最近のクラシコはホームチームが勝ちにくくなってきている。
バルサが引いて耐えることを覚え、マドリーがバルサ並みのボールプレーができるようになったことで、ひと昔前の"攻めるバルサ対守るマドリー"というハッキリとしたコントラストはボヤけ、ある種似た者同士の対決となった。
多角的な戦略のもと、戦術のユーティリティ化が進み、高度なテクニックによる豪華な殴り合いと化したクラシコは、互いの手の内を知り尽くした上で「先に何かやらせる」方が有利になってきている。要は殴りかかるときの襟の掴み方でパンチを読み切り、カウンターパンチがハマりやすい構図だ。
相手の仕掛けに合わせて掛ける技である、武道の世界でいう「後の先」という究極の駆け引きがクラシコという至高の対戦ゆえにハマりやすいのだ。
先に仕掛ける事が多いホームチームもライバルの「後の先」は理解している。なので返される攻め手も把握できいるから、返り血を浴びるリスクを考えるとあと一歩が踏み込めない。
国王杯1stレグのクラシコがまさにこんな感じだったと思う。
バルサはビルドアップからじっくり攻めてはいるが、トドメを刺すための勇敢さよりも頭の片隅にこびりつく守備バランスが少し上回る焦れったさ。
開始早々の失点でその姿勢が濃くなり、ライバルに勝つために必要だったゴール前での爆発力が足りない試合展開となった。
やはりホームで勝ち切るのは難しかったが、しかしアウェイゴールを奪われたが最少失点に抑え、負けなかったのだから決して悪い結果でもない。

2stレグは立場が変わる。絶対に負けられない相手に負けてはならない場所で戦うマドリーには「先に何か仕掛ける」戦況に陥りやすい。
欧州最高峰の決闘クラシコで1点のアウェイゴールなど有利でも保険でもなんでもない。監督がヘタを打てば、戦略を濁らす邪魔にすらなり得る。
そんなホームチームに対してまず受けから入り、後から仕掛ける優位性を上手く戦術にアジャストする。それが完璧にできれば、昨シーズンのベルナベウ・クラシコを3-0で仕留めたように、完膚なきまでに叩きのめすことはできるはずだ。

チーム力が僅差になったことから近年のクラシコは壮絶な打ち合いか、聡明な心理戦のどちらかハッキリと分かれる傾向にあるが、一瞬の隙を突きやすいアウェイチームの優位性が少しだけ高いのは間違いない。そして今シーズンまだクラシコでの先発がないメッシをスタートから起用すればクラシコでのアウェイの優位性はさらに高まるだろう。
国王杯、僕はバルサの方が有利にあると思っている。

IMG_1315
何気に難しいシャット決め、喉から手が出るほど欲しかった結果を出した。




クラシコのダメージ

激闘のクラシコから中3日でサンマメスへ移動してビルバオと対戦することは想像以上にキツイ。1週間フルに準備してきた勇ましい猛者がフィジカルな戦いに持ち込もうとするのは百も承知なわけで、真正面からぶつかればクラシコの疲労蓄積を考えてもバルサが持つわけがない。
なのでチームがどう90分をコーディネートし、バルベルデが戦略的に上手くテンポをコントロールした戦術を落とし込んで戦えるかがこの試合の1つのキーポイントだった。

そういう意味で前半の試合展開は完璧に近かったと思う。
ビルバオのシンプルな攻撃の要所を抑えながらボールを丁寧に動かす。ビルバオはGKまで追い込む攻撃的なプレッシングを控えていたが、逆に追って来いよ!と煽るくらいプレス強度への順応性が高い連動したパスワークでボールの奪いところをボカしていた。
このビルバオがボール奪取に行ってもはぐらかす展開には、ボール奪取後のネガティブトランジションを効かせたカウンターを阻止をするだけではなく、トランジションそのものをネガティブに作用させる巧妙な罠を潜ませていた。
これをチーム全体が共有し、意図的に実行することでキビキビとした規律の中にも試合巧者の余裕を感じさせた。
これは本当に技術力がある強者にしかできないレベルの高い戦術だ。体力を温存しながらも敵の体力を削ぎ後半勝負に持ち込む。クラシコ後のタフなビルバオ戦という難しいシチュエーションの中で、非常に理にかなったバルベルデの戦略だったと思う。

そして後半開始からギアを上げてビルバオ守備陣に襲いかかる。
敵を自陣ゴール前に押し込むセットオフェンスでは、前節バレンシア戦同様に1番圧縮されている中央エリアをメッシがドリブルで突っ込むスクイーズ攻撃と、分厚いサイド攻撃を振り分けながらゴールをこじ開けに行く。
ビルバオもついにきたか!としっかり守備ラインを下げるも、迫力ある攻撃の前に4-4のブロックでは崩壊寸前だったが、割り切って8人が融合した大きな壁になって弾き返す。
それでもバルサの得点は時間の問題かと思っていたら、雲行きが怪しくなっていった。
あのバレンシアの高精度化された守備ブロックをこじ開けたセットオフェンスも「心技体」が整ってなければ齟齬が派生する。
後半途中から徐々に"心"と"体"に陰りが見え始め、"技"がブレ出した。
ここに来てクラシコでのリカバリーしきれなかった疲労が、鉛のような重さでバルサの選手たちに襲いかかり、プレー判断をする思考を鈍らせた。チームが思っていた以上にクラシコのダメージが深かった。

IMG_1317
かなり狭いところに突っ込んでいくメッシ。スクイーズ攻撃は、メッシとゴールに向かうなら数センチ単位のスペース感覚がないと成立しない。


セカンドボール狙いからの二次攻撃がメインのはずのスクイーズ攻撃が、メッシが突っ込むだけの無謀な攻撃へと変わり、カウンターアタックの餌食となった。それにより帰陣による素走りがチームに追加されることで"体"のチャージ不足が加速する悪循環にハマった。
攻めては跳ね返され、カウンターアタックを仕掛けられることで中盤が間延びし、前半避けてきたビルバオが得意なフィジカルな戦いに持ち込むやすい戦況になり、バルサは首根っこを掴まれてビルバオの土俵に引きずり込まれてしまったのだった。
最後の方はもう前半に戦略的に戦った優位性もキレもなくなり、まだ走れるビルバオが強襲。敗戦の香りも少し漂ったがテア・シュテーゲンのパラドンでなんとか凌ぎ、気づけば勝てる試合だと思って悠々と見ていた前半とは違い、負けなくてよかったと安堵の気持ちへと様変わりしていた。

IMG_1309
フォームが美しい



もし僕がバルベルデだったら

計画的な試合運びが途中で頓挫し、劣勢になったときにどう舵を切り直すか。
ピッチで起きていることはピッチの中で戦う選手たちで解決するのがベストだが、外からいじることで変化を加えるべき試合もある。
バルベルデはリードされている展開であれば、選手交替で流れを変えて逆転に持ち込むのが上手いが、まだ先が読めない展開の中でも闇雲に先手を打つ采配は苦手だ。
しかし、今節のビルバオに勝つためには疲れている選手に任せるには心許なく、ベンチからいじってピッチの景色をガラッと一変させる決断が欲しかった。そうすれば苦境の中でも一筋の光明を見い出し、分厚い守備ブロックを攻略できていたかもしれない。と、尻窄みな試合内容だっただけに素人のたら・ればも言いたくもなる。
もし僕がバルベルデだったらと妄想采配もしたくもなる。

もし僕がバルベルデだったら、デンベレの投入を5分早めただろう。バルベルデがデンベレを投入する直前、ウィリアムズのカウンターアタックからサンマメスの雰囲気が「いけるかも!」というポジティブな雰囲気に変化していたので、ビルバオサポの期待感を膨らまさないためにも素早くデンベレ投入しただろう。

もし僕がバルベルデだったら、足下がおぼつかなかったビダルをあえて残しただろう。苦境にこそ臨機応変に対応できる南米の小狡い頭脳で機転を利かしてもらい、ラスト5分になったらパワープレー要員としてゴール前に張り付かせることもできたはずだ。

もし僕がバルベルデだったら、途中からビルバオ守備陣が5バックの守備ブロックに陣形変化をしても、右サイドに揺さぶったときに"チャンネル"がぽっかり空いていたところを、デンベレを起点としたトライアングルオフェンスで右ハーフスペースからの攻略を考えるだろう。

僕がバルベルデだったら、最後はDFを削るギャンブルとして、セメドに替えてクラシコの殊勲者マルコムを左サイドレーンでドリブルを仕掛けさせるだろう。

勝つためにリスクを負う采配はやらないに越したことはないが、やらなければいけない試合もある。
苦い記憶として思い出されるCLローマ戦での大逆転劇も、戦況を見極めながらも試合の流れや、うねりのような勢いを見誤ったことで全てが後手に回ったように、ビルバオ戦後半では敵が戸惑うような"攻めの一手"を打つべきだった。
もちろんバルベルデも目の前で変化する戦況をしゃがみながら見て、頭の中でさまざまな交代パターンを描き、一方では「交代がうまくいかなかった場合」のことも思い描いてただろう。
しかしどれが正解なのかは結果論でしかないと割り切り、狂気に満ちた采配を打つ勝負師の顔が見たかった。きっとそれができる人が名将への階段を登る人だから。

バルベルデは良い意味での傲慢さが足りない。

たら・ればだけどね。


IMG_1311
結果がでなければ叩かれる。誕生日にも選手からバチバチ頭を叩かれる。