勾欄類雑集録

◇三月八日より清寿院芝居小屋前にて咄。  

芝居噺 七昇亭花龍・林家花笑・吾妻富士佐代・吾妻冨士鶴・七昇亭花山文

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◇三月十四日より堀川金橋座咄興行。三月三十一日限。

林家正三・林家延笑・林家延玉

〈編者註〉早稲田大学演劇博物館所蔵安田文庫「近世・近代風俗史料貼込帖」(32055)に一枚刷のビラがある。表題は「昔はなし」、その下に「五条橋詰金橋座」とある。演者名は順に「林家正三 林家延笑 桂文馬 林家正楽 林家延蝶 林家延玉」(正三・延笑・延玉が太字、正楽は中字、文馬・延蝶は細字)で、林家正三の上に「芝居はなし」、その他は「浮世はなし 舌者」と書かれている。年代は記されていないが、右枠外に「来ル三月上旬ヨリ」とあり、同文献の前後関係からこの時のものではないかと推測される。

ついでながら、桂文馬は後の三代目桂藤兵衛であろう。藤兵衛は嘉永二年生まれ。十七、八歳のころ初代桂文枝に入門して「文馬」の名をもらっている。

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◇四月九日より桜町方等院にて盲人四人大々評判宜。

はうた、上るり、女夫引、カマヤ引、手事曲引、一筋引、つるの巣ごもり。

 中澤芦雪・桃原南枝・徳永里鳥・中呂十枝

 右同月二十七日より清寿院へ引越興行。

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◇五月(編者註:堀川金橋座にて)盲人の曲引の者、浄るり語りを入、色々這入て興行。

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◇六月二十二日より赤塚町山熊裏にて盲人曲引。

 中沢芦雪・桃原南枝・徳永里鳥・中呂十枝

 又七月一日より桜町方等院にて御いとま乞として三八入興行。

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◇八月十二日夜より、広小路神明境内にて昔咄、芝居穴さがし。

 林屋延笑一座

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◇八月二十八日より、志水浅井にて

咄家 七昇亭花龍 吾妻路富士鶴・土佐鶴一座。

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◇十月一日より、方等院にて芝居咄。

 林家延笑。

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◇十二月二十一日より、志水浅井寄せにて又咄。

 七昇亭花竜・三昇亭梅花・富士松梅玉・吾妻路富士鶴

[参考文献]

「勾欄類雑集録」

小寺玉晁の自筆稿本で、文久四年から明治六年までの名古屋の芝居、落語、講談、見世物等を記録したもの。原本は早稲田大学図書館蔵で、未翻刻、未公開のため、名古屋の鶴舞中央図書館蔵の写本(明治四十三年に名古屋市史編纂係が謄写したもの)により掲出した。明らかに写し間違いと思われる箇所はその文字の後に[ ]で示した。なお、写本はインターネットで公開されている。