明治44年

上方落語史料集成 明治44年(1911)一

明治4411日 都新聞(東京)

◇正月新聞広告/柳派柳家小さん、古今亭志ん生、柳亭燕枝、春風亭柳枝、古今亭今輔、五明楼玉輔、三升家小勝、小燕枝改め入船米蔵、小柳枝改め春風亭柳生、古今亭志ん馬、柳家小三冶、柳家小せん、石村松雨、石村松琴、三友亭圓子、柳家圓、歌六改め雷門助六、柳亭錦枝、春風亭梅枝、岸沢式多津、芝楽改め柳亭左楽、柳家さん枝、文の家かしく、柳家小團次、柳亭桂枝、柳家歌太郎、松柳亭鶴枝、川上秋月、杵屋久吉、同小久、同小てる、同歌奈江、同はつ子、入舟亭扇橋、扇蔵改め隅田川都鳥、三升家勝次郎、三升紋弥三遊派桂一奴、三遊亭朝陽、亀治郎、山村華扇、朝寝坊むらく、立花家歌子、橘家右圓喬、三遊亭福圓遊、快楽亭ブラック、三遊亭小圓朝、桂小南、三遊亭小圓遊、三遊亭小遊三、三遊亭小圓左、帰正斎小正一、三遊亭小圓冶、三遊亭三福、桂家残月、立花家橘之助、三遊亭金馬、三遊亭金朝、三遊亭遊三、三遊亭遊雀、二の宮秋水、橘家圓喬、三遊亭圓右、橘家圓蔵、三遊亭圓橘、三遊亭圓歌、三遊亭圓璃、三遊亭圓子、三遊亭圓雀(いろは順)

明治4411日 和歌山新報(和歌山)

新年の演芸會 ▲元寺町紀國座 新劇片桐、斎藤、楠一派の俳優手揃いで雲月梅と題するものを演ずるというから定めて人気を集めるであろう。 ▲三番丁弁天座 浪花節界の奇人洒落庵三勿というのが来て雲右や小圓、奈良丸などと競争の気味で大い唸るというから好浪家は聞いて見るべしである。尤も一風ある男に相違ないというから変って面白ろかろう。 ▲大黒座 紀の國家一座の応用浮れ節芝居 ▲筑地朝日座 京山愛昇一座が乗込んで國粋発揮正義之主唱という振つた銘打つて浪花節を開演する

明治4411 台湾日日新報

○演芸界 ▲芳野亭 落語家林家正花、遊枝以下若手数名一座にて音曲手踊茶番等大賑やかに開演 ▲台中座 東京落語三笑亭芝楽及び青柳華嬢一座

<編者註>芳野亭の座員は、太郎次郎、枝三郎、升六、正花、松柳、遊楽、遊枝

明治4412日 都新聞

古今亭しん生 先頃病死せる大阪の桂文枝と兄弟分なる同人は此際文枝の一門を集め、盛大なる本葬儀を営み遣らんと、柳派連中十余名と彼の地に赴き、追善演芸会を開き中旬本葬儀を営む筈。

明治4418日 大阪朝日新聞

◇歩兵第三十七聯隊にては新兵を始め下士以下二千余名に一日の清遊を与ふべく、八日午後一時より松島、天満、法善寺の各文芸館及び浄正橋竜虎館の互楽派各席へ分配し、落語総聴会を催す由にて、各派芸人も熱心に勤むる筈。

明治4419日 山陽新報(岡山)

吾妻座(西大寺) 同座は去る一日より三遊亭圓遊一座の落語昔ばなしにて開演し居れるが頗る好人気なり。

明治44116日 中国新聞(広島)

胡子座は落語喜劇の合同にて一座は新作にわか落語(寿々馬)落語(小枝鶴)掛合はなし(宝雀、半好)落語(順枝)ハイカラ喜劇一幕・落語(圓三)喜劇一幕

明治44127日 山陽新報

九重館 今夕より開演する同座の三遊亭圓遊一座の落語音曲ばなしは一座中にジョンベール英国人あり。頗る珍妙なる声曲数番を見せる由にて其他長唄などありと云う。

明治44128日 中国新聞

胡子座はお馴染みの米国人ヘンリーペレストンの浄瑠璃と桂柏枝一座の落語音曲噺

明治44130日 山陽新報

広告九重館當一月十七日ヨリ毎日午後五時開演。東京落語三遊派落語 三遊亭圓遊一座/落語、音曲物真似一行十余名大車輪ニテ演じ申スベク

明治44129日 神戸新聞

活動写真電気館の没落(本月中に閉館) 當地に於ける興行物の不振目も当てられぬ惨状なるが中にも活動写真は入場料の安きと時間節約等総てお手軽なるが為め一人望みをふくされしもこれとても我々もと競争的に数が加わりし為め今日では他の興行物と同じ運命に落ち此節では各興行人いづれも狂乱の體にて盛んに割引券をを撒散らし居るもこれとて思う程の巧果はなくさらには当地常設館の魁なりし日本館が没落して女義太夫と変わりしに同館に続いて建ちたる新開地電気館もいよいよ本月中にて閉館するとの噂あり一時全盛を極めし活動写真だけに何だか無常の感多し

明治44年頃新開地①

<編者註>電気館は、三月頃より吉原政太郎が借受け、落語定席「屋古満席」として開場する。図は、明治44年頃の新開地の様子。電気館と帝国館(後の千代之座)「歴史と神戸14号 別冊 続新開地盛衰記」(昭和394月)より。

明治44124 京都日出新聞

○会のいろ〳〵 ▲諸芸新聞の諸芸大会 第七回発展諸芸新聞諸芸大会は京都倶楽部に於て二十六、七の両日正午より開催せらるゝ由にて其重なる番組は差の如し芦辺館落語(円歌、円之助、三八、桃太郎、枝雁、南枝、小文三、小米、小文吾、円笑、円坊、枝太郎)浄瑠璃先代萩(仮名太夫、政八)音曲(柳丈、駒弥)落語(文三)新喜劇(楽天会)腹ちがひ(大虎座一座)笑福亭落語音曲(文之助、蔵之助、円次、円天坊、三蝶)浪花節(当昇)同(虎月)同(梅寿軒)剱舞(荒川猛清)滑稽演説(曽我の家五郎)隠し芸(曽我の家十郎)女義太夫(朝重、東馬鶴)同(越政、三平)新喜劇(朝日座一座)女義太夫(新吉、昇柳)余興清元等

明治44131日 都新聞

三木助の披露会 大阪上りの橘家三木助は圓喬の弟子となり三月一日より市内各席に現わるるより、昨日明神の開花楼に披露会を開き、師匠の引合ありて余興に落語質屋蔵と春雨にわしが国を立って見せたり。

明治44131日 大阪朝日新聞

◇桂家残月、新柳小歌の両人、一日から久々で三友派の各席へヘイ替り合ひまして。

明治44131 京都日出新聞

笑福亭二月の出番順は 正雀、団幸、三蝶、円天坊、遊七、円次、扇枝、花山文、円菊、琴書、小円太、文之助、蔵之助、一馬、円太郎、大切一座総出の余興

明治4421日 大阪朝日新聞

◇落語桂派は各席へ二月一日より久々に東京帰りの三遊亭円馬が出勤する事となり、故人文枝と義兄弟のやうな仲であつた東京の雷門助六は再度三代目古今亭しん生と改名し同派各座へ出勤する由。

明治4421 京都日出新聞

芦辺館本月の出番は都鶴、桃太郎、円の助、枝雁、福太郎、三八、小米、円笑、小文吾、南枝、小文三、万治、菊団治、枝太郎、仮名太夫、政八、歌之助、円子、柳寿斎、扇蝶、文三右の内福太郎、万治、菊団治、円子、柳寿斎、扇蝶等は新加入である大切余興は落語十八番の内不動坊尚ほ此一座は平居館と菊の家にも出る

明治4421日 徳島毎日新聞(徳島)

高木館 本日より大阪下り喜劇志賀廼家一派乗込み開演

座長富士の家四郎、曽我廼家千鳥、大和家市楽、浮世呑平、大和家錦蝶、林家正雄、女優橘家糸子、花の家清子

明治4424日 名古屋新聞

演芸界 ▲東栄座(中津) 明日より東京音曲落語三遊亭橘馬、印度人サエモンジョジョー一座にて開演 ▲寶座(大須堂裏) 夢廼家萬歳喜劇

明治4425 台湾日日新報

活動館 南部戻り青柳華嬢、芝楽、しら魚等一座の音曲落語は内地帰還のお名残り開演として昨夜より開場七日限りにて打揚の筈なるが例に依り出演左の如し御祝儀宝の入船(松太郎)落語手踊(芝(遊七)音曲人情噺即席見立てり取(芝楽)音曲滑稽噺(藤若)音曲物真似(円好)音曲手踊(白魚)□□人情噺(華嬢)

明治44216日 大阪朝日新聞

◇機微団語 瀬戸半眠 (其八)紅梅亭   

南地法善寺内の寄席紅梅亭へ落語を聞きに行く。松光とかいふ気味の悪い隻眼(かため)の男が高座に上ると、寄席などへは来さうにもない頑丈な怖い親爺が、黒の山高帽子を冠つたまゝ、「博多節やつとくれ」と、注文すると、隅の方に居た丁稚らしいのが、「米山やで」と声をかける。スルト親爺は又博多節だといふ、丁稚は負けずに米山! と叫ぶ。孰方(どっち)へも賛成者がある。松光は可厭(いや)な変な眼遣ひをして、「博多節なンて粋な声が出まへん、後で喬之助がやりますやろ、何如(どう)してもお女中は美い声が出ます、前に一箇所空気抜きがおますさかいナ」と、怯(おめ)ずにこんな卑陋(びろう)な事をいふと、客は哄(どっ)と笑ふ。松光は博多節にも米山にも応じないで万歳の替歌を唄つて引下る。

何と思つたか頑丈な爺さんは、木戸銭二十五銭と火鉢代、茶代とを損して出て行つた。博多節をお聴きに達せなんだのが余ツぽど癪に障つたものと見える。夫れにしても費(むだ)な事をしたものだと思つて居ると、其隣に陣取つて居た若い坊(ぼん)チが素早く親爺の位置へ転じて火鉢を我物顔に抱へ込んでしまつた。アゝ現時(いま)の若い者はと感心して居ると、又其の親爺の後背に居た夫婦者らしい三十五六の二人連れが、何か囁いて居たが、頓てコートを着た内儀が一寸四辺(あたり)に眼を配りながら、親爺の残して置いた茶盆を竊(そっ)と万引して、亭主に茶を汲んで侑(すす)めると、亭主も豪傑だ、少しも恥らう状(さま)もなくゲラ〳〵笑ひながらグツト飲んで茶碗を女房に渡すと、女房も我が銭を出して買つたやうな顔をして茶を啜つて居る。

上には上のあるものとあたじけなさに呆れて居ると、高座へは八字眉の文団治が現れて、「今晩は未だ時間がお早うござります加減かお集りがお遅いやうでございます、しかし毎夜々々のお運びは有難い仕合せで、どうぞ大様(おおよう)のお聴取りを願ひまするで、悪しい所は又明晩お聴き直しを願ひます、エー夫れでお客様の方へお礼に出にやなりませんのやけど、手前の商売は巡航船と電車と同じやうな商売で、お客様の方からお出で下さるばかりで、トントお宿元が分りまへんので」とやると、客は嬉しがつて手を拍く。

「巧い事云ひよるなア」と厚司着た男が感心すると、連の男が、「そりやあ職業やもン、私かて落語家になつたらやるぜ」といふうち、文団治が引下つて円坊が出て、何やら騒々しい事を饒舌つた後が「わがもの」と「かつぽれ」とを踊つて這入る。「鮮明だんなア、彼の衣紋流しの見事なこと」と二十二三の芸妓でもなければ素人でもない女が褒めると、髭を生した男が「盆は巧く使ふが、彼の腕輪を見せつけるのは気障だよ」。女の褒めるのが不満と見えて攻撃する。「気障や云ひなはるけど、貴方かて純金の腕輪を嵌めてたら、見せつけなはるでそら‥‥」。男は黙つてしまつた。

明治44216日 大阪朝日新聞

◇浪花三友派各席へ十五日より少年浄瑠璃竹本仮名女太夫、同三味線竹本政八出勤す。

明治44217日 鷺城新聞(兵庫姫路)

圓遊来る 竪町楽天席は、先年當地出演の際多大の好評を得たる東京落語三遊亭圓遊一座を招き、十七日より開演のはず。顔ぶれは左の如し。

はなし(遊太)はなし(遊楽)はなし音曲(遊蔵)はなし獅子の曲(笑鶴)常盤津浮世節(遊の助)はなし(寿々馬)音曲はなしステテコ(小圓生)落語(松生)物真似追分二上り新内(ジョンベール)落語ステテコ(圓遊)

明治44218 京都日出新聞

京都倶楽部例会 京都倶楽部の本月の例会は今十八日午後正六時より開催すべく番組は左の如くなりと落語芦辺館社中枝雁、同小文吾、同歌之助、同長うた円子、二丁鼓柳寿斎、同曲扇扇蝶、曲まり曲芸万治、剣舞手踊菊団治

明治44219日 大阪朝日新聞

<東京の六代目桂文治死亡>

◇東京の桂文治 東京落語柳派の古老桂文治は長らく中風症にて療養中なりしが薬石効なく十七日午前一時六十六歳を一期として浅草区新福富町二十二番地の自宅にて死去したり。同人は本名をも桂文治と称す。七歳の頃由之助と名乗りて始めて高座に現れ、十八歳真打に進み、二十五歳の時桂文治の名跡を襲へり。其の頃道具入りの人情噺にて有名なりし故三遊亭円朝と対抗して道具入り芝居噺を為して共に好評を博したり。四十一年十月中都合に依り文治の名を大阪の桂文団治に譲り、自分は桂楽翁と名乗りしが、四十二年三月中中風症を発し爾来半身不随となり、遂に訃を伝ふるに至りたるは惜しむべし。(東京電話)

明治44220日 大阪朝日新聞

◇松島常磐橋常磐席は此度劇の衣装元浅野が買取り三友派の落語席に改築するよし。

〈編者註〉十月に六方館と改称して開館する(大阪朝日1028日付参照)。

明治44224日 神戸又新日報

◇新開地錦座 本日より東京三遊派一圓遊改め圓遊一派にて開演顔触れ左の如し

小遊、寿々馬、花橘、笑雀、芝雀、遊之助、小圓遊、ジョンベール、圓遊其他

明治44228日 大阪朝日新聞

◇桂派の落語各席は従前演芸者の外に長唄の杵家正子、同正六、常磐津岸の家綾勢、同綾若、落語家雷門助平、歌舞美名本一馬、吟声橘、川上の二名等出勤。

明治44228 京都日出新聞

岩神座は三月一日より橘家円太郎一座が出演する筈

笑福亭三月一日よりの出番順は団幸、三蝶、遊七、円天坊、円菊、円次、扇枝、小円太、団輔、謹吾、柳丈、六の助[文之助]、蔵之助、星堂、円太郎

明治4431日 名古屋新聞

演芸界 ▲御園座 川上一座。初日の値段特等一圓、一等六十五銭、二等四十銭、三等以下二十銭均一、茶代は一名十五銭 ▲末廣座 今様能楽泉祐三郎一座にて本日午後五時開演、観覧料は一等三十銭、二等二十銭、三等十銭 ▲音羽座 演劇紅梅日記 ▲朝日座 「実録先代萩」「義経千本櫻」 ▲京枡座 尾上松鶴、市川福升、嵐猪三郎の一座 ▲日出館 活動写真 ▲蓬座(熱田) 今一日より獅子芝居酒鶴一座 ▲新守座 京都名物六斎踊りと活動写真合同 ▲春喜座 吉川辰丸、畠山松雪一座の浪花節 ▲笑福座 竹本長廣一座にて十五銭均一 ▲開慶座 大阪親友派の廣澤菊春、廣澤菊路一座の浪花節 ▲福寿亭 開慶座と同じ ▲二見座 説教源氏節岡本美家吉と万歳喜劇加藤好夫合同一座、大人四銭、小人二銭 ▲正福座 原鳳声一座の浪花節 ▲橋又座 京山京一一座の浪花節

明治4431日 扶桑新聞(名古屋)

◇富本席 本日は初午に付例年の如く、福引を催す由にて、一座の顔触れと出し物は、御祝儀花見の大入(楽屋連)七段目(枝三郎)高野の道づれ(枝女太)道かん(小円流)西洋手品(マンジ)蔵芝居(円福)曲芸(円輔)新作人情話(円流)物真似動物園(源水)こまの曲(喬丸)音曲話(楓枝)大切ハイカラパック(総出)

明治4431日 大阪朝日新聞

◇浪花三友派各席は従前の一座の上に山村華扇の舞と久々にて三遊亭円子、春風亭柳寿斎が出勤する。

明治4431 京都日出新聞

芦辺館本日の出番は都鶴、雁笑、円之助、福太郎、枝雁、三八、南枝、桃太郎、小文三、円笑、小文吾、残月、喬之助、文三、寿獅子大悦社中、扇蝶、枝太郎右のうち残月、喬之助、扇蝶は新加入だ新加入の寿獅子は尾張熱田の神楽でチヨイと振つたものさうな尚ほ例月の通り平居館と菊の家にかけもちをする

明治44年芦辺館連中


〈編者註〉上掲の写真は『落語系図』に掲載されたもの。キャプションに「浪花三友派京都にて写す」とある。

後列(左より)桃太郎・円歌・先太郎・小文三・南枝・扇蝶・福円・枝雁・扇昇・都鶴(各人確定出来ず)

前列(左より)小文吾・立花家喬之助・文三・枝太郎・かしく・円笑・三八

以上十七人のうち十二人が新聞と合致しており、このころ撮られたものと思われる。

明治4432日 神戸新聞

錦座 圓遊一座は一昨夜大入りを占め本日の出番は暗夜(小夜)廓の賑(遊楽)楽隊車夫音曲(遊蔵)桂川(寿々馬)楽世界曲芸(花橘)百人一首獅子の曲(笑鶴)常盤津浮世節(遊之助)音曲吹きよせ(芝鶴)音曲ステテコ(小圓生)滑稽手踊(ジョンベール)かわり目ステテコ(圓遊)

明治4435日 山陽新報(岡山)

劇場と寄席 ▲高砂座 浪界の重鎮浪花大じょう一行にて開演。午後六時より ▲旭座 本日より嵐雷三郎・実川延十郎一行の義士伝 ▲柳川座 新派義正團の狂言 ▲九重館 宮川松月・京山春駒一行の浪花節にて開演

明治4435日 落語大福帳4

◇広告/落語互楽派/西区松嶋千代崎楼西詰 第一文芸館/北区天満天神裏門 第二文芸館/南地法善寺内 第三文芸館/北区上福島浄正橋北詰 龍虎館/東区谷町 桃谷席

<編者註>龍虎館は、明治四十三年十二月一日に開場

明治44311日 大阪朝日新聞

◇大阪角力綾瀬川は此度力士を休めて三友派の落語界に入り得意の剱、舞、浪花節等をみせるとやら。夫に就いて同派より朝日山に示談なせしが、協会では三千円近き貸しがあります、其の返済法さへつけばどうでもよろしいと。

明治44311日 満州日々新聞

<円駒、米枝、円松>

演芸雑聞 雁市両座合併劇の為に十分にはしゃぎ切った大連演芸界の後継者に就き世間に種々の思惑説もある様であるが愈々決着の話が圓駒、米枝、龍喬の各腕つこきより組成されたる東京落語満韓巡遊演芸団が近々馬を経て当地に乗込み来るということである。そこで圓駒はと云うと故三遊亭圓橘の門に出てたる東京落語界には青年売出しのチャキチャキたるもので次の米枝は東京柳派秋風亭柳枝の門より出て前名桂文楽改め秋風亭米枝と名乗り芝居噺が大の人気ものにて声色と来ては遉に天下の珍品たるに恥じぬそうだ。又和田式記憶術を演ずるの妙技に至りては実に凄い程巧いものだとの評判がある。龍喬は去二十一年頃の幼児三遊亭圓龍の門に入り最初は圓松と名乗りて斯界の麒麟児とまでに称され居りしが後大阪三友派取締笑福亭福松の門に走り圓福と名乗りて京阪地方には大の人気者であるとのことである。演し物は落語及び和洋手品、指影絵等最も得意とする処で定めし一座大車輪の働き振を見られることであろう。

明治44312日 大阪朝日新聞

<桂雀三郎、二代目桂小文枝を襲名する>

◇桂派の落語家雀三郎改二代目桂小文枝の改名披露会は十六日より十九日迄毎日順番に金沢、瓢亭、国光、杉の木の四席にて催す。出演者は桂派及び三友派の落語、歌沢、新内、女義太夫、浪花節、常磐津、新旧喜劇、講談、長唄等なり。

明治44312日 満州日々新聞

花月席 東京落語満韓巡遊演芸団を聘し十二日より開演す番組は影芝居曽我の石段(秋風亭米若)落語東の旅(三遊亭駒の助)落語道灌音曲手踊(昔々亭桃輔)落語牛誉め滑稽剣舞(柳家一枝)落語居候音曲(柳亭茶楽)落語四の字嫌い手踊(林家正好)和田森式記憶術(中立派平野茂)落語本膳和洋手品(司馬龍喬)落語芝居風呂声色(秋風亭米枝)落語御座り承る、一口問答、ステテコ踊(三遊亭圓駒)即席御題噺音曲手踊(楽屋総出)都はやし(文の家照子)

明治44316日 神戸新聞

敷島館の開場 興行不振の為め没落の憂目に逢いし活動写真常設館は来る十八日より物云う活動写真にて開場

明治44318日 都新聞(東京)

三遊派の演芸大会 圓右、圓蔵、圓喬らの幹部連で開演する神田立花亭の同会。十八、九日両日の番組は五人廻し、首提灯(圓蔵)佃祭、初音の鼓(圓右)桜ノ宮、矢走舟(三木助)淀五郎、三軒長屋(圓喬)

明治44318日 神戸又新日報

屋幸満 席は芝鶴、ジョンベールの落語

明治44320日 香川新報(高松)

玉藻座 昨夜開場せし当座大阪落語諸芸今晩の出し物は左の如し

回遊二人旅(團橘)兵庫海渡乗合船(福篤)年誉(米若)稽古屋(鶴松)番頭野心(萬歳)口合嬶々(文雀)鞠曲芸種々火焔の曲(萬冶)法華茶屋(美[春]團冶)大切喜劇四季の茶屋調伏失敗

明治44322日 神戸又新日報

奥平野平野座 當年六歳小丸が呼物に日英混血児ジョンベーにも人気あり本日の演芸順番は、入込み旅は連れ逃る(松太郎)曲芸(花橘)音曲噺(芝鶴)音曲ステテコ(小丸)剣舞(ジョンベール)手踊(笑雀)音曲(花)落語(丸)

<編者註>小円丸:後の桂小春団治(本名林竜男)

明治44323日 大阪朝日新聞

◇職工学会の演芸会 出獄人の保護を経営せる府下東成郡中本村字森博愛職工学会は、目下三十余名の免囚を収容し、大理石細工、洋服裁縫、活動写真等にて経費を支弁し来れるも、今回相当の基本金を造り維持の方法を確立せんため、来る二十五、二十六の両日、主管相川勝治が主催となり演芸大会を開催する由。出演者と演芸の主なるものは川上一座の喜劇、越路太夫の浄瑠璃、曽呂利新左衛門の落語、京山若丸の浪花節、市川右団次、中村芝雀、片岡我太郎の舞踊、実川延次郎、尾上卯三郎、中村成太郎、嵐璃徳等の喜劇及び其の他多数あり。両日とも晴雨に論なく午後五時より開会する由。

明治44324 京都日出新聞

翠紅館の演芸会 護国塔建設寄付の目的を以て来る廿六日先斗町歌舞練場翠紅館で催されるが出演者及び番組は左の通り

奇術(小文吾、円笑)舞(枝太郎)北州千歳寿(喬之助)松の名所(扇蝶)浄瑠璃吹寄セ(文三、三味線福太郎)戦将(残月)浪花節山鹿の護送(中川伊勢吉)仕舞(市川右団治、市川福之助)浄瑠璃久作内の段(豊竹古靱太夫、鶴沢清六)狂言舟鮒(長谷川うの、倉田なを)熱田神楽寿獅々所作事(芦辺館盛尾兵三郎、盛尾喜三郎、芳村芳吾、今村光、沢村大悦)京の四季(実川井筒、実川芦雁)松の羽衣(先斗町廓中尾久竜、石原豆子、三平田品鶴、三小宅きた、上井上小君)松の緑(市川旭梅、市川翠扇)囃子望月(先斗町廓大皷宝田あい、小皷井上小君、同加納かな、同出雲はな、太鼓村岸秀路、同平田呂鶴、同石原豆子、長唄中尾久竜、同小宅たき、三味線大林とめ、同川島小梅、同長谷川小若)大切大道具千本桜道行(狐忠信桂枝太郎、静御前末広家扇蝶、皷藤太桂文三、取巻芦辺館総社中、後見中村福之助、嵐和三郎、中村雁童、坂東長三郎、市川滝十郎、実川延二郎)

明治44324日 神戸新聞

屋幸満 新開地落語席屋幸満本日の出番は小僧の遊び曲芸(花橘)音曲噺(芝鶴)立腹の虫手踊り(一丸)雪は花のや(三橘)音曲ステテコ(小圓丸)剣舞(ジョンペール)廓の遊び手踊り(笑雀)若旦那車夫音曲(圓花)歌(圓丸)

明治44325 京都日出新聞

織物新聞の演芸会 同新聞にては創刊周年祝賀…[原紙破損]…明二十六日午後早々より大演芸会を京都倶楽部に於て催すが番組は落語東下り(桂家三蝶)落語利は元にあり(橘家円天坊)喜劇二人羽織(桂家三蝶、文の家福太郎、橘家円次)お伽噺四万円(文の家文之助)舞黒髪(川島やす子、川島たつ子)鞍馬獅子(川島やす子、唄富士田鉄三郎、富士田辰之助、富士田藤三郎、絃杵屋松之助、杵屋弥三郎、鳴物田中清三郎)落語長頭廻し(橘家蔵之助)清元三千歳直次郎(唄川勝愛之助、絃延高)小糸佐七(唄松本はる、絃川勝愛之助)おはん(唄玉水とみ栄、絃延高)浄瑠璃志度寺の段(浄竹本越政、絃鶴沢三平)筑前琵琶常陸丸(魁駒弥)舞高砂丹前(舞川島安子、唄富士田鉄三郎、富士田辰之助、富士田藤三郎、絃杵屋弥之助、杵屋松三郎、鳴物田中清三郎)剱舞本能寺(有村謹吾)浄瑠璃酒屋の段(浄竹本清枝、絃竹本昇柳)舞梅玉狂乱(舞川島やな子、川島やす子、唄富士田鉄三郎、富士田辰之助、富士田藤三郎、絃杵屋松之助、杵屋弥三郎、鳴物田中清三郎)浪花節広瀬中佐(広沢当昇)奇術火焔の術(松旭斎天遊)

明治44325日 山陽新報

九重館 同座は圓頂派第二軍の落語にて昨日より開演したるが、一行中には物真似音曲噺を売物にせる者多数ありと

広告九重館東京落語音曲囃物真似 圓頂派落語大一座當三月二十四日ヨリ毎日午後五時開演御當地にてはお馴染且つ好評を賜りたる圓頂派第二軍一行十余名

明治44326 京都日出新聞

新京極の過去 現今の新京極には演劇(しばい)と活動写真とを除いては何れも二個所対立の姿であるから面白い、即ち浪花節の第一福真亭に対して当昇亭、女義太夫の第二福真亭に対して錦座、落語の笑福亭に対して芦辺館、喜劇の朝日座に対して大虎座が競争の姿である、而して何れも其特色が異つて居るから更に面白い、是等興行席の内容如何は京極通の諸氏は先刻御承知の筈であるから茲に喋々することを止めて過去に於ける新京極諸興行の有様を少しく述べて見やうならばつい近頃まで舌切雀の看板が掲げてあつた丈けに落語席の笑福亭は随分と古いものである、明治十年三月出版の「西京繁昌記」には松鶴、慶治、菊助、三木、福松の連名を誌(しる)し明治十四年三月出版の「京都名所案内図絵」には滑稽昔噺定寄席として慶治、松鶴、菊枝、福松、文里、菊助、梅花、松喬、小文里の連名を載せて居る、明治十六年五月出版の「新京極道の栞」には噺家菊助、西側と記して「来年のことや昔の噺して鬼も閻魔も笑ふて菊助」と詠んだ狂歌がある、笑ふ門には福来る此落語席はこういふ古い歴史を有して居るが現今も矢張昔噺を固持して芦辺館の新進とは到底較べものにならない、「西京繁昌記」に故米僊氏の筆で其頃の新京極の夜景が写されて「はなし」と仮名で書いた大提灯は笑福亭であらう、現今の新京極は電灯と瓦斯灯とで恰かも不夜城の観があるが明治十年頃には繁昌とはいへまだ暗いものであつた、即ち提灯の明りが夜を彩るのみであつた、今の夷谷座に六角上る東側の坂井座には身振芝居が年中興行されて坂井座の俳優には中村小陣をはじめとして三五郎、小亀、関五郎、菊三郎などが居た、福の家にも身振芝居があつた、演劇は東向の芝居と今の歌舞伎座たる四条道場の芝居にて演ぜられ俳優には尾上梅朝、市川福太郎、尾上多三郎、坂東芝鬼蔵、嵐重三郎、中村哥之助などが居た明治十六年頃東向の芝居には中村仙昇が居て大入だつた。(此四条道場の芝居は古いもので文政九戌年二月に其前年に江戸で大好評だつた三代目菊五郎のお岩狂言を模倣して「東画本似顔怪談」(えどえほんにがおのかいだん)の外題で市川団吉、同甚吉等が京都に於てはじめてお岩狂言を演じたのも此の四条道場の芝居である、其他新京極の出来る以前にも和泉式部、誓願寺、錦天神の境内には操り人形や歌舞伎が間断なく興行された、新京極はいはゞ是等諸興行物が復活したのである演史家(ぐんしょよみ)には尾崎、南海、万丸、燕竜、東海、燕真、晴山、幸、伯円などが居り、女義太夫席には松の家といふのがあつた太夫には梅吉、花駒、初吉、琴駒、駒吉、美駒、小仲、勝吉、常松、登女松、春松、房吉、卯の松、八重吉、小天などであつた其他の興行には「西京繁昌記」に誌した丈けでも居合抜、電気機械、西洋眼鏡、蜑(あま)、浮れ節、機関的(からくりまと)、縄伎(かるわざ)、俄(幸玉、富士、宝松、玉[富士宝、松玉]、大鶴、しぐれ、宝玉、橋亀、梅蝶などいふ連中があつた)喉芸、小鳥の芸、猫鼠同遊、名鳥楼、影画、粟餅曲取なんどがあつた此の名鳥楼は其後清水坂にも常設されたことがあつて今日の動物園の初歩ともいふべきである「京都名所案内図絵」には新京極六角の辻から南北を見渡した銅版図があるがこれも其頃の有様が偲ばれて懐しい。和泉式部の石塔の上には今も八重紅梅の花麗しく其傍には「和泉式部軒端梅、霞たつはる来にけりと此花を見るにて鳥のこゑもまたるゝ嘉永三年正月華嶽山誠心院静居立」と彫つた石標が見える、金蓮寺の辺(ほとり)にある杜鵑(とけん)松の深緑と共に閑雅な昔の趣を示す軒端梅の(くれない)(くれない)は絵看板の巷をもしばし忘れしめるのである、今後の新京極はいかに進化しゆくであらうか一寸予想し難いが現今(いま)も何となう昔の香がして京都趣味の保存されて居るのは嬉しい、後日余閑もあらば現今の新京極を委しく描写して見やう。(蜩鳩生)

<編者註>筆写の蜩鳩生は村上信一郎と思われる。

明治44327日 扶桑新聞(名古屋)

◇富本席 今晩の番組左の如し。

御祝儀(連中)寿限無(三橋)無筆(小兵衛)牛誉(春楽)俳優声色(枝女太)天災(小円橋)大阪噺(美都)八笑人(小傳遊)芝浜(歌輔)浪花話(三木三)曲芸(小円流)音曲噺(楓枝)独楽曲(小源水)物真似(喬丸)狂歌小説(遊橋)

明治44328日 大阪朝日新聞

◇海に千年山に千年の強者といふ処から千歳米坡といふ訳でもあるまいが、脊中に甲羅の生えてるクセに何時までも万年娘と見える同女は、浪花三友派の桂文三、金原馬生等と握手して四月一日から九州巡業の首途として先づ岡山の大黒座[大福座]へ乗込む。

明治44328日 大阪毎日新聞

◇浪花三友派の席主は今度文三、米坡、馬生其他の連中をつれて、四月一日から九州辺の巡業に出かける。

明治44330日 扶桑新聞

◇富本席 御祝儀(三柳連)酒の粕(三橋)魚売人(小兵衛)土橋萬歳(美都)桜風呂(小傳遊)半分垢(歌輔)親子茶屋(三木三)成田小僧(小円流)御釜様(春楽)芝居話(枝女太)野晒(小円橋)掛合話(勢太郎、遊が月)羽団扇(楓枝)曲独楽(小源水)物真似(喬丸)狂乱(遊橋)滑稽競(総出)

明治44331日 大阪朝日新聞

◇桂派各席は一日より従前の一座に東京の音曲噺柳家枝太郎、曲芸丸一を加ふ。

◇三友派各席も一日より従前の一座の上に大阪相撲界の花形なりし綾瀬川山左衛門が音曲、剱舞、浪花節にて出演し、東京の林家正蔵(八十八年)も関西巡業の途次出勤す。

明治44331日 大阪毎日新聞

◇落語互楽派へ幽蘭女史が女講談師で現れる。

明治44331 京都日出新聞

<新京極の大火>

新京極の中央部白き灰燼と化す 全焼五十一戸半焼六戸損害価格約六十余万円

昨日午前三時下京区新京極六角下る西側浪花節席第一福真亭より出火し…北は三宅改進堂より南蛸薬師通りに至るまでを全部焼払ひ西は寺町通りに出でゝ寺町の東側を蛸薬師より六角下る人筋目まで焼尽し…場所柄とて芸人に関係が深く殊に福真亭の裏は浪花節や女義太夫の合宿所があることゝて随分の奇観もあつたらうと種々聞いてみると素破(すは)火事よといふ間にこの合宿所にはもう火の手が廻つてゐる浪花節の連中は塩嗄声に火事だ〳〵と叫ぶ、気の毒にも笑止であつたのは女義太夫連中で浴衣の褻衣(ねまき)一枚で飛出すもの商売柄見台を担いで大きなお尻を振るもの、イヤ寺町通りは落花狼藉で中に一際莫迦(ばか)〳〵しかつたのは三味線を持つて出たことは出たが怎(ど)うした機会(はずみ)か大事の腰巻が解けて足に絡む、当人もう何も判らない、火の方計り見膽(みつめ)て倒れては走り倒れては走りイヤ其格好は思はず失笑したとある出方の笑話 △落語家喜劇師もソレ火事ぢやと聞くなり褻衣姿で馳着けたのが多く大抵は夷谷座の三階に立つて驚いていたが夫れでも時々駄茶洒(しゃ)れてゐた、キ三郎などはえらいお賑かなことですなと朝日座の燃上るのを見てゐたが口にこそ駄洒つて退けて居れ居城の燃けるのを見て胸中一種の感慨があつたらしい  △大黒座の正玉メリヤスのシヤツと股引になつて強度の近視眼を便(たよ)りに火の中へ飛込んでの働き振り、迚も舞台で見る便りない正玉ではない、時々眼鏡に喞筒(ぽんぷ)の水を浴せられて麼(そんな)

無茶したら見えやへんがな

明治44331日 山陽新報

[広告]當る四月一日より午後五時開演/京阪三友派落語一座/出演者 金原亭馬生 桂文三 橘家喬之助 千歳米坡 桂春團治 桂小文三 其他一行数十名出席いたし候/大福座


上方落語史料集成 明治44年(1911)二

明治4441日 扶桑新聞

◇富本席 今晩より吉田流筑前琵琶魁駒嬢、勤王美談大隅柳丈、剣舞有村謹吾一座にて開演。

明治44423日 大阪朝日新聞

<曽呂利の建碑十年祭(生玉寺町隆専寺にて)>

◇建碑十年祭 曽呂利新左衛門の生玉寺町隆専寺の寿碑設置十年祭を二日同寺に執行し、建碑当時参詣せし三百余名の内故人となりし七十余名の施餓鬼をも執行す。(42

◇石碑の記念会 落語家の曽呂利新左衛門の碑は生玉寺町隆専寺の境内にあり、死んでからの碑よりも生きてゐるうちの方が結構と云ふので、川上音二郎其の他の人々に依つて建てられたが、早や今年で十年となつた。この碑の人となると思つてゐても、当年六十八歳の新左衛門はなか〳〵の元気、丁度昨日は碑石建立の日にも相当し、十年の記念にもかなひ、又この十年の間に石碑建立の時に参詣した友達が七十八人もあの世の人となつたのを、せめてもの追善供養を兼ね石碑の十年記念会をした。午前本堂で七十八人追善の法要を営み、自書の桜づくしの記念画と折詰を参詣者に配つて、「ヘイ私もなう、もうあんた六十八でおます」と紋付羽織袴の新左衛門なか〳〵元気で、明け放したお寺の座敷で桂、三友両派の誰彼と経机を見台として、嘉永頃にやかましかつた落語をやつたが、曽呂利は「親子巡礼」と「大岡裁判」を演じた。散会したのは日の暮れ頃。(43

明治4442日 山陽新報

大福座 同座は昨日初日にて東京大阪合併三友派落語一座にて開演せるが、出演の重なるものは、彼の千歳米披をはじめ春團冶馬生文三その他なりと。

明治4443日 扶桑新聞

◇富本席 御祝儀(連中)かけ取(円花)あほだら(小兵衛)芝居話(枝女太)大阪話(円福)一目上り曲芸(小円流)浪花土産(美都)曲独楽(小源水)筑前琵琶(魁駒弥)勤王談(柳丈)剣舞(有村)

明治4443日 大阪毎日新聞

◇桂派各席、二日より愛親神楽獅子嵐酒社中六名出演す。

明治4443日 山陽新報

三友派の落語 一日から蓋を開けた大福座の東西三友派の落語を覗いた。當日は恰も上巳の節句に當り満場錐も立たぬ計の大入ち先ず以て結構と云うべしである。小文三の話振りが落着きがあって、しかも悪洒落の少ないのは嘉す可く余興の踊など手に入ったものだ。喬の助の清元美音で満場を唸らせ、馬生の講談「赤垣源蔵」亦た面白く聴いた。文三の圓転にして俗ならざるは流石である。評判の千歳米披は一座に遅れて同夜十一時に乗込み時間の都合で追分の一節唸ってお座を濁したが嬌艶な態度には満場大受けであった(隼)

明治4444日 大阪朝日新聞

◇桂派の各席に三日より前一座の中へ愛親神楽獅子一座(嵐酒徳外六名)が出勤。

明治4445日 山陽新報

◇大福座の三友連 目下大福座に開演中の東西三友派落語連は頗る好評を以て迎えられ居れるが、一昨日は本社運動会に招かれ少林寺に於て一座得意の音曲落語手踊を催したるが、中にも笑福亭お多福の名所論、同萬歳の鉢山、両人の深川踊りは喝采に迎えられ、次に桂小文三の理学か化学は一層妙を極め、春團冶は新町ぞめきと云う得意なものを演じて拍手を受け、更に立花家喬之助の東京名所は婦女小供に迎えられ、馬生は義士伝を演じ終りに彼の千歳米披は音曲数番の後ち起って踊りたるが、就中都々逸の「あけの鐘は」は玲瓏玉を転がす美音に満場宛ら水を撒いたる如くならしめ踊にては槍錆、弁天小僧の引抜に木遣りを演じて頓に拍手喝采を受け、文三の挨拶に終を告げたるが人気好評為めに一座得々たるものありき。

明治4446日 山陽新報

[広告]當ル四月六日より毎夜午後六時開場/おなじみの大阪東京三友派落語一座/出演者 桂文三 金原亭馬生 橘家喬之助 千歳米坡 桂春團治 桂小文三 其他一行十数名出席いたし候/栄町九重館

明治4449日 鷺城新聞(兵庫姫路)

楽天の歌舞笑話 竪町楽天座は十九日より歌舞笑話圓頂派第二軍ヘンリーペレストン一行にて開演の筈。初日の番組は左の如し

はなし(圓好)落語手品(圓九郎)忠臣蔵本蔵下邸(圓太夫)落語手踊(圓二)落語ステテコ(圓三)掛合噺(圓の助、圓雀)歌舞(圓嬢)太巧記十段目(ペレストン)千里眼ヴアイオリン音曲手踊(同人)

明治44411日 扶桑新聞

◇富本席 今晩の芸題は、浮世床(小兵衛)、菅原息子(枝女太)、猪角力(小月流)、吉原雀(春子)、猪々買(円福)、独楽(小源水)、春雨茶屋(美都)、備後三郎(駒弥嬢)、髪自慢(柳丈)、兵士正夢(有村謹吾)

<編者註>大隈柳丈の番組は、12日「浮世根問」13日「花見喧嘩」14日「勤王談」15日「滑稽新話」16日「日韓合邦談」17日「伊藤公生立」18日、19日「連夜続」21日、22日「勤王談」23日「藤公談」25日「親子奇談」26日、27日、28日「連夜続」

明治44411 京都日出新聞

落語家と駈落 此程来大津市菱屋町寄席博秀館になりし大阪の円篤一座に朝之助といふ渋皮の剥けた男あり湊町旅人宿金川に投宿中伏見生れの若後家おつね(十七年)と怪しき中となり九日博秀館を打上げると共に朝之助おつねは手に手をとつて何れかへ駈落ちと洒落込みアト□おつねの亭主が口アングリ

明治4445日 都新聞

舌戦会の両雄 牛込高等演芸館にて開催中の三遊派舌戦大会は、例の軋轢問題より三木助と今度改名せる圓左との暗闘振り目覚しく、毎夜応援隊の声援壮んなりと。

明治44412日 大阪朝日新聞

◇曽呂利の伜の片岡我太郎、浪花座の高野の義人に徳三郎の横川早苗の弟貞助といふ盲目の子役を勤める。幕切れに兄の跡を追うて花道を駆込むところで目を閉つて居るので度々花道から転げ落ちるので、毎日觀に来て居る曽呂利の方が気が気でなく、其の都度横抱きにして医者へ駆付け、何卒引込みだけは眼を開いて呉れと頼む。我太郎ソレに付込んで、落る度にお父さん御褒美に何かお呉れとやる。「遉(さて)落語家の子だけあつて落る度にオチンが要ります」と下げまで付けて親馬鹿が大喜び。

明治44414日 都新聞

春季有名会 十五、六の両日午前十時より神田の立花亭にて催す番組は

【十五日】京見物(小三冶)夢の瀬川(左楽)安部春明(桃葉)船徳(小圓朝)竹の間(小清)木乃伊(圓蔵)倉橋伝助(貞山)蛸坊主(三木助)淀五郎(圓喬)言訳座頭(小さん)道成寺(紫紅会杵屋勇六歌女外はやし連中)曲芸(丸一社中)

【十六日】三人旅(志ん馬)太鼓腹(今輔)瓢箪屋政談(伯山)芝居(しん生)御殿(春菊、昇菊)成田小僧(柳枝)心眼(圓合)河内山(典山)風流色扇(紋弥)正夢(柴朝)鹿政談(圓喬)吾妻八景(紫紅会)

明治44414日 大阪朝日新聞

◇浪花座は十三日、子役我太郎の為に三友桂両派の落語家が観劇会を催す。

明治44416日 扶桑新聞

◇富本席 偽首売(小兵衛)芝居風呂(枝女太)一口問答(小円橋)味噌蔵(円福)角兵衛(朝騎)筑前琵琶(駒弥)坊主茶屋(美都)日韓合邦談(柳丈)歌舞(春子、歌子)薩摩琵琶(深見□□)落語音曲(円太郎)剣舞(有村)

<編者註>16より、京都の橘家円太郎が加入。

明治44416日 中国新聞(広島)

演芸館には本日を初日として女道楽千歳米坡一行落語手踊人情噺三友派の一座にて一座は落語(桂小文、同春之助、同馬之助、笑福亭お多福、同福篤)落語手踊(笑福亭万歳、桂小文三、桂春團冶)清元浮世節(立花家喬之助)東京人情噺(金原亭馬生)落語(桂文三)女道楽(千歳米坡)

明治44424日 神戸新聞

屋幸満席 落語定席屋幸満本日よりの出演者は左の如し

落語(枝助)落語講談(松三郎・花橘・柳左衛門)落語手踊(鶯枝)新落語と笛(松助)常磐津浮世節(金之助)音曲噺手踊(福吉)落語(しん橋)

明治44426日 山陽新報スキャン0003

◇広告/九重館大阪東京三友派落語一座 當ル四月二十六日より毎夜午後六時開場

明治44428日 神戸新聞

大和座 當地の浪花節研究場大和座は来月にて創立後一周年に達するより祝賀を兼て大会を行うべき筈の所会長の吉田奈良丸が六月中旬頃まで東京に滞在の由なれば同人の帰神後に延期せり又第三回素人研究会は二十八日午前十時より午後四時まで開会す

明治44428日 山陽新報

九重館 三日目三友派の落語左の如し 東の旅(春の助)深山隠れ(お多福)小倉船(福篤)宿替の夢(萬歳)棒屋(小文三)袈裟茶屋(春團冶)清元神田祭(喬の助)力士谷風(馬生)槍さび桃太郎(米披)後家殺し(文三)

明治44430 京都日出新聞

<菊の家改め紅梅館>

演芸だより ▲芦辺館五月の新加入は元大阪力士の綾瀬川山左衛門の剱舞と音曲を始め松喬、大和、芝雀、文雀、文都其他舞の山村華扇であるそうなが本日の日曜会は休演▲西堀川の菊の家は今回新築の上芦辺館連中の定席と定め紅梅館と改称した由

明治44429日 大阪朝日新聞

◇桂派落語各席の五月は現今の一座の上に東京弦音会の石村松翠、杵屋幾松、藤枝、石村松雨に軽口は鶴亀、淀平、淀二も出勤なし、尚引続き杵屋正六、正子、岸の家凌勢、柳屋枝二郎も出勤する由。

◇三友派落語各席には五月一日より長唄岡安寿美、礼々勇、同喜よし、同喜之寿並に清国人玉川、少年浄るりの仮女太夫も出席し、従前の一座より文三、米団治、米坡、喬之助、円坊一座にて和歌山紀の国座へ五月一日乗込む。

明治4451日 扶桑新聞(名古屋)

◇富本席 今晩の番組は、宝来山(楽屋連)親子酒(小兵衛)芝居噺(枝女太)問答坊主(小円流)お伽噺(朝キ)浄瑠璃(花子)こまの曲(小源水)音曲噺(円太郎)近世美談(有村)

明治4451日 大阪朝日新聞

◇互楽派落語の各席等は従前の外に一日より桂家残月、松平学円、三遊亭小遊三、橘家三好が出席。

明治4451 京都日出新聞

演芸だより ▲笑福亭本日出番順は小松三、団幸、三蝶、円天坊、円菊、円次、扇枝、小円太、蔵之助、琴書、一旭、文の助、正蔵、円太郎▲当昇亭の本月左記連名が出演する笹川家小東玉、花の家義雄、神田伯竜、広沢正春、京山春風、広沢当昇

明治4451 大阪毎日新聞京都滋賀付録

大津博秀館にては一日より大阪落語桂派の雀之助一座開演

明治4451日 神戸新聞

落語席 湊川屋幸満、生田前末廣亭は本日より出番は左の如し

◎屋幸満 花之助、九鶴、朝之助(落語)圓篤(曲芸)三筋(落語手踊)鶴寿(曲芸)梅香(落語)二三二、八七八(女道楽)語楽(落語)舞鶴(手風琴)千代子(剣舞)三輔(落語)◎末廣亭 松三郎、柳左衛門、二三二、八七八、語楽、舞鶴、千代子、三輔、朝之助、圓篤、三筋、鶴寿、鶴寿、梅香

明治4455日 神戸又新日報

屋こまの落語 新開地帝國館隣やこま席は左の顔触れにて開場。却々の人気なるが三輔の純大阪式落語は大車輪にて頤(おとがい)を解かせ語楽の純江戸式落語は軽妙、痩せたると肥えたる二美人の清元は大いに宣し。・・・・を売物とし手風琴の春風などにて大納まりに納まってるそうなり。

桂花之助、笑福亭九鶴、三遊亭頓[]之助、笑福亭圓篤、桂三筋、橘鶴寿、互楽亭梅香、月家二三二、八七八、互楽亭語楽、金房舞鶴、千代子、桂三輔

明治4456 神戸又新日報

<新開地屋幸満席>

屋幸満の落語 神戸に唯一の落語定席と唄われて飛ぶ鳥を落とした程の湊亭も楠社内を取払われ裁判所前に移ってからは遂に没落し、更に開いた三宮の第二湊亭も一向気炎上らずこれも到頭第一湊亭と運命を同じくして全く没落した後は神戸に落語の定席というもの全く止めぬ仕儀となった。それに憤慨して新開地の錦座に関係していた吉原が、神戸だって四十万の大都会落語の定席一つないといわれては誠に恥ずかしい次第だと活動写真常設館の没落後を引受け新たに新開地に落語の定席を起したのが即ちこの「屋幸満」席じゃ。小屋の体裁は昔とさして変わりはないが、舞台は二箇所から出演者を出入りせしめるから高尚に見える。それに又高座が大いによいので、声が散らばらずまずは申し分のない席である。当月の出演者は庄之助、九鶴、頓之助、圓篤、三留、鶴寿、梅香、二三二(ふさじ)、八七八(やなはち)、語楽、舞鶴、千代子、三輔の二流連。東京もあれば大阪もあって、各々その特色を発揮してどれでもお好み次第という献立。一寸見てみた処、橘助三郎が得意のビール瓶の一曲洋刀の曲芸は似た様なもので、一つ違えば瓶は割れて客に当るという茶番に一番のかね合い、それを手毬でも扱う様に自由自在に使い分ける所は手に入ったものだ。瓶の上に瓶を立てたり歩かせたり、随分奇抜なことをやる。梅香の噺は中々面白いが呂律も回らぬ程喰らい酔って舞台に出るのは不心得だ。二三二、八七八という女の清元は江戸っ子の美声を聞かす八七八は体格も申し分ないだけに声も充分でよい声だ。只時々長唄になるのはどうしたものか。余興の浮世節は愛嬌愛嬌。二三二の踊り奴さんは却々軽妙だが何となく卑しく見えたよ。語楽の人情噺「唐茄子」はシンミリして一寸人を泣かせる。金房舞鶴は例の勘一流の化身で居合抜きと詩吟を呼物にしていたが、どうやら下り坂と見えて手風琴で「春雨」「カッポレ」と目先を変えての宋旨代え。女房の千代子は相変らず剣舞の「本能寺」「獄中の苦悶(くもん)」にてこれは剣舞を見せるとよりは女を見せる方だから宋旨を代える必要もなかろう。三輔の落語高尚という点では乏しいが噺は中々老練で自然と頤(おとがい)と解かさしめる。

<編者註>吉原:吉原政太郎(明治15年~?)、神戸の吉原興行の創始者。政太郎については、「兵庫県人名鑑昭和11年版(神戸新聞社)」に下記の記述あり。

◇関西屈指の興行家にて、創業以来三十余年を棋界に没頭し、其経営の才には非凡な迫力を有し、遠くは東京方面より、名古屋、京都、大阪と各大都市に連なる一大興行網は、密接なる連絡の下に統制せられ、一絲乱れぬ陣容が整備されて居る。即ち先づ関西に雄を唱うる一団と云われて居る次第だ。

◇住所 神戸市湊東区楠町五丁目一九〇-一

◇出生地 神戸市

◇生年月日 明治十五年

◇家族 妻

◇経歴 神戸市に生まれ、幼少より興行方面に特殊の趣味を抱き、湊川新開地方面では強固なる地盤を確有し、流石に関西の覇者を以て任ずる吉本興行部にても、吉原の陣容に対しては、一指も染め得ぬ状態を持続しているのが、現下の状態である。

明治4457日 奈良新聞

◇大入 ▲中井座の浮かれ節芝居 来る九日より中井座に於て中村寿三郎一座の浮かれ節芝居をなす筈 ▲尾花座は来る九日より大阪桂派の桂文三、及び同小文三、同小文吾、同春團冶、同米團冶、女道楽千歳米披、笑福亭大多福、同萬歳、同光雀、三友派の喬の助、同圓坊の合併落語を開演する由

明治4459日 奈良新聞

尾花座の合併落語 三友派と桂派合併落語は愈々今晩より尾花座にて開演す。久しぶりの興行に當世な轉婆の標本と自ら許す千歳米披、嬌音家の立花家喬之助を加えた大一座のことだから面白かろう。今晩の出し物は、伊勢参り(大多福)宝の入船(萬歳)浮世根問(光雀)銭もうけしにやまい(小文吾)七段目(小文三)馬の田楽(春團冶)六歌仙の内喜仙(喬の助)新町ぞめき(米團冶)女学生(圓坊)浮世節手踊り(米披)連れ弾き(喬の助)古手買(文三)

明治44510日 奈良新聞

今晩の尾花座 三友派、桂派合併落語は昨日和歌山より乗込み午後華々しく町廻りして初日開演。サテ二日目の出し物は、東の旅(お多福)小倉船(光雀)花見時(萬歳)浮世根問(小文吾)稽古屋(小文三)専売芸妓(圓坊)吉原雀(喬の助)袈裟茶屋(春團冶)裏の裏(米團冶)音曲踊り(米披)百年目(文三)

明治44511日 奈良新聞

尾花座の落語 久しぶりにやってきた三友派は初日早々大入叶の好人気別して今度の連中は若手の元気者揃いだけに平常の寝坊が朝の四時に叩き起され和歌山から乗込んでヤレヤレと云はしもあへず顔晒しに奈良町中を引張り廻されながら草臥た面もせず、大車輪にやってのけたはエライエライ。エライ序に褒めてやるは、小文三の扇の手だ。半季ほど見ぬ間にエライ上手になり居った。圓坊が演った「女学生の結婚」舊来からある上方式、當世式に焼直したらしい。「自らは・・・と云うヤツを妾は・・」と東京弁の漢語に変えた新発明?口話はアライが専売の盆芸で之れも満点優等だ。中隊長の春團冶、若エもんに負けるもんかと云った勢いで奮舌活躍、お客の喜しがったを夥し、喬之助の清元(六歌仙)は何と云っても本モノだ。多摩川の水で切った侭の三味で茶音頭のカンをスカすなんテ芸も堂に入ると魔化しよりもあれば有るもんだ。此の腕でこの間あった竹の内の追善を手伝って呉れたら妹の八七八も血を吐かなかったろう。女道楽の隊長米披は大阪の寄席で見るのと人間が違うほどに若く見える。気の故か踊った槍錆も若かった。座長の文三、さすがにコマカイ、落語はいつ聞いても気の利いた興行だ。序に今晩の出し物を紹介しとく播州名所(お多福)三人旅(光雀)舟弁慶(萬歳)代脈(小文吾)江戸荒物(小文三)二番煎じ(春團冶)清元神田祭(喬之助)ふたなり(米團冶)衛生料理(圓坊)音曲踊(米披)胴乱の幸助(文三)

<編者註>一座の番組

512日 七度狐(大多福)宿屋仇(萬歳)猪買(光雀)桑名舟(小文吾)八五郎坊主(小文三)いかけや(春團冶)夕霧(喬之助)親子茶屋(米團冶)高砂屋(圓坊)政角物語かっぽれ(米披)仕込みの大筒(文三)

513日 高宮川天狗鼻(大多福)奈良名所(萬歳)蛸坊主(光雀)算段の平兵衛(小文吾)八五郎坊主(小文三)改良車(春團冶)三社祭(喬之助)泣塩(米團冶)八百屋お七(圓坊)音曲手踊(米披)人形買い(文三)

514日 運付酒(お多福)瘤弁慶(萬歳)深山隠れ(光雀)夢なすび(小文吾)足上がり(小文三)禁酒関所(春團冶)傀儡(かいらい)師(喬之助)紙屑屋(米團冶)八笑人(圓坊)音曲踊(米披)親孝行(文三)

明治44513 台湾日日新報

芳野亭 本夜から開場する芳野亭の新内と落語の顔振れは富士家一声、桂小文我、桂燕若等が落語で岡本小美栄、岡本美栄玉等が新内である木戸は一等五十銭、二等三十銭、三等二十銭で午後六時から開演初日の番組は左の如くである落語菅原息子(小文我)新内お染久松屋(美栄玉)落語貧の姿(一声)新内壷坂沢市住家(美津国)落語講釈席の騒動(燕若)新内千両幟相撲場太鼓の曲弾(小美栄)大切茶番一幕

明治44515 大阪毎日新聞京都滋賀付録

大黒座[大津]華十五日から大阪浪花三友派の落語其重奈留顔触れは 桂小文吾、桂春団治、桂米団治、立花家喬之助、桂文三

明治44515 台湾日日新報

芳野亭 北の新地に根拠を張て一時大阪新内界に其人ありと知られてゐた岡本小美栄に新進若手の落語家が同座をして至極賑な取合せだ落語の方は富士家一声といふ色男と自ら称して鰐口だといふ桂燕若とで引受けて天秤芸を振舞つてゐる燕若の顔芸といふのが素敵に評判がよかつたやうだ新内の方は小栄玉といふ当年十五歳の姐さんが小美栄師匠の絃の御厄介を煩はして油屋を一段片付ける中々見込のある好い咽喉だ其れが片付くと所謂一声先生の落語が一席あつて美津国といふ別嬪の壷坂が初まる

明治44516日 扶桑新聞

◇広告/東京三遊連取締小円朝一行/富本

◇富本席 今晩の出し物は、昔ばなし(朝松)義士伝(朝龍)新内明烏(金之助)大学校(朝陽)昔話曲芸(清枝)人情話(小円治)三開音曲話(友朝)娘歌舞伎並に二挺づつみ(菊子、桃子)歌舞伎正本浄瑠璃(岩の□仲太夫)人情話(小円朝)

明治44517日 大阪毎日新聞付録堺周報(大阪堺)

天神席落語 天神席落語十五日よりの出番左の如し

文楽、福篤、福我、歌之助、小圓子、福圓、小紋、三八、燕太郎、軽口(稲八、稲子)、馬生

明治44525日 大阪毎日新聞付録堺周報

寄席悶着 當市宿院の寄席七尾亭と云うは鰻定と云うものの所有なるが、先頃まで剣舞並びに河内音頭を演じ居りしも兎角入場者少なく持切れぬより昨春大阪の後藤米蔵と云うに五年間を期し貸与したるに後藤は構造を仕替え年中活動写真を興行したるに、爾来連夜大入札留と云う盛況となり日々相当の利益を納むるより前持主は忽ちうらやましくなり文句をつけて破約を迫り・・・(以後解読不能)。

明治44530日 大阪朝日新聞

◇浪花三友派の各席へ一日より歌舞音曲として千歳米坡、立花家喬之助出演し猶岡安寿美礼、同勇、同喜よし、同寿之助も出演す。

明治44530日~610日 大阪朝日新聞

<中座の橘家円喬>

◇東京の落語家橘家円喬、同喬子等は三十日当地に乗り込み、互楽派の桂三輔等と合同し中座にて興行す。(530

◇中座の東京下り落語家三遊亭円喬一座は各席の新旧俳優並に同業者よりの贈り物多く、開場前より好人気なりしが、一日開場せしに、幸ひに浪花座も角座も開場延期の為、両座の重なる俳優顔を揃へて来場しいとゞ景気を添へたり。二日目の出し物は塩原多助(円喬)、清元道中双六(娘喬子)。(62

◇中座は東京落語家円喬一座にて開場したるに非常の好景気なり。三日目(本日)の出し物は清元堀川猿廻し(喬子)、心眼と塩原多助(円喬)。(63

◇一日から中座で橘家円喬がお目通をして居る。故人円朝の門人中で最もよく師匠の骨髄を得て居るのは彼である。惜しい事には舞台の大きい割に声が低いので場末までは届きかねる。近い所は耳で聴き、中位な所は目で聴き、遠い処は鼻で聞く。名人の匂ひがするからである。「塩原多助」などはその口吻(くちぶり)が円朝そつくりであるのみならず、甘味までも伴つて居るのは感心だ。円三の仮声は似たのもあり似ぬのもある。喬子の清元は可憐だ、江戸趣味の淡とした所を聴かうとする人はずツと前へ出る必要あり。(64

◇中座四日目(本日)の出し物は落語四段目(円喬)、清元累の土橋(喬子)、塩原多助のつゞき(円喬)。(64

◇中座円喬一座の五日の出し物は落語鰍津(円喬)、清元吉原雀(喬子)、塩原多助のつゞき(円喬)。(65

◇中座の六日の番組は落語義士の□□と人情噺し塩原多助□□発足(円喬)、清元三千歳(喬子)。(66 

◇中座八日目の番組は清元四君子(喬子)、落語柳馬場と人情噺塩原多助の百姓一揆(円喬)、又此の一座は六日網島なる藤田邸へ聘せられ井上候の御好みによつて父子とも一席宛勤めしに、故人円朝以来の御贔屓とて非常に悦ばれたりと。(68

◇中座の九日出し物は清元小原佐七(喬子)、落語江戸児人情噺し塩原多助の伝の内戸田屋敷(円喬)。(69

◇中座の橘家円喬の人情噺しの声が大向ふへ届かぬとあつて二階の正面から聞えぬぞぬずとわかしかける。すると平場の前に居る見物が勃気(むき)になり、ダマレ聾、金さへ出せばこゝへ来られる、こゝへ来れば慥にわかる、金をださずにきこへぬなどゝは贅沢な、全体貴様の居る処を何と云ふ、聾桟敷ぢやないか、聾で聞取れる道理があるとは円喬よりも巧い落ち。(610

◇中座十日の出し物は清元梅の春(喬子)、落語木場の心中及塩原多助の内戸田屋敷より小平の強請まで(円喬)。猶十日にて当地を打上げ神戸より中国筋へ巡業の筈。(610

明治44530 京都日出新聞

○落語印度人の頓死 二十七日より加佐郡舞鶴町縦楽座にて開演しつつありし落語家三遊亭橘馬一座中の印度人サエモンヂヲヂヲー(二十九)二十七日夜より朝代新地弥生楼にて娼妓聘して遊興し二十八日もヘヾレケに酔つて午後四時頃入浴しての帰途自由楼前の路傍にて俄に脳充血を起し永井医師の注射を受けしも其効なく五時過ぎ心臓麻痺にて絶命せしが場所柄とて一時は却々の騒ぎなりし

明治44531日 山陽新報(岡山)

九重館 明一日より大阪三友派落語三遊亭圓子一座にて開演する由。一座には元大阪力士綾瀬川が加わり剣舞浮世節などにて看客を喜ばすべしと云う。

広告九重館大阪三友派落語大一座 當ル六月一日より毎夜午後六時開演笑福亭松光・春風柳寿斎・元力士綾瀬川山左衛門・山村華扇・桂菊團次・玉家八十松・三遊亭圓子・其外若手数名出演

<編者註>一座の番組下記の通り

61 浦島(桂圓幸)やかん(桂小圓)三人癖自慢(舞家三勝)花見人(三寺小遊)曲弾(春風柳寿斎)人くいさん(桂菊團次)清元新内(玉家八十松)御所の御庭(山村華扇)百軒長屋(笑福亭松光)浪花節剣舞音曲舞(力士綾瀬川)開化の魁地獄旅行(三遊亭圓子)

63 明石たより(團幸)ふたなり(小遊)浮世根問(三勝)曲弾(柳寿斎)茶瓶ねぶり(菊團次)龍づくし(華扇)稽古屋(松光)松嶋景州名物(綾瀬川)暗夜の曽五光の由来(圓子)

64 宝の入船(團幸)お伊勢参り(子遊)手紙の無筆(三勝)長唄曲弾(柳寿斎)花ねじ(菊團冶)恨の焔鉄輪(華扇)三十石(松光)松島バック(綾瀬川)隅田川浮れの小僧(圓子)

65日 首の仕替え音曲(團幸)竹の子手打千里眼(小遊)按摩小僧音曲(三勝)長唄曲弾(柳寿斎)大丸角力手踊三種(菊團冶)山姥外付舞(華扇)大晦日浮れの掛取(松光)音曲浪花節剣舞(綾瀬川)銚子替目長唄二調ステテコ(圓子)切力士土俵入

66日 天狗さし流行歌色々(團幸)素人車千里眼(小遊)出来心音曲(三勝)長唄曲弾(柳寿斎)茶瓶ねぶり手踊三種(菊團冶)本行石橋外(華扇)百軒長屋(松光)音曲浪花節剣舞(綾瀬川)甲州身延由来長唄ステテコ(圓子)切力士土俵入

67 伊勢参り(團幸)をはらめ(小遊)ゆめ床(三勝)鶴のこい(柳寿斎)子宝山(菊團冶)うつぼさる(華扇)くしゃみ講釈(松光)ほととぎす(綾瀬川)奈良鹿政談(圓子)

68 鳥屋坊主流行歌色々(團幸)七段目滑稽千里眼(小遊)お節徳三郎音曲(三勝)長唄曲弾(柳寿斎)初天神手踊り三種(菊團冶)三国一外付舞(華扇)嘘修行(松光)音曲浪花節剣舞(綾瀬川)夢金長唄二調ステテコ(圓子)切力士土俵入

69 高宮川天狗の酒盛(團幸)吉原遊び(小遊)野晒し(三勝)長唄曲弾(柳寿斎)吹替息子(菊團冶)扇づくし(華扇)はり出の娼妓(松光)音曲浪花節剣舞(綾瀬川)芝浜(圓子)切力士土俵入

610日 三人旅浮れの尼買(團幸)七福神滑稽千里眼(小遊)品川情死音曲(三勝)長唄曲弾(柳寿斎)夢見八兵衛舞踊三番(菊團冶)鶴亀外付舞(華扇)盗人挨拶(松光)音曲浪花節剣舞(綾瀬川)錦魚芸者長唄二調ステテコ(圓子)大切力士土俵入

611 

旅籠屋かたき(團幸)矢走船ステテコ(小遊)歌根問音曲(三勝)長唄曲弾(柳寿斎)ふたなり舞踊三番(菊團冶)北州千歳の寿(華扇)住吉駕籠(松光)音曲手踊剣舞(綾瀬川)船床長唄二調ステテコ(圓子)大切力士土俵入

明治44531日 山陽新報スキャン0001

[広告]當ル六月一日より毎夜午後六時開演/大阪三友派落語大一座/笑福亭松光 春風亭寿軒 元力士綾瀬川山左衛門 山村華扇 桂菊團次 玉家八十松 三遊亭圓子 其外若手数名出演/学生及軍人ニ限割引ス/栄町九重館

上方落語史料集成 明治44年(1911)三

明治4461日 扶桑新聞

◇広告/好評満場/東京本家三遊亭円遊/富本席

明治4461 京都日出新聞

芦辺館の今日の出演乱表は地方巡業中であつた文三の一行が再び帰つて御機嫌を伺ふ外東京から長唄が二名、例に依つて堀川の紅梅館寺町平居館へ懸持する由文三、小文吾、小文三、三代松、三八、松喬、杵屋正六、同正子

明治4461日 大阪毎日新聞

◇落語桂派各席へ一日より日本手品養老瀧五郎、音曲吾妻家金八等が加わる。

明治4461日 神戸又新日報

<新開地敷島館が落語定席になる>

◇あつまり ▲相生座 阿波小紅屋一座の千里眼與之助好評 ▲三宮世界館、湊川桂座、帝國館、 活動写真 ▲大和座 中川伊勢吉、廣澤菊松、岡本鶴夫等の浪花節にて雑居亭と掛持ち ▲敷島館 元湊亭の落語家加わり圓三、團輔、桃太郎、小文、圓之助、芝鶴と八十八歳の林家正蔵、清国人華玉川にて本日初

明治4462日 中国新聞(広島)

下柳町柳座は青柳華嬢、三笑亭芝楽一行のはなし

明治4463日 扶桑新聞

◇富本席 今晩の演題は、東の旅(遊楽)けいこ屋(遊京)やかん(遊鶴)音曲穴さがし(遊生)八景うらない(遊丈)常磐津「乗合船」浮世節(遊子、遊之助)をはら女(圓遊)

明治4465日 扶桑新聞

<怪しき円遊①>

◇怪しき円遊 この一日より富本席に三遊亭円遊という提灯(かんばん)が揚った。小円遊か円橘が円遊の名跡を継いで来たのでもあるかと聴いて見ると、豈に計らんや、何のこッた!馬鹿馬鹿しいにも程がある。ツトライキ節の流行する頃に「東雲のストライキ」か何かの音曲でお茶を濁し、それで漸く真打に出世し、其後東京では余り見ることの無い遊七の成れの果てらしい。幾ら名古屋は田舎だからとて、其の遊七が円遊で押し出し、而も名人に鼻花(はなはだ)の印まである胖典(はんてん)を下足に出してるというに至りては、随分ナメた話で、寧ろ就中(なかんづく)恐ろしくって物が言えぬ。円遊名義は登記を経て居るでも無く、鼻花は竹内金太郎(故人円遊)が意匠登録を受けてたんでも無かろうから、随意にお使いなさいだが、師匠を侮辱するの甚だしいものである。左円遊が小円遊で、遊七が二代目円遊とは、実に以て臍茶(へそちゃ)の沙汰だ。必ずしも詐欺だとは申さぬが、馬鹿も大抵休み休みにやるがよい。論より証拠、真打の自称二代目円遊よりは、遊丈君閣下の方が、遥かに話が旨い。僕は故人円遊の激甚(げきじん)する崇拝家たるだけに腹が立て堪らぬ。この怪しい円遊に懸ける富本も富本だ。親子揃って落語家じゃないか。この位のことは考えて呉れてもよさそうなものである。(有美)

<編者註>一円遊の前座時代は、遊七でなく遊楽。青柳有美(あおやぎゆうび):ジャーナリスト、随筆家。明治69月~昭和207月。この当時は扶桑新聞の記者であった。晩年は宝塚歌劇学校の牧師となった。

明治4468日 扶桑新聞

<怪しき円遊②>

◇円遊は偽物(にせもの) 目下富本席にかかって居る圓遊の偽者は、過日「怪しい圓遊」として其の化の皮を引ン剥いて置いたが、昨日、東京市日本橋高砂町・故圓遊の倅若柳吉蔵から本社へ、左の如く一圓遊の不都合を鳴らして来た。兎に角、圓遊のかんばんを揚げて名古屋の客を馬鹿にした一圓遊は、芸道の賊である。

拝啓 御地域筋(おんちあるすじ)より故父圓遊門人一圓遊儀、六月一日より富澤町富本席にて圓遊と云うかんばんとして興行致居るよし承知仕り、大に其不都合を本日当人にもしかとさしとめの手紙差出し置き候。尚貴紙上にて、小生始め圓遊連一同不承知の旨(むね)をけいさい、一圓遊の罪をせめ下され度願上候。

                           六月六日 円遊倅若柳吉蔵

明治4469日 扶桑新聞

<怪しき円遊③>

◇若柳吉蔵の事 ■富本席に現れた円遊が真の二代目円遊に非ずして偽二代目たることは、偽円遊よりも高弟の左円遊が、今尚小円遊を称して居る丈けでも、直に判断する事である。 ■偽円遊が、一円遊を真の芸名とする事さへ我々の記憶に存ぜず、その前名の遊七がストライキ節の流行した時代にそれで売出した丈けに、却って記憶に存せられてあるほど、芸道は至りて未熟な取るに足らざる落語家である。 ■偽円遊が到底、小円遊や円橘に及ばざるは云うまでもなく、円歌、円兵衛などいう連中にさえも及ぶ能はざるペイ〳〵である。こんな師匠の名を偽称し、名古屋市人を馬鹿にするような不心得な落語家なんぞには、苟(いやしく)も賢明なる名古屋市人たるもの、今夜より一人たりとも聴くに行かぬが可(よ)い。 ■昨日本紙に一円遊の不都合を鳴らした一書を寄せた若柳吉蔵は、全く故人円遊の実子で、ただ少しく色男に出来上っては居るが、その顔から悠々(ゆうゆう)として迫らざる態度まで父の円遊そのままの生写しである。 ■歳は漸く未だ三□□□たろうが、振付師としての技量は、実に非凡なもので、流石に一代の天才たり、又傑人たる円遊の実子たる丈けのことはある。 ■僕の信じ、又嘱望する処に依れば、藤間勘左衛門が死んでしまうと、東京の振付界は全く若柳吉蔵のもので、恐らく同人は次の時代に於ける日本振付師の第一等人となることだろう。目下のところ、吉蔵ほどの確(しっか)りした振は、藤間勘左衛門を措いては、到底他に見ることは出来ぬ。一度吉蔵の「浦島」でも踊るのを見給え。西川石松師匠などは屹度(きっと)腰を抜かしてしまうから(有美)

◇富本席に與ふ 怪しい円遊との有美先生の御言葉、実に痛快であった。由来名古屋と称する土地は、折々此種の頗る怪しい与太芸人が舞い込んで、吾々(われわれ)を驚かす。彼等の所謂、芸道の関所などという御世辞を真に受けて居ても、ツイ此頃までの浅草娘芝居に活動写真がコンデンストされた様なものを見せつけられて、ハア此れが東都一流の女優かと感心して居る文ぢゃ、先づ以て天下泰平を申上げねばならぬ。寄席芸人に至っては殊に甚だしい。一昨年頃永らく富本に焦げ付いて居た昔々亭桃太郎とやら、音曲にかけては、東京で、否(いや)日本で一廉(ひとかど)の看板の様に自称して居たが、東京の寄席通で、彼の名を知って居る者が果たして幾人あるであろうか。近くは、先月まで妙な剣舞を売物にして居た有村謹吾、イヤハヤ何とも恐縮の至り、場末のカブリツキ相当な先生が真打で十幾銭の木戸は余り勿体なさすぎて、涙がこぼれる。席亭が客を馬鹿にして居るか、それ共客に耳がないか。掛持の出来ない関係上、ハクな所を幾人も網羅(もうら)する事は或いは不可能であろう。が、併し今少しく真面目な、実のある芸人を拉(もっ)て来て吾々寄席党を満足させて貰いたい。富本で御目に掛った落語家が、黄花園で口上の役目を勤めて居らるるなどは、余り感心した図ぢゃないではないか。(高吉坊寄)

<編者註>その後、円遊の名義預かり主の藤浦三周より扶桑新聞青柳有美宛に詫び状が送られて来るが省略

明治4469日 大阪朝日新聞

<達磨会、中座の林長三郎に緞帳を贈る>

◇達磨会の合作緞帳 貧乏を看板の達磨会も弾みに乗ると会費からおアシを出すのも忘れてイキリ出す。今度その贔屓俳優の林長三郎が東京帰りのゲンを祝うて達磨会の柄にない緞帳を贈らうといふ相談、「可からう、遣つたろ」と忽ち煮えは煮たものゝ、肩書の貧乏会の身上では紙の緞帳に銘々の合作ぐらいが相応と、之を表具屋に相談しても乃至(ないし)ビラ屋に謀つて見ても、所詮紙では保(も)ちますまいと断られ、是非なく金巾(かねきん)とまで糶(せり)上げて心斎橋の高島屋へ注文したのが愈(いよいよ)七日出来に及んだといふので、其日午後同店三階の大広間に集つた会員の男達磨、女達磨二十余名、「何卒貴君(あなた)から」などゝ遠慮するやうな優しい輩(てあい)は一人もなく、半黒人の曽呂利が真先に極上の位置を選んで向ふ鉢巻の大達磨を描き、之で乃公(おれ)が一番儲役だと意気揚々と引揚げた。

だるま 001

跡へ廻つて、悪戯者の生田南水や早川尚古斎がその大達磨の中へ無茶達磨を描くと云つた塩梅、愚仙翁が珍らしく遠慮して隅の方に渋団扇を持つた貧乏達磨を描くと、西村暁雲は最真中に握拳(にぎりこぶし)をこしらへたベランメー達磨を描く。金田菊所は襷十字に袴の股立ち高々と居合抜きか砂描きかと云ふ扮装で天地一字ぱいの半身達磨を撲りつけると、その隣には中島保美が上眼の黄達磨を塗りつける。後馳せに菅楯彦が遣つて来た頃には自余の達磨連筆と刷毛とを奪取に描いて〳〵描きまくり、大入りに付き上場御座なくといふ有様。斯くて出来上つた幕は翌日浪花座へ担ぎ込む。十三日には会員一同四十九二銭の会費を握つて華々しく総見をするさうなり。

〈編者註〉林長三郎は初代鴈治郎の長男。明治二十六年生れでこの年数えて十九歳。六月の中座では「近代歌舞伎年表」をみると、五条橋の御厩喜三太、源平布引滝の小松内府重盛の二役を勤めている。

明治44610日 三重新聞(津)

新明座 宇治山田新町新明座にて六日より三遊亭小圓朝一座にて開場せしが毎夜の大入を占め居れりと

明治44611日 中国新聞呉版

呉の演芸界 ▲永福座の今晩の出し物は左の如しと

伊勢参宮(三之助)稽古屋(三勝)風琴(舞鶴)親子茶屋(三筋)剣舞(千代子)四谷怪談(柳叟)其他数種

<編者註>14日の番組

614 島巡り(正助)関春風(三之助)灰屋騒動(三勝)手風琴剣舞(舞鶴)成田小僧(朝之助)七福神(圓篤)仕込の大筒(三筋)真正剣舞(千代子)おわか伊之助(柳叟)大切楽屋総出の喜劇

明治44611日 満州日々新聞

花月席 三遊亭若遊三一座鎮南浦より乗込み十一日より東京大阪合併落語を開演す初日の番組は左の如し

明石名所(若三郎)寿限無(若明)高砂屋(若之助)開化の動物園(笑三)口入屋(助六)新内千両幟櫓太鼓曲引(綾の助)源平穴探し(圓好)喜劇毎夜替り(総出)掛取(藤若)成田小僧(若遊三)大切所作事電気応用浪花ばやし(ききようや連)

明治44612日 奈良新聞

今晩の尾花座 昨晩より開演せる東京大阪合併の落語二日目今晩の出し物左の如し

十徳(弥三郎)軽業(團昇)清元音曲(紋三郎)こばなし舞踊(今之助)お七(小ゑん)駕馬(鶴松)替り目(桃枝)五目講釈(傳枝)浮世節並に曲引(亀寿)通俗西遊記(梅朝)よの熊鷹(小円次改め文次郎)高尾並に扇の舞(紋弥)独楽の曲並に手踊り(小紋)景清引抜早替電気応用(紋弥)

<編者註>610日より615日迄興行

明治44613日 新朝報(愛知豊橋)

◇末広座 演芸十八番会は開場以来満員の好人気なるより来る十五日迄日延べし入場料も引続き金十銭均一なるが、十五日より開場の筈なりし浪花節浪花大椽一行は大阪興行大入の為め、来る十七日よりの開場に延期し、演芸十八番会今晩の重なる芸目左の如し。

落語地獄の滑稽(文作)役者声色(枝女太)奇術数番(地球斎)大名行列(福松)音曲滑稽噺春雨茶屋(美都)日吉三(都司子)源氏節平井権八(岡本美家吉、小美家)琵琶扇の的(嵯峨)喜劇剣舞(有村謹吾)講談義士伝(円林)落語うそ修業(円蝶)曲芸数番(蝶市)新内(鍵次)軽口数番(五六八)二○加龍宮の乙姫(鶴廼家)

明治44613日 大阪朝日新聞

◇橘家円喬一座は十日中座を打揚げ、予定を変更して十二日より互楽派松島第一文芸館、天満天神第二文芸館へ五日間の出勤。

明治44615日 新朝報

◇浜松勝開亭 東京若手連三遊亭小円都一行の落語。

明治44615日 大阪朝日新聞

◇円喬迷はんとす この間まで中座で興行していた東京の橘家円喬、大阪三界まで来て一寸ゴテに会つたといふ一条。事の起りは大阪互楽派の三木助が後足に砂で東京へ失敬し、円喬の門人になつて豪さうにしてゐるのを、同派の席主長田が聞きて借金の談判に及んだところ、師匠の円喬万事を呑込み、これを御縁に大阪下りの話が出来、遂に中座で興行したところが、素より小屋が広いので円喬いくら気張ると雖も隅から隅までズーと通らず、自然お客も少かつたが、サテ打揚後は互楽派の席へ出る約束の通り、同派では辻ビラその他の用意を調へ、イザ十二日からとなつて、円喬本人は何にも知らない太夫元だけの勝手の計らひと分つて席主吃驚(びっくり)、茲にまた同派の落語家は俄に円喬が出ると聞いて今まで席主から何の話も聞いておらぬといふのでボイコツトをはじめ、処もあらうに席の表へ「円喬出勤致さば今晩は一座の落語家出勤いたさず」といふ六かしい貼紙までしたので、席主は二度吃驚、結局円喬の身体は宙にブラリ、迷はざるを得ざる場合となつたのを三友派で聞き、然らば当方へといふので到頭十五日から永楽館、第一此花、紅梅亭にて得意の牡丹灯籠を演ずる由。芽出度し〳〵。

明治44615日 奈良新聞

今晩の尾花座 開演以来好人気を博せる三升紋弥一座の落語は、愈々今晩にて打揚げ當地より神戸に乗込む筈今晩の出し物は、ヨタロウ(弥三郎)七度狐(團昇)タレ踊り(今之助)宿屋の夢(小ゑん)音曲はなし(桃枝)呂仙のケンカ(傳枝)曲引浮世節(亀寿)西遊記(梅朝)妾馬(鶴松)独楽(小紋)三枚起請(文次郎)鼻がほしい並に扇の曲(紋弥)中入清元曲引(紋三郎、亀寿、峯吉)電気応用早替引抜小笠原隼人(紋弥)

明治44616 京都日出新聞

笑福亭は本日より神戸出勤中であつた橘家円太郎、橘家蔵之助両人が出席するさうだ

明治44616日 神戸新聞

<神戸紅梅館>

紅梅館 当地落語定席湊亭は浪花三友派の所有となり演芸場改名し返咲きせしも興行不振の折柄とてたちまち閉場の止むなきに至りが今回「紅梅館」と改名して三度目の花を咲かすというなり。十五日初日を開場せし出演者は左の如く開場時間は午後六時木戸十銭なりと

枝輔、あやめ、圓三、桃太郎、小文、團輔、芝鶴、圓之助、三八、枝雁、福太郎、華玉川、正蔵

明治44617日 新朝報

◇河原座 昨夜より開演せし二代目三遊亭円遊一行の落語は好評。本日の番組は、御祝儀(遊三)龍宮廻り小倉船(遊楽)稽古屋(遊喬)狂歌家主(遊鶴)常盤津浮世節(遊之助)手向かもじ(遊丈)野晒ステテコ(円遊)

<編者註>622迄興行。

明治44617日 大阪朝日新聞

◇橘家円喬は永楽館及び第一此花館、紅梅亭等へ出勤。大入満員の好景気なり。

明治44617日 中国新聞

演芸館は今十七日より柳叟、圓篤等の一座にて開演毎日午後七時開場今晩の出し物は左の通り

東の旅(林家正助)兵庫船(同三之助)伊勢参り(同三勝)手風琴今様剣舞(金房舞鶴)七段目(三遊亭朝之助)矢倉太鼓曲引(笑福亭圓篤)辻占(桂三筋)真正剣舞(金房千代子)人情噺(春風亭柳叟)

明治44618日 京城新報

<ジョンペール、福圓一座・朝鮮浪花館>

◇浪花館 久しく休業中なりし同館にては、今回東京大阪合併のお賑かい処を呼び下して十八日夜より花々敷開演すべし。其の顔触れは左の如し。

落語(桂枝輔)清元浮世節(柳家枝〆吉)手踊(桂枝三郎)ぼんの曲舞(笑福亭圓三)音曲落語(柳亭芝鶴)筑前琵琶(魁駒弥)落語(大隈柳丈)音曲一人ニワカ(ジョンペール)

<編者註>一座の番組は下記の通り。

624日:小倉船(枝輔)乗合船(枝〆吉)蛸芝居(枝三郎)宿がえ(圓三)戦地演芸(芝鶴)筑前琵琶広瀬中佐(駒弥)美濃傘(福圓)大鳥圭介(柳丈)清国音曲(ジョンペール)

625日:三人旅(枝輔)洲崎堤(枝〆吉)倭言葉(枝三郎)銚子の代り目(圓三)浮世床(芝鶴)筑前琵琶台湾入(駒弥)船弁慶(福圓)伊藤公豪遊(柳丈)音曲倶楽部柴笛(ジョンペール)

627日:宝の入船(枝輔)汽船(枝め吉)紙屑屋(枝三郎)宿屋仇討(圓三)高砂や(芝鶴)筑前琵琶常陸丸(駒弥)掛取(福圓)廐火事(柳丈)音曲(ジョンペール)

628日:兵庫船(枝輔)寿うつぼ猿(枝〆吉)蔵丁稚(枝三郎)猪買い(圓三)こり角力(芝鶴)子督局(駒弥)禁酒関所(福圓)鯉の意見(柳丈)音曲(ジョンペール)

629日:こぶ弁慶(枝輔)雪の常盤(枝め吉)ない物買い(枝三郎)高の名粉(圓三)高砂屋(芝鶴)俊寛島別れ(駒弥)春雨茶屋(福圓)宗吾日譚(柳丈)音曲くらべ(ジョンペール)

630日:百人坊主(枝輔)忍寄恋(枝〆吉)蛸芝居(枝三郎)崇禅寺馬場(圓三)替り目(芝鶴)西郷南州(圓三)無筆の侍(福圓)芝浜の財布(柳丈)音曲くらべ(ジョンペール)

71日:宿屋町(枝輔)子宝三番叟(枝〆吉)浮世の紙屑(枝三郎)おじが盗人(圓三)士族俥(芝鶴)四条畷(駒弥)くしゃみ講釈(福圓)陸奥宗光公(柳丈)音曲くらべ(ジョンぺール)

74日:須磨巡り(枝輔)月花此友島(枝〆吉)抜け雀(枝三郎)お茶屋(圓三)けいこや(芝鶴)常盤御前(駒弥)みそかの浮れ掛取(福圓)中江兆民君(柳丈)音曲くらべ(ジョンペール)

79日:小倉船(枝輔)清元「貸浴衣汗鳴雷」又の名夕立(枝〆吉)うなぎや(枝三郎)改良ぜんざい(圓三)無精床(芝鶴)僧月照(駒弥)滑稽二人くせ(福圓)新作女巡査(柳丈)音曲(ジョンペール)

711日:西国旅行(枝輔)清元墨染桜(枝〆吉)二つ玉(枝三郎)茶瓶ねぶり(圓三)たつ波(芝鶴)白虎隊(駒弥)いぢくらべ(福圓)書生鰻(柳丈)音曲(ジョンペール)

712日:明石巡り(枝輔)清元北州千歳毒(枝〆吉)みかんや(枝三郎)宿替え(圓三)小言幸兵衛(芝鶴)隅田川(駒弥)不思議の御縁(福圓)侠車夫(柳丈)音曲くらべ(ジョンペール)

713日:鮫みいり(枝輔)清元四海波(枝〆吉)比良の景色鹿の子(枝三郎)廓の穴流し(圓三)新鶴崎(芝鶴)二十分の一滑稽(福圓)中江兆民(柳丈)頃曲質屋席(ジョンペール)

714日:東の旅(枝輔)春の稲妻(枝〆吉)提灯屋(枝三郎)豊竹屋(圓三)角力道楽(芝鶴)筑紫の神風(駒弥)奉公(福圓)勤王芸者(柳丈)音曲くらべ(ジョンペール)

716日:小倉船(枝輔)富士額(枝〆吉)蛸芝居(枝三郎)しん猫(圓三)床の番(芝鶴)露営の夢(駒弥)古手買い(福圓)侠男信州富(柳丈)諸国音曲くらべ(ジョンペール)


明治44619 京都日出新聞

新築中であつた第一、第二福真亭は愈よ新築が出来上つたから本日から第一福真亭は岡本鶴治一座の浪花節第二福真亭は隅広、尾上、綱吉一座の女浄瑠璃を出すこととなつたといふ

明治44621日 大阪朝日新聞

◇円喬のフラフ事件 二十日、大阪地方裁判所刑事法廷にズラリと並びたるは落語家三遊亭円喬、その妻おげん、門人喬雀、太夫元垣田源吾と大阪文芸館主長田為三郎、同頭取吉川弥太郎、小西熊吉及び落語家茶楽事金森長三郎等十四五名にて、浜田検事の係なり。午前より午後に亙り長時間の取調をなしたるが、事件の真相は中々入り込たり。起因は東京にて三友派の為尽力したる垣田の為、義務同然の給金にて来阪すべしとの事に、垣田は文芸館最初の代表者吉川弥太郎に謀り、更に館主長田為三郎と相談の上、利益分配にて道頓堀中座に開場したるが、十日間の興行に為三郎より一千五百円余を支出し、中(うち)六百五十円は円喬一座の雑用、五百五十円は中座借入れ賃、同三百余円は弥太郎に渡したり。然るにこの興行失敗に了り、円喬の宿賃も払へぬ始末に、おげんは気の毒がり、更に五日間義務興行として文芸館に働く事とし、円喬携帯の粧飾品を文芸館に渡す事に成りしに、弥太郎等と為三郎の間に金銭問題起りたれば、おげんは和解の上開場したしといひ居れる中、茶楽独断に旗幕其の他の粧飾品を持ち帰りたるまま返さず、弥太郎、源吾より為三郎に対し百五十円余の支出を請求したれば、為三郎立腹し、中座の興行に出金せしは取替金なりと云ひ出し、茲に又捫着を重ねたれば、おげんは心配し、安村弁護士に粧飾品取戻し方を依頼したるに、何かの行違ひありて検事局へ茶楽等を被告とし粧飾品騙取(へんしゅ)の告訴を提(ひっさ)ぐるに至りたるなり。円喬夫婦は千円や千五百円は私から支弁しても宜しと男らしく申立たれば、検事も其の意を諒とし、長三郎、熊吉等には説諭を加え、粧飾品は円喬に返す事と成り、フラフ問題は茲に一段落を告げ法廷を引下りたりという。然し金銭問題はまだ方付かず。

明治44622日 山陽新報スキャン0002

<円喬、岡山に来る>

広告大福座東京三遊派落語総長立花家圓喬立花家喬子一行當ル六月二十二日ヨリ毎日午後六時開演 圓喬の出物 落語壱席 塩原多助一席 八日間日延ナシ

明治44623日 新朝報

◇浜松勝開亭 本日より三遊亭円遊一行にて開演。

明治44623 京都日出新聞

京都倶楽部余興 京都倶楽部にては来る廿四日午後七時より本月の例会を開き左の番組の余興ある筈落語(扇笑、三代松)手踊(小文三)音曲(芝雀)四つ竹(松喬)東京長唄文福茶釜(杵屋正六、正子)

明治44624日 神戸又新日報

相生座 今夜より東京落語家三升紋弥の一行にて開場。顔触れは左の如く頗る安値なり

音曲噺(文二郎、桃枝)落語手踊(梅朝、弥三郎、團昇、小ゑん、鶴松、伝枝)曲独楽(小紋)踊り(今之助)曲引(鶴寿)清元浮世節(紋三郎、梅竜)落語踊電気応用芝居噺(紋弥)切総踊、値段は三十銭、二十銭、十銭、五銭の等級

明治44624日 中国新聞呉版

呉の演芸界 ▲永福座の落語 明晩より永福座において東京大阪合同三遊亭圓子、山村花扇、綾瀬川、春の家柳寿斎等の銘々が乗込み開演する由なるが圓子は四年目振りに来たりしものなりと。

明治44625日 扶桑新聞

◇日出館 今二十五日より東京落語三遊亭円流主催の落語会開演。音曲手踊曲芸落語喜劇等目新しき演芸のみにて一座は、花太郎、流之助、おもちゃ、さん生、喜楽、橘六、小源水、枝女太、円輔、円奴以下数名。毎日午後六時開場。

明治44625日 中国新聞呉版

呉の演芸界 ▲永福座の圓子 一派の落語今晩の出し物は左の如し

遊山船音曲(團幸)五人廻し曲芸(小遊)お七都々逸音曲(三勝)三弦曲引(柳寿斎)紙屑屋ハイカラ踊(菊團冶)舞山めぐり(華扇)掛取(松光)浪花節剣舞(綾瀬川)七段目二調ステテコ(圓子)大喜利力士土俵入

<編者註>番組は下記の通り

626 近江八景音曲(團幸)頓知医者曲芸(小遊)道灌音曲(三勝)三弦曲引(柳寿斎)くしゃみ講釈滑稽踊(菊團冶)舞鶴亀(華扇)三十石(松光)浪花節剣舞(綾瀬川)代り目二調ステテコ(圓子)大喜利力士土俵入

627 島巡り音曲(團幸)芝浜曲芸(小遊)文七元結音曲(三勝)三弦曲引(柳寿斎)鼻捻舞踊三番(菊團冶)本行舞仁徳(華扇)稽古屋(松光)浪花節剣舞(綾瀬川)鹿政談長唄二調ステテコ(圓子)大喜利力士土俵入

628 矢走船音曲(團幸)かじか沢千里眼(小遊)八百屋お七音曲(三勝)三弦曲引(柳寿斎)初天神舞踊三番(菊團冶)本行鉄輪付舞(華扇)百年目(松光)浪花節剣舞(綾瀬川)地獄旅行ステテコ(圓子)唄二調曲引圓子、三味線八十松、柳寿斎、大喜利力士土俵入

71 伊勢道中(團幸)嘘修行芸廻(小遊)八笑人音曲(三勝)長唄越後獅子(柳寿斎)桜宮仇討舞踊三番(菊團冶)本行舞鉄砲(花扇)三十石(松光)音曲浪花節剣舞(綾瀬川)芳原五人廻し長唄二鼓(圓子、柳寿斎、八十松)大切力士土俵入(綾瀬川、太刀持團粉山)

明治44626日 山陽新報

大福座 同座の圓喬一行は初日より毎夜大入の好人気なるが、今五日目圓喬の出し物は落語鰍沢の一席、人情噺塩原多助の続きにて、又喬子の清元は「おさん茂兵衛」なりと云う。

<編者註>27日は「心眼」「塩原多助」、28日は「江戸っ子」「塩原多助」

明治44628日 大阪朝日新聞

◇新町瓢亭其の他桂派の寄席に出て居る清国人威徳泰と云ふは動物の声色をやつて居る。中にも燕、蚊、金糸雀、象などの物真似と来たら巧いものなり。これと同派の雀之助の顔芸とが近来の呼びものなりと。

明治44630日 神戸新聞

相生座の落語 相生座は二十四日より吉原が仕打となり落語にて開演出番は下記の如くなるが、紋弥は踊りを以て得意とせるもの碁盤の上にて十三枚扇を使うことは外に類がなく大切芝居噺「葛の葉」の如きは衣装の早変わりを見せ総身電気仕立の華やかな所を見せ十人を相手の立ち回りを見せる等芝居の如く鶴寿は曲引をもって知られ、梅朝は素噺の渋き所を聞かせ、梅吉は清元これまた聞き物なるべし。

弥三郎・團昇(昔話)小燕(落語手踊)小紋(曲独楽)鶴松(落語手踊)桃枝(音曲噺)梅朝(落語)傳枝(落語手踊)今の助(桝の上踊)文治郎(音曲)鶴寿(曲引)紋弥(落語扇舞)紋三郎(清元浮世節)電気応用芝居噺(総出)

上方落語史料集成 明治44年(1911)四

明治4471日 落語大福帳第6

◇互楽派各席出番表(六月一日より)

▲稲荷文楽座 三勝、三之助、扇之助、朝之助、小正、梅香、助造、琴月、三筋、千代子、三輔、タヌキマメダ、残月、五郎、志ん橋、春輔、金之助、大切茶番(楽之助、朝之助、春輔、五郎、志ん橋)

▲松島千代崎橋第一文芸館 南天、九鶴、楽之助、タヌキマメダ、金之助、扇之助、志ん橋、柳叟、春輔、学円、八七八、三輔、三筋、助造、梅香

▲天満天神裏門第二文芸館 春三郎、五郎、柳雀、松助、八七八、春輔、学円、助造、梅香、三筋、琴月、正三、千代子、柳叟、タヌキマメダ、残月

▲福島浄正橋龍虎館 志ん猫、正助、柳叟、三之助、残月、五郎、正三、朝之助、金之助、助造、梅香、学円、八七八、三輔

明治4471 京都日出新聞

笑福亭本日の出番は松助、星若[里若]、円天坊、芝楽、一旭、文之助、[柏枝]、扇枝、白魚、華嬢

明治4472日 神戸新聞

三友派演芸場 落語定席紅梅亭は又々元の三友派演芸場と改名し本日より左の出演者にて引続き開場

落語(大多福)同(圓之助)落語舞(小文)落語踊剣舞(万歳)落語滑稽浄瑠璃(新作)長唄(正子、正六)落語滑稽音曲(三八)落語踊(小文吾)大切神経怪談(総出)

明治4474日 鷺城新聞(兵庫姫路)

◇広告/東京大阪合併落語演芸会/當ル七月四日より毎日午後七時開場/力士綾瀬川、久々の御目得三遊亭円子/桂団幸、三遊亭小遊、三遊亭三勝、春風柳寿斎、桂菊団治、山村華扇、玉家八十松、笑福亭松光/坂元町山陽座

明治4475日 鷺城新聞

◇広告/東京大坂落語大一座/當ル七月五日ノ開場、五日間日延ナシ/三升紋弥一行/初日ニ限リ御壱人十三銭均一/楽天座

<編者註>番組は下記の通り

明治4475日 山陽新報(岡山)

大福座 目下神戸相生座にて開演中の東京柳派落語三升紋弥一行は浪花三友派と合併し、来る十日岡山市に乗込み十一日より同座に於て花々しく開演する筈。

明治4476日 神戸又新日報

楽天の紋弥 相生座を打揚げたる落語三升紋弥は五日より姫路竪町楽天席に乗込み開演

明治4478日 鷺城新聞

◇山陽座 首の仕替え(團幸)山川白酒・曲芸(小遊)犬の目・音曲(三勝)三絃曲引(柳寿斎)天下一・舞踊(菊団冶)嫉妬の焔鉄輪(華扇)かけとり(松光)音曲浪花節剣舞(綾瀬川)五光・ステテコ(圓子)秋のいろ草(圓子・柳寿斎・八十松)大切綾瀬川土俵入

明治4478 満州日日新聞

花月席(八日初日) 活動写真数回、和洋奇術(小天三)斬新フィルム(数本)お伽はなし(司馬龍喬)活動写真(数本)筑前琵琶(橘流筑前琵琶師宮本旭彰)元祖千寿子伝千里眼術(松井松風)東京落語声色手踊り(春風亭柳昇)和洋音楽曲奏(音楽隊)

明治4479日 神戸又新日報

<敷島館で落語日曜会>

敷島館 の三友派日曜會の出物左の如し

百人一首(大多福)鉄砲勇助(團輔)掛取(新作)浮世床(鶴二)莨の火(小文吾)新猫(小文)新壷坂(圓之助)天下一(萬歳)梅中軒雨衛門(三八)長唄蜘蛛拍子の舞(正子、正六)余興滑稽千里眼

明治44712日 山陽新報

大福座 東京柳派落語三升紋弥一行にて今十二日より開演 初日の出し物左の如し

一目上り(弥三郎)東の旅(團昇)手踊(猿喬)大男女郎買(小ゑん)皿の曲並に升踊(今之助)夏の医者(伝枝)お玉牛(鶴松)音曲話(桃枝)独楽の曲(小紋)曲弾並に浮世節(亀鶴)人情噺(梅朝)色気並に物真似(文治郎)高尾並に扇の舞(紋弥)

明治44714日 神戸新聞

錦座 吉原が仕打となり明十五日より綾瀬川、圓子、華扇等一座にて開場。出番は左の如し

落語(團幸)曲芸(小遊)音曲(三勝)曲引(柳寿斎)女道楽(八十)落語踊(菊團冶)落語米山(松光)舞(華扇)浪花節音曲踊(綾瀬川)落語音曲(圓子)都名所踊(綾瀬川)

明治44714日 山陽新報

大福座の紋弥 大福座紋弥一座の初日を覗く。一座の大車輪は結構だが余り當て込みに熱中すぎて話はほとんど身に入らず目を引いたものは、今之助の皿回し、小紋の独楽の曲ばかり、聊か御座敷軽業会の感がある。紋弥の「高尾」流石柳派の売出し丈あり、短話の裡に云われぬ味あれど落着きのないのは残念だ。立上がってから水際立つた踊り振り十三本の扇子を使い分けた加減は全く手品にもない芸當だ。亀の曲引きしきりに喝采を受け大切の所作事「葛の葉」は八公熊公の会話に個性の見えぬ紋弥も茲に大いに活動しお玉の假声(こわ)は芝雀そっくりと大向いから声が掛かった。保名狂乱のだんまりは電気仕掛けでアッと云わせ下手な芝居よりは面白い丈け仕舞には落語家としては余り利巧にすぎる。

明治44715日 大阪朝日新聞

◇北新地永楽館にて十五日より連夜三友派落語の大相撲あり。

明治44716日 三重新聞(津)

泉座の落語 泉座にては盆興行として大阪より落語界の立者林家正楽一座にて十六日花々しく開場する筈なるが、機を見るに、巧みなる同座主上田氏は昨今の盛暑には目だるき演劇などよりは落語音曲の如き淡白なるものならざれば、銷夏(しょうか)に適せずとして特に招聘したる由にて、一座には名からして愛嬌あるタヌキ、マメタをはじめ十五日本社の読者納涼會に出演せる落語を台にして笛手踊に達者なる松輔あり、其他音曲家には楽子あり三升、楽之助、正助等の門人数名の外に宇治の家茶釜、鶴家團幸等の大阪名物の俄師も加わり居れば、開場の上は定めて盛況を呈するならん。

明治44716日 鷺城新聞

明石王西座 十四日より綾瀬川一行の落語を開場せり。

明治44716 香川新報(高松)

広告玉藻座七月十七日より開場東京絃音会会長、日本曲専門バイオリン名手 石村松雨

明治44719 香川新報

玉藻座 十九日の演芸左の如し

御祝儀三番叟(杵屋いく松)落語小倉舟(桂とん輔)曲芸弥生月まりの戯れ洋行戻り(鏡一丸)落語赤子茶屋並に音曲浮世節(二世宇治忠成)挨拶口上バイオリン独奏歌沢端唄数番(会長石村松雨)千里眼(石村いく)音楽基本記憶術(石村松雨)長唄大薩摩鞍馬山(唄杵屋いく松、三味線杵屋ふじ枝)滑稽浪花節手踊(宇治忠成)大曲芸日本の花(鏡一丸)大切和洋音楽コンサート長唄元禄風花見踊外義太夫物流行歌特得楽器応用物真似数番(アッコーチョン石村松翠、バイオリン石村松雨、唄三味線杵屋連中)

明治44722日 満州日々新聞

恵比寿座 熱海孤舟一座

花月席 京城浪花節館に於いて好評を博したる日英同盟演芸團一行は廿一日仁川出航の隅田川丸にて乗込み廿二日より開演する由重なる顔触れは落語(大隈柳丈、笑福亭福圓外五名)常盤津(柳家枝女吉)娘琵琶師(魁駒弥)音曲柴笛剣舞手踊(英国人ジョンペール)都はやし(女二人)

歌舞伎座 松波檢校一座

◇磐城座 〆込手踊(三升家福松)落語音曲(昔々亭桃輔)西洋奇術(東洋軒一蝶)ヨカヨカ音曲(三升家小さん)タラチメ手踊り(春風亭小枝)おせつ徳三郎(三升家福太郎)大切穴さがし大景品付(木戸無料)

<編者註>磐城座の一座は、満州の地元芸人。

明治44725日 満州日々新聞

花月席(初日) 落語初天神(桂枝輔)常盤津乗合船(柳家枝女吉)落語蛸芝居(桂枝三郎)宿替盆の曲(笑福亭圓三)滑稽音曲噺(柳亭芝鶴)広瀬中佐(娘琵琶師魁駒)三十石夢の通路音曲手踊(笑福亭福圓)大鳥圭助君の逸話(大隈柳丈)大切諸国音曲くらべ柴笛剣舞手踊(英国人ジョンペール)

<編者註>番組下記の通り

726日 落語弁慶(枝輔)常盤津式三番(枝女吉)落語玉の輿(枝三郎)落語浮れ丁稚(圓三)落語高砂屋(芝鶴)琵琶湖水渡(魁駒)落語夢見の八兵衛(福圓)江戸無筆(柳丈)大切諸国音曲くらべ柴笛剣舞手踊り(ジョンペール)

727日 落語小倉船(枝輔)常盤津三社祭(枝女吉)落語道具屋(枝三郎)落語延陽伯(圓三)落語浮世風呂(芝鶴)琵琶常陸丸(魁駒)落語天下一(福圓)榎本武揚(大隈柳丈)諸国音曲くらべ(ジョンペール)

728日 落語鳥屋坊主(枝輔)常盤津子宝三番叟(枝女吉)落語大田道灌(枝三郎)落語みかん屋(圓三)滑稽浮世風呂(芝鶴)赤垣源蔵(駒弥)落語棒屋(福圓)書生車夫(柳丈)諸国音曲くらべ柴笛剣舞手踊(ジョンペール)

729日 落語瘤弁慶(枝輔)常盤津順崎堤(枝女吉)落語妾か馬(枝三郎)落語がま口幸助(圓三)滑稽音曲噺戦地演場(芝鶴)琵琶籠馬の漣(駒弥)落語大晦日浮れの掛取り(福圓)青年伊藤公(柳丈)大切諸国音曲くらべ所作事仁木弾定柴笛剣舞手踊(ジョンペール)

730日 落語瘤弁慶(枝輔)落語百々川指影絵(圓松)常盤津保名狂乱舞踊(枝女吉)落語宿屋仇討盆曲踊(圓三)落語士族の車音曲(芝鶴)琵琶台湾入(駒弥)大阪落語三十石夢の通路手踊(福圓)東京落語小村寿太郎伯改良(柳丈)諸国音曲くらべ柴笛剣舞(ジョンペール)

731日 ●福圓の十八番 花月席の笑福亭福圓は土曜日曜の書き入れ日に「浮かれの掛取り」「三十石夢の通路」を出したるがこは大阪の落語中の大物まだこれ迄大連に来たシカ連中は一度も出した事のないものいや出せなかったものそれをしかも自慢に出した福圓は既にこれ迄に来連した大阪落語中の親玉であるそして旨いものだ。

81日 落語播州巡り、音曲(枝輔)落語やかん、指影絵(圓松)常盤津吉撰舞踊(枝女吉)落語打替盗賊盆曲踊(圓三)落語居酒屋音曲(芝鶴)琵琶四条畷吉田流(駒弥)大阪落語禁酒関所(福圓)東京落語御殿山焼討(柳丈)諸国音曲くらべ浦里時次郎柴笛剣舞(ジョンベール)

82日 落語兵庫船音曲(枝輔)落語粗忽長屋指影絵(圓松)清元貸浴衣舞踊(枝女吉)落語自称侠男盆曲踊(圓三)落語ほり角力音曲(芝鶴)琵琶白虎隊吉田流(駒弥)大阪落語滑稽二人癖手踊(福圓)東京落語伊藤と井上の津行改良(柳丈)いざり勝五郎柴笛剣舞(ジョンペール)三府はやし(笑福亭榮女)

明治44729日 都新聞(東京)

圓喬のドロン 大阪で困難を極め進退谷まり居たる圓喬は門弟の宿泊なし居し同地常盤館の総勘定に対し一部分百円の約手を渡せしまま総一座ドロンを極め行方不明となりし由なるが多分九州路へ落ちのびしならんと。

明治4481日 扶桑新聞(名古屋)

◇日出座 今一日より開演する東京落語家二○加は普通の喜劇と事変り滑稽百出抱腹絶倒夏季の観覧物としては最も適当なりと。出演の落語家男女二十名其他清元長唄囃子連の大一座なり。

<編者註>85迄興行

明治4481日 大阪朝日新聞

◇南地紅梅亭は一日より桂文治一世一代の神経怪談道具入りにて演ず。同派の馬生、松鶴、円若、文都其の他は京都へ、文三、円坊其の他は西宮三浦座へ、文吾、仮女太夫其の他は名古屋地方へ巡業。

◇福島竜虎館は桂屋残月独演会を一日より連夜開演。

明治4481 京都日出新聞

芦辺館は本月全部出演者を交迭せしめ耳新らしものを出すさうだ今晩の話題と出演順は 東の旅(鶴瓶)兵庫舟(光鶴)舟弁慶(万歳)改良車(文雀)塩原(大和)落語清元節(円若)借家怪談(松鶴)高尾(馬生)子別れ(文都) 尚ほ平居館は総連中にて大切は怪談紅梅館は同様大切は円若が勤める

<編者註>八月の芦辺館番組

82日 夏木立(鶴瓶)八五郎(光鶴)蔵丁稚(万歳)天川屋(文雀)河鹿沢(大和)清元節(円若)新町廓(松鶴)勝田(馬生)新町冬遊び(文都)

83日 金魚売(鶴瓶)高宮川([光鶴])牛褒め(万歳)赤子茶屋(文雀)芝浜(大和)落語清元(円若)三枚起請(松鶴)御神酒徳利(馬生)菊江仏壇(文都)

84日 大津宿(鶴瓶)播州(光鶴)鳥屋坊主(万歳)書割盗人(文雀)小言幸兵衛(大和)落語清元(円若)植木屋(松鶴)大黒天(馬生)幇間[](文都)

85日 伊勢詣(鶴瓶)小倉舟(光鶴)向付(万歳)易者(文雀)天災(大和)落語清元(円若)盗人挨拶(松鶴)一文裁判(馬生)出刃吉(文都)

86日 兵庫舟(鶴瓶)無物買(光鶴)我れ忘れ(万歳)口合小町(文雀)女天下(大和)落語音曲(円若)孝行糖(松鶴)宝船(馬生)借家怪談(文都)

87日 須磨(鶴瓶)生[](光鶴)口入屋(万歳)味噌倉(文雀)五人廻し(大和)落語音曲(円若)嚔講釈(松鶴)新造兄弟(馬生)盗人挨拶(文都)

88日 三人旅(鶴瓶)魔風(光鶴)裏向(万歳)円陽伯(文雀)村井長庵(大和)落語音曲(円若)天王寺(松鶴)義士(馬生)立切れ(文都)

89日 高宮川(鶴瓶)口合根問(光鶴)馬田楽(万歳)向付(文雀)かもじ切(大和)落語音曲(円若)お杉お玉(松鶴)角倉翁(馬生)吉野花見(文都)

810日 尼買(鶴瓶)瘤弁慶(光鶴)猪買(万歳)軒付(文雀)夢金(大和)落語音曲(円若)堀越村(松鶴)寛政角力(馬生)牛の丸子(文都)

811日 立秋(鶴瓶)啌修行(光鶴)崇禅寺(万歳)義士外(文雀)累物語(大和)落語清元(円若)逆葬礼(文都)大名将棋(松鶴)因幡小僧(馬生)

812日 石山寺(鶴瓶)吹替息子(光鶴)猪買(万歳)八卦(文雀)牡丹灯籠(大和)落語清元(円若)雁風呂(文都)野崎(松鶴)赤垣(馬生)

813日 明照(鶴瓶)蛸坊主(光鶴)鰻屋(万歳)遊芸師匠(文雀)富久(大和)落語清元(円若)親子茶屋(文都)次の御用日(松鶴)百損(馬生)

814日 大津(鶴瓶)生貝(光鶴)口入屋(万歳)書割盗(文雀)軸誉め(大和)落語清元(円若)忍の長持(文都)三枚起證(松鶴)寛政角力(馬生)

815日 高宮川(鶴瓶)駕馬(光鶴)我れ忘れ(万歳)茶漬幽霊(文雀)馬の別れ(大和)落語清元(円若)赤子茶屋(文都)須磨の浦(松鶴)寛政角力(馬生)

明治4481日 奈良新聞

中井座の落語 先に同座に於て好評を博せし大阪桂派の枝雀を真打として今一日より開演。今晩の出し物は、伊勢参り(三郎)兵庫舟(雀圓)酒の粕(圓童)金子つり(次郎)景清(門十郎)七段目(しん蔵)せむし茶屋(雀の助)住吉駕籠(小文枝)辻占(枝雀)

<編者註>桂派の興行番組

82日 茗荷宿(三郎)地獄旅行(雀圓)勘定(次郎坊)按七(紅雀)理屈按摩(門十郎)牛の丸薬(扇雀)音曲(しん蔵)壷算(仁三郎)夢八(文福)竹の子武士(圓童)不動坊(小文枝)源兵衛玉(雀之助)貧乏花見(枝雀)

83日 地獄(三郎)東の旅(雀圓)龍宮(次郎坊)牛誉め(紅雀)代参(門十郎)たらちめ(扇雀)京噺音曲(しん蔵)ぞさん(仁三郎)四季の遊び(文福)酒のかす(圓童)鬼の面(小文枝)蛇目草(雀之助)盗人仲裁(枝雀)

84日 兵庫船(三郎)高宮川(雀圓)軽業(次郎坊)お玉牛(紅雀)有馬湯(門十郎)植木屋娘(扇雀)音曲ばなし(しん蔵)傀儡師(仁三郎)かつぎ葉や(雀之助)地あげ(圓童)菊江仏壇(小文枝)櫻の宮(文福)口入屋(枝雀)

85日 播州名所(三郎)七度狐(雀圓)八五郎坊主(次郎坊)商売根問(紅雀)月宮殿(門十郎)崇徳院(扇雀)音曲ばなし(しん蔵)歌枕(仁三郎)大名将棋(文福)十徳(圓童)あたご山(小文枝)子ほり相撲(雀之助)赤子茶屋(枝雀)

明治4481日 神戸新聞

落語席◎屋幸満 圓九郎(落語手踊)圓盆(落語手踊)淀七(落語)三筋(落語浄瑠璃)笑雀(落語)圓三(落語手踊)淀助(落語文人踊)千橘(音曲)淀七、淀助、千橘(勧進帳)◎敷島館と湊亭 朝鶴、大多福、鶴二、團輔、小文、桃太郎、圓之助、福太郎、福我、枝雁、喜よし、すみれ

<編者註>この頃の神戸落語界は、浪花三友派の敷島館と元湊亭の三友派演芸場。吉原政太郎の屋幸満席の三席。

明治4483日 神戸新聞

湊亭の発展 当地落語の定席元祖とも湊亭は従来、大阪紅梅亭の手にて開場したるも今回紅梅亭は手を引きしより席主菊野と因縁浅からぬ井上が引受け元の湊亭にて設備に改善を加えて引き続き開演することとなりたり、因みに大切長唄岡安喜よしの三味線は僅か二十前後の腕とは思わざる妙味ありとて好評なる

<編者註>以降新聞にも掲載されなくなり、九月には色物の席となり閉館した模様。

明治4483日 神戸又新日報

湊亭 裁判所前湊亭は新開地敷島館と掛持にて開演せるが新帰来の福我を始め一同大車輪、聞き物は岡安喜よし、岡安すみれの長唄にて、菫は喬之助の師匠の娘なる

明治4484日 中国新聞呉版(広島呉)

永福座の落語 大阪三友派、東京柳派の落語若手一行は明五日永福座に乗込み初日開演せる由にて出し物は左の如し

落語(弥三郎)はなし(團昇)手おどり(猿喬)はなし(小ゑん)皿の曲並に升おどり(今の助)はなしおどり(□松)はなし(伝枝)音曲ばなし(桃枝)こまの曲(小紋)人情ばなし(梅朝)落語物まね(文治郎)落語並に扇子舞(紋弥)清元(弥栄太夫)

明治4486日 新朝報(愛知豊橋)

◇東雲座の演芸会 當市東雲座は、今六日より大評判の東京落語正取締柳派演芸会主任春風亭柳枝大一座にて、毎日午後六時半開場。演芸会の番組は、百面相(枝録)笑話(柳吉)昔噺(扇枝)清元浮世節(やなぎ)はなし(小燕路)音曲ばなし(年枝)曲独楽(柳水)はなし踊(柳童)掛合(枝八、むじな)落語踊(柳橋)滑稽情話(柳枝)即席噺(楽屋連)

明治44810日 満州日々新聞

大山席の落語 花月席にて好人気なりしジョンペール、柳丈、福圓等の東京大阪合同落語は十一日より大山席に変わって例の御機嫌を伺う由にて演ずべき落語も耳新らしきを選び余興として珍奇なる喜劇等を取り仕組み一切目先を変え入場料の如きも十八銭均一の大奮発とし連中車輪にて勤むる筈なるが十日の夜は屋台を引き出して華々しき町廻りをなす由

明治44811日 中国新聞(広島)

圓喬来る 東京落語界の重鎮として名人の聞こえある橘家圓喬は一座を率いて本日初めて当地に乗込み明十二日より東横町演芸館に開演する由。近来の聴き物ならん。

明治44812日 新朝報

◇浜松勝開亭 東京落語春風亭柳枝一行にて今夜より開場、評判よし。

明治44812日 中国新聞

<円喬、広島に来る>

東京初下りの橘家圓喬の人情噺落語一座は今十二日初日にて午後七時より東横町演芸館に開演なる事なるが、一座の顔触れは左の如く。座長圓喬は師匠圓朝譲りの怪談人情噺に十八番の牡丹燈籠を読みて聴衆の肝っ玉を抉(えぐ)らんとし愛娘喬子は美しい姿を高座の花と咲かせて美音に得意の清元を出す。初日は「式三番」なり

人情ばなし(圓楽)落語物まね(喬丸)時世落語(右圓喬)役者声色(圓三)落語音曲(三福)清元(喬子 三味線延志郎)人情ばなし(橘家圓喬)切曲芸(ハンスデー喬一)

<編者註>20日迄興行

明治44812 台湾日日新報

矯風会来る 台湾同仁社にては今回東京矯風会一行を招き本日着の笠戸丸にて基隆へ上陸し十三日より基隆座にて開演したる後来台の筈なるが出演者は吉原芸者の六助、枝女吉、千代、ぴん助の美人連と三遊亭新朝を初め柳亭福寿、春月亭柳雀、三遊亭勝公、同遊六の落語家と藤井紫伯の演劇噺と云ふ顔触れにて喜劇、曲芸、義太夫、落語、新喜劇、鳴物入講談、長唄、清元、常盤津等何ンでも来いの芸尽しなりとは定めし好評を博するなるべし

明治44815日 神戸新聞

屋幸満席 落語一座は本日より大切に落語角力の余興を加え十日間の全勝者に賞品を出すと初日の番組は左の如し

常助―圓九郎 淀七―文之助 圓三―淀助 笑雀―圓盆

<編者註>常助、文之助は素人落語家。常助は神戸新聞社勤務、文之助は後の二代目桂梅団治。

明治44816日 神戸又新日報

新開地の落語席 湊川新開地の屋幸満と敷島館とは共に活動写真の没落後、落語席と変じ丁度競争の姿になっている。一は常助圓九郎淀助圓三淀七笑鶴その他の顔触れ。一は三友派の同勢で、屋幸満は大分に客足がついた所から大切に余興落語相撲研究会とかいう珍なものをつけ本日から日間全勝の者には賞品をやるなど大便強。敷島は福我が参謀で采配をふり中々侮れぬ軍容。この競争は大いに見物だ。所が敷島館中に岡安喜よしの清元は一寸聞ける呼び物になっている。年は十八、前途すこぶる有望だ。それに感心なのはこの仲間に珍しい孝行者。ひいき客に向かって絶えず涙を流して語るには、「私は大阪に御難を食った時、両三年前から喉を傷め医師からは肺病だと診断、大いに困りましたが、ご当地の下山手三大村さんのご診察をうけ遺伝性の微毒とわかりましたが中々医薬の料としてはなく、端と当惑しました所、大村さんはご親切にも芸術家を一人救ってやると日々の電車賃を恵んで頂き、遂に全快いたしました。この御恩に対しても是非とも私は成功せねばなりませぬ。」と必死になって励んでいるのは感心だ。

明治44819日 神戸新聞

<神戸に円喬来る>

大黒座 二十日初日に開演の橘家圓喬は三遊亭圓朝の門人にて人情噺を得意とし故師圓朝の十八番物なる「怪談牡丹燈籠」の衣鉢を傳居れる故初日より毎夜続に之を演じる外初目見得として落語一席を演じべしまた一座中の喬子は故清元延寿太夫の弟子にて之れは得意の喉を聞かすべし因に坪井時計商は看板前の装飾の牡丹燈籠を寄贈したりと。

明治44821 京都日出新聞

明治座は本日より大阪桂派の落語にて開場するが五日間日延べなしで入場料は一等三十五銭、二等廿五銭、三等十五銭、四等八銭

明治44821日 奈良新聞

尾花座の三友派 今晩より開演する三友派初日の出し物 東の旅(當笑)深山隠れ(團勇)浮世根問(玉團冶)独楽の曲(三代松)掛合噺(稲子、稲八)役者似声踊(小米)稽古屋(米團冶)曲芸(萬冶)鶴満寺(松喬)阪良寺(はんりょうじ)(春團冶)寄合酒(文冶)浮世床(文團冶)大切に余興として三枚起請と桜宮仇討の立噺引抜大阪名物地車踊を総出にて勤むという

<編者註>三友派一座の番組

822日 東の旅(鶴丸)西の旅(當笑)根問(團勇)口入屋(玉團冶)独楽の曲(三代松)声色手踊り(小米)掛合噺(稲子、稲八)曲芸(萬冶)けいこや(春團冶)かけ取り(松喬)辻占(米團冶)しじみ売り(文團冶)つんぼ茶屋(文冶)

823日 伊勢参宮(鶴丸)須磨名所(當笑)牛ほめ(團勇)宿替え(玉團冶)独楽の曲(三代松)掛合噺太十(稲子、稲八)声色手踊り(小米)玉手箱(米團冶)曲芸(萬冶)猿廻し(松喬)新辻占(文團冶)いかけや(春團冶)桜ノ宮上の巻(文冶)切桜ノ宮下の巻引抜大阪名物地車踊(総出)

824日 西の旅(鶴丸)月宮殿(當笑)嘘修行(團勇)子誉め(玉團冶)独楽曲(三代松)掛合話腹切り(稲子、稲八)声色入り芝居話(小米)親子茶屋(米團冶)曲芸(萬冶)後家殺し(松喬)植木屋三蔵(文團冶)阿弥陀や(春團冶)桜ノ宮上巻(文冶)大切桜ノ宮下巻、地車踊

825日 播州名所(鶴丸)三人旅(當笑)百人坊主(團勇)牛誉め(玉團冶)青菜(三代松)忠臣蔵(軽口)親子芝居(小米)先の仏(米團冶)曲芸(萬冶)くわ形(松喬)なき塩(文團冶)二番煎じ(春團冶)大工裁判(文冶)大切

明治44822 徳島毎日新聞(徳島)

緑館の綾瀬川 大阪力士綾瀬川山左衛門の加われる大阪三友派落語一行は愈々明二十三日より紺屋町緑館に出演、綾瀬川は得意の角力甚句、剣舞、浪花節等を勤むる由。入場料は一人前十八銭(敷物下足中敷なし)当夜の番組は落語小倉船(笑福亭松太郎)落語百人坊主(笑福亭福若)清元北州浮世節(都家玉助)落語五人廻し(柳家柳馬)落語くしゃみ講釈(三遊亭遊楽)天下一浮れの紙屑屋手踊り松の名所(笑福亭福吉)三十石夢の通路(笑福亭梅香)一人土俵入角力甚句剣舞浪花節大石妻別れ(綾瀬川)

明治44823日 大阪朝日新聞

◇江戸堀長州亭にて二十三日より桂派落語の研究会あり。

明治44823 京都日出新聞

桂派の落語を聴く 大阪桂派の枝雀小文枝を大将として二十余名が明治座へ現はれた桂派は近来甚だ揮はない揮はない斗(ばか)りぢやない衰態を表はしてゐる。さうかと言つて話上手も随分居ないことはないのだが矢張どうも揮はない枝雀は「樟脳幽霊」とでも言ひさうな話をしたが終始き気味であるがそのせき気味が雲梯気(あぶなげ)もなくそして其処に面白味を聞かせてゆくのが不思議だ。せき込む話振の人には時々絶句や間違があるものだが枝雀にはそれが少しもない話に間がないだけに聴く方にも間が開かず面白い小文枝は「三十石」であつた何時聞いても矢張よい作は面白いこの三十石など憖(なまじ)つかの文章を読より遥かに趣味があつて、しかも三十石時代の人情が髣髴として眼前に浮ぶから嬉しいこの三十石は人も知る如く昔は此の話を質に置いて金を借りたといふ位の謂はヾ落語界の独参湯である。従来(いままで)にも随分よい三十石を聴いた。小文枝のはまだ何処かに若いところが仄見える而しこれは唯仄見えるといふだけで慾である落着いた話口はよい三十石の唄なども旨いが勘六兄哥(あにい)や船夫(せんどう)がよかつた別段重くみなくてもよからうがも少し女郎を表はしても好からうと思つた其他の連中も皆大車輪であるが何分大連で入替り立替り雁首を取替ることゝて時間がないのでおち〳〵として話せないのは洵(まこと)に残念であつた観客も可なりの客種で余り下司張つたのは尠ない初日の入場者の中で異彩を放つてゐたのは梅上連枝夫人が三人連れで桟敷に陣取つて居られたのであつた明治座の桂派落語は案外の好人気で一座は大車輪

明治44823 香川新報(高松)

明治44年三輔一座◇広告/東京大阪合同落語音曲/桂三輔一座/八月廿三日ヨリ午后六時開演。初日ニ限り拾五銭均一/玉藻座

玉藻座 當市同座は東京大阪合同の落語其他にて開場今晩の演題は落語伊勢参宮(桂三若)同兵庫舟盆の間おどり(桂枝女三)同子誉め手踊(桂三勝)東京落語音曲(桂三の輔)同掛取手踊(三遊亭朝之助)落語阿弥陀池手踊(桂三筋)東京人情噺花嵐芸者の仇ゆめ(春錦亭柳叟)東京清元式一番(月の家八七八)芸妓連手踊山姥(花の家百々子)曲芸一つまり(春本助造)落語仕込の大筒(桂三輔)

明治44823 台湾日日新報

朝日座の矯風会 基隆座に於て好評を博し居たる藤井紫伯以下吉原芸妓其他の演芸大寄は台湾正劇と交代して本夜より朝日座に於て開演する筈なるが其出演者及番組左の如くなり落語(桂三福、桂花雀、立花家円華、三遊亭市馬、三遊亭花)和田森式記憶術、千里眼念射術(十一歳藤井禎子)清元、長唄、浮世ぶし、演舞(吉原芸妓作の家六助、菊の家千代)演劇□□噺鳴物入(藤井紫伯)喜劇(総出)□□噺応用寿獅子付たり吉原音頭(総出)

明治44824日 扶桑新聞

<円喬名古屋に来る>

◇三遊亭円喬来る 東都三遊派の重鎮にて、塩原多助、牡丹燈籠の読物を十八番とせる円喬は、当地千歳座へ明日乗込み、二十六日午後六時より開演することとなりたるが、一座には円喬の愛嬢喬子(十六歳)あり、得意の嚆音(きょうおん)を以て清元の一節を語るとのことなり。

上方落語史料集成 明治44年(1911)五

明治44825日 徳島毎日新聞

緑館 今晩の出し物 二人旅(福若)鳥屋坊主(松太郎)曲芸手踊たらちめ(柳馬)清元吉原雀(玉助)五人廻し(遊楽)土橋萬歳音曲手踊(福吉)三十石夢の通路(梅香)音曲剣舞手踊一人土俵入(綾瀬川)

明治44826日 扶桑新聞

◇千歳座 橘家円喬一座は昨日同座に乗込み手打の式を済し、一同揃いの車にて熱田神宮に参拝したるが、同人は当地へ初めての御目見得なれば、故円朝の十八番物塩原多助、牡丹燈籠を演じ、愛嬢春子は清元の一節を語るとのことなり。三味線は清元延志郎が特に弾奏する由、因みに本日は大入初日故十八銭均一早い勝ち。

明治44827日 扶桑新聞

◇千歳座 橘家円喬一座の円三の声色、故三福の落語、喬子の清元は珍とすべきもの。円喬の人情噺に至っては世己(よすで)に定評あり。昨初日の如きは、八時すぎ木戸締切りたり。

<編者註>829迄興行

明治44829日 大阪朝日新聞

◇浪花三友派の各落語席にては九月一日より東京より柳亭燕枝が前一座に加名して各席を巡る事となれり。

明治44831日 山陽新報

広告九重館東京大阪三友派落語音曲合併大一座 八月三十一日午後六時より開演桂文都美々斎桃葉岡安喜よし同寿美礼女道楽花の家桃子同駒子外数名出演初日限り二十銭均一

九重館 兵庫船(團橘)近江八景(團幸)百軒長屋(鶴二)人くりはだか(万歳)番部屋手踊(福太郎)歌舞(桃子・駒子)人情噺文七元結(桃葉)勧進帳(喜よしすみれ)新町遊び夏の大臣(文都)

<編者註>番組下記の通り

91 小倉(扇笑)七段目(朝之助)宿屋仇(鶴二)口入屋(萬歳)紙屑屋(福太郎)手踊り(女道楽)義士伝(桃葉)菊江仏壇(文都)

92 夏の族(扇笑)子誉め(鶴二)延陽伯(朝之助)袈裟茶屋(万歳)改良ぜんざい松の名所(福太郎)おせつ伊の助(桃葉)吉原雀(喜よし・すみれ)子別れ(文都)

93 百人坊主(扇笑)桑名船(鶴二)野晒し(朝之助)あわび熨斗(万歳)愛宕山(福太郎)おこし源三郎(桃葉)五条橋(喜よし・すみれ)でば吉(文都)

94 三人旅尼買い(扇笑)染色(鶴二)肝つぶし(朝之助)新裏の裏(万歳)初天神(福太郎)おこし源三郎(桃葉)船ぞろい(喜よし・すみれ)吉野花見(文都)

96 七度狐(扇笑)浮世根問(鶴二)音曲(朝之助)宿替(万歳)牡丹茶屋舞三国一(福太郎)五人白浪(桃葉)□□□(喜よし・すみれ)雁風呂(文都)

98 地獄八景(扇笑)宿屋仇(鶴二)音曲(朝之助)吉川流(万歳)土橋万歳(福太郎)筑摩川(喜よし・すみれ)五人白浪(桃葉)舞花の鼓(女道楽)猫忠(文都)

99 夏のすずみ(扇笑)音曲(朝之助)寄合酒(鶴二)崇徳院(萬歳)五人白浪(桃葉)舞吉野山(女道楽)貝野村(福太郎)くらま山(喜よし・すみれ)太鼓腹(文都)

910 七福神(扇笑)矢橋船(鶴冶)権助芝居(朝之助)二なり(萬歳)かけとり(福太郎)五人男(桃葉)連獅子(喜よし・すみれ)横綱大力(文都)

明治4491日 新朝報(愛知豊橋)

◇河原座 東京音曲落語、都家歌六改め六代目雷門助六一行にて、本日午後六時より開場。初日の番組は、御祝儀(六一)浦島(六太郎)寿限無(枝三郎)狸才(善六)浮世風呂(一楽)岸柳島(寿楽)中入皿廻しの曲芸大奇術火食術(一龍)稽古所(枝太郎)高砂や十八番扇舞(助六)大切かっぽれ(楽屋連)

明治4491 京都日出新聞

新京極繁昌記(四) 其外逆蓮華前に逆蓮華、道場前に千切家と呼ぶ二軒の落語席があつた逆蓮華には役者の物真似似声(こわいろ)専門、殊に故名優尾上多見蔵を能く真似た三玉斎、三喜、喜久志の面々あり、千切家は三光斎、福松、慶次、三木助、藤兵衛などの顔振れであつた此藤兵衛は顎なしの先代で顔が長いので聴客は馬、馬と云ふ綽名を付けて居たが両座競争して双方共素破(すば)らしい繁昌をなし、ドシ〳〵聴客が押掛けて常に両席の大入を見た恰度現今の芦辺館対笑福亭とでも云へやうが夫れ程の軒輊(けんち)はなかつた其頃の落語は現今の様に、剱舞あり、浄瑠璃あり、浪花節あり、外国人の奇術ありと云つた様なハキヨセ的の興行ではなく真面目に力一杯に熱心で、現今のやうに僅か十分か十五分で雁首を差替るのでなかつたから至極シンミリ聴かれたが幼稚は一般に幼稚で今の様に理知に走る噺がなく真に落語の意に愜(かな)ふたもので、三十石、紙屑屋、稽古屋などは其頃から聴客を喜ばしめたものであつた・・・・。

ゑんげい ▲岩神座は本日より笑福亭連の落語で開場▲芦辺館は本日より中国巡業中の文三一行が帰京して御機嫌を伺ふ外例のお馴染の仮女太夫万次郎も愛嬌沢山でお目にぶらさがる由尚又本日から寄席の回数券を発行したさうだが十回分一円五十銭の格安

明治4491日 大阪毎日新聞

◇三友派は一日より、文治、文団治、松鶴一連へ、東京より柳亭燕枝が出演し、千人塚を連夜御機嫌伺う。丸一社中の曲芸もあり。

明治4491日 神戸又新日報

◇アツマリ ▲大和座 本日の顔触れは左の如く何れも得意のものを読むと 岡本鶴千代、岡本大八、松鶴亭筆、浪花家小虎丸、岡本鶴円、岡本鶴次 ▲屋幸満は圓三、圓次、小圓太、淀助、圓太郎其他 ▲敷島館 團助、小文、玉團冶、圓の助、三代松、文我、圓坊其他の顔触れ ▲多聞座の俄は落馬の印籠、二度吃驚、狂い獅子其他と芸替

明治4491日 鷺城新聞(兵庫姫路)

楽天 一日午後七時より東京落語三遊亭遊朝一座にて開演の筈なるが顔ぶれははなし(橘明)はなし(圓吉)はなし手踊(花遊)落語音曲(小圓橘)落語手踊(市馬)落語音曲(鶴)落語ものまね(小圓生)清元唄歌舞(歌子、小きつ、小きん)人情笑話(遊朝)

明治4495日 大阪毎日新聞

◇浪花三友派の紅梅亭は、今度落語回数切符を本月より売出す。

明治4495日 大阪毎日新聞付録堺周報(大阪堺)

末広座の竣成 當市住吉橋通に建設中の末広座は工事大に進捗し本月中旬までには全部竣成する筈なれば内部の準備に着手し出来上がり次第芝居の興行をなす由

明治4496日 満州日日新聞

天津の福圓一座 天津に渡りたる福圓一座は非常の好人気を以って浪速座に興行中の由にて同地打ち上げ後は北京に向かいそれより上海に向うべきや一旦大連に引返して安東県に向うべきや北京打ち上げ後の模様なりと

明治44911日 神戸又新日報

<生田前戎座開場>

戎座 生田前の末廣座は改築し戎座と改め来月五日より開場すと。

明治44913日 扶桑新聞(名古屋)

◇富本席 十徳(米蔵)魚売人(小円流)浪花噺(三木三)伝記策(正三[蔵])明烏(円流)七段目(米枝)人情噺(柳朝)大相撲(三木三)物真似(喬丸)大切(米枝、円流)

明治44914 京都日出新聞

新京極繁昌記(十五) …錦座の娘義太夫…座主を鹿野安兵衛君と呼ぶ、以前は文舎と云つて京都素人デン界に羽振を敷利かしたものだ宅は先斗町で…閻魔に胡黄蓮(せんぶり)を嚥(の)ました様な顔付の老爺(おじい)さん…該席を怎(と)う云ふ関係か建設当時から芸人は万事東京系で、初め東京から故人の三遊亭円橘が一座を率ゐて長らく幾代、笑福両亭と三座鼎立の有様で落語(いろもの)の席であつたが円橘の帰東と共に義太夫の席と替つた…

明治44914日 奈良新聞

尾花座の落語 浪花三友派の副会長桂文都を真打とせる落語は明十五日より尾花座に於て開演、一座中女道楽の花の家の桃子、駒子の手踊り、岡安喜よしの三弦、岡安寿美禮(すみれ)の長唄などナカナカ振つたものなりと其顔触れは左の如し

茶々餅桃葉、笑福亭鶴二、桂團幸、笑福亭萬歳、文の家福太郎、花の家桃子、同駒子、岡安喜よし、同すみれ、桂文都

明治44915日 奈良新聞

今晩の尾花座 浪花三友派一座今晩(初日)の出し物は左の通り。尚通券は切符制度にて、一等二重五銭、二等十八銭、三等十五銭、四等十銭。七福笑(扇笑)掛萬(朝の助)桑名船(鶴二)新裏(萬歳)義士赤垣源蔵(桃葉)雀踊り(かる口)辻占、舞、松の名所(福太郎)筑摩川長唄(すみれ女)三味(喜よし)芸者のしんてい(文都)

<編者註>三友派の番組

916日 三人旅(扇笑)百人坊主(鶴二)七段目(朝の助)口入屋(萬歳)義士赤垣源蔵つづき(桃葉)笑米屋(かる口連中)けいこや舞(福太郎)吉原雀長唄三味(喜よし、すみれ)冬の遊び(文都)

917日 明石名所(扇笑)七福神(朝之助)改良医者(鶴二)新裏(萬歳)義士(桃葉)浪子の別れ(軽口)天下一(福太郎)五条橋(喜よし、すみれ)子別れ(文都)

918日 龍宮芝居(扇笑)野ざらし(朝の助)浮世根問(鶴二)けさ茶屋(萬歳)義士(桃葉)掛合はなし(鶴二、萬歳)愛宕山(福太郎)勧進帳(喜よし、すみれ)立切(文都)

明治44916日 三重新聞(津)

◇演芸 ▲相生座(松阪)は十五日より新派不動定雄一座乗込みて玉菊燈籠を演じる由にて前景気頗るよし ▲神楽座(松阪)浪花節吉川竹丸一座にて日々好評大人気なり ▲曙座(津)十五日より吉田奈良國の浪花節にて開場 ▲泉座(津)儀蝶連夜満員の好況 ▲壽座(神戸)新派正友會一座にて十五日より開場せり ▲大江座(上野)片桐七五三太川上薫宮田八郎の一座は一昨夜開演 ▲旭座(上野)永瀬義郎静波進太郎一座の慈善劇は町長警察署長等の声援あることとて毎夜大入の提灯を上げて各席は人の山を築き居れり ▲一力座(上野)浪花節芝居二銭均一なれば其筋の好劇家の人気好し

明治44916日 神戸又新日報

落語日曜 敷島館に明日午後零時開演十銭均一長屋談合(お多福)貝野村(團輔)宿替(玉團冶)親子茶屋(圓の助)余興舞(小文)諸芸吹寄せ(圓坊)舞愛宕参り(三代松)

明治44919日 扶桑新聞

◇富本席 柳朝、正蔵、米枝、円流一座の落語音曲人情話は大入続きにて、茲しばらく打通すという。

明治44924日 神戸又新日報

敷島館 第二回落語日曜會左の如し

猪買い(お多福)調合(圓吉)胴乱幸助(團輔)のし(玉團冶)千両蜜柑(圓之助)猫忠信(三代松)蒟蒻問答(圓坊)昆布芝居(文我)余興舞手踊(小文)独楽の曲(三代松)

明治44928日 関門日日新聞(山口下関)

◇演芸界▲下関弁天座 片岡我童一座何れも車輪の働きにて好評▲下関稲荷座 新派国粋劇一行▲門司凱旋座 宮川左近の浪花節▲若松毎日座 京山北星一座の浪花節▲直方日若座 沢村みしんの浪花節▲直方栄座 春日家青雲の浪花節

明治44929日 関門日日新聞

◇凱旋座の紋弥 此程来福岡川丈座にて好人気を占め居れたる三升紋弥一座の東京落語は来月一日より門司凱旋座に蓋明けの筈にて、初日の番組は左の如し。

落語一ト目上り(弥三郎)落語東の旅(円昇)落語かつぎや(小ゑん)皿の曲升踊り(今之助)大工しらべ(伝枝)お玉牛並におどり(鶴松)替り目(桃枝)四□記(梅朝)曲こま(小紋)落語音曲物まね(文治郎)高尾並に扇舞(紋弥)清元三番(弥栄太夫)浮世節曲引(亀寿)大切電気応用芝居はなし早替り葛葉狂乱まで(紋弥)

明治44930日 大阪朝日新聞

◇桂派落語各席へ一日より桂文之助復帰し、外に曲芸の柳家政次郎、落語笑福亭福吉、剱舞金房冠一郎等出演。

◇三友派へは一日より東京の柳家左楽、橘家円太郎、同蔵之助出演。

明治44930 京都日出新聞

芦辺館及紅梅館は一日より長唄連岡安喜よし、岡安すみれの両人并に東京丸一社中鏡味小仙、小金が新加入するが出演順は先太郎、都鶴、扇笑、円歌、三蝶、円の助、福太郎、枝雁、三八、小文三、芝雀、桃太郎、円笑、鏡味社中、大和、長唄連、文三

明治44101日 神戸又新日報

屋幸満 本月の顔触れ左の如し

淀平、升三郎、笑雀、圓三、梅咲、淀助、三升、余興滑稽噺活動写真

敷島館 本日の出番左の如し、尚本日は正午より落語日曜會あり

お多福、圓吉、圓次、小文、團輔、鶴二、小圓太、花咲、南枝、萬次、枝太郎

<編者註>梅咲:笑福亭光鶴、後の五代目松鶴(本名竹内梅之助)。この頃、三友派を離れ素人連として神戸に出ていた模様。

明治44101日 山陽新報(岡山)

九重館 今一日より東京落語三遊派一行にて開演、初日の演題左の如し立田川(権助)たらちね曲芸(圓吉)音曲手踊り(雀遊)貧乏花見(小圓橘)万金丹(文鶴)五段目音曲(小圓生)嘘つき弥太郎(市馬)長唄山姥舞(小きん・小きつ・歌子)東京魚がし桃川(三遊亭遊朝)

<編者註>番組下記の如し

103 御祝儀(蛸當)山火事(小橘)寿限無(圓吉)二上り新内(花遊)田夫野人(小圓橘)猪買い(文鶴)文違い(市馬)鼓の曲(小圓生)勧進帳女道楽(歌子・小きん)つるつる(遊朝)

105 百面相(小橘)牛誉め(圓吉)数番踊(花遊)子誉め(小圓橘)妙見参り(文鶴)味噌蔵(市馬)お寺はなし(小圓生)恋は曲者女道楽(歌子・小きん)江戸■性(遊朝)

明治44102日 関門日日新聞

◇演芸界 ▲豊前田稲荷座 国粋劇一行大人気 ▲新地の壮劇 銀生美団一行 ▲門司の紋弥 門司凱旋座の三升紋弥一座の落語は、非常の好人気にて、昨日の初日の紋弥の電気仕掛にて、保名狂乱などい殊に面白かりしが、今晩は紋弥の阿古屋三曲に、客を唸らすべく、明夜は三つ面奴道成寺を出すとのことにて、人気は愈々加わるべし。

明治44105日 扶桑新聞

富本席 東京落語山遊亭猿笑一行にて開演中。

明治44108日 神戸又新日報

落語日曜會 敷島館の本日左の如し

鳥屋坊主(お多福)わさび茶屋(圓吉)蛸芝居(鶴二)鉄砲(團輔)景清(圓冶)手踊(小文)音曲踊(小圓太)曲芸(萬冶)猿まわし(南枝)宿替(花咲)大丸(枝太郎)

明治44109日 関門日日新聞

◇弁天座の紋弥 門司市に乗込み多大の喝采を博せし東京柳連大阪の三友派合併落語若手大一座三升紋弥一行は、いよ〳〵當市裏町弁天座に乗込み、本日午後六時より開演することになりたるが、入場料は一人前五銭。出し物は、浪花落語(円昇)手踊り(猿喬)落語(小ゑん)皿まわし枡おどり(今の助)落語手をどり(鶴松)話し(伝枝)音曲はなし(桃枝)独楽の曲(小紋)人情話(梅朝)物真似(

文治郎)清元(弥栄太夫)三府浮世節(亀寿)扇子舞(紋弥)にて、大切には紋弥の電気応用早替り芝居所作話し等ある筈なり。

明治441011日 京城新報

<ジョンペール、福圓一座・朝鮮浪花館>

◇浪花館 吉川今勝一行打揚げ後十二日よりお馴染のジョンペール、笑福亭福圓一行の娘奇術太神楽落語音曲手踊等にて開演すべしと。

<編者註>一座の番組下記の通り。

1012日:しの字丁稚(小ゑん)妾馬(圓松)太神楽曲芸(福楽)田楽喰い(圓三)戦地演芸音曲(芝鶴)娘奇術(喜代子)紙屑屋(福圓)音曲くらべ(ジョンペール)

1013日:二人旅(枝輔)遊散船(圓松)神楽曲芸(福楽)高尾(圓三)おふみさん(小圓)軽口雀おどり(圓三、圓松)書生俥(芝鶴)奇術(喜代子)猫久(福圓)かつぽれ(総出)

1017日:猪罠(枝輔)道具屋(圓松)太神楽(福楽)子ほめ(圓三)高砂や(小ゑん)稽古屋(芝鶴)娘奇術(喜代子)おど〳〵の太助(福圓)音曲くらべ(ジョンペール)

1019日:兵庫船(枝輔)ヤカン(小ゑん)イハイヤ(圓松)太神楽(福楽)えんようはく(圓三)五人廻し(芝鶴)娘奇術(喜代子)住吉籠(福圓)切喜劇総出

1021日:西の旅(枝輔)四の字丁稚(小ゑん)妾馬(圓松)太神楽曲芸(福楽)田楽喰い(圓三)戦地演芸音曲(芝鶴)娘奇術(喜代子)紙屑や(福圓)

1022日:牛かけ(枝輔)こんにゃく問答(圓松)延遊白[陽伯](小ゑん)太神楽(福楽)田楽喰い(圓三)五人廻し(芝鶴)娘奇術(喜代子)三段の平兵衛(福圓)大切喜劇(総出)

1024日:深山かくれ(枝輔)マン病院(圓松)位牌屋(小圓)大神楽曲芸(福楽)高尾(圓三)戦地演芸音曲(芝鶴)娘奇術(喜代子)辻うら茶屋(福圓)切喜劇総出

1025日:鷹奴(枝輔)素人俥(圓松)おふみさん(小圓)太神楽曲芸(福楽)改良ぜんざい(圓三)岸柳島(芝鶴)娘奇術(喜代子)後家ころし(福圓)切喜劇総出

1026日:百人坊主(枝輔)遊さん船(圓松)成田小僧(小圓)太神楽曲芸(福楽)けいこや(圓三)五人廻し(芝鶴)娘奇術(喜代子)浮世床(福圓)音曲くらべ(ジョンペール)

1028日:明石船(枝輔)廿四孝(圓松)奇術(喜代子)骨つり(小圓)涎丁稚(圓三)武士バケツ(軽口)掛取萬歳(芝鶴)太神楽(福楽)二人くせ(福圓)音曲(ジョンペール)

1029日:東の旅(枝輔)位牌屋(圓松)奇術(喜代子)やかん(小圓)高尾(圓三)神楽(福楽)五人廻し(芝鶴)住吉籠(福圓)


明治441014 京都日出新聞

笑福亭は明十五日より定連の外に滑稽画噺の呂鶴、五つ面足人形の竹芝、東京落語音曲の円都が新加入

明治441015 京都日出新聞

<笑福亭と芦辺館>

新京極繁昌記(卅九) 落語 笑福亭と芦辺館  △新京極の興行物飲食店等を仔細に見て廻ると偶然に大抵対等と見るべきものゝ多いのは甚だ面白い現象であるお多福=金魚亭、花遊軒=初音、雀鮓=平和亭、明治座=京都座、第二福真亭=錦座、第一福真亭=当昇亭と云つた風に共に対象物を目標として鎬を削つて居ると云ふ有様で落語席にも同じく笑福亭と芦辺館とが即ちそれである笑福亭は今では東京の三笑亭芝楽が席主となつて居る其の以前は橘家円太郎が六年の間持ち応へて居たが今年の六月限り余り思はしくないと云ふ理由の許に芝楽に譲つて仕舞ひ今では神戸の花隈で料理屋の御亭になつて居る「唯何がなし私が円太郎の後を引受けされたので、只だ後を宜敷(よろしく)頼むとだけで、何等私に前から其様(そんな)考へがなかつたもんですから今だに何処へも通知してないので…」と△例の鼻声でテカ〳〵した頭をツルリと撫でる一座は伜の佃家白魚を初め文の助が補佐、其他東京大阪の烏合勢、何等統一のない連中で芦辺館と対抗して居るが由来此座は芦辺館-前の幾代亭-に比して夥しく木戸銭が廉であるに拘らず兎角芦辺館に圧迫されて流行らない登場人員にしても敢へて二流三流許りでもない様に思ふが如何したものだらう芦辺館は一昨年までは幾代亭と云つたが改築後は浪花三友派京都演芸場と銘打つて同時に芦辺館と改称した館内の装飾も小ザツパリと常に遊客が芸妓を引き連れて一組や二組来て居るのは此館の特色だ落語が徳川時代の遺物として既に現代の人心と懸け放れんとし、演者も徒らに十年一日の如く替り合ひまして替り栄えも致しませずと断るまでもなく飽かれつゝあるのは一般に認める処で唯僅かに此館の落語日曜会が斯界奨励の為め大いに努め既に第百二十三回を重ねて居るにも拘らず夫れ程注目に価せぬのは其の顔触れにも依るのであらうが亦已に一般に飽かれつゝあると云ふことの実証で止むを得ず余興として目先の変化を覓(もと)めんため、浪花節語りを入れ、手品師を入れ、清国人を迎へて夫れを以つて僅かに客足を繋いで居るが今や落語家も其の末期の近きを覚悟せねばならぬ一時繁栄を極めたる講釈師が新京極に其の跡を断ちし如く落語家も其轍を踏まぬ様に努力せねば少(いささ)か憂ふべき結果を資(もた)らしはせぬだらうか自分は夫れを寒心に堪へなく思ふ(洛)

明治441015日 神戸又新日報

屋幸満 本日より出番左の如し

三筋、淀平、升三郎、美之介、笑雀、圓三、加へた、梅咲、三升、淀助、番外余興変装

明治441016日 扶桑新聞

富本席 十六日の出し物は、狸久(金重)一ト目上り(金平)操り(金遊斎)りんまわし(金勝)壁金(小金馬)はげめ(談志)長唄筑摩川バイオリン(福三郎、福寿)王子のたいこ(円雀)鏡山手踊(金太、金助)御元山姥鎌倉音頭(照吉、松助)子ほめ(金馬)

明治441016日 山陽新報

九重館 東京落語三升紋弥一行にて今十六日より開演。大切り大道具引抜電気応用にて観覧に供すべしと

明治441017日 扶桑新聞

◇富本席 道灌(金重)高野違い(金平)しし(金遊斎)曲芸(金勝)物真似(小金馬)吉原の穴(談志)長唄勧進帳バイオリン(福寿、福三郎)かもじ(円雀)桂川(金太、金助)清元浮世節鎌倉音頭(照吉、松助)芝浜(金馬)大切総掛合振事

<編者註>1031日迄興行

明治44101920日 大阪朝日新聞

<桂派落語博覧会>

◇落語博覧会 桂派落語演題博覧会は十八日正午より新町桂派瓢亭席にて開きたり。桂友会の常連数名の主催にて、出品の総数一百四十五点。出品者は桂派の落語家及び桂友会の常連合して四十八名。審査長は元の桂文左衛門事渡辺桃子及び三遊亭円馬。階下に出品を陳列し、楼上は桂文里が抹茶席を受持ち、円馬の門人円童と雀三郎の門人三平がそこに働きたり。床には舌切雀と柴刈爺の懸幅。渡辺桃子説明していはく、其の博覧会の第一回は自分が会主となり、四十一年一月二十九日高津自性院にて安楽庵策伝の追善会を開き、其の余興に揮毫席を設け市内の各画伯の出席を請ひ、桂派の落語家一同が落語に因みて趣向したものを陳列し大評判なりき。今度のは即ちその第二回の開会でござると述べ、円馬と桃子が出品物の趣向を選びて点数を付け、一等より五十等まで賞品を与へたり。(1019

◇桂派で十八日催した落語博覧会の出品者にて高点を得たるものは桂文里、同文福、林家正楽(以上は天地人)、桂仁太郎、同仁鶴、定連の沢井亭、桂仁太郎、常連無妻、梅屋、沢井亭、枝三郎、桂小文枝、以上十名(ママ)なりし。(1020

明治441021日 鷺城新聞(兵庫姫路)

紋弥来る 先に當地開演の節非常の好評を博したる三升紋弥一行は、九州巡業を終え、帰京の途次當地に立寄り来る二十三日より楽天において花々しく開演する由

明治441022日 中国新聞(広島)

東横町演芸館には二代目三遊亭遊朝一座乗込みて昨日より開演せるが一座は三遊亭小圓生、同小圓橋、同翫馬、桂文鶴、三遊亭小喜津、同橘よし、同花遊、同橘三郎、同圓吉、東京芸妓女道楽立花家歌子、同小きん

明治441026日 山陽新報

大福座 剣舞師金房冠一郎、同千代子一行にて今二十六日より開演する由なるが、一行中には桃川小如燕の教育講談ありと

明治441028日 大阪朝日新聞

<六方館の開場式>

◇各劇場の衣装元浅野が着手せし西区松島常磐橋西詰に新築せし寄席六方舘は落成なし、三十日其の開場式をあげ、浪花三友派一座の落語を出演させる事とし、一日より普通興行をなすよし。

明治441031日 大阪朝日新聞

◇浪花三友派各席落語は一日より従前の上に長唄岡安喜よし同寿美礼落語桂枝太郎、橘家円太郎、同蔵之助出勤

上方落語史料集成 明治44年(1911)六

明治44111日 名古屋新聞

◇富本席 本日より柳丈、筑前琵琶駒弥一座にて初日の出し物は、曲芸(小圓流)高砂屋(圓輔)清元(花子)浪花の音(圓九郎)踊り(蝶ん平)天災をどり(圓駒)筑前琵琶(駒弥)勤皇談(柳丈)
明治44111日 大阪新報

広告/浪花三友派 法善寺紅梅亭、船場平野町此花館、堀江廓賑江亭/交代連は桂枝太郎、橘家圓太郎、橘家蔵之助、岡安喜よし

明治44111 京都日出新聞

芦辺館の本月の顔振れは従来の桂文三一座へ文都春団治燕太郎歌吉喬之助が加はる

明治44111日 神戸新聞

一圓遊の不埒(ふらち) 三遊亭圓遊の死んだ後名跡は未亡人のちよと伜若柳吉蔵が三遊派の真打と相談の上、後見人の三周に預け適当の者があれば襲名させることになっていると、故人圓遊の弟子で大阪に来た切雀となっている一圓遊が交渉をせずに、勝手に圓遊を名乗り当地で興行している時丁度吉蔵が来ていて講談に及ぶとこの興行だけ黙認にてくれというので不詳無性に納得したのをよいことにその後も圓遊で各地を回りこの程帰京して東京新三遊派連総理一圓遊改め圓遊を名乗り上げ席亭へ通知を発したので三遊派は頻とその不埒を鳴らしおる様だ。

明治44111日 神戸又新日報

生田前戎座 本月落語圓都一座にて屋幸満席と掛持

敷島館 落語圓笑一座にて本日初日

明治44112日 山陽新報(岡山)

広告 ○柳川座義正團(中村翫五郎・中村傳三郎一座)十月三十一日初日藝題仮名手本忠臣蔵大序より討入り迄 ○千歳座新派成綾團十一月一日より毎日午後五時開幕 大祭日日曜日午前十時開幕 ○寿座新派龍美團十月二十八日より毎日午後五時、大祭日日曜日は午前十時より開演す ○大福座地球斎マントル師一行(本市出身)當ル十一月一日毎夜午後四時開演 ○九重館大阪浪花節吉田寿一行當ル十一月一日より毎日午後六時開演 ○山陽座大阪親友派浪花節吉田八千代一行當ル十一月一日より毎夜六時開演来十一月十一日初日

明治44112 満州日日新聞

花月席 青柳華嬢、春風亭圓菊等の一座にて一日より開演二日目の演題は大阪落語小倉船、余興滑稽講釈(佃屋金魚)東京落語手紙の無罪、余興手品(桂里若)大阪落語味噌蔵、余興手踊り(橘家圓天坊)東京落語魚づくし、余興新作手踊(春風亭圓菊)東京落語船徳、余興音曲手踊(柳亭春楽)京都踊の名人松づくし、余興尺八曲芸引抜大文字屋(佃屋白魚)義侠芸者青年詩人高松栄吉新講談(青柳華嬢)五つ面足人形、余興曲戯(三府軒竹芝)大切茶番色々(楽屋総出)都はやし(佃屋照子)

<編者註>番組下記の通り

114日 播州めぐり音曲(金魚)天狗の酒盛手品(里若)鮑熨斗手踊り(圓天坊)羽團扇手踊り(圓菊)掛取萬歳音曲(春楽)美術名人野側行(華嬢)足芸人形早替り(竹芝)大切深川名物

115日 七度狐物真似(金魚)京かのこ花の嫁入手品(里若)犬の目手踊(圓天坊)転失気音曲(春楽)尺八盥廻し舞踊(白魚)お文様上手踊(圓菊)足芸人形早替り(竹芝)日探斎藤角太郎講談(華嬢)切新作合舞総踊り

明治44113 満州日日新聞

青柳華嬢の末路 一頃は柳派の向うを張って東都の席亭に頬骨の出つ張った大い顔を出し女講談家というが当時の注目を惹いて書生仲間に一寸持て囃されたものが柳の下に何時も鰌は居らず時世の変遷は石井ブラックやジョンベルなどと共に芸なし猿の触込みばかり凄まじい青柳華嬢もからけし持てなくなって終い父が小田原藩の士族だことの松方伯に愛されたことの赤城艦長の細君になったことのと世間を盲目にしたようなこけ嚇しも東京では技芸に乏しいのでは承知せず却って彼れが父なし子一件や隠し切った裡面など容赦なく新聞で素破抜かれるので到頭東京に居堪らず都会から場末場末から田舎へと都落ちして暫く消息を伝えなんだが其後彼れは佃屋白魚などと一座して中国の片田舎から台湾下りまで例のこけ囃し広告を以って地方人をおどかして廻ったが白魚の独楽廻しや盥廻し一寸坊踊りで漸く客を呼んでも座長の華嬢が現れて千編一律の長ったらしい前口上を述べ立つる段になると田舎者でもさすがに昨今の聴衆はうんざりして終いどしどし立って帰るので当人も内心頗る悲観してか今度当地に来て花月席に現わるる顔を見ると二三年前とは滅切り額にパン皺が寄って彼れが自ら云う如く「女だてらに皆様の前でお喋り致すより三味線の音〆め花やかに長唄と一つでも」お聴きの達した方がまだしも芸に長く生命があったらふと哀れである

明治44114日 関門日日新聞(山口下関)

◇見物聞物 ▲弁天座 横田一行の活動写真日々新しく喝采を博し居れど、跡興行の都合で長くは居れぬとのことゆゑ、見逃さぬ要心あれ。 ▲稲荷座 改正義団の新派劇。▲小倉常盤座 大阪曽我の家兄弟の喜劇にて、小倉の天地を笑殺せんとす。▲門司凱旋座 川上哲夫新演劇五日迄。▲若松旭座 三輪實の新派新演劇八日迄。▲若松毎日座 バテー活動。▲八幡八幡座 改良団立花一行。▲八幡金楽座 吉川虎丸浪花節。▲直方寿座 松川八百三郎浪花節芝居。▲直方栄座 古玉団昇歌舞伎十日迄。

明治441110日 大阪毎日新聞

◇曾呂利の宿料 落語家曾呂利新左衛門は、例の駄句(だく)る駄画(だが)るで、頗る納まり返っている男なるが、此程伊勢の津でお喋舌(しゃべり)をした揚句が、同地の聴潮(ちょうちょう)館で曾呂利画会などという大ソレた事を催(やら)かして、地方人士と芸妓仲居などを煙に巻きしが、去る人が絖(ぬめ)を持参して、先生ドウゾと突出したので、曾呂利大きに筆怯(おく)れがし、コウいうものは席画ではいけません、チト入念なのをお目にかけるから帰阪後筆を執ってお送り申そうと、大先生気取りで之れを持帰り、誰か然るべき書師にロハで書かしてやるつもりの所、聴潮館の宿料百円計りと共につい延び〳〵になったので、先方では疑い出し、一両日前南署に宛て、曾呂利の取調べ方を願出(ねがいい)で、同署にては同人へ注意を与えしかば、曾呂利庭かに慌て出して居るという事なり。

明治441113日 山陽新報

広告 ○九重館演芸合同大会清国人華玉川落語桂三助剣舞士花房千代子 一行當ル十一月十一日より毎夜六時より開演 ○山陽座東京大阪合併落語五人坊主大一座はなし音曲手踊り曲芸即席御題噺

明治441114日 大阪朝日新聞

<桂仁左衛門死亡>

◇桂仁左衛門死す 落語桂派の真打桂仁左衛門は十二日午後零時過ぎ天下茶屋の自宅にて死せり、享年五十八。本名深江鶴吉、初め二代目正楽の門人となり小正楽と名乗りて落語界に入り、二十余年桂文左衛門の門人となり南光と改む。先年十一代目片岡仁左衛門改名の際あやかりし仁左衛門と改名、去る六月より中風にて次第に衰弱したりき。角力を好み大阪協会にては木戸御免の顔なりき。十五日本町浄照坊にて本葬を執行す。

明治441114日 大阪朝日新聞

<川上音二郎死亡>

〈編者註〉十一月十一日、川上音二郎死亡。十二日から十九日まで八回にわたって追悼記事が連載された。その三回目(1114)に曽呂利新左衛門に取材した記事が載っている。以下はその一部分。

「二十一年、京都で曽呂利新左衛門は落語の席で『黒の檳榔子の羽織で木綿の兵児帯をぐる〳〵巻きにした男の前へ象が来て、お前は川上さんと云つて象が会釈をした、何故会釈をしたかといふと、天竺浪人だから』といふ一口噺をやつたのを川上が聞いて、『貴方は面白い人だ』と云つて弟子入を申し込んだ。当時川上は京都で政談演説じみた滑稽のことをやつてゐた。初め曽呂利は川上の壮士風を見て、乱暴なものを弟子にしては心配だと云つて断つたが、其の後当地千日前井筒の席に出てゐた時、席主共々の頼みに弟子入を承諾し、浮世亭〇〇と名づけて、新聞種から作(こしら)へた「ハム」「筍の焼物」「幸福の神は天にあり」といふ三つ落語を教へた。それを川上は不細工な話し振であつたが、例の壮士風で高座へ出て、『お客さん、僕の話で中途で帰るとか居眠りするとかすると直ぐ爆烈弾がお見舞申しますぜ』と云つて拳固を堅めるといふ調子、兎も角も変つてるので非常な人気があつたので、初め月十円だつたが一日十円にして下さいと席に迫る。それでは中を取つて月百五十円にして掛持してもよいとあつて、川上はその席で一落語をすると次は千日前の俄の一座で尾半や東蝶と一緒に俄をする、それが済むと曲馬へ出るといふ案配、一晩に三つも掛持をした。一週間ほど曽呂利の宅で寄食してゐた。」

明治441116日 名古屋新聞

富本席 今晩よりジャグラー嬢の大奇術に三遊連の落語を加えたる一行二十六名の大一座にて開演奇術は何れも斬新奇抜なるものにて初日の番組左の如し

落語(馬遊)瀧乃水(操嬢)音曲(圓九郎)貴重品消出術(松子嬢)曲芸(小圓流)ケイラン術(光一)踊り(蝶ン平)空中自在の洋傘(君子嬢)落語(圓駒)音術千里眼(操玉、松子嬢)洋行土産新曲芸(鶴寿)金魚空中釣魚術美化の現出(君子嬢)男女消替の魔術(操玉、操一)

明治441116日 大阪朝日新聞

◇浪華三友派の落語各席にては是迄の如く他の音曲が主となり落語が棚上となりては落語席の主意と失ひ居るに付、以後故人の残せし落語七百五十余種の噺を各(おのおの)各席にて取替演ずる事となれりと。同派の首領曽呂利新左衛門は当年中に看板を除かし、新春には落語界の引祝ひに替へる趣味ある画会を催す事を目論見居るよし。

明治441118日 満州日々新聞

旅順八島座 十八日より五日間笑楽會を催す出演順左の如し

百人坊主勝負の魏滑稽講釈(金魚)浮世風呂手品(里若)按摩の蚊帳音曲手踊(春楽)五つ面足芸人形早替り端唄はやし(竹芝)くしゃみ講釈手踊り(圓天坊)義士銘々伝(豊廣)狸の釜(圓菊)松づくし尺八曲芸引抜大文字屋(白魚)伊藤公青年談・青年詩人高松栄吉新講談(華嬢)都はやし(照子)

明治441119日 神戸新聞

何でもゴザレ(読者の投稿) 湊川敷島館の落語家連は衣装も良く一同大勉強だに、引返へ屋幸満の連中は衣装も見すぼらしく且つ頗る不勉強である(落語好)

明治441123日 扶桑新聞(名古屋)

富本席 二十三日の出し物は、落語(流行)西洋手品(円次郎)手踊(蝶ン平)音曲(円輔)義太夫(文福)曲芸(鶴次)人情談(遊朝)芝居噺(円流)大切総踊

明治441125日 扶桑新聞

◇富本席 二十五日の出し物は、御祝儀(影芝居)昔ばなし(円丸)落語(流行)住吉かご(円次郎)時計さんらん(千代子)落語踊り(蝶ン平)軽口武士八景(円次郎、蝶ン平)西洋奇術(光一)落語手踊(円流)角力(二名)曲芸(鶴寿)落語(遊朝)大切大一座

明治441127日 満州日々新聞

華嬢の帰り初日 花月席を打ち上げ旅順に於いて興行中なりし青柳華嬢一座は二十五日旅順を打ち上げ同日より再び花月席にて帰り初日を出したるが其出しものを悉く耳新しくし木戸料をも引き下げたる由

花月席 遊散船夕涼み蒲団廻し(金魚)おすわうどん手品(里若)意趣返し音曲(春楽)足芸人形早替り(竹芝)座間の前仇討手踊(圓天坊)王子の狐新作踊り(圓菊)尺八曲芸数番手踊(白魚)義侠丸新一講談(華嬢)大切二○加盲目(春楽)権助(圓天坊)旦那(竹芝)

明治441128日 満州日々新聞

福圓一座の帰り初日 大山席を打ち上げ旅順、天津を巡業したる笑福亭福圓一座は北京を経て、上海に乗り込む都合なりしも更に大連を経て朝鮮に向かう事となり二十六日帰り来る二十六日帰り初日として大山席に約十二日間の興行を為す筈なるが、同一座は天津に於いて大神楽曲芸師福楽及び女奇術師千馬喜代子が加へ来りたりと云えば更に目先が変わるならんか。尚帰り初日の事なれば永らくご贔屓のお礼として木戸銭下足共二等二十五銭一等三十五銭なりと

大山席 二十八日より福圓一座の落語にて幕間には曲芸及び奇術に加え一座車輪して「軽口雀踊」及「都都逸墨付け」「新作仁輪加」等面白いものを続々出演する由當夜の出し物は竜宮界寶の入船(枝輔)へっつい泥棒(圓三)大神楽曲芸(福楽)軽口雀踊(圓三、福圓)奇術空中の花(喜代子)住吉籠(福圓)音曲浪花節(ジョンベール)大切都々一墨付け(一座総出)

明治441129日 満州日々新聞

花月席 三十日より青柳華嬢一座に西洋奇術師旭國斎奇天一及び奇天斎富士嬢を加ふ尚子供衆のお相手としてお伽噺をも差し加え子供丈けは十銭均一なりと。二十九日の出し物は出来心(金魚)居残佐兵衛(里若)そばの羽織手踊(春楽)五つ面足人形(竹芝)口合小町手踊(圓天坊)死神新作手踊(圓菊)松づくし尺八改良活惚ステテコ(白魚)筒井伊賀守五人捌鴨政談(華嬢)

明治441130 京都日出新聞

芦辺館来月の顔振は定連の外に三遊亭円子柳家政二郎橘家蔵之助秋の家稲八同稲子桂文都桂燕太郎の面々

明治44121日 大阪朝日新聞

◇互楽派の落語は其の組合席を松島文芸館、京町堀第二松の亭、上町富貴亭、千日前奥田席と定め、前一座の外旭亭照吉、金馬、松助、談志、福寿其の他。

◇浪花三友派は前一座の外古今亭しん馬、大和有村金吾、清国人張小春等にて引続き円太郎、寿美礼も出勤す。

明治44121 神戸新聞

◇演芸 ▲敷島館 本日より出演落語はお多福、笑雀、小文、團輔、花咲、圓之助、小圓太、駒弥(筑前琵琶)、柳丈、芝雀 ▲歌舞伎座 本日より東洲軒雲雀一座の浪花節 ▲相生座 浪花節競演會は本日にて打揚げ二日より喜劇喜楽會にて開演 ▲菊廼舎 浪花節定席菊廼舎本月の出演者は薫、清玉、雁笑、國丸、金丸、友春、三勝なり ▲湊座 浪花節劇 ▲女義太夫席 菊廼亭 兵神座 ▲活動写真常設館 桂座 喜楽座 帝國館 世界館

明治44121日 落語大福帳第10

◇広告/祝大福帳一周年/柳家一枝、桂春輔、春錦亭柳叟、○八家タヌキ、林家楽之助、林家右楽、緑喜亭福助、月の家二三二、露の五郎、笑福亭円篤

◇広告/祝大福帳一周年/松島常盤亭/三遊亭円丸、桂三路、宝集家金之助、竹葉琴月、林家正三、林家正楽、船遊亭志ん橋、林家新三、桂扇之助

金馬と照吉

                    写真は、金馬と照吉(大福帳より)

明治44122日 名古屋新聞

富本席 諸芸大会は愈々人気を増せり今晩の出し物は磯あわ(圓丸)遊散船(圓二郎)千枚草紙(千代子)しらみ茶屋(蝶ン平)大魔術(光一)軽口奥庭(圓二郎、蝶ン平)西洋奇術(光一)落語音曲(遊朝)曲芸(鶴寿)松曳き手踊り(花遊三)大切大一座

明治44122日 神戸新聞

戎座 本日より従来の上に浪花節京山京春、即席落語笑福亭呂鶴、林家楽之助を加えたり。

明治44126日 大阪朝日新聞

◇互楽派の各席に出て居る三十六貫の大女はなる程立派なものだ。芸妓時代の名を其の侭(まま)旭家の照吉三十八歳、二十五からムク〳〵と肥つて十年此の方男を知らず、声は細いが芸妓一通りのことはやり、舞台の相棒は橘家金太、旭家松助の二人で、松助も同じ芸妓朋輩なりと。

明治441212日 大阪朝日新聞

◇曽呂利新左衛門の宝年会は十日畳屋町重亭に催したり。出演者は松喬、文之助、松鶴、文団治、円子、曽呂利等にて、中にも松鶴の「しり餅」は満座の頤を外し、曽呂利の「地獄車」も面白く、円子の踊りにて午後六時頃散会したるは師走を知らぬ年忘れ会なりき。

明治441212日 中国新聞(広島)

東横町演芸館は五人坊主歌舞伎笑話に一行は林家正花、同喬太、同しん橋、同小志ん三、同角冶、同升太郎、同歌之助、月亭松葉、武士道灌講釈清水一角、二代目林家しん鏡

明治441214日 関門日日新聞(山口下関)

◇笑福亭来る 浪花三友派落語笑福亭福円一行は、當市贔屓筋の懇望に依りて、再び當地旭亭に乗り込むこととなり、本日より開演する筈にて、愛嬌沢山の英人ジョンベル、福楽、千鳥、喜代子、円三、小円、円松、枝輔、芝輔の腕揃いでお臍の宿替させると力んでいる。

明治441215日 神戸新聞

大黒座 落語三遊亭金馬一座は愈々十六日初日にて出番は左の如し

落語(金童)落語手踊(金平)操り人形(金遊斎)落語(金勝)音曲手踊(小金馬)落語(談志)長唄曲弾(福三郎)バイオリン(福寿)落語(圓雀)落語滑稽講釈(春輔)清国人曲芸(有来)落語(金馬)清元ぶし、鎌倉ぶし、清元手踊(照吉、松助、金太)

屋幸満 落語定席屋幸満は本日より左の如く出番替えしが、圓都は改良笑話、呂鶴は即席三題噺、千橘は出雲節と電気応用手踊等なり。

圓助、圓盆、三筋、文之助、三枡、呂鶴、圓三、千橘、圓都

明治441217日 神戸又新日報

大黒座 昨日華々しく初日を出せし忘年落語互楽派東京三遊亭金馬一行の今二日目の演しもの左の如し

子供の美談(□□)滑稽曲芸(有来)掛合噺(金太、金助)王子の太鼓(圓雀)長唄曲引(福三郎、福寿)袈裟茶屋(春輔)清元鎌倉節(照吉、松助)笑い竹(金馬)喜劇

兵神座 三友派落語席とし開演連名左の如し

笑雀、團輔、小文、圓の助、小圓太、花咲、駒弥、芝雀、柳丈

明治441218日 満州日々新聞

曽我の家太郎 同一座は又々磐城座に於いて開演する事となり今度は大阪より道具方を呼び寄せ大改良を加え十七日より花々しく興行の筈・・・。

花月席 十八日より諸芸人の餅搗演藝會を催し飛入り勝手次第、木戸無料藝題は講談読切(梅吉)二○加(千吉)手品色々(若吉)浪花節(藤子嬢)落語音曲(桃太郎)奇術不思議のシルクハット(奇天一)義士銘々伝(蝉丸)大切総出奇劇

明治441219日 大阪朝日新聞

◇互楽派の松島文芸館は十九日より女太夫長広、組助、長春、組之助出演。

明治441226 京都日出新聞

芦辺館の来春早々から明けましてお機嫌を伺ふ連中は文都、松光、枝太郎、蔵之助、大和、小円太、円笑、小文三、燕太郎、三八、桃太郎、歌之助、枝雁、円歌、三蝶、名古屋寿万歳伊呂久社中、清国人曲芸張小春 等で平居舘、長久亭、紅梅舘と掛持するといふ

明治441227日 大阪朝日新聞

◇浪花三友派各席は二十六日限り打納め、二十七日より南地紅梅亭、松島六方舘に限り二十九日迄諸芸大寄せを開始する。

明治441228日 大阪朝日新聞

◇浪花三友派の各席一月興行には従前の一座へ愛知名物伊呂久組の寿万歳、熱田神楽大悦組寿獅々の両社中及び春風亭芝雀出勤。

明治441228日 神戸新聞

戎座 生田前戎座に一月出演の落語顔触は左の如く余興として松づくしを演じる

落語(圓二)(一丸)(文光)音曲(千橘)落語(かくざ)音曲(圓都)湊踊(板倉)問答(美之助)ステテコ(圓三)扇舞(圓次)音曲引(圓輔)

雑居亭 元日より奈良丸一座の浪花節を開場す。

明治441230日 神戸新聞

一月の敷島館 落語定席敷島館は一日より喬都助、大多福、璃喜子、千鶴、圓輔、小文、圓之助、桃太郎、福太郎、文我、謹吾等にて昼夜二回開演す。

明治441230日 大阪朝日新聞

◇桂派各席一日より従前の上に富士田千之助、弥三郎、杵屋弥三郎の長唄と薩摩筑前琵琶木原平治、中村春暁出演。

明治441230日 山陽新報

九重館 明春の初興行として東京落語三遊亭金馬大一座を招き一日より出演する由なるが、一座には三十六貫で評判の東海道戸塚芸妓旭家照吉あり。初日の番組左の如し

安産(金重)弥次郎(金平)獅子の曲(金遊斎)篤々籠(金勝)音曲手踊(小金馬)教育美談(談志)掛合噺手踊(金太)長唄曲弾ヴイオリン合奏(福三郎)王子の太鼓扇子の使分け(福寿)(圓雀)鎌倉節(照吉)手踊(松助)山姥(金太)子賛(金馬)借金払い(鹿中総出)


上方落語史料集成 明治44年(1911) 七 参考資料

【参考資料】

<桂派矯風会一覧(明治44年)>

115日 杉の木席
 出演者:歌太郎、仁三郎、文福、小円馬、仁左衛門、竜生、枝雀。余興東海道膝栗毛一の谷を富士松綱太夫、
 同亀三郎にて勤める。

212日 金沢亭
 出演者:文紅、雀之助、雀三郎、枝雀、しん生、仁左衛門、円馬。余興は春暁の筑前琵琶、内田秀甫の浪
 花節。

312日 瓢亭
 出演者:枝之助、枝朝、文里、右円遊、文福、竜生、枝雀、円馬、仁左衛門。余興常磐津綾勢、綾若、一
 賞、円童。 

416日 国光席
 出演者:余興は名古屋愛親神楽獅子一座と長唄杵屋正六、正子の新作もの。

514日 杉の木席
 番組:火事道楽(円馬)、不動坊(小文枝)、赤子茶屋(枝雀)等。余興は淀平、淀二の掛合噺、石村松雨外
 三人元禄花見踊。

<三友派日曜会一覧(明治44年)>
115日 紅梅亭
 出演者:文雀、松喬、馬生、米団次、文都、文吾。余興には一座総出の笑劇万花の□、熱田神楽、日の出社、
 寿獅子。

219日 永楽館
 出席者:燕太郎、新作、米団治、松鶴、残月、文都、馬生。余興は清元新橋小歌の地にて喬之助が舞を勤め
 る。

326日 第一此花館
 出演者:菊団治、歌之助、松喬、文吾、文団治、馬生、文都。余興は舞鶴亀華扇地方八十松、柳寿斎、円子。

49日 紅梅亭
 出演者:(未詳)。余興は端唄剱舞の綾瀬川が出席。

108日 第一此花館
 番組:宿屋仇討(松鶴)、比翼塚(左楽)、雁風呂(文都)、留守事(松喬)、こんにやく問答(円太
 郎)等。

1112日 紅梅亭(百回目)
 番組:これく賭博(松鶴)、勝田新左衛門(馬生)、五両のこし(文団治)其他数番。

<京都芦辺館日曜会一覧(明治44年)

18日 
 番組:
年又新(桃太郎)軽業講釈(南枝)木挽茶屋(小文吾)貸家と借手(歌の助)不動坊(文吾)余興盆
 の曲(円坊)壷坂寺沢市内(仮名太夫、政八)胴取(枝太郎)忠信(文三)

115
 番組:
兵庫船(三八)狩猟(小文吾)三軒長屋(円笑)小村治太郎(柳丈)崇徳院(歌之助)余興先代萩(仮
 名太夫、政八)天神詣(文三)大丸騒動(枝太郎)

122
 番組:
旅の賑ひ(円の助)八五郎坊主(小文三)轆轤(ろくろ)首(円笑)沢庵問答(柳丈)人形買(歌の
 助)越後獅子(円坊)余興御所桜(仮名太夫政八)昆布巻芝居(枝太郎)八足(文三)

129
 番組:
お廟詣(桃太郎)庵寺潰し(枝雁)子放り奴(円笑)幇間(小文吾)竈幽霊(歌の助)余興盆と手
 踊(円坊)菅原四段目(仮名太夫政八)矢走舟(文三)後家殺し(枝太郎)

25
 番組:
百度詣(三八)寄合酒(南枝)舟弁慶(歌之助)住吉駕(枝太郎)地獄旅行(円子)余興新案初音の
 皷(扇蝶、円笑、小文吾)堪忍袋(馬生)百年目(文三)

212
 番組:
旅景色(桃太郎)瘤弁慶(枝雁)桑名舟(小文吾)生貝(歌之助)聾茶屋(扇蝶)紙入盗人(枝太郎)
 余興少年浄瑠璃(仮名太夫、政治八)按摩炬燵(文三)雪月花(円子)秋色種(柳寿斎)

219
 番組:
旅は道連れ(三八)鳥屋坊主(菊団治)堀越村(小文吾)吉凶茶屋(歌の助)経済の極意(枝太郎)芝
 浜財布、余興長唄廓五郎(円子、柳寿斎)浮れの屑撰(扇蝶)大工裁判(文三)

226
 番組:
芽出し柳(桃太郎)小倉舟(南枝)春雨茶屋(円笑)雪こかし(哥之助[歌之助])智恵競べ(扇蝶)河
 鹿沢(円子)余興長唄囃子(円子、柳寿斎)抜け雀(枝太郎)慾の熊鷹(文三)

35
 番組:
団体参詣(円の助)崇禅寺馬場(枝雁)饅頭恐い(小文吾)親子酒(扇蝶)代診(文三)余興清元浮世
 ぶし(喬之助)近世名士伝(残月)煙草の火(枝太郎)

312
 番組:
都の賑ひ(三八)曲馬(南枝)長崎土産(小文吾)狸茶屋(扇蝶)愛宕山(枝太郎)余興寿獅子付り所
 作事(日の出社中)住吉丸(残月)仕込の大筒(文三)

319
 番組:
都の春(桃太郎)百人坊主(枝雁)黄金の大黒(円笑)番頭の失策(小文吾)廿四孝(文三)余興熱田
 神楽(日の出社中)崇徳院(扇蝶)芸妓の真心(枝太郎)

326
 番組:
盲杖桜(円之助)高宮川(小文吾)七段目(小文三)二日酔(扇蝶)余興清元夕立塚(喬之助)浮れの
 屑撰(枝太郎)将軍の誉(残月)妾通ひ(文三)

42
 
330日の新京極の大火で休席

49
 番組:
百花繚乱(三八)向う付(南枝)味噌土蔵(小文吾)阿弥陀ケ池(文治郎)崇禅寺馬場(枝太郎)余興
 先代萩(仮名太夫、政八)近世美談(残月)出刃吉(文都)

416
 番組:
落花狼藉(桃太郎)唖の魚釣(枝雁)浮世床(小文吾)菜種切り(枝太郎)子はかすがい(文都)余興
 山村派舞(華扇、八十松)近世美談(残月)駱駝(文吾)

423
 番組:
葉桜(円之助)浮世根問(南枝)嫁の下駄(小文吾)雪こかし(歌之助)親子茶屋(枝太郎)余興舞松
 の緑(華扇、八十松)雁風呂(文都)□幽霊(曽呂利)

57
 番組:
五月鯉(円歌)兵庫船(円の助)牛褒め(枝雁)書割盗人(文雀)万歳茶屋(芝雀)鍬形(松喬)余興
 舞鉄輪(華扇、八十松)河鹿沢(大和)新町廓冬の遊び(文都)

514
 番組:
金魚売(桃太郎)尼買(南枝)惚れ薬(文雀)天災(大和)余興歌舞音曲(綾瀬川)菊江仏壇(文都)
 新裏の裏(松喬)涙の片袖(枝太郎)

521
 番組:
初夏の旅(桃太郎)八五郎坊主(枝雁)赤子茶屋(文雀)樟脳の炎(松喬)余興舞鶴亀(華扇、八十
 松)女天下(大和)網舟(枝太郎)盗人の挨拶(文都)

528
 番組:
旅路の二人(円歌)歳誉め(円の助)軒付(南枝)天川屋義兵衛(文雀)青葉の影(松喬)余興音曲
 噺(芝雀)幇間
(文都)塩原馬の決れ(大和)不動(枝太郎)

64
 番組:
神風(扇笑)兵庫船(三八)蔵丁稚(小文三)船弁慶(三代松)壷(小文吾)苫ケ島(松喬)余興長
 唄勧進帳(正六、正子)胴取(枝太郎)虱茶屋(文三)

611
 番組:
夏木立(円歌)島廻り(福太郎)崇禅寺馬場(枝雁)初恋(小文吾)鶴満寺(松喬)芝浜財布(大
 和)余興長唄、茂林寺狸の由来、文福茶釜(正六、正子)質屋蔵(枝太郎)神と仏(文三)

618
 番組:
東の旅(都鶴)薬師詣(南枝)菊石妾(三代松)代診(小文吾)猿廻し(松喬)舟弁慶(枝太郎)余興
 手術の進歩(社中総出演)南瓜政談(文三)ふみ違ひ(大和)

625
 番組:
旅は道連れ(円歌)鳥屋坊主(三代松)二番目(小文三)桑名舟(小文吾)辻八卦(松喬)小言幸兵
 衛(大和)余興長唄蜘蛛拍子舞(正六、正子)大丸騒動(枝太郎)後家の姿(文三)

72
 番組:
旅の二人(扇笑)島廻り(桃太郎)唖の魚釣(枝雁)高尾(小文三)二十四孝(円笑)宮戸川(大和)
 余興歌舞音曲(華玉川)胴乱の幸助(文三)忠義の正夢(枝太郎)

79
 番組:
夏の旅路(都鶴)舟遊び(福太郎)浄瑠璃息子(南枝)茶瓶の合薬(桃太郎)春雨茶屋(円笑)響
 (大和)余興歌舞音曲(華玉川)痰饂飩(枝太郎)人形買(文三)

930
 番組:
兵庫舟(桃太郎)饅頭喰(枝雁)七段目(小文三)勢息子(円笑)王子の狐(大和)余興長唄勧進
 帳(喜よし、寿美れ)曲毬道化(小仙、小金)宝船(馬生)素人浄瑠璃(文三)

108
 番組:
瘤弁慶(三蝶)愛宕山(桃太郎)桃中軒(三八)崇徳院(円笑)一ツ穴(大和)東京丸一社曲芸(小
 仙、小金)赤垣源蔵(大阪より特派馬生)赤子茶屋(文三)

1015
 番組:
吾妻の駅路(円歌)黄金の大黒(円之助)東奴故郷へ錦(枝雁)吹替息子(桃太郎)お駒長兵衛(大
 和)余興丸一曲芸(小仙、小金)鹿児島男子(左楽)植木屋常右衛門(文三)

1022
 番組:
運突酒(三蝶)角力(三八)店開き(小文三)留守事(松喬)千代の松引(大和)余興長唄(喜よし、
 すみれ)同丸一連曲芸(小仙、小金)日露戦役(左楽)夢見の八兵衛(文三)

1029
 番組:
 紅葉狩(都鶴)高宮川(円之助)竈幽霊(枝雁)子放り奴(円笑)転宅(大和)長唄鞍馬山(喜よ
 し、寿美れ)滑稽道化(小仙、小金)袴落し(文三)天保水滸伝(馬生)

115
 番組:
寄合酒(南枝)愛宕山(燕太郎)筍医者(春団治)留守の間(松喬)お元違ひ(大和)余興清元浮世
 節(歌吉、喬之助)清国曲芸(張少春)堪忍袋(馬生)牛の丸薬(文都)

1112
 番組:
紅葉狩(三蝶)食客講釈(桃太郎)釜猫(燕太郎)男女の疑問(春団治)夢屋(大和)余興清元(喬
 之助、歌吉)同清国曲芸
(張少春)古歌崇徳院(米団治)忠信(文都)

プロフィール

丸屋竹山人

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