メッシは一体何と戦っていたのだろうか?

その姿はまるで1人で雑魚キャラをバッタバッタとなぎ倒し、ラスボスを必殺技でやっつける。日曜朝の戦隊モノのフォーマットを見せつけるかのように、メッシはドリブル突破に固執していた。
メッシの正義感溢れる強気な姿勢は仮面ライダーのようで逞しくも見えるが、フットボールがチームスポーツである以上、過剰なまでのそのやり口は傲慢でしかない。
バジャドリード戦の前半は、頑なに繰り返されるメッシのドリブル突破によりチームが機能不全に陥らせるという、エースとしてやってはいけないことを王様の横柄さでやらかしてしまった試合であった。

メッシがドリブルで仕掛ける意義は理解はできる。スペースを徹底的に消してくるコンパクトな守備ブロックを崩すのに、定位置である右ハーフスペースから斜めに入り込み、マーカーを剥がせれば次のカバーリングに入ることを利用して芋づる式に守備組織のズレを生じさせる。それにより1番密集していて、敵が攻め込まれたくないエリアに風穴を開け、質的優位性を活かしたコンビネーションプレーで直接打撃を与えるのがメッシのシナリオだろう。
しかし、今のメッシの仕掛けるドリブルは手段と目的が逆になっているように見える。
ゴールを奪うための1つの手段でしかないドリブルが、守備ブロックを切り崩すために目的化しているように感じしてしまうのは僕だけではないだろう。
2節前のバレンシア戦では、守備ブロック内にメッシがカットインで入り込み、セカンドボール奪取と更なる2次攻撃による守備陣形を崩して攻めまくる、メッシのドリブルを中心としたスクイーズ攻撃はまだ戦術として機能していた。しかし今節では同じパターンで攻め続けても攻撃精度が格段に落ちていた。
その理由の一つに、メッシにボールが入った時点でチーム全体の動的なポジショニングによる連動性がなくなっていたからだろう。
メッシがドリブルを始めるとチーム全体が静観を決め込み、メッシの動向を目で追うようになっていた。
これは"パウサ"による動的なポジショニングの矯正される小休止ではなく、配置も判断も"ストップ"した、ただの全休止だった。
流動性が凝固化した攻撃が、強固な守備ブロックの前で為すすべがなく跳ね返されるのは自明の理。なのでメッシがドリブルを仕掛ければ仕掛けるほど二次被害が拡大していったのだ。

バジャドリード戦の前半で顕著だったのは、メッシのドリブルが跳ね返された後のチームのリアクションがかなり悪かったことだ。
それも当然で、メッシがドリブル開始で味方は全休止しているのだから、攻撃しながら守備の準備をしていない静的なポジショニングでは、ネガティブトランジションからの即ボール奪取ができない。
なのでメッシが通ったドリブルのスタート地点辺りにはエアーポケットが出来やすく、バジャドリードはボール奪取後にそのスペースにボールを運び、サイドに展開してから素早いカウンターアタックに繋げていた。
また前半42分にはコーナー崩れのメッシの横パスを狙いすましてパスカットし、ビックチャンスと認識したバジャドリード攻撃陣は、5人が迅速に駆け上がりバルサ守備陣は数的不利に陥るカウンターアタックで大ピンチを招いてしまった。
結局バジャドリードのフィニッシュの精度の悪さにから助けられ事なきを得たが、メッシから狙い通りボールを奪い、素早く計画的なカウンターアタックで再三ピンチを迎えていたことを考えると、メッシのドリブルによる強引な仕掛けは、バルサの攻撃がただただメッシの色調がどぎつくなっただけの分かりやすい攻め筋へと変わり、勝機やヤル気をも吸い取られそうになる喪失感に支配されていった。

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最近のメッシの写真では、周りに3人以上に囲まれているシーンが多い。



王様のわがまま

見るもの全てを欺き、驚愕させたマラドーナが"閃きの天才"だったのに対して、メッシは正しい戦況把握で未来予想図を描き、正確なプレーで未来を切り開く"判断の天才"だ。
ピッチを芸術で包むマラドーナとは違い、メッシはピッチを支配する手法そのものが芸術なのだ。
しかし、バジャドリード戦のメッシの判断は正しかったのだろうか?未来予想図を芸術的に描けていたのだろうか?

メッシは一体誰と戦っていたのだろうか?

これは僕の仮説だが、メッシ自身の調子が悪いか、チームの調子が悪いか、その両方が重なっている場合には、自ら難しいプレーを選択をし、難しい戦況に立ち向かう傾向にある。 
そうなるとメッシはパスを裁くことを止めて、敵と正対していきなりトップギアに上げてドリブルを仕掛け、強引な突破を狙う。狭かろうが、マーカーが何人いようがお構いなし。ミスってもミスってもそのチャレンジを止めようとはしない。それはマタドールに突っ込んでいく闘牛のように一心不乱に直線的なプレーに走る。そんな傾向がある。
そうやって自分を追い込み、尋常ではない炎をたぎらせ"自分で仕留めなければならない"という思い込みに近いピリピリしたムードを醸し出す。
それを象徴するかのようにデンベレがメッシへの奉納パスを2回送っていたのは、その得体の知れないメッシの雰囲気をデンベレがフットボーラーの直感で感じたからだろう。アタッカーであれば自らシュートに行くべき戦況でパスの選択には小さくない違和感があった。それくらいメッシは自らを追い込んでいたのが把握できる。

しかしメッシは今シーズンからキャプテンになり攻撃を牽引するだけではない、真のチームリーダーに変わったのだ。イニも去り、苦境を分かち合って寄り添うことができるカンテラーノ戦士がブスケとピケだけになった状態で、そんな1人相撲をしていてはチームへの悪影響は計り知れない。
メッシはバルサの攻撃そのものなのだ。乱れた攻撃ビジョンを勝手に貫き通されてもチームの呼吸がすぐに乱れ、呼吸不全に陥るのは一目瞭然だ。
だから自分が悪い時期だろうがチームが重たい動きだろうが、自らを奮い立たせ自分のケツに火をつけるような強引なドリブル突破でチームを牽引するという姿勢は、王様のわがままと言われても仕方がないと思う。チームリーダーが取るべき正しい行動ではない。


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デンベレは早くもトップフォームに近い。左サイドのアルバとの"主"と"従"の関係も良好。


あまりに酷かった前半を反省してか、後半のメッシはノーマルに変わった。シンプルにプレーするようになるとチームの流動性が戻り、ポジショナルな攻撃も活性化していった。
前半にはなかったDFラインの裏を狙う意図をチームで共有し、浮き玉を利用した立体的な崩しも計りながら多彩な攻め筋を見せつけ、バジャドリード守備陣のボール奪取を狙う攻撃的な姿勢を後退させていった。
前半の違和感を引きずったように決定機を外しまくって最小スコアでの勝利ではあったが、後半はメッシが個人技に走らず、その戦況におけるチームの最適解を出し、正しい判断力を戻した。味方もメッシと合わせるように、その状況に対応する的確なプレーを遂行するという最初からその姿勢を見せろよ!感が満載だったが、前半に悪い膿を全て出し尽くしたと考えれば戻るべき場所に辿り着いてホッとしたというのが実直な気持ちだ。


メッシが特別扱いされるのは文字通り特別だからだ。しかし特別だからといってやっていいことと悪ことが当然あり、悪いことを続ければ舵の壊れた船のようにチームは迷走する羽目になる。
1人で全てを背負い、判断も視野も狭ばった馬鹿の一つ覚えのように突っかかっていた傲慢な前半から、自ら修正してみせた後半のプレーを見てたら、メッシ本人が"自分は一体何と戦っているのか?"に気付いたはずだ。

それは己の内に秘めた抗えない何かではなく、目の前に立ちはだかる敵であること。
そのためには自分が闘うのではなく、チームで戦うことを。
♪当たり前のことが、大事なことだと付かされたそんな夜に…♪ 何処かで聞いたJ-POP調な歌詞のようだが、それをメッシとチームがしっかりと気づき、勝利のために何が大切で、何が必要なのかを再認識できたことは、バジャドリードに安くない授業料を払ったと思えば少しは気が晴れるというものだ。


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シーズン終わりにビッグイヤーを掲げた時に、こんな試合もあったねと、あの時はわがままだったねと言えるようになる!はず。


CLリヨン戦を見据え、バジャドリードのバルサ対策を注視すると非常に興味深かった。
ハーフェラインからプレスが始まり、5-2-3から横と縦の緻密なスライドで5-3-2に変形し見事に隙を作らない守備ユニット。
ボール奪取後にはアタッカー三枚が扇子が開くように素早く上がり、数的同数以上に持ち込むカウンターアタックの仕掛け。
前線三枚が第一の矢となり、そのすぐ後ろに第二の矢として2人がスプリントして5人で攻め上がる分厚いカウンターアタック。
カウンターからボール保持に切り替えると、その5人が5レーンに配置されセットオフェンスに切り替えるカラクリ。と、今節バジャドリード戦のブログはCLリヨン戦に想起して戦術的なことを書こうと思っていたが、今回は全て割愛させていただいた。
それは細かなディテールよりも、メッシの立ち振る舞いの方が重要だと思ったからだ。
エースの不測の事態にどう対応するかはチームとしてとても大事だが、その前に不測の事態そのものをなくすことができれば、それに越したことはない。バジャドリード戦で見せた王様のわがままは、その類のものでメッシ自身で問題解決できる。

己と戦うのではなく、チームとして敵にしっかり向き合えば、メッシが牽引するバルサは高度な守備戦術を駆使されても攻略できるはずだ。
そしてメッシが気持ち良く試合にのめり込めば、わがままさは知的さへと豹変し、無駄に突っ込むドリブルが、流麗なパスワークへと変わるだろう。そして美しく圧倒的に攻め倒す勇姿を取り戻せるはずだ。

最近のクラシコはホームチームが勝ちにくくなってきている。
バルサが引いて耐えることを覚え、マドリーがバルサ並みのボールプレーができるようになったことで、ひと昔前の"攻めるバルサ対守るマドリー"というハッキリとしたコントラストはボヤけ、ある種似た者同士の対決となった。
多角的な戦略のもと、戦術のユーティリティ化が進み、高度なテクニックによる豪華な殴り合いと化したクラシコは、互いの手の内を知り尽くした上で「先に何かやらせる」方が有利になってきている。要は殴りかかるときの襟の掴み方でパンチを読み切り、カウンターパンチがハマりやすい構図だ。
相手の仕掛けに合わせて掛ける技である、武道の世界でいう「後の先」という究極の駆け引きがクラシコという至高の対戦ゆえにハマりやすいのだ。
先に仕掛ける事が多いホームチームもライバルの「後の先」は理解している。なので返される攻め手も把握できいるから、返り血を浴びるリスクを考えるとあと一歩が踏み込めない。
国王杯1stレグのクラシコがまさにこんな感じだったと思う。
バルサはビルドアップからじっくり攻めてはいるが、トドメを刺すための勇敢さよりも頭の片隅にこびりつく守備バランスが少し上回る焦れったさ。
開始早々の失点でその姿勢が濃くなり、ライバルに勝つために必要だったゴール前での爆発力が足りない試合展開となった。
やはりホームで勝ち切るのは難しかったが、しかしアウェイゴールを奪われたが最少失点に抑え、負けなかったのだから決して悪い結果でもない。

2stレグは立場が変わる。絶対に負けられない相手に負けてはならない場所で戦うマドリーには「先に何か仕掛ける」戦況に陥りやすい。
欧州最高峰の決闘クラシコで1点のアウェイゴールなど有利でも保険でもなんでもない。監督がヘタを打てば、戦略を濁らす邪魔にすらなり得る。
そんなホームチームに対してまず受けから入り、後から仕掛ける優位性を上手く戦術にアジャストする。それが完璧にできれば、昨シーズンのベルナベウ・クラシコを3-0で仕留めたように、完膚なきまでに叩きのめすことはできるはずだ。

チーム力が僅差になったことから近年のクラシコは壮絶な打ち合いか、聡明な心理戦のどちらかハッキリと分かれる傾向にあるが、一瞬の隙を突きやすいアウェイチームの優位性が少しだけ高いのは間違いない。そして今シーズンまだクラシコでの先発がないメッシをスタートから起用すればクラシコでのアウェイの優位性はさらに高まるだろう。
国王杯、僕はバルサの方が有利にあると思っている。

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何気に難しいシャット決め、喉から手が出るほど欲しかった結果を出した。




クラシコのダメージ

激闘のクラシコから中3日でサンマメスへ移動してビルバオと対戦することは想像以上にキツイ。1週間フルに準備してきた勇ましい猛者がフィジカルな戦いに持ち込もうとするのは百も承知なわけで、真正面からぶつかればクラシコの疲労蓄積を考えてもバルサが持つわけがない。
なのでチームがどう90分をコーディネートし、バルベルデが戦略的に上手くテンポをコントロールした戦術を落とし込んで戦えるかがこの試合の1つのキーポイントだった。

そういう意味で前半の試合展開は完璧に近かったと思う。
ビルバオのシンプルな攻撃の要所を抑えながらボールを丁寧に動かす。ビルバオはGKまで追い込む攻撃的なプレッシングを控えていたが、逆に追って来いよ!と煽るくらいプレス強度への順応性が高い連動したパスワークでボールの奪いところをボカしていた。
このビルバオがボール奪取に行ってもはぐらかす展開には、ボール奪取後のネガティブトランジションを効かせたカウンターを阻止をするだけではなく、トランジションそのものをネガティブに作用させる巧妙な罠を潜ませていた。
これをチーム全体が共有し、意図的に実行することでキビキビとした規律の中にも試合巧者の余裕を感じさせた。
これは本当に技術力がある強者にしかできないレベルの高い戦術だ。体力を温存しながらも敵の体力を削ぎ後半勝負に持ち込む。クラシコ後のタフなビルバオ戦という難しいシチュエーションの中で、非常に理にかなったバルベルデの戦略だったと思う。

そして後半開始からギアを上げてビルバオ守備陣に襲いかかる。
敵を自陣ゴール前に押し込むセットオフェンスでは、前節バレンシア戦同様に1番圧縮されている中央エリアをメッシがドリブルで突っ込むスクイーズ攻撃と、分厚いサイド攻撃を振り分けながらゴールをこじ開けに行く。
ビルバオもついにきたか!としっかり守備ラインを下げるも、迫力ある攻撃の前に4-4のブロックでは崩壊寸前だったが、割り切って8人が融合した大きな壁になって弾き返す。
それでもバルサの得点は時間の問題かと思っていたら、雲行きが怪しくなっていった。
あのバレンシアの高精度化された守備ブロックをこじ開けたセットオフェンスも「心技体」が整ってなければ齟齬が派生する。
後半途中から徐々に"心"と"体"に陰りが見え始め、"技"がブレ出した。
ここに来てクラシコでのリカバリーしきれなかった疲労が、鉛のような重さでバルサの選手たちに襲いかかり、プレー判断をする思考を鈍らせた。チームが思っていた以上にクラシコのダメージが深かった。

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かなり狭いところに突っ込んでいくメッシ。スクイーズ攻撃は、メッシとゴールに向かうなら数センチ単位のスペース感覚がないと成立しない。


セカンドボール狙いからの二次攻撃がメインのはずのスクイーズ攻撃が、メッシが突っ込むだけの無謀な攻撃へと変わり、カウンターアタックの餌食となった。それにより帰陣による素走りがチームに追加されることで"体"のチャージ不足が加速する悪循環にハマった。
攻めては跳ね返され、カウンターアタックを仕掛けられることで中盤が間延びし、前半避けてきたビルバオが得意なフィジカルな戦いに持ち込むやすい戦況になり、バルサは首根っこを掴まれてビルバオの土俵に引きずり込まれてしまったのだった。
最後の方はもう前半に戦略的に戦った優位性もキレもなくなり、まだ走れるビルバオが強襲。敗戦の香りも少し漂ったがテア・シュテーゲンのパラドンでなんとか凌ぎ、気づけば勝てる試合だと思って悠々と見ていた前半とは違い、負けなくてよかったと安堵の気持ちへと様変わりしていた。

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フォームが美しい



もし僕がバルベルデだったら

計画的な試合運びが途中で頓挫し、劣勢になったときにどう舵を切り直すか。
ピッチで起きていることはピッチの中で戦う選手たちで解決するのがベストだが、外からいじることで変化を加えるべき試合もある。
バルベルデはリードされている展開であれば、選手交替で流れを変えて逆転に持ち込むのが上手いが、まだ先が読めない展開の中でも闇雲に先手を打つ采配は苦手だ。
しかし、今節のビルバオに勝つためには疲れている選手に任せるには心許なく、ベンチからいじってピッチの景色をガラッと一変させる決断が欲しかった。そうすれば苦境の中でも一筋の光明を見い出し、分厚い守備ブロックを攻略できていたかもしれない。と、尻窄みな試合内容だっただけに素人のたら・ればも言いたくもなる。
もし僕がバルベルデだったらと妄想采配もしたくもなる。

もし僕がバルベルデだったら、デンベレの投入を5分早めただろう。バルベルデがデンベレを投入する直前、ウィリアムズのカウンターアタックからサンマメスの雰囲気が「いけるかも!」というポジティブな雰囲気に変化していたので、ビルバオサポの期待感を膨らまさないためにも素早くデンベレ投入しただろう。

もし僕がバルベルデだったら、足下がおぼつかなかったビダルをあえて残しただろう。苦境にこそ臨機応変に対応できる南米の小狡い頭脳で機転を利かしてもらい、ラスト5分になったらパワープレー要員としてゴール前に張り付かせることもできたはずだ。

もし僕がバルベルデだったら、途中からビルバオ守備陣が5バックの守備ブロックに陣形変化をしても、右サイドに揺さぶったときに"チャンネル"がぽっかり空いていたところを、デンベレを起点としたトライアングルオフェンスで右ハーフスペースからの攻略を考えるだろう。

僕がバルベルデだったら、最後はDFを削るギャンブルとして、セメドに替えてクラシコの殊勲者マルコムを左サイドレーンでドリブルを仕掛けさせるだろう。

勝つためにリスクを負う采配はやらないに越したことはないが、やらなければいけない試合もある。
苦い記憶として思い出されるCLローマ戦での大逆転劇も、戦況を見極めながらも試合の流れや、うねりのような勢いを見誤ったことで全てが後手に回ったように、ビルバオ戦後半では敵が戸惑うような"攻めの一手"を打つべきだった。
もちろんバルベルデも目の前で変化する戦況をしゃがみながら見て、頭の中でさまざまな交代パターンを描き、一方では「交代がうまくいかなかった場合」のことも思い描いてただろう。
しかしどれが正解なのかは結果論でしかないと割り切り、狂気に満ちた采配を打つ勝負師の顔が見たかった。きっとそれができる人が名将への階段を登る人だから。

バルベルデは良い意味での傲慢さが足りない。

たら・ればだけどね。


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結果がでなければ叩かれる。誕生日にも選手からバチバチ頭を叩かれる。

開始15分に全力ハイプレスで"かます"。
エンジンのかかりが緩るいバルサとのテンションのギャップを狙うのが対バルサとの常套手段になっているが、知将マルセリーノはそれを放棄して、自陣で待機した守備ブロックを築いた。

先日ナンバーの記事で、ポゼッション率も下がりバルサのパスワークの質は下がった的な記事を見たが、本当にそうであればマルセリーノは間違いなく他のチームと同じく積極的に"かます"だろう。
しかし、マルセリーノはその手段を選ばなかった。その理由は僕がブログで書いているようにバルサのビルドアップの質が上がってきているのを把握し、かましたところで効果薄と判断したからだろう。
その記事にはバルサは縦に速く筋肉質になったとも書いてあったが、それはストーミングの概念が席巻するトレンドの中でも技術で上回るために必要なスピードとインテンシティであり、進化したハイプレス戦術を上回るための判断能力の上積みだ。
例えばジローナ戦では、ツータッチでスムーズにボールを回しながらも敵のボールの奪いところに入ったところでワンタッチプレーに切り替え、チェンジ・オブ・ペースで敵のリズムを崩すという巧妙な組織プレーを何度か行っていた。
まだミスもあるが、あ・うんの呼吸でズレを作らず、型があって型がないアメーバーのように"グニャる"ことで型にはめ込むハイプレスを掌握する。"ビルドアップ2.0"の完成形はすぐそこまで来ているのだ。

マルセリーノの頭の中もこんな感じだったのだろう。なので違う"かまし"を用意していた。
得意技でもある堅守速攻だ。
懐かしい〜匂いがした〜♪と大黒摩季もら・ら・らっぽい古さとベタさではあるが、精度は抜群に高い。
ちなみに、コウモリという生物は高精度な超音波を用いて微細な水面の振動を感知し、水の中の魚を捉えることができるらしい。
リーガのコウモリもまた、ディテールをとことん突き詰めた高精度な守備の連動性を持ち、ボール奪取後にはスペースの捉え方が見事にデザインされたカウンターアタックでバルサに牙を剥いたのだった。

普段と違う"かまし"でバルサの虚を突き、開始早々から決定機を創出。その後も攻守のコントラストがハッキリとした戦況の中で、バルサの典型的な失点パターンに持ち込んで、立て続けに2点を奪取。策がハマったマルセリーノはしってやったりだっただろう。



高度化した守備ブロックを「スクイーズ」を利用して正面から攻め切る

バレンシアの守備ブロックは相変わらず凄い。両サイドレーンを捨て中央に圧縮した4-4の陣形を崩さず、危険なスペースを徹底的に消す。横の揺さぶりに対する素早いスライドは、ポジショナルな攻撃での狙いでもある"チャンネル"の侵入も見事に塞ぎ、試合の中で変動していくスペースの微細なズレも逃さない。
バレンシア戦の前にフルボッコにした国王杯でのセビージャの守備は、スペースよりも人へのマークが強く、それを逆利用してメッシの優位性を存分に活かして粉砕したのだが、バレンシアはあくまでも人ではなくスペースを守る。バルサからリードを奪ってからは4-4の陣形は崩さない徹底ぶりで、締りがキツくなった。カバーリングの距離感も均等でバルサも手を替え品を替えてペナには侵入するが、ゴールの鍵をこじ開けることはできないでいた。

この鉄壁を崩すにはどうするか。サイドにボールを展開してコツコツと小突いて小さな隙間から3人目の動きで仕掛けるのが定跡だが、そのポジショナルな攻撃をフリに使い、ドカン!と真正面から力技で殴り倒すというのがバルサの仕掛けた攻撃だった。
一番危険なスペースに密集する相手に対して、密集エリアに突っ込んでいくスタイルは映画「7人の侍」の三船敏郎の鬼気迫る殺陣のような斬れ味。その中心でもあるメッシの殺陣はギリギリを狙うから跳ね返されることも多く、バレンシアの先制点の直接的な原因にもなったが、チャレンジを繰り返し、一瞬の隙を常に見張っていた。

引いた守備ブロックを攻め崩す定跡でもある、サイドからの攻撃をわざわざフリに使うという手の込んだ仕込みを入れたのは、敵が自信を持ってやられないことを前提にした守備設計を、やられないと思っている場所からダイレクトに潰せばダメージがデカイというメッシの思惑がある。
メスタージャでの対戦時の同点弾もこの戦法で、一瞬の隙をつき4バックの真正面からメッシとスアレスがワンツーパスのコンビネーションで崩し切った得点で、ゴール後のバレンシア守備陣はその理不尽さにうな垂れていた。

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気合いの入った表情。



この仕掛けのキーは、守備ブロックに突っかけるドリブルだ。アジアカップで松木さんがしつこく連呼していたのがこれで、込み入ったエリアにドリブルで仕掛けることをバスケでは「スクイーズ」と言い、強引に仕掛けることで守備陣形を歪ませ、そこから素早く雪崩式に攻め込むのだ。
スクイーズによる第1特攻はそのまま突破できればそれでいいのだが、これは見掛けだ。真の狙いはコンパクトな陣形からのセカンドボールの制圧と、第2の矢で歪んだ陣形を切り裂くことだ。
この攻め筋で奪った同点弾にスクイーズ攻撃の効果がよく表れていた。スアレスが1人でガツガツと4バックに突っかけり、こぼれ球をビダルがすかさず拾い、メッシがペナ外から素早くフィニッシュをするという2段階攻撃。
強引かつ大胆で、狂いのない技術による正面突破は、メスタージャの時ではメッシのリスク・オンにした攻撃ビジョンを共有していたのがスアレスだけだったが、今では攻撃ユニット全体でメッシの意図を理解し、バランスも整っている。なので現在の"メッシから奏でる攻撃"はとてつもなく美しく、そして狂気に溢れている。

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スクイーズによる突っ込みでミスも多かったが、あれはチャレンジのミスだからオッケーでしょう。




頑張れ、左利きのカンテラーノ

違った"かまし"をやられ、流れを掴み損ねて前半に2点リード。しかし時間をかけて徹底した守備ブロック崩しによって同点に追いつき、その勢いそのままに逆転までいけるかと思ったが、一息ついたところを見逃さなかったバレンシアがボールの保持率を上げ、後半28分辺りからはハイプレスに戦術変更。負けそうな嫌な流れを見事に断ち切り、そのままドローに持ち込まれた。
バレンシアの不利な戦況を押し返すためにすぐさま変化した対応力は、先日のアジアカップでシステムの噛み合わせの悪さで何もできなかった日本代表を見たからか、やはりリーガのレベルはヤバイなと再認識した。

勝てなかったものみるか、負けなかったとみるかは人によって味方が変わる試合だったように、攻守の局面がハッキリとしながらも戦況が読みにくい難しい展開になった試合に、期待のアレニャーが先発で出場した。
持ち味を活かしつつ、狭いスペースを剥がすために必要な判断を間違えない賢さを見せつけ、ポジティブな余韻を残してアルトゥールと交代をしたのだった。
徐々に出場時間が増えているこの若手は、気付いたら前からずっと連んでるダチ的な存在感を出してきている。
この馴染みっぷりはカンテラーノだからというものではなく、アレニャーのキャラがそうさせているものだと思う。
アレニャーは出場した試合、派手な活躍はないが、積極的にチームの歯車として働く脇役としてチームを支え、鈍詩吟な展開力を中盤で披露している。
プレーは左利き特有の間合いを上手く活用して、オープンな身体の開きから次の展開への持ち込み方に巧みさがある。セルジロベルトの中盤デビュー当時と比べてもアレニャーの方がプレーリズムはスムーズで、パステンポに引っ掛かりがない。これも左利きの利点を存分に活かしているからだろう。
少し話が逸れるが、ペップ時代の中盤がバルサの原色が濃過ぎて、カンテラーノ以外は活躍できないという今とは真逆の問題が発生していたが、左利きケイタは長く重宝されていた。
きっとバルサの中盤のリズムと左利き特有の間合いの親和性は高く、パスで奏でるハーモニーが合致するのだと思う。
アレニャーは左利きでカンテラーノ。メッシと同じだ。
顔も映画「猿の惑星 創世記」に出てくるシーザーに似ていてとても知的。御主人が裏切らなければ従順でもある。


バルサの中盤はチャビやイニの系譜を継ぐバルサの原色が濃いい選手は近年現れてはいない。アレニャーもセルジロベルトも現代フットボールに適合したハイブリッド化されていて、少し毛並みが違う。
しかし、アレニャーにはアレニャーのバルサの中盤での生きる道があり、活かし方次第では第2のラキティッチ初期型のようになれるかもしれない。
まだまだスタートポジションに立ったばかり。焦ることはないしバルベルデも焦らしはしないだろう。
頑張れアレニャー。これから続くであろう熾烈なレギュラー争いも、親和性の高い左利き特有の間合いをフルに活かせれば少しずつ変えの効かない選手へと認知されるようになるだろう。そして、これから続くハードな日程による厳しくも刺激的な体験は、必ず本人のスケールアップになるはずだから。

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アレニャー

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シーザー。







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