全演説を興行する由

明治181219日 朝日新聞

◇劇場通信 昨今神戸楠公社内の多門座にて興行する芝居は文三、順枝、小文枝、福松、文我、九蝶、文吾等落語家の一座にて、芸題は安達ケ原、梅暦、花川戸、お六櫛等過日戎座にて催したる通りなるが、見物人の評判最もよしといふ。

明治181222 日出新聞

落語家芝居 新京極幾代席笑福亭の一座が二十三日より同所の大黒座を借て五日間芝居を興行するよし其外題は菅原伝授の車場寺子屋太功記の十段目曽我の対面五ツ厂金安治川橋にて其役割は 梅王武部源蔵工藤祐経雷庄九郎(文之助)時平女房戸浪母皐月五郎時宗(可楽)松王朝比奈三郎堤角左衛門(常丸)女房千代明智秀十郎祐成(木鶴)桜丸初菊厂金文七(吾鶴)明智十治郎近江小藤太(里き助)御台処大磯少将(木蝶)春藤玄蕃庵の平兵衛(八百蔵)極印千右衛門(燕馬)虎御前真柴久吉(松助)梶原景時布袋市右衛門(松朝)杉王八幡三郎よだれくり女房操(福助)にて此内大西座の小半が一座にて五ツ厂金の二∽カ一幕加へるよし

明治181231 中外電報

新年都の賑ひ 新玉る年の初の一日より新京極の両側に軒を並べし遊場に仕組芸題と出方の名を東側より書立てゝ誰も頼まぬ広告と餅腹へらしの羽子遊び、骨牌、双六、貝合せ、福若志をも最早飽きたと退屈したる殿達や嬢子方への案べ草然りとて老翁老媼は往な為しぞと止むるにあらず冗話の筆を擱き三条下る処より書連ねんに西林庵の寺内には器械仕掛の生人形大江定吉の細工ものは目今製造最中にて一日の初日には間に合ぬよし▲南隣の親玉席は早房定吉が足芸軽業▲其下隣は新内にて鶴賀馬蝶、馬井介、花吉之を勤め▲阪井座の演劇は嵐橘三郎、市川荒五郎、中村仙昇の一座にて世界は泉水月写俤(いけのみずつきのおもかげ)中が勝鬨・源氏切は二筋道曲輪夕暮にて其役割は未だ定らず▲誓願寺本堂前の三都浮れぶしは浪花鶴吉にて▲六角下る席は吉川三玉▲大西座の二わ加狂言は小半、久玉、正玉の連中にて芸題は目新らしき新物の筈▲蛸薬師上る西村席の講釈は昼が水戸黄門光国卿の八幡薮不知(雲井竜玉)大和白浪鍛冶屋佐蔵伝(田村琴竜)御日誌異船渡来より(太年社琴調)にて夜講は出世鏡初荷賑孝子塩原太助伝、復讐美談襤褸錦、今正雪の伝等なり▲福井座の照葉狂言は柳ケ淵に縁の糸すじ鐘ケ淵に躄(?)の仇討、傾城自来也物語大序より仇討まで絵本太功記七ツ目孫市切腹の段、トン〳〵三吉、都友仙染分手綱上中下、恋娘昔八丈白木屋の段、夕霧伊左衛門廓文章吉田屋の場にて俳優は尾上梅昇、同梅暁、沢村国松、中村仙歌、市川花松、尾上梅花、阪東梶丸、沢村紀久八、阪東豊鶴、市川君松等の一座なり▲蛸薬師角の桑嶋席は篠塚文三郎の娘をはじめ五六名の別嬪が手踊り舞を興行して鼻下長連を引込手段▲お次は例のヘラ〳〵踊りで常の家繁尾の一座が其侭居すわり何か珍らしき股(モモ)否ものを手踊に仕組との事▲蛸薬師下る親鸞聖人の生人形は東京の横山七之助が細工にて随分上出来▲道場の京角は右団治、蝦十郎、米十郎、蝦太郎、みんし、雀右衛門、寿三郎、三津三にて芸題は目下撰定中▲又後戻りして書出せば夷座の照葉狂言の前は泉水月写俤大序より大切まで中競伊勢物語二幕切お花半七お柳左膳京羽二重娘雛形上中下にて出方の別嬪は嵐島之助、中村のし松、仝琴治、大谷友吉、市川春花、浅尾花十、嵐佳久蔵等の顔揃なり▲落語席笑福亭は何歟内幕に紛紜が出来て出方の姓名を知るに由なし▲東向の大黒座は実川新四郎、市川小伝治、中村新駒、相島小六、中村高之助の一座にて芸題は前狂言姉妹達大礎(あねいもうとたてのいしずえ)六幕、次、忠臣講釈一幕、中、忠臣講釈二度目の清書一幕、切、北野祭礼遊所噂一幕なり▲落語席幾代席は落語家桂なん鶴、同吾一、三笑亭可楽、烏勘太夫、桂チヨン平、同文若、桂藤兵衛、桂文三等に新内語の別嬪鶴岡花吉の大一座▲蛸薬師下る尾崎定席は例の如く北海が出席して昼席は宮本武蔵伝、近世紀聞桜田騒動、夜は豊臣太功記小牧山合戦、義士銘々伝、自来也物語、等を講談す▲錦天神前の松の家の女浄瑠理は是迄の通りにて珍しきものを語るのみ▲道場千物(ママ)屋神田伯猿の読物は昼豊臣昇進録、旭山雪の曙、夜梁川義勇伝、旗本七政談なり是より四条通の春景色を見ながら鉄橋を東へ渡れば南の芝居は団十郎菊五郎の一座に雀右衛門、福助、八百蔵を併せて一月中旬より興行せんと是は今が談判中▲尚又東の祇園座は何分役者が払底なれば中村鴈次郎、嵐吉三郎、同三五郎の一座にて是も中旬より打出さんと目論見中▲扨市中の吹寄は下京三拾二組伊勢松町本条嘉右衛門持席にて岸田大海▲同廿組宮川町八丁目成川平次郎席にては尾崎昇山の講釈▲同十七組天神前町小谷イト席は吉川都蝶の錦影絵▲同拾二組因幡堂町田中捨吉席にては琴平▲同二組壷屋町駒井太兵衛席は雲井竜玉、碓井仙次郎の講釈にて其隣席には舞手踊▲又堀川蛸薬師なる上百玉の家席に於ては大阪中村連の別嬪浜子、品菊、小浜、品松、花松、品子の舞手踊りを興行すれば足の向く方へ何れなりとも御勝手次第