2018年01月01日

新年明けましておめでとうございます。

2018年賀ハガキ


新年明けましておめでとうございます。
昨年は、たくさんの皆様に、大変ご迷惑をお掛けしました。
今年は、戌年でもあります。初心に戻り、慎重に行動します。
宜しくお願いいたします。  
Posted by buntak2 at 00:00近況 

2017年12月28日

映画『ラスト・ホールド!』特報

映画『ラスト・ホールド!』特報
映画『ラスト・ホールド!』HP

映画『ラスト・ホールド!』特報
2017/12/23 に公開

映画『ラスト・ホールド!』2018年5月12日(土)全国ロードショー

出演:塚田僚一(A.B.C-Z)/岩本照 深澤辰哉 渡辺翔太 宮舘涼太 佐久間大介 阿部亮平(Snow Man/ジャニーズJr.)永野宗典 駒木根隆介/勝村政信
監督:真壁幸紀
脚本:川浪ナミヲ、高見健次
音楽:眞鍋昭大
配給:松竹 

https://youtu.be/zxSw3JXfPlM?t=6

https://twitter.com/lasthold_movie

映画『ラスト・ホールド!』ストーリー

映画『ラスト・ホールド!』コメント・監督
映画『ラスト・ホールド!』コメン塚田
  
Posted by buntak2 at 19:15話題 | 映画

2017年12月18日

20171217「人生をかけて挑んだ山シスパーレ7611m」平出和也講演会

s-01 アルパインクライマー平出和也
s-02 始まり始まり

20171217「人生をかけて挑んだ山シスパーレ7611m」平出和也講演会

ICI石井スポーツ高尾店で開催された、
「クレイジージャーニー」でおなじみの平出和也シスパーレ登頂を語る。
に行ってきた。
 折角の高尾行きなので30年ぶり?に高尾山に登ってこようか?とも思ったが、起きられずそれはかなわなかった。
 しかし、平出氏の話が間近で聞けて良かった。それも、今までの講演や報告会の中で一番の出来、いい講演会だった。
 それはきっと「人生をかけて挑んだ」とあるとおり、平出和也というアルパインクライマーの半生が滲み出た登攀のストーリーだったからだと思う。
また、若いときとは代わったというか、経験を沢山積んで、その経験から滲み出てきた言葉や行為が人を感動させたのだと思った。

演題「人生をかけて挑んだ山シスパーレ7611m」 12月17日(日)14:00〜15:30 イーアス高尾そよ風広場
 ・シスパーレは、見つけてから15年。その間ずうっと思いを寄せていた山。3回挑戦して登れず、今夏4度目の挑戦をしてきた山。
 ・20年間山登りをしているのは、飽き性で不器用な自分としては、不思議なことで、山の魅力に取り付かれてしまったのだと思う。
 ・現在は、アルパインクライマーと山岳カメラマンの二刀流をしている。
 ・山は、8000m峰14座登頂だとか、七大陸最高峰のセブンサミットとかあるが、自分で自分の行く道をつくるアルパインクライミングが好き。
 ・山岳カメラマンは、自分しかできない仕事。アスリートを撮影できる人として。
 ・冒険だけをしていたいか? →否。社会との接点を持ち、一社会人として居たい、社会人としての生活もしたい。
 ・石井スポーツとの出合。→就職の時、社長に手紙を書いた。世界的な登山家になりたい。→「わかった」と2003年から石井スポーツへ。
 ・一度遠征で止めようとしたが、引き留められた。

 ・子どもの頃→ 八ヶ岳の麓 秘密基地を造ったりして遊んでいた。毎日が冒険。
 ・学生時代→ 陸上競技に没頭。大学2年まで。人よりも速く、記録の中で勝負。競歩、日本選手権10位。
 ・「人と競うのはちっぽけなことだな」と思うようになる。
 ・スタートからゴールまで、全て自分の責任においてやりたい、と思った。
  →自分で一手?を付けたい。→登山をはじめて
 ・高校生 八ヶ岳、春の登山。陸上のいでたちで登っていた。

 ・大学(東海大学)は2年まで陸上部、3年より山岳部に入部。
 ・2001年、クーラカンリ東峰7,381m初登頂。初めてのヒマラヤ。登山をはじめて2年。ルートの1/3を切り開いた。
 ・山頂から、登りたい山が沢山見えた。「なんて世界は広いんだろう」。
 ・トレーニングに時間をかけるのは勿体ない。→「やりたいな!」と思ったら直ぐやる。登れないならそれを受け入れる。
 ・登頂できた。→休養中は里に降りて、ジャガイモ畑で畑作業。→現地人は、ピンやペットボトルが珍しい。遠征が終わったら頂戴。
 ・現地人のお持てなしを受けた。最高のご馳走。→山盛りのジャガイモ。ふれあい。
 ・同年、2人で8000m峰。チョー・オユー8,201m。登頂&スキー滑降。
 ・ベースキャンプに世界中の人が集まる。人がいっぱい。自分らしい活動をしたい、と思っていたのに・・・
 ・決められたスタートとゴール。登らされている。→これは「違う」と思う。

 ・2002年、パキスタンの1人旅。シスパーレ7611mとの出合。
 ・どういう山を登りたいか? 探しに行く。 ヒマラヤの地図を貼り付け、畳み一畳半のmapを作る。
 ・既登ルートに印を付けると、空白地帯がわかる。パキスタンへ。→シスパーレとの出会い。

 ・2004年、ゴールデンピーク7,027m。一緒に行く人はいなかった。2ヶ月間も休める人。自分も無名、技術の程も・・・。
  しかも、登っていないラインから登りたい。 →谷口けいとの出会い。
 ・ミックファウラー。ゴールデンピラー初登。登りたい山を見つけ、パット登ってしまう。憧れ。
 ・ゴールデンピーク北西稜登攀成功後、ミックファウラーと同じポーズで写真を撮る。
 ・同年、ライラピーク6,200m。新ルート登頂。

 ・2005年、シブリン6,543m登頂。面白いことをやっている日本人が居ると少し話題になる。
 ・登りたい山のリスト=「夢のファイル」

 ・2007年、.轡好僉璽7611m北東壁。いよいよ本格的に調べ計画。小松由佳と。6000mで敗退。★「ビデオ」放映。
  →この時、「敗退」を敗退と受け入れられなかった。→「命をかければ登れない山はない」と思う。

 ・2008年、カメット7,756m ルート登頂。ピオレドール受賞。日本人初。谷口けいは女性初の受賞。

 ・2010年、アマダブラム6,856m北西壁新ルート初登攀。ドイツ人パートナー、ゲットラーと。抜けきったが下降できない。へりを呼ぶが、目の前でヘリが墜落。
  →翌日別のヘリでピックアップされたが、救助を待つ間「あと何日持つだろうか?」と、全て他の人がどうこうしてくれたら・・・という思いばかり。
  →「俺は、何やってるんだろう!」と思う。「これは自分がやろうとした登山ではない」と、気づいた。

 ・その後、悩んで、考え、やって来たのはシスパーレ。

 ・2012年、▲轡好僉璽貽鄒省鼻2回目の挑戦。三戸呂拓也と。5350m、半分くらいで敗退。
 ・シスパーレは、自分の成長を教えてくれる物差しみたいな山。挑戦→自分を見つめ直す山。
  →前回は意気がっていたが、「命をかけても山は登れないな」と思え、気づいた。成長。
 ・今は妻と子がいる。

 ・2013年、ディラン7,266m西稜登頂。谷口けいと。このパートナーと行けば、登れない山はないと思い・・・
 ・2013年、シスパーレ南西壁。3回目。谷口けいと。
  →上部のセラックが不安定で敗退、5350m。ルートがセラックに追いやられてしまった。「こういうところを登るのはいけないな?」と思う。
  →「人生において登れない山が一つくらいあってもいいかな?」という声を聞いた気がする。

 ・2015年(2年前)、谷口けいが日本の山で亡くなる。
  →山の神様が「山を止めな!」とささやいているのかな?と思った。
  四川省のアイスクライミングに行ったが、登れなくなった。怖くて震えてしまった。
  →谷口けいが残してくれた言葉 ,い蹐い躙たい。 △匹山と対峙できるか? 4尭阿靴燭ぁ た誉庫糎盈更圈

 ・帰ってきた山、シスパーレ。真剣に、四回目の挑戦を決めたのは去年(2016年)の秋。

 ・亡くなった仲間のことをいつまでも引きずっている。→この山に登れれば、忘れることができるのではないか?と思う。
 ・格好悪くても登れれば(人の登っていないルート、アルパインクライミングでなくても、そんなの関係ない。登れれば)第二の人生が・・・。

 ・2016年、ルンポカンリ7,095m北壁登頂。北東稜を下降し縦走。中島健朗と。

 ・お母さん代わりの寺沢令子氏(いつも留守本部)。パートナーとは家族同士で付き合える。山に行ってももしもの時は、パートナーは背後に家族を背負っている。
  →「人生をかけて登山したい」と思う。

 ・2017年、ぅ轡好僉璽7,611m北東壁。
 ・空港のマンゴー売りのおじちゃん。30年来ここでマンゴーを売っている。
 ・村人。ポーター。キッチンの家族。→10歳年取って迎えてくれた。
 ・中島健朗。高所に弱い。いつもゲロゲロ。そのせいでα米を沢山食べられた。パスーピークで高所順応。
 ・食料→アルファー米、一人分を二人で分ける。軽量化、4泊5日分。
 ・装備→必要最低限。使う物だけ。選べるようになった。
 ・天気が悪く、一旦街へ降りて休養。休養後、ベースキャンプ。また天気悪く一週間の停滞。遠征期間が終わってしまう。
 ・もうだめかな?と思ったが、「夏前に登ったデナリ。佐々木大輔等と。カシンリッジから登って、山岳スキー滑降。」を思い出していた。
 ・「1パーセントでも可能性があったら、諦めないで登って欲しい!」
 ・谷口さんが生きていたら登りたかったルート=カシンリッジ。「頂上で散骨をしたい」と思っていた。
 ・この(デナリ)挑戦、プロジェクトは、彼らとパートナーにならなければ登れない挑戦。パートナーとしての声がけ。

 ・シスパーレ、4度目も、もしかしたら登れない。しかし、「1パーセントでも可能性があったら、諦めないで登りたい!」と自分に問いかけていた。

 ・アタック開始。
 ・壁の中間部あたり。戻るならこの辺り。C2は雪崩を避けてルートとは反対方向。試練を与えてくれた。
 ・やらなくていい理由を考えている、言い訳を見つけている自分。→「やる」という、1パーセントの可能性にかける。自分を奮い立たせる。
 ・翌日懸垂下降してルートに戻る。核心部のトラバース。
 ・核心部のトップは中島がやってくれた。空身で登って、スクリューをやっと半分入れ、あと一手と言うところで墜落・・・。無事、乗り越える。

 ・C3に出るところで、下降ルートが見える。下降は長大で6500mのピークを三つ越える。大丈夫か?
  →天候は下り坂。深いラッセル。今この晴天を登りに使うのか、下りに使うのか悩んだ。

 ・8月22日14:30、ギリギリの天気で山頂に着いた。あまり喜びはなかった。谷口けいさんの写真を取り出し、雪に埋める。少しの安堵。下りが心配。
 ・夜から大雪。だが山の神様が微笑んでくれた。一度ガスが一蹴されて悩まずに下降することができた。
  →やっとシスパーレの神様が受け入れてくれたと思った。
 ・幻覚・幻聴、今までなかったが、初めて上のキャンプで誰かが太鼓を叩いている(応援している)と思った。→極限だった。
 ・ベースキャンプに着いたときは、エネルギー0になっていた。何もできない。力を出し切って降りてこれた、登れた山。
 ・やっと降りてくることができた。出し切った。涙も出なかった。
 
 ・NHK 2月3日、100分番組。
 ・11月3日 第12回ピオレドールアジアを受賞。
 ・記録ではなく、記憶に残る山登りをしたい。→人間、僕という登山家を、記憶として残せる人になりたい。
 ・シスパーレという、一生の宝物を見つけられた。感謝。みんなに話ができて嬉しい。
 ・燃え尽きた。新しい登山人生の始まり → いい時間 → 
 ・記憶に残る山登りをしていってると、シスパーレを越える山に出会えるであろうか?
 ・今月末から、田中陽希の「三百名山一筆書き」の取材が始まる。屋久島スタート。
 ・三浦雄一郎の8000m峰からスキー滑降。
  →90歳になったら、再びエベレスト。
 ・見ることのできない世界を人に伝える。お世話になった山。撮影で支える。


◆この登攀の様子は、「ROCK&SNOW」078号(2017年12月冬号)に詳しく報告されている。(文:柏澄子)


講師:平出和也(ヒライデカズヤ)−石井スポーツのホームページより−
長野県富士見町出身1979.5.25生れ37歳
2003年9月ICI石井スポーツ入社石井スポーツ勤務歴13年
2008年カメット峰(7,756m/インド)南東壁未踏ルート初登攀の功績によって「第17回ピオレドール賞」を日本人として初受賞。同功績により日本スポーツ賞も受賞。
2013年三浦雄一郎氏の80歳でのエベレスト登頂を撮影。
2015年世界的な山岳登攀と独自の技法による撮影実績が讃えられ、第17回秩父宮記念山岳賞受賞。
2017年第21回植村直己冒険賞受賞。
2017年第12回ピオレドールアジア受賞。(シスパーレ北東壁初登攀の功績による)

s-03 街の顔s-04 会場の様子 イーアス高尾○○広場
s-05 講演の様子s-06 自己紹介 現在の
s-07 着座してs-08 幼少期
s-09 学生時代s-10 初めての登山・八ヶ岳
s-11 2001クーラカンリ登頂s-12 山頂からの眺め
s-13 休養中の畑作業s-14 2001チョーオュー
s-15 2001チョーオュー スキー滑降s-16 2001チョーオュー ベースキャンプのテント
s-17 2002冒険の始まりs-18 畳1枚半の地図

s-19 パキスタンへs-20 2004ゴールデンピーク(スパンティーク峰)へ
s-21 2004ゴールデンピーク・ミックファウラーs-22 2004ゴールデンピーク・ミックファウラーの真似
s-23 2004ライラピークs-24 2005シブリン新ルート
s-25 シスパーレs-26 シスパーレ2007_6000m敗退
s-27 シスパーレ2007_6000m敗退 辞s-37 カメット2008 ピオレドール賞
s-38 カメット2008 ピオレドール賞s-39 ガウリシャンカール   敗退
s-40 アマダブラム敗退s-41 アマダブラム敗退取り残されたテントの中
s-42 アマダブラムヘリ墜落犠牲者s-43 シスパーレ2012南西壁635m敗退

s-44 シスパーレ2012南西壁5350m敗退s-46 ディラン7266m2013登頂
s-47 2007シスパーレ1s-48 シスパーレ2013南西壁5700m敗退
s-49 シスパーレ2013南西壁5700m敗退上部セラックs-50 シスパーレ2013南西壁5700m敗退の辞
s-51 アルパインクライマー谷口けいの想い出s-52 アルパインクライマー谷口けいの想い出

s-53 シスパーレ2017南西壁初登頂s-54 シスパーレ2017南西壁初登頂
s-55 シスパーレ2017南西壁初登頂メンバーs-56 ルンポカンリ2016初登頂・中島平出
s-57 家族と共にs-58 現地のマンゴー売りと共に
s-59 現地のポーター,キッチンと共にs-60 現地のポーター,キッチンと共に 年後

s-61 シスパーレ2017南西壁初登頂ルート解説s-62 シスパーレ2017南西壁初登頂・下降ルート解説
s-63 シスパーレ2017南西壁初登頂・5600ms-64 シスパーレ2017南西壁初登頂・パスーピーク順応
s-65 シスパーレ2017南西壁初登頂・食料s-66 シスパーレ2017南西壁初登頂・装備
s-67 シスパーレ2017南西壁初登頂・街に下って休息s-68 シスパーレ2017南西壁初登頂・降雪のベースキャンプ

s-69 デナリ・カシンリッジ佐々木大輔BCs-70 デナリ・カシンリッジ佐々木大輔・完登
s-71 シスパーレ2017南西壁初登頂・アタック開始1s-72 シスパーレ2017南西壁初登頂・アタック開始2
s-73 シスパーレ2017南西壁初登頂・アタック開始3核心部s-74 シスパーレ2017南西壁初登頂・アタック開始3核心部解説
s-75 シスパーレ2017南西壁初登頂・アタック開始5核心部解説2s-76 シスパーレ2017南西壁初登頂・アタック開始6核心部

s-77 シスパーレ2017南西壁初登頂・アタック開始7核心部2ups-78 シスパーレ2017南西壁初登頂・アタック開始8下降路が見えた
s-79 シスパーレ2017南西壁初登頂・山頂s-80 シスパーレ2017南西壁初登頂・登下降ルート
s-81 シスパーレ2017南西壁初登頂・下降中のピークs-82 シスパーレ2017南西壁初登頂・登攀ルート
s-84 シスパーレ2017南西壁初登頂・平出和也  
Posted by buntak2 at 23:55海外情報 | 近況

2017年11月24日

お知らせ 「2017海外登山の集い」 栃木20180120

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お知らせ 「2017海外登山の集い」 栃木20180120

今年も栃木県山岳連盟海外委員会主催の「2017海外登山の集い」が開かれます。

しかし、日時は 2018年1月20日(土)12時40分〜
になりましたので、宜しくお願いします。

ゲストは、
トップクライマー講演として「登山家 花谷 泰広さん」
アスリート講演、「マウンテンランナー 星野 由香理さん」
海外登山報告として、「『栃木県南地区山岳協議会 メラピーク登山2016』渡邉一男さん」
最後に、栃木県山岳連盟70周年記念 安全登山を考える座談会
 「夢への挑戦とリスクマネジメントについて」
 パネリスト:花谷泰広さんと栃木岳連海外委員会の猛者たち/司会 久我隆泰

となっています。

皆さん、集まりましょう!!
詳細は、
http://blog.livedoor.jp/buntak2/180120%202017tochigi_kaigaitozannotsudoi.pdf


  
Posted by buntak2 at 06:38海外情報 

2017年11月20日

田部井淳子回顧展・アトレ川越・最終日 20171119

田部井淳子回顧展・アトレ川越・最終日 20171119
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 11/10から始まった「田部井淳子回顧展」(川越市観光課主催、タベイプランニング協力)も、今日11/19(日)が最終日。
 最初は、11/12(日)に川越在住の岩井田氏と行く予定だったが、山が優先してしまい(霧積川墓場尻沢左俣の沢登りへ行ってしまった)、づれこんで最終日にギリギリセーフで間に合った。
 11/14の県民の日にも行くチャンスがあったが天気が悪くて二の足を踏んだ。夕方は原宿で会議の為。
 11/18は仕事(出張)、お昼過ぎまで有り、遅い昼食を食べたら川越に行く時間が無くなった。夕方は、隣組の飲み会。その日、トレラン大会では・・・。
 11/19は仕事(出張)を午前中に終え、そのまま川越に向かった。

 アトレ川越は、JR・東武東上線川越駅東口にある建物、正式名称はアトレマルヒロ川越店。最上階(7階)の一番奥「スペース・セブン」で開催。
 407号から254号を経て市内に入ったが、「蔵造りの町並み」は観光客でごった返し、車の駐車場が無い。回顧展の帰りに川越観光をしようか?と思っていたが諦める。
川越駅前を通って「アトレ川越」を確認、途中で止まれずそのまま過ぎていったが、一瞬目を引く駐車場の看板が見えた。この辺りの駐車場は、駅に近いので高く(20分200円等)、どうしようかな?と思っていたら、手頃な看板を見つけたので直ぐさま駐車(1時間200円)。ラッキー、これなら2時間ゆっくり見られる。
 駅前に戻って、アトレの建物へ。アトレの中も大変な人混み。昼時だったので7階の食堂街はどの店も待ち客が並んでいる。その一番奥に展覧会の会場はあった。昼時ということで、この中は空いていた。迎えてくれたのは、政伸さんではなかったと思うが丁寧な対応。市観光課の方だろうか。チラシとアンケート用紙を戴いて中に入る。
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 先ず入口正面に「エベレスト登頂」のアタック時に使った衣類と靴、ピッケル、ザック、酸素ボンベ等がマネキンで展示。後ろにはエベレストが立体で造られ、アイスホール等南面の様子がよくわかる。
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 そこから右回りに展示がある。挨拶と田部井淳子氏の紹介は左側でした。右は、2015年の「田部井淳子エベレスト登頂40周年記念」で作成したバナーの展示。再度田部井氏の紹介と登山年譜。エベレスト遠征の説明が分かり易く説明されている。パネルでは嵩張るが巻き取り式のバナーの展示はコンパクトで良いと思った。続いて、東北の高校生の富士登山支援で、最後の富士山に登った時の衣服や靴、ザック等がこれもマネキンを使って展示。バックには寄せ書きの横断幕。
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 左に曲がって、写真が展示されている。富士登山の様子、五大陸最高峰登頂の組写真の展示。面が変わって幼少期から小学、高校、社会人等々、田部井政伸氏とのツーショットもあった。五大陸最高峰登頂の組写真の展示も。
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 ガラスケースには、小さい頃からの日記や山行記録、遠征日記・記録等が並べられ、最初の登山の時から様子が細かく書いてあったり誰よりも調子よく登ったという様子が素直に書かれていた。また、田部井政伸氏と始めて出会った尾瀬山行のこと等も展示されていて、ウブな一面を垣間見ることが出来た。
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会場中央には、エベレスト等に行ったときの、靴下、手袋、ニッカボッカー、赤いシャツ、羽毛服、ザック、飯盒、水筒、酸素ボンベ等も展示。
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 日記などの合い向かいには、エベレスト登頂で戴いた勲章、ギネスの記念メダル、高度計、時計、サングラス、トランシーバー、ナイフ、酸素ボンベのレギュレーター、爪の折れたアイゼン、手作りのハーネス、鉄のカラビナ、ハーケン、ホエーブス等も展示。さらに、鰹節削り器やゴマ擦り器、珍しい海外の布等も。
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 さらに、エベレスト遠征当時の往復書簡、登頂報告書の原稿、雑誌『ケルン』に載った結婚前の淳子の登攀カット、山行記録、最後の本となった「再発!それでもわたしは登る」の原稿等も。そして最後は、愛用しているブータンのバンチュ(お菓子入れ)、抹茶セット、イヤリングのコレクション等も展示され、登山家では無い下界の女性:田部井淳子の姿を彷彿とさせる展示品もあって大変興味深かった。
 また、プロジェクターで田部井氏の奇跡を辿る上映もやっていたようである。
 思ったより内容の濃い回顧展で、大変良かった。みんなにも見て欲しかったと思った。
 このあと来月には松本で回顧展があるようである。
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 その後、近くのカフェと思ったが、街中は車を停める場所もないので諦め、帰る途中の川島町のカフェを検索し、どこかで聞いたことのある「アスタリスク*」というカフェに行って、珈琲とケーキを食べて帰ってきた。店の中はカレーが有名なのか、入った瞬間はカレーの臭いが感じられたが、時間が経つにつれ慣れもあり、美味しく珈琲を戴く。普通のコーヒーカップは400円、マグカップは500円ということで、量の多いマグカップで戴く。良いサービスだ。
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Posted by buntak2 at 23:00近況 | 話題

2017年11月19日

20171110-19田部井淳子さん回顧展・アトレ川越

20171110-19田部井淳子さん回顧展・アトレ川越
田部井淳子回顧展in川越

田部井淳子さん 回顧展 夜が明けたら、今日が最終日。

「田部井淳子さん 回顧展」
 11月10日(金)〜 19日(日)10:00〜19:00
 JR・東武東上線川越駅 東口 アトレ川越 7F スペースセブン
 入場無料  協力:タベイプランニング
 問い合わせ: 川越市役所 観光課 049−224−5940

 ▼川越市広報  
Posted by buntak2 at 01:45近況 | 話題

2017年11月14日

第4回海外登山懇談会「カナダのアイスクライミング」

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20171116第4回海外登山懇談会「カナダのアイスクライミング」

カナダのアイスクライミング

2017年11月16日(木)19時〜

国立オリンピック記念青少年総合センター
センター棟403号室
http://nyc.niye.go.jp/

 近年、愛好家の増えているアイスクライミング。
年末年始などはスケールの大きなクライミングを求めてカナダに出かける人も増えています。
カナダのアイスクライミング事情やクライミングトリップの様子、旅行のやり方などをお話ししていただきます。

19:00〜「年末年始はカナダでアイス三昧!」
佐藤 英明 氏 (ぶなの会)

19:55〜「カナダのアイスを旅する」
石間 真理 氏 (山岳同人チーム84)
 
18:30開場
21:00閉会予定

参加費:500円 (事前申し込み不要)

第4回海外登山懇談会
主催・問合せ
(公社)日本山岳・スポーツクライミング協会
  電話 03-3481-2396 ?? info@jma-sangaku.or.jp

◆要項pdf
http://blog.livedoor.jp/buntak2/20171116canadianice.pdf
  
Posted by buntak2 at 03:52日本山岳協会国際交流委員会 | 海外情報

2017年11月13日

碓氷川水系霧積川墓場尻沢左俣 20171112

碓氷川水系霧積川墓場尻沢左俣 20171112
s-PB121614雄滝18m

◆目標 碓氷川水系霧積川墓場尻沢左俣
◆期日 2017年11月12日・日
◆参加者 加藤solo
【コースタイム】
11/12 自宅6:59==コンビニ==駒形付近7:35==霧積ダム・泉橋P8:45/9:25−−入渓点9:30−−1.5mナメ滝9:31−−ゴルジュの長瀞9:43−−湯ノ沢第2ダム9:45−−6mナメ滝9:55−−一本700m地点10:02/07−−8m大CS滝10:22−−一本780m地点10:40/50−−赤いナメ10:54−−三俣11:02−−3段10m滝・下11:07−−雌滝11:38−−石積み跡11:53−−雄滝12:00−−堰堤と滝12:17−−林道12:42/13:02−−林道との分岐13:21/13:23−−陣馬が原・旧中山道合流13:40−−旧中山道見晴台(廃屋)−−920m地点付近14:05/14:10−−沢14:30−−泉橋P14:52/15:10==霧積・隠れ橋15:30/40==伊勢崎・石井17:35/18:40==自宅19:07
【概要】
 昨日は結局午後4時過ぎまでの仕事となる。今日の晴天の予報を聞いて、やはり山に行くことにする。川越市で開催されている「田部井淳子回顧展」は、後日。
 妙義の沢がそろそろ完結しそうなので仕上げに行こうかと「並木沢」を調べてみたが、やはり一人では一寸難しそう。ここで無理はいけないので、名前に一寸難があるが、妙義近くの碓氷川水系霧積川墓場尻沢左俣にする。ガイド本には下山用にもう一台車があると良いと書いてあり、”下山が面倒”と残しておいたが、調べてみると手頃な下山ルートがあるという。そこを利用すると終了点から1時間半程度で戻れるという。これはお買い得、決定。
 先週は出発が遅かったので当然下山も遅く、尾根上で日が暮れてしまったので今回は早めに出発することとし、準備は後回しで就寝。
 計画では5時出発としたが一寸早過ぎて起きられず。結局6時に起きて準備をし、7時前に出発。途中、コンビニで朝食と行動食を買い、下道で高崎から安中を通り横川を越えて旧道から霧積へ右折。アイスクライミングで何度も通った道だが、雪無しの時期は初めて。ゴルフ場との分岐を過ぎ、暫く行くとダムがあり、その先の橋が泉橋。渡りきった先に空き地(路肩)があり、一台車が止まっている。その横に駐車8:45。沢靴を履いてリパッキングし9:25出発。
 林道を少し行き、最初の堰堤の先から沢に降り入渓。水が冷たいので出来るだけへつる。流れが右曲する1.5m滝上からナメが始まる。幾つか滝を越え、両手両足の突っ張りのところは、入りたくなく落ちたくもなく左岸を巻くが、もう少し暖かければ試してみたい気がし、残念。また大ナメが続くが、その先に湯ノ沢第2ダムが現れる。右岸を巻いて沢に戻る。
 直ぐ6mナメ滝が現れ、右壁を登る9:55。その先700m地点で一休み10:02。5分ほど休んで直ぐ出発。2m(3m?)ナメ滝を過ぎると大ナメが続き、その先に8m大CS滝が現れる。微妙なへつりで近くまで進むが、寒さでさすがに真下まで行けず、そのまま右手の壁から左岸を巻くが微妙で緊張。
 その先は三俣が目標となるが、場所が確定しない。左手から沢が流れているのでそこか?と確かめるも??。しかたなくHPのコピーを見て、「赤いナメが出てきたら三俣」のコメントを見つけ、もう少し先まで進むことにする(ここは780m地点だった。今日は高度計を忘れてしまった。)。
 少し進むと本当に赤いナメが現れ一安心。さらに進むと二俣となり、三筋の水流が見える。右手には巨岩がある。手前が左俣。奧の正面に中俣。中間右手に右俣の流れ。先程休憩したのでそのまま左俣を進み、本日の核心3段10m滝を目指す。
 手前に広いナメ滝が広がり奧に倒木が寄りかかった10m滝一段目が見える。その右に赤いザックが見える。近づくと上に3人、下に2人。様子を見るが、何をしているのか?もたもたして動かない。下の2人に声をかけると同じパーティだという。このまま待っていては日が暮れそうなので、上の3人が滝の反対・右を向いてなにやらしているので、”そのすきに登ってしまえ”と倒木の右、階段状を登りすぐに左に落ち口を渡り、目の前のスラブ状を登り、もう一段水流沿いに登って落ち口へ。その上も釜を持った何段かに見える滝となっている。
 ゴルジュ状を過ぎるとまたナメが続き、緩やかで広々としたところもある。
 3mナメ滝?で少し左曲するとその先に「雌滝」が見える。滝は上部がハングしているので取り付けず、巻は右岸というが、直ぐ左はハング帯が繋がっているのでその左下から巻く11:38。上部にはしっかりした踏み跡があり、それに導かれて巻いていく。少し行くとナメ滝と石積み堰堤が繋がった滝がある。登っていると何とも言えない不思議な気がしてきた。その上は、左右に古い壊れた石積みが所々に現れている。これまた不思議な空間だ。
 そうこうしていると目の前に大きな滝が樹間から見えてきた。「雄滝」だ12:00。本体は大きく黒々とした重量級の滝で迫力がある。手前の滝と一緒に見ると絵になる。水しぶきのあがり方から右側が登れそうだが、この時期ここでシャワークライムは考えられない。また、この黒光りは、滑るのか?。定石通り左岸を巻くが、途中落ち口に向かってトラバースするところが、斜めの一枚岩のトラバースとなり今日一番の核心となってしまった。後からHPのコメントを見たら、”上部のトラバースは難しい”と書いてあり、もう少し下からトラバースし、水流右を登ると簡単という。
 ここを越えれば後は林道に出るまで。この先、滝と堰堤が一緒になったところを越え12:17、最後の滝を登る12:23。その先トンネル状の橋は確認できず、右手に林道が見えたところからしばらく上流に行き、林道工事の残骸のようなところから右手の斜面を登って林道に出た12:42。
 ここまで来れば後は下山のみ。日陰でザックを下ろし、お握りを食べながら靴を履き替え、今日もiphonで現在地を確認。予定通りの位置だった。
 ハーネスやヘルメット等も全て外してザックに入れて下山に取りかかる13:02。
 後は、920m地点を外さずに下山するのみ。
 暫く林道を行くと熊野神社への分岐となる。ここにはゲートがあり、進行方向は、山道。「安政遠足」の標識がある。暫く行くと鈴のような音がする。何かと思ったら、下から登山者がやって来た。旧中山道の道を歩いている人のようだ。子持山の手前で鞍部を越えると旧中山道と合流する。ここは「陣馬が原」という。昔武田軍と上杉軍が戦った古戦場。
 旧中山道なのでこの後も幾つか遺跡があり、廃屋があったり、自転車で登ってくる人が居たりしてビックリ。そして、地図の「旧中山道」の文字右(東)のピーク辺りが下降点。それとおぼしき場所に出たら右手が突然開けて、妙義?の岩峰が見える。またiphonを出してmap「」を開くとドンピシャリ。左手の尾根に登ってそこから尾根沿いに下っていく。最初が肝心なので方向を定め、下降開始。尾根沿いに行くと細い岩尾根となり先が切れているところが何度かあり修正。
落ち葉の斜面を下り、時々iphonで確認。沢が見えたところで下り口を探し沢へ。直ぐ下は堰堤になっているので、濡れないように飛び石伝いに徒渉して対岸の斜面を登る。林道までが一寸長かった。高度差にして40mぐらい登ったか?。それでも林道に出てしまえばもうゴールは近い。鼻歌を歌いながら車に戻る14:52。
終了点から1時間50分かかってしまったが、まずまずの下山だった。
 今日は水は冷たかったが天気も良く、最高の1日だった。今年はこれが沢登り納めとなりそうだ。

 その後、折角ここまで来たので「隠れ橋」まで行き、森さんへご挨拶。その後、久しぶりに伊勢崎・石井に行ってお店を覗き、20時の「直虎」に間に合うように帰った。

s-PB121560泉橋駐車スペースs-PB121561堰堤上の入渓点
s-PB121562最初の1.5mナメ滝s-PB121564ナメが続く
s-PB121565右に曲がるs-PB121566釜をもった2m滝
s-PB121568 6mナメ滝
s-PB121569 6mナメ滝
s-PB121572 8m大CS滝s-PB121573大CS
s-PB121574 8m大CS滝
s-PB121576 780m付近s-PB121578赤いナメ
s-PB121581三俣s-PB121582三俣
s-PB121583三俣・左俣を行くs-PB121586 3段10m滝を登る先行パーティ
s-PB121585 3段10m滝の手前
s-PB121588 3段10m滝の1段目
s-PB121589 3段10m滝の2段目
s-PB121590 3段10m滝を上から俯瞰s-PB121591 3段10m滝の上の滝


s-PB121594ナメ
s-PB1215953mトイ状滝s-PB1215983mナメ滝
s-PB121599雌滝遠望s-PB121601雌滝右岸を巻く
s-PB121600雌滝12m
s-PB121603雌滝右岸の巻・この上をトラバースs-PB121604右岸巻道より雌滝
s-PB121605ぬた場s-PB121606人口滝・石積みの堰堤
s-PB121608右岸・左岸に石積みの跡s-PB121610右岸の石積み跡
s-PB121611雄滝遠望s-PB121614雄滝18m
s-PB121612後ろ雄滝18m
s-PB121618雄滝を左岸巻道から臨むs-PB121620本日の核心・雄滝の巻道・トラバース
s-PB121621雄滝の落ち口s-PB121622石積みの堰堤と滝
s-PB121623最後の滝s-PB121628林道に出る
s-PB121629アイフォンの地図アプリで現在地の確認s-PB121631林道のゲート
s-PB121632林道と旧中山道s-PB121633林道と旧中山道の分岐
s-PB121634安政遠足の標識s-PB121635安政遠足の標識
s-PB121636安政遠足の標識s-PB121644旧中山道見晴台の廃屋
s-PB121641旧中山道・左と山道・右(安政遠足コース)
s-PB121654 920m地点の確認s-PB121655左の斜面を登り、尾根を北東に下る
s-PB121656前方の赤白の鉄塔方向s-PB121657始はこんな良い尾根
s-PB121658時々確認s-PB121660墓場尻沢が見えた
s-PB121662前方駐車場  
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2017年11月07日

裏妙義:碓氷川水系中木川谷急沢左俣の遡行20171106

20171107裏妙義:碓氷川水系中木川谷急沢左俣の遡行
s-PB061323釜のある3mの滝

◆目的 裏妙義:碓氷川水系中木川谷急沢左俣の遡行
◆参加者 加藤 solo
◆期日 2017年11月6日(月・代休)
【コースタイム】
11/6 自宅10:10==国民宿舎P12:10/12:30……深沢橋12:50……谷急沢12:51……5m滝・下13:00/13:15入渓……二俣13:25……4m滝13:30……8m滝13:35……柱状節理の壁・釜のある3mの滝13:40……中俣沢出合14:05……3m滝14:23……3×5mの滝14:38……奥の二俣14:40(ここで間違え、右俣を3m滝まで行って14:46、戻り、左俣に入ってしまう)14:50……尾根15:05(左手へ)……尾根(左手へ・これが失敗)……いつまで進んでも顕著な山頂に出ずiphonにて現在地確認15:45/15:55(大烏帽子の南側ピーク・戻る)……谷急山への分岐16:30……女道分岐17:10……三方境17:30……国民宿舎18:50/19:00==自宅20:25
◆概要
 行事の関係で3連休の最終日。どこにも行かないのは馬鹿らしいので山に行くことにする。岩登りは遠慮して、今年初の妙義の沢へ。とは言うものの準備が遅れて、出発は10時過ぎ。それも少しコースの長いところ(右俣は2011年11月7日に登っていたので、左俣)を選んでしまったので、どんどん進まないとヘッデン必至。そうならないようにと思うが・・・。
 下道で伊勢崎・高崎・安中を通って松井田へ。国民宿舎の駐車場に車を止め準備。少し戻って橋を渡り計画書をポストに入れ、中木川沿いの林道を歩く。対岸の裏妙義の紅葉が綺麗である。空は青く澄み渡り、岩峰が輝いている。
 星穴・金洞沢を過ぎ、深沢橋を渡って直ぐの赤布を頼りに下ると出合に到着。そのまま谷急沢をすすみ最初の5m滝の前でひと休みし、ハーネスやヘルメットを着け、遡行を開始する。
 5m滝は右壁を登る。10分ほど進むと二俣。6年前の記憶はない。左に進むとすぐゴルジュとなり、
4m滝。釜があるが左から回り込んで流れに近づく。シャワーになるが行けなさそうにないが、岩が剥がれたら落ちてしまうので、ここはやはり巻くことにする。トイ状4m滝を越えると次は8m滝で右壁を上がる。その後、柱状節理が綺麗な釜のある3m滝が現れる。夏なら泳いで取り付きたいところだが寒いので×。左岸の釜の縁を巻く。
 上から見るとえぐれた釜と釜の縁、柱状節理が綺麗だ。
その後は、女道が絡み合うナメの連続。中俣との出合付近の階段状のナメも綺麗である。その後は顕著な滝は少なく、3m滝と3×5m滝を越えると、どこだか良く分からなくなる。もうすぐ億ノ二俣と思うも確証が泣い。巨岩と言えば巨岩(大岩)があるが・・・。右に途中まで行くが3m滝とおぼしきナメ滝があるのみで、その上は・・・。戻って、やっぱり左に行く。が、こちらもその後は顕著な滝が無くほとんど枯れ葉に埋もれて・・・。二俣が2個所ほどあったがどれも右を選んで最後は斜面を登って尾根に出た。ここは左に進んで、主尾根に出なければ・・・と、進むが前方に岩峰らしきピークがあるので左に進むとさっきよりも太い尾根となった。地図やコンパスを見ずにそのまま左に進んだのが今回の失敗。いくらか行けばピークとなり標識が出てくるだろうと思うも一向に人工物は現れず、顕著なピークを越えたがそこにも何もなく、もう少し・・・と前進したが、さすがにこれは間違い!!と思い、最終手段のiphonを出して電源スイッチを押す。
 そして、先日何げなく入れて置いた無料アプリ「FieldAccess2無料版」と「Geographica」を立ち上げてみると「FieldAccess2無料版」の反応が良かった。そして、現在地は・・・と、画面を覗くと谷急山の南の山・大烏帽子と小烏帽子の中間、大烏帽子の南のピーク付近を指していた。全然逆方向に進んでいたと言うことだ。これでは直ぐに日が暮れてしまう。落ち着いてひと休みし、あと一時間で三方境に行きたいと思う。今来た尾根を逆戻りし、振り出しに戻り、前進すると岩峰が現れ、その左側を行く。一度は岩峰を登り詰めるがまた岩峰の左側を行ったりして、とうとう谷急山へと繋がる分岐に到着16:30。
もう時間がないので谷急山の山頂は諦め、三方境を目指すが、急な尾根でいくつか岩峰があり上り下りがあったり、急な鎖があったりと意外に時間が掛かる。17:00一旦ザックを置いて、ヘッドランプを出し、
もう一がんばり。蛍光テープが光って、女道コースの下山口の案内。この道は荒れているのでパス。安全な三方境から国民宿舎への下山路を求める。17:30、とうとう三方境。ここはもう5回ほど通っただろうか。ヘッデンで下山。慎重に下り、1時間20分で無事国民宿舎に到着したのだった。
 お疲れ様!!

s-PB061260旧国民宿舎・閉館s-PB061261登山口
s-PB061262谷急沢へs-PB061265木戸壁か
s-PB061268星穴沢・橋s-PB061271深沢橋
s-PB061272下降点・右s-PB061273出合
s-PB061274赤布方面へs-PB061275谷急沢へ
s-PB061278 5m滝s-PB061280 5m滝・ここから遡行開始
s-PB061281 5m滝
s-PB061288二俣s-PB061289二俣を左へ
s-PB061294ゴルジュs-PB061297 4m滝・直登できそうだが・・・
s-PB061295 4m滝・左から
s-PB0612994m滝・俯瞰s-PB061301連瀑
s-PB061302トイ状4mの滝s-PB061303 8mの滝
s-PB061304 8mの滝s-PB061305 8mの滝
s-PB061306 8mの滝s-PB061307 8mの滝
s-PB061317釜のある3mの滝s-PB061318釜のある3mの滝
s-PB061320釜のある3mの滝s-PB061323釜のある3mの滝
s-PB061332女道を示す道標s-PB061351中俣沢との出合付近
s-PB061354右から中俣沢
s-PB061355中俣沢s-PB061357左俣へ
s-PB061356左俣
s-PB0613643m滝・右壁を1ポイントレイバックで登るs-PB061383奧の二俣だった
s-PB061385奧の二俣・左沢s-PB061386奧の二俣・右沢の最初の滝・ここから引き返す
s-PB061387奧の二俣・右沢の最初の滝・ここから引き返すs-PB061392二俣を右へ
s-PB061395 ここも右へs-PB061400尾根に出る
s-PB061422アイフォンで現在位置の確認・戻るs-PB061423振り出しに戻る
s-PB061425谷急山手前の岩峰を巻くs-PB061428荒船山方面・日が沈む
s-PB061429岩峰を巻くs-PB061430やっと正規ルートに出る
s-PB061435浅間山方面s-PB061436荒船山方面
s-PB061437丁須岩方面
s-PB061441女道コースの下山口s-PB061443三方境の標識・分岐







  
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2017年10月30日

興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」 20171028

s-PA281137-2

興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」 20171028
s-2017特別展「運慶」1
s-2017特別展「運慶」2
s-2017特別展「運慶」3

 「安藤忠雄展−挑戦−」の後、上野の国立博物館平成館で開催中の「興福寺中金堂再建記念特別展『運慶』」を観てくる。
こちらも待ち時間無しだったが大変混んでいた。
 上野駅のエキュートで、遅い昼食を食べようとしたが場所がよくわからず(結局帰りに行ったのだが、駅構内なので一度出てしまうと入場券が必要)、
「上野の森パークサイドカフェ」に行ったがお一人様は呼んでもらえず諦めて、「運慶」展を観ることにする。

 雨が降っているので傘をさし、入り口へ。ネット予約のコピーを見せ、中に入り平成館へ向かう。
 ネット用の受付に行き、半券と取り替える。中央のエスカレーターで二階に上り、第1会場へ。
 ここも混んでいたので、解説は割愛し、すぐ展示を見る。
 最初は、「運慶デビュー作 大日如来座像」金箔の残ったその座像は、さすがに迫力があり、何故か力強さが感じられる。
 その先右に巨大な「仏頭」。とにかくデカイ。良く見ると左右対象では無いのが良い。
 続いて、毘沙門天立像?? 一寸記憶が・・・。
 奧に、阿弥陀如来座像・両脇侍立像・不動明王立像・毘沙門天立像の5体。
 続いて「八大童子立像」の6体。特に「恵光童子・制多伽童子等」の視線が気になる。

 そして、ひときわ大きな「世親菩薩立像」と「無著菩薩立像」の2体。
インドの仏僧というがなにしろ大きい。特に無著菩薩の表情が良い。

 続く「四天王立像」はどれも迫力がある。そして神様仏様というよりは「兵」である。特に今回気になったというか、改めた感じたのは、それら立像の足下の木。原木のままなのか、剥き出しのところが凄い。

 続いて第2会場へ移動。もう一度「第1会場」を観ようか?と思ったが、止めた。一寸疲れたが、どのソファーもうまっていたので続けてみてしまう。
 第2会場は、運慶風の展開−運慶の息子と周辺の仏師−ということで、運慶本人の作品ではないが、様式は同じ・・・
 注目なのが「天燈鬼立像」と「龍燈鬼立像」の2体。事前の学習で、東大の石井直方教授の解説「天燈鬼・龍燈鬼の筋肉を科学する」(▼http://unkei2017.jp/gakuen/ishii)があったので興味津々。その筋肉美というか解剖図のような筋肉の描写が素晴らしい。間近で一回りして観られたのでさらに良かった。
 その他重源上人座像や四天王立像。神鹿、子犬に至っては今の彫刻作品のようでもあった。
 そして最後は、十二神将立像。十二支は日本人なら誰でも気になる。自分の干支・戌神はどんな姿なのか、興味津々。良かった。

 ということで、ざっと観てしまう。もう一度観ようかとも思ったが、お腹が空いて我慢が出来ない。いや、やっぱり「寺院」で観るのが良い、という結論に至ったのである。

 付け足し 帰りに上野駅エキュートの「洋食や 三代目 たいめいけん」で、「オムライス」を食べて帰る。

s-01運慶デビュー作 国宝大日如来坐像・1176運慶作・奈良・円城寺像s-02阿弥陀如来坐像・両脇侍立像・不動明王立像・毘沙門天立像
s-03国宝毘沙門天立像・1186運慶作・静岡・願印成就院蔵s-04国宝八大童子立像1197運慶作
s-05国宝無著菩薩立像・世親菩薩立像・1212運慶作・奈良・興福寺蔵s-06国宝四天王立像・13世紀・奈良・興福寺蔵
s-08-1国宝天燈鬼立像・龍燈鬼立像・1215康弁作・奈良・興福寺蔵
s-08-3左・後ろs-08-2右up
s-08-4左・足up2s-08-5左・足up3
s-09国宝重源上人坐像・13世紀・奈良・東大寺蔵s-07 42年ぶり12軀勢ぞろい重要文化財十二神将立像
  
Posted by buntak2 at 01:00近況 | 話題