2014年05月30日

20140525 第15回KAZOクライミングカップ2014 『ビレーヤー体験記?!』

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20140525 第15回KAZOクライミングカップ2014 『ビレーヤー体験記?!』

 久しぶりに加須大会に役員参加。今年は、役員の人手が足りず、前日の準備で県岳連旗を取り付けに行ったりしたのですが、その際、まだ役員が足りない?と言われ、今回は初めてビレーヤーをしました。競技会でのビレーヤーを一度はやっておかなければ!と、思ったものの、責任は重い。下手に落としたら選手生命が無くなる。いつも大会では普通にできて当たり前、失敗があったらどうしようもない。人ごとでは「あのビレーヤーは・・・・」とつい言ってしまうが、やはり見ているのとやるのとでは大違い。普段練習しているときのビレーヤー気分とは異質。まあ、普段でも、「安全第一+スムーズな操作」に気をつけやっているので、基本は同じだが、やはり雰囲気が違うし、一寸したミスも許されない。
 ということで、今回は、キッズのトップロープとビギナーのリードを担当。3人でチームを組み、最初は二人の様子を見ながら、順番を待つ選手の誘導とハーネスチェック等。
 キッズのトップロープが終わったところで、ビギナーのリード。3人で順にロープを結び、ビレイの開始。できるだけ登って欲しいと祈るばかり。ビギナーは最初のクリップが少し上だがそこまでは簡単で、クリップしたらビレイが始まる。あとは、クリップがしやすいようにロープを出したり、クリップ後は少し手繰ったりして、安全を保ちながらスムーズにロープを操作する。幸い、最初の選手は完登。二重に嬉しい。
 4人ほどビレイして、最初のグループは終わり、次は後半グループが同じように、キッズのトップロープ、ビギナーのリードとなる。今度は、キッズのトップロープのビレイを担当する。やってみると、隣の壁で落ちた選手が、こちらの壁の前に大きく降られてくるので、隣の選手がどの辺りを登っているかを気にしながらこちらのビレイ位置など気をつけないので、思ったより気疲れしました。そして、次はビギナーのリード。
 待っている間に、ロープを巻き、次の選手に末端を渡してロープを結んでもらい、ハーネスと共にチェック。そして、一人前のときは、前のビレイヤーのロープの流れを良くする為にロープの整理。そして、次はビレイ。終わったらまずはビレイヤー側のロープを引き抜いて、選手のロープを解除(疲れて解けないときはビレイヤーが解く)、そしてロープをまた纏める。の、繰り返し。
 午後からは決勝で、これは全てリード。オンサイトなので、コールゾーンからの出発。選手が結んだロープをビレイ器に掛け、ロープをもってスタート。ロープをフロアに投げてビレイ開始。ロープができるだけ旨く流れるようにフロアに投げる?のは一寸コツがいる。が、そんな練習をする暇がなかったので、最初は旨くいかず、失礼しました。二回目からは、ヨーク考えて位置を確認、投げる方向もシュミレーションして旨くいくようになりました。決勝なのでルートも少し難しく、完登はなかなかしません。途中で落ちるのですが、できるだけショックを与えずビレイできたかな?…。加須の皆さんに一応合格点をもらいました。
 ということで、最後は別グループのビレイもやって、担当ビレイヤーは、だいたい同じ回数をやって終了することができました。
 ビレーヤーの皆さん、本当にご苦労さまでした。ビレーヤーは本当に大会の縁の下の力持ちです。お疲れ様でした。

ということで、今回は「ビレイヤー体験記?!」となりました。

コールゾーンでの会話は、秘密!!

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Posted by buntak2 at 23:16 埼玉県山岳連盟 | 近況

2014年05月24日

20140614-15 日山協海外登山遭難対策研究会 開催

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20140614-15 日山協海外登山遭難対策研究会 開催  
Posted by buntak2 at 21:41 日本山岳協会国際交流委員会 | 海外情報

20140524 WILDERNESS(ウィルダネス) No.2 (エイムック 2825)

2 (エイムック 2825)

20140524 WILDERNESS(ウィルダネス) No.2 (エイムック 2825)

 先週、やっと「阿寺の岩場」でクライミングをしたが、そのとき手作りのテーブルの上に置かれていた一冊のムック本。帰り際、大野氏(この岩場の管理人?)が、来ていた若者に紹介していた。
 「そうそう、それ面白いよね!」と、自分も反応。ひと月前に買ったが、まだ紹介していなかったので、この場をかりて紹介。

 山渓や岳人、R&Sと山の雑誌はいろいろあるが、いま流行っている「パタゴニア」を取材した記事は、この本以外になく(登攀者の報告のみ)、また第21回ビオレドールを受賞した「キャシャール南ピラー」の報告も、この報告以上に詳しいものはなかった。まして、キャシャールでの馬目氏の装備やパタゴニアクライミングでの横山氏の装備に関して、これほど具体的に紹介されているものも他に無い。

 道具があれば登れるものではないが、それらを屈指できる力があれば登れるかもしれない?
 そんな安易な場所ではないが、キャシャールやパタゴニアのクライミングが身近になる。

 道具好きの私からすれば、それは楽しいカタログである。そして、特に馬目氏については工夫が素晴らしい。当たり前の工夫といえばそうなのだが、最近は改良等本気で考えることが少ないので新鮮である。幾つか紹介(一部、横山氏のも・・・)

 .丱奪パックに取り付けた、ビレイ用スリング。ザックの落下・流れ止め。
 ▲機璽泪譽好函屮螢奪献譽好函廣肩と腰を二重にし、全長を短く、不要な四隅をカット。
 サーモスのバンド→既製のバンドを外し、胴体に直接短めのバンド(テープ)をガムテープで固定。
 ぅ好函璽屐クッカー→MSRリアクター(1.5函法▲ッカーにネオプレーンを巻く。
 タ器→ジップロックのフードコンテナ。
 Ε▲ぅ好▲奪ス→グリベルのマトリックスティク、トリガー装着。ケーブル遊動式リーシュ。
 Г僕き替える。(ソックスは裏返してマットとシュラフの間に挟んだ?と言ってた様な気がする。)ハーネス→ベアールの軽量型。廃盤らしく、横山氏も「3個まとめ買いをした」と別のページに紹介がある。
 ┘咼譽ぅ献礇吋奪箱この役割(ビレイ中に羽織るジャケット)はわかってたいたが、どんなものか解らなかった。ここに解明。→馬目氏は、ノースフェイスの「トランゴジャケット」(化繊のプリマロフト)を使用。
 ソックス→ノースフェースのネオプレーンソックス。ビバーク時は、足の湿気を拭いて、ウールソックス


内容
【特集】垂直への挑戦
 パタゴニア・クライミングの事情と日本人クライマーの軌跡
・世界が注目するロッククライミングの聖地 クライマー王国・パタゴニア
・世界の山々を舞台に刻む日本人クライマーたちの足跡。
 →「キャシャール 南ピラーの七日間」
・幻の岩峰オベリスク挑戦記
・クライミング好きがすすめる本と映画
 ○榎戸雄一氏→「ロック・クライミングの本」小西政継・著/白水社→「…技術の基礎となる体力と精神力をしっかりと養い、大きな夢を現実のものにしていく心構えを学ぶことができる」
 ○三ツ堀信二氏→「A LINE地平線の旅人」榎本,戸高雅史,遠藤・著/求龍堂→「戸高氏の章は、成否の結果だけにとらわれない、いい登山とはどういうものかを考える上で非常に示唆に富んでいる。純粋に読み物としておもしろい。自分の旅や登山、クライミングへの取り組み方に大きな影響を与えた。」
 ○中根穂高氏→「大いなる山の日々」ワルテル・ボナッティ・著/白水社
       →「クリフハンガー」(ワーナー)→「冒頭のシルベスター・スタローンのスタントをやっているのはウォルフガング・ギュリッヒという不世出の名クライマー。これだけで見る価値がある。」
 ○成瀬洋平氏→「星と嵐」ガストン・レビュファ・著/白水社→「登攀描写のみならず、風景や心象描写の豊潤さに圧倒される。山を愛しむ彼の情熱と山への謙虚さが印象的で、僕にアルピニズムを教えてくれた一冊。」
 ○木村道成氏→「無償の征服者」リオネル・テレイ・著/二見書房→「未知なるものへの飽くなき探求心と自分の限界に挑戦する勇気、そして自然と関わる素晴らしさやその後に抱かれる心地よさみたいなものを教えてもらった。」
       →「アイガー北壁」(東映)  
Posted by buntak2 at 21:33 本・雑誌 | 海外情報

2014年05月20日

20140503〜06 涸沢合宿(前穂北尾根〜前穂〜奥穂)

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20140503〜06 涸沢合宿(前穂北尾根〜前穂〜奥穂)

 2014年の深谷山岳会の春合宿は、久しぶりに「涸沢」に決定。
20年前の30周年記念に16名が参加し<ジャンボテントに16人が入って宴会をした記録がある。今回50週年を記念して再び開催し、目標は16人越えだったが、残念ながら14人で計画、のち1名不参加で13名の参加となった。
 4/24の例会で、計画の大筋が決定。
 7人が5/2〜5/6の3泊4日,7人が5/2〜5/5の2泊3日の行程。天気の具合にもよるが、5/3の初日は、全員で涸沢BC入り。
5/4は、3パーティに別れ、A:前穂北尾根パーティ,B:北穂東稜パーティ,C:奥穂又は北穂高岳。
5/5は、7人が下山し、残り7人は、A:滝谷クラック尾根パーティ、B:北穂東稜パーティに分かれて登攀。
5/6は、7人全員下山。あくまで、天気が良い場合の計画である。
 
◆5/3 朝5時に13名が集合。1名は欠席。4台の車に分乗し、一路「沢渡」を目指す。高速は連休後半の初日とあって、既に混み始めたが、まあまあの時間に到着。4台揃ったところで、装備と食料を分担し、パッキングする。天気は良く、暑い。個装や衣類をチョイス。アウター上下は、やはりゴア雨具にし、冬用ヤッケの上下は車の中に置いておく。一寸暑いけれど、冬用のタイツの上にズボンを履く。上も冬用下着の上に薄いフリース地のシャツとする。次に、幾つかに纏められた団体装備をチョイス。ザイルとスコップとベニア板、銀マットだ。これだけで良いなんて信じられない。人数が多いと良いですね。食料も野菜の詰め合わせとスパゲッティのソースのみ。なんて軽いんだ。
 荷物がパッキングされたところで、タクシー乗り場に行く。既にお願いしたジャンボタクシーと普通タクシーが待っていて、9人と4人に分かれて分乗。直ぐさまスタートする。
 釜トンを抜けると大正池。水がかなり減っている。見上げる奥穂は稜線が雲で隠れている。晴れ間が続いたのか、乾ききって埃っぽい感じ。
 あっという間に上高地に到着。広場でまったりして出発。ここで、日山協事務局の小野寺さんに出会う。雪は先日の雨でかなり溶け、雪と岩、夏道が出ていて歩きにくいという。10時45分のバスで帰ると言って、分かれた。その後、地震が起きて、さっきのタクシーで待っていたときの揺れが地震であると知る。しかし、その後のことは予想できなかった。
 11時に上高地出発。河童橋で一時停止して写真を撮る。集合写真は混んでいるのでやめる。そして、小梨平を過ぎ川沿いの道を進む。幾度か、雷のようで雪崩のような音が響く。明神に着くと、いきなり地響き。雪崩か?と思うもそれはでかすぎる音。突き上げるように地面が動き揺れる。地震だ! さっきの雪崩のような音も地震による地響き、山鳴りであった。直ぐ3年前の3.11を思い起こし、関東のことが気になるが、携帯は通じず、明神館にテレビもない。誰かの携帯が通じたが、関東では何でもないとのこと。結局、その後は大きな揺れはなかったが、余震が何度かあった。
 気を取り直して、出発。次は徳沢だ。まだ雪も殆ど無く、乾いた道を歩く。昔のことを思い出して話したり、近況を聞いたりと、13人もいると久しぶりの会員とは、話すことがいっぱい。小一時間で徳沢園に到着。夏の水場の近くを流れる小沢は涸れて流れがない。こんなこと初めてだった。
 次は、横尾への道。左岸の何度かの上り下りが煩わしいと思っていたら、山側の道は雪が多く、雪の消えた河原歩きに成っていたのはビックリした。いつもと違う横尾山荘へのアプローチ。直接橋の袂に到着して休憩とする。既に2時近くとなり、橋側の河原にはテントが沢山並んでいた。休憩後、2時丁度に出発。次は、本谷橋が目標。このペースだと6時頃到着か?
 道は夏道と雪が入り交じり歩きにくかった。そして、橋にさしかかると遂に雨が降り出し、雨具を出すことになる。自分は、折りたたみ傘。しかし、雨は長くは続かず、小雨になり、降ったり止んだりし、傘で良かった。橋からの登りは右岸を巻くことが無く、沢沿いに登れたので登りやすかった。一番登りやすい状態だったと思う。途中でアイゼンを着ける者も居たが、自分は着けずに進む。やっと、涸沢ヒュッテの屋根と鯉のぼりが見えたが、ここからが長い。ヒュッテ手前の分岐で最後の休みを入れ、気を取り直して「涸沢」に到着。天パリ地は、最上部涸沢小屋よりの平坦地。パイプラインのすぐ上で、近くに韓国パーティが居た。
 ジャンボ(8人用テント)と4人用二つの整地をして、テントを張る。
 関がテントの受付とビールを買ってきて、乾杯!! 寒いのでテントの中。
我ら3泊組の6人は、必然的にジャンボテント泊となり、残る早帰り組は4人と3人に分かれた。3人は真新しいモンベルのテント泊となった。
 その後は、各テント毎に違ったが、乾杯の後、たっぷりのステーキ肉を肴にして酒やビール、梅酒、焼酎、ワインを飲む。ご飯もそこそこ、肉も予定の半分を食べて腹一杯となり、明日に持ち越しとなった。遅い到着で、夜も遅くなったので9時を大きく回ったところで就寝となった。
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◆5/4 昨日は到着が遅くなり、打合せもそこそこで寝てしまった。3:58に目が覚めたが、4時起床は幻となり、5時過ぎに起床。コーヒーを飲んだ後、ラーメンを作って食べ、ポットに湯(紅茶)を入れ、出発の準備。結局、当初の計画の通り3パーティに分かれて出発となるが、始めに「奥穂パーティ」、次に「北穂東稜パーティ」、最後に「北尾根パーティ」と全く正反対の出発となってしまった。
 北尾根チームには、「3時起床4時出発、ヘッデン覚悟で行くよ!」と言っておいたのだが、現実は6:30出発となってしまった。しかし、天気は良く、先行パーティもそれほど多くない様子なので、何とか日が暮れる前にBCに戻れるのではないかと予想した。
 北尾根パーティは、政、荒川、町田、加藤の4人。3人は初めてなので、加藤がトップで行く。后Ν困離灰襪泙任賄喘羂豌鵑竜抃討鯑れたが良い調子で進み、7:40到着。昨夜の酒が一気に吹き飛ぶ。コルのテン場跡で風を避けて休憩。雲一つない快晴で、見晴らしがよい。富士山も見えるし、木曽御嶽山が富士山以上に大きく立派に見えた。涸沢テント村の色とりどりのテントがきれいでおもちゃのようであり、奥穂や北穂に続く登山者が蟻のように行列を作っている。
 7:50、ここから北尾根の登攀が始まる。急登だが雪がしっかり着いて、大変歩きやすい。気持ちよく進む。8:20、絞に着くと、己上部の岩場が見える。が、登山者の姿がない。さっき后Ν困離灰襪妨えたパーテイは速いな?と思っていたら、己下部をロープを着けて登るパーティの姿が見えた。5人パーティだった。ザックを背負い縦走らしい。こちらは休憩がてらゆっくり待つことにする。1時間ほど待ち、コルから2ピッチ目を三人が終えたところで、ロープ無しでスタート。一部一寸急なところがあったが、直ぐに先行パーティのラストに追いついてしまった。ラストがなかなか進まないので、迂回して先のやや斜度の落ちたところまで進む。先行パーティのトップが核心部の所を右に行こうとして、下から「そっちじゃなくて左」とか言っていたので、「どこのルートを登りますか?」とビレイヤーに聞いたところ、「左を巻く予定だが、トップに任せる!」と言ったので、こちらは真ん中の凹角を行こうと思って、そのまま核心の下まで行く。そしたらトップが、「どうぞ抜いて下さい」と言うので、お言葉に甘え、そのまま左を巻いて早々に追い抜いていくことにする。すぐにトラバースできるかと思ったら、一歩が大変不安定。しかたなく3人に上がってもらい、ロープを出し、手前のガレた岩を一段登って左にトラバースして雪壁に出て直上。上部凹角を越えようとしたらロープが足りず、一段下がってビレイ。後続の2人はタイブロックで進み、ラストを時間差で同時にあげる。2ピッチ目は凹角を越えると緩やかな登りとなり、己に到着。

 ※ 暫く書かないでいたら、記憶が薄れてしまった…。後半は、簡単に。

 10:00、掘Ν犬離灰襪謀着。先行パーティが登っているので、暫く休憩しながらまったりとする。そんなことしていると昨年の二の舞(鹿島槍ヶ岳東尾根の第二岩峰で渋滞にはまり、荒沢岳に出たところで吹雪。北峰を越えると猛吹雪で視界0m。コルの天ぱり適地は既にテントが張られ、結局南峰頂上でビバーク)になるぞと思いながら、空を眺める。
 1時間ほどしてやっと先行パーティが2ピッチ目に入ったので10:55出発。やや左寄りを進みビレイ点へ。しかし、ここは狭いのでビレイ点が使えず、一段下でピッチを切り、後続をあげる。全員揃う前に、先行パーティが抜けたので、ビレイ点を変更し、2ピッチ目を登り始める。最初、久しぶりに正面のチムニーを抜けようと直上したが、いつもより多量の雪が詰まって、壁を作っている。が中間部の垂直の雪壁がふわふわでアックスが利かない。しかたなく戻って、他のパーテイもトレースしている右から登り、一旦ギャップ状になったところから登り返して一寸したテラスに出てビレイ。
 そこからぬピッチで最後の岩峰の基部に出て、左に段差を乗り越えると景の山頂に到着12:40。二年前の冬、ビバークした場所だ。
 ここまで、ロープシステムを色々変えた為、ラストは登りづらくなってしまい、少し時間がかかってしまった。ラストが来るまで休憩。
 あとは、曲を越え前穂の本峰へ。3本ロープはいろいろ疲れるので、ロープ一本にして、中間はタイブロックで結びながら、時々ランニングビレイを取りながら、コンテで進んでいく。曲のギャップは、一寸足下の悪い下り&トラバースだった。
 14:00、前穂山頂に到着。休憩地を求め天パリ跡のある よりに行く。喜美子平はすぐそこで、眼下に岳沢のテントが良く見える。そして、一昨年の冬、吹雪で進路を誤った明神岳に続く尾根が、はっきりと見える。あのときは5m先さえ見えなかったのに…。

 本峰で休憩後、14:25、後半戦に突入。ここから奥穂までの吊り尾根は、言葉通りではなく、細かいアップダウンが続き、意外に時間のかかる尾根なのだ。しかし、今年は割合歩きやすい状態で良かった。16:40予定通りの時間で奥穂の山頂に到着。やったー!!
 あとは、奥穂高山荘までの下り。特に小屋直前が急な下降で事故多発地帯。ときにはロープが張ってあるときもあるが、今年はロープ無し。おまけに雪は多く、クライミングダウンのキックステップは脆かったり深いところもあって緊張。16:25、4人が無事小屋前に到着すると、「後続はいないか?」と聞かれ、「前穂景から先は、ついてくるパーティも無い」ことを告げると、「今日は終了」と、言って救助隊関係者?は小屋に入っていった。
 17:35、涸沢への下降開始。最初は急だったが途中から雪が緩んだので尻セードに切り替え、思い思いに下山。先に帰幕していた北穂東稜パーティと奥穂から涸沢岳に変更したパーティの歓待を受け、テントに入る。政は途中アイゼンを失ったが、取りに戻る気がせず諦めたと言うが、後から来た町田氏が、前を歩いていた登山者から渡されて、アイゼンが戻ってきたのは幸運だった。こんな広い雪の中で落としたアイゼンが戻ってきたのである。
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 その夜は、またまた遅くまで飲んでしまったが、翌朝目を覚ましたら20cm程の積雪。雪は降り続き、霙交じり。計画通り、早帰りチームは下山。遅帰りチームも今日の登攀は中止し、どこまで下山するか?協議。
 そして、結局「徳沢園」でキャンプすることにする。早帰りパーティに遅れること2時間で、遅帰りパーティも下山を開始する。雪は雨に変わったが、降り続く。
 徳沢に着いても雨が降る。とりあえず、今日はここ泊まりなので、小屋で乾杯しながら相談。雨の中の天パリも嫌だよね!濡れたシュラフに潜り込むのも嫌だし、明日また濡れたテントを背負ったりするのも…なんて言っている。
 徳沢でキャンプも滅多に無いことだが、徳沢園に泊まるのはもっと無いこと。それでは泊まっちゃおうか?と言うことで、今から泊まれるのか?交渉。幸い「相部屋なら、1万で泊まれる」というので、泊まってしまうことにする。噂では、夕飯のステーキが大変美味しいそうだ。連日、ステーキや肉を食べ過ぎ、食べきらなかったのだが、さらに美味しいステーキと聞いては我慢できない。政の誕生祝いもあったりして、ワインをボトルで沢山注文したり、日本酒も注文。ほぼ旅館状態だったが、大変良い宿だった。風呂には二回入ってしまい、よく暖まり、布団も暖かかった。
 翌日、快晴の中、上高地に下った。
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 後日談。天候の悪化した5月5日、遭難が相次ぎ、良く6日は朝からヘリの音がする。吊り尾根に長くホバリングするヘリがあったが、あのパーティか? と心配したが、岳沢から南稜を登ったパーティだった。また、涸沢岳西尾では、防衛大学山岳部の遭難があったりとか、奥穂で行方不明のパーティがあると言っていたが、夜、家に戻ってテレビをつけたら、テロップに知った人の名が見えてビックリ。富士山でも遭難があったり、雲取山でも遭難‥等々、このGWは、遭難事故が多数発生した。
 そのなかで、好天を見方にし、スピーディに行動できた我々は幸運であった。感謝。  
Posted by buntak2 at 22:00 山行報告 | 深谷山岳会

2014年05月17日

20140517 阿寺の岩場へ

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20140517 阿寺の岩場へ

 今日も一日空いてしまったので、何処かの山に出かける。と言っても独りで行けるところはあまりないので、「古賀志山のマルチピッチ」か「東吾野・阿寺の岩場」にする。
 古賀志のマルチピッチは、ルートがはっきりしなかったので、「阿寺の岩場」にする。ここには、都合3回ほど出かけたが、結局まだ一度も登っていなかったので、今日こそ登ろうと、出発。丁度お昼過ぎに岩場に到着しそうなので、昼は顔振峠近くの茶店かピザ&スパにすることにする。
 小川町・毛呂山・日高経由で高麗を回って東吾野から虎秀に行き、駐車場。3台の車あり。そして顔振峠方面へ上がって行く。
 峠手前の茶店(忘路庵)は「都合で休業」とあり、峠の先のピザとスパゲティの「ベラヴィスタ」に行く。一寸行き過ぎたかな?と思われたところに看板があり、左に下ると見晴らしの良いデッキのあるお店に着いた。はじめは中に席を取ろうとしたが、外を進められて、デッキのテーブル席に座る。天気は最高で見晴らしが良く、山が良く見える。朝方は真っ白な富士山が見えたそうだが、今は雲で見えない。しかし奥多摩から奥武蔵の山がよく見える。
 きのこのスパゲティとコーヒーを頼む。
 最初にタケノコのお通しがでたのはビックリ。主人と少しお話しする。お客は、このあと二人組と一人がやって来た。ご主人がどこからいらっしゃいましたか?と丁寧に訪ねていたのが印象的でした。
 食事後、コーヒーを飲みながら「クライミングジョイ」を読み、一通り目を通し終わったところで、やっと「阿寺の岩場」に行く。坂を下って戻る。上の駐車場は3台入っており、外側の駐車場は少し車がはみ出すので、下の駐車場に行く。トイレの前は迷惑かと、その下の駐車場に行くが、少しはみ出したので斜面に寄せようかと思い、入れ直しをしたら何かが引っかかる?「エ?!」と思ったのも後の祭り。タイヤハウス?が、鉄製の杭(土留めの木を止めてあった)に当たって、曲がり、押されて・・・、なんと助手席のドアが開かなくなってしまった。参りました。折角ここまで着たのに・・・。
参ったなー?、もう帰っちゃおうかな?・・・とも思うも・・・折角来たのだから・・・、と気持ちを取り直し、荷物をザックに入れ出発。
 坂を上がり、看板から左手の道に入ったところで、トポを置いてきたことに気づき、車に戻って取ってきて、再出発。
 岩場では声がしたが数名だな?と思ったら、なんと「大野さん達」がまたもや作業中。声を掛けると、他に知った顔。浦和渓稜さんのOさんやNさんがいた。
 大野さんは、上部の不安定な岩を落としたということで、1mもあろう大量に溜まった土砂を谷に落としていた。
 一通り様子を聞いた後、折角来たのだからと、右端から取り付こうと準備。そしたら、Oさんがビレイをしてくれた。フリーで取り付いて、フィックスし、シャントで登ろうと思ったが、ありがたい。
 0さんにビレイしてもらい取り付いてみると、意外と難しい。ランナーを二つ取ったが正面は抜けきれず、一旦降りて登り直し。結局左手から登ってハングを右に斜上してやっとバンドに出、さらに一段上を登って終了。良かった、良かった。独りじゃ無理でした。
 一旦降りて、さらにもう少し左から取り付きましたが、直上は難しく、斜上しトラバースして先ほどのバンドに出る。よくよくトポを見たら5.9であった。
 ひとまず休憩。4本ぐらい登ったら休憩と思っていたが、そんなの無理無理。初めての場所は難しいですね。
 一休みしていたら、浦和渓稜のNさん等に呼ばれて、左の5.10bのルートにトップロープが張ってあるので登りませんか?というので、登ってみる。トップロープなので安心と言えば安心。先ほど一度登ったので多少岩にも慣れ、なんとか登り切った。良かった良かった。
 そのとなりの5.11aはやめときました。
 その後、テーブルに戻って休憩し、もう一度右側の岩を登る。一寸左によって凹角上付近を登る。またもやOさんにビレイをしてもらい、本当にありがたい。
 先ほどのトップロープの流れを変えたので、一寸重たいが短め。一度登って、トップロープの支点を換え、もう一度登って終了。
 Nさん等は、以前より不安定な岩を随分落とし、幾分すっきりしたカンテを登っていた。
登り切ったところで終了。時間も時間なので、作業もクライミングも終了して、帰りの支度。
 その後、大野宅でまたもやお土産をいただいて、帰宅する。イワナにヤマメ、その他有り難うございました。

 初めての阿寺の岩場体験。やはり全て登らないといけないね。今度は会で来よう。

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2014年05月16日

20140516 赤城山地蔵岳・林間下見

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20140516 赤城山地蔵岳・林間下見

 今年の林間学校は、学校が変わった為、開催場所も変わって、3年ぶりの赤城山。
前橋市立赤城少年自然の家(指定管理者:株式会社日本水泳振興会)を借りて7月1日〜2日に行われる。
 今日は開校記念日なので児童はお休み。5年担任と一緒に下見に行く。
 油断したら出発が遅れたが、スムーズな行程で遅れを取り戻す。大胡の道の駅で休憩後、一路赤城山へ。雲一つない清々しい快晴の中、赤城少年自然の家に到着。昨日から宿泊しているT小学校は赤城神社の方へ出発したらしい。昨日は雨が降ったり止んだりしたが地蔵岳に登ったという。またキャンプファイヤーは雨で中止となり、キャンドルファイヤーに切り替えたらしい。今日は大変良い天気。車を置かしてもらい、地蔵岳を登ってきた後で施設を見学させてもらうことにして、トイレ後出発。
 入り口の道路を少し上ると、地蔵岳への登山口。熊谷市立赤城山の家があった当時は、ここまで30分近く歩いてきたのだから、大変楽である。俳句の道と分かれると、熊笹の中の登山道となる。結構乾いていて歩きやすい。指導標も新しい物が設置され、ハングル語の文字もある。10分程登ると、不安定な岩が出てきて歩きにくくなる。この辺りから子ども達はハアハア言い出し、「あと何分」の連呼となる。が、今日は4人。年配の先生は、話しに夢中で声がとぎれない。元気である。さらに少し急になる前に一休み。子ども達もここで一息入れさせよう。だも長居はしない。5分程で出発。さっきより急で不安定な石が増えるが、ここは次の平坦地まで一気に登る。
 思ったより早く平坦地に飛び出す。ここで一休み。チョコや飴をもらう。水を飲んで喉を潤す。10分ほど休んで出発。樹林の間から残雪が見える。と思ったら、登山道にも少し雪があった。見晴らしが良くなり、風が少し吹いてきたが、思ったより早く、10分の登りで次の平坦地に到着。丁度良い。目の前には山頂の電波塔が見える。後は、ロープウェイ沿い(今は無い)の一寸岩の多い急登を残すのみ。ここも10分の休憩で出発。一旦少し下ってコルに出ると岩の多い道が見えるが、思ったより短い。こんなに見通しが利いたのも始めて。岩の上を歩くのはバランスがいる。左右の岩を外れたところを登る方が楽か?一寸大きな子ども?は、慎重に歩かせる必要がある。隙間に足を挟んだら大変だ。思ったより短く、最後の登り。ここも以前より大部整理されて、歩きやすくなっている。上から夫婦の登山者がおりてきた。この後、山頂や小沼への下り等で多数の登山者と出会う。
 結局下から55分で山頂に到着。今までで一番速かった気がする。山頂の標識が壊れていたようで、記念撮影に手間取ったが、端の標識を使って「証拠写真」を取り、三角点の近くで休憩とする。おにぎりを一つ食べる。他のみんなも「一つ食べよう」と言って食べると元気が出てきたようだ。おなかが空かないように小分けにして少しずつ食べる方法を教えると満足のようだった。本格的なお昼は小沼でとることにする。
 下りは階段状が多いものの、韓流スターの話で盛り上がり、あっという間に到着。そのまま車道を歩いてバイオトイレのある駐車場に到着。トイレを済ませ小沼におりて昼食。少し先に小学生らしい集団が居たので、行って話しかけると「さいたま市立美園小学校」の5年生だった。さいたま市山の家(元熊谷市山の家の二つとなりの宿泊所)に宿泊し、今日は中日、地蔵岳登山だそうだ。天気が良くて良かったね。
 こちらもテーブルのあるところで昼食とする。
 その後、小地蔵の脇を巻いて鳥居峠まで下る(一部、木の階段状となっている)。
名水のある方を覗いてから、覚満淵に降り、左岸を歩く。水は少なめで、ピンクのショウジョウバカマが数本見えた。端まで行ったら、ビジターセンター方面から集団がやって来た。なかなかの人数だ。本番はどちらに行くのかわからなかったので課題とし、左手の方に進んで車道に出る。が、それも面白くないので、湖畔を歩こうと大洞方面に下る。
 するとお土産処の「レイクセンター」が近いので、学校へのお土産を買いがてら、挨拶に行く。旦那さんに歓待され、若主人とも歓談後、店をあとにし、湖畔を少年自然の家まで進むが、冷たい風が強くなったので、長袖シャツを取り出して着る。それまで半袖で丁度良かったが、風が吹くと冷たい。帰りに温度計を見たら10度だった。
 暫く湖畔を進むと、コテージのような施設が見えると、キャンプファイヤー場が現れ、上に登ると水場や炊事場があり、その先に少年自然の家があった。
 地蔵岳への一周が終わりました。丁度2時半で、当日の行動時刻とピッタリとなりました。
 その後、施設の中に入って部屋やお風呂、トイレ等を見せていただき、簡単な打合せをし、赤城神社に寄り、おまけのローラー滑り台に乗って下見が全て終わる。
 帰りは、大胡道の駅にもう一度寄って買い物をし、熊谷に帰りました。

 皆さんご苦労様でした。なんだかんだ言って、思った以上に順調に登ることができました。これなら本番は大丈夫でしょう。気合いが入れば、さらに強くなります。

 久しぶりの地蔵岳。大変楽しく、スムーズに登れました。登山者も多く居てビックリしました。レイクセンターの主人の話では、裏の駐車場が「登山者の車」で一杯になり(朝から夕方まで)、観光客用の駐車場が足りないので、先日観光協会の人と話し合ったと言っていました。あまりお金を落として行かない登山者が少し煙たがれて居ましたが、健康志向で仕方のないこと。共存できてお互いに幸せな方法を探しましょう。

 夜は、深谷でクライミング教室を少し手伝って、少し登りました。

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2014年05月12日

20140511 二子山・中央稜の登攀

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20140511 二子山・中央稜の登攀

 今年は、2月の大雪で股峠までの林道が不通。4月29日の二子山開山式も両神山側の尾ノ内渓谷の駐車場で開催された。なので今シーズン初の二子山・中央稜が登れなかった。
 GWを終えて、妙義山の木戸壁か瑞牆山大ヤスリ岩のハイピークルートに行こうと思ったが、連休明けの連チャンで付き合ってくれる者が居なかった。丁度良かったということで、二子山に行く。特に、林道が使えないので下から登るのは始めて?なので、楽しみだった。

 出発はいつものように遅れてしまったのだが、とりあえず、11時に登人に到着。20台以上の車の列。マイクロバスは1台。少し先まで行ってUターンし、路肩に駐車。12分出発開始。少し戻って登山口でカウンターを押して登始める。直ぐ二手に分かれるが下のトレースを行くと沢沿いに登るようになる。向きを股峠方面に変えて、沢を渡る。こんなところに流れがあるとはおもわなかった。暫く沢沿いを行くと、枝沢に残雪が見える。流れのあるところで一休みし、雪解けの水を飲む。沢沿いの崩れたやや登りにくいトラバースを過ぎ、残雪を少し踏むと、樹林の急登になる。何度かジグザクを切るが、空が明るくなってきた。と思ったら、直ぐ先が股峠への分岐となった。山ガール山ボーイの先行パーティが分岐で休憩しているので追い越し、ローソク岩方面へ行く。祠岩には二人パーティのみ。そのままトラバースして中央稜の基部に到着。思ったより早く到着しビックリ。中央稜には、先行パーテイがおり、声の様子から3ピッチ目をリードしているようだ。
 シャツを脱いで汗を拭き、お稲荷さんを食べながら準備する。と、さっき祠岩に居た二人がやって来た。スーパータジアンを登るようだ。ということで、こちらも登攀開始。
 最初の3ピッチはいつものようにロープを固定して登り返しの方法。ザックとロープを固定しスタート。岩が乾いていて大変登りやすい。暖かいので足も痛くない。登り出しにはボルトやピンが抜かれて無くなっていて、ものすごく太いハーケン(杭)が最初のピン。 そして、3m程のギャップを越えると小テラス。ここで下降用のシュリンゲにヌンチャクを掛け、右のカンテを登る。そして灌木と岩の間を登って、ビレイ点に到着。25m丁度。すぐさまロープを固定し、片方のロープを投げて懸垂下降。
 途中2本ほどランニングを残して下降する。下降器を外し、次にシャントをセット。ザックと木の根のシュリンゲとロープを解いて、ザックを背負い登り返す。
 ビレイ点でカラビナを外してそのまま登り、上のピンにプロテクションを取り、ザックを降ろしロープを引き上げ、ザックにロープの末端を結び、2ピッチ目は短いのでダブルロープで登る。ロープの真ん中をハーネスに着ける。
 先行パーティのラストがまだ途中のテラスに居るので、少し待つ。そして3ピッチ目をフォローし始めたので、こちらもスタート。
 このピッチは最初左ルートを行く。左にトラバースして縦ホールドのところは、乾いていて快適。一歩足を上げると上のガバに手が届く。そして登りすぎないように注意して、右に一歩回り込むと簡単に上のガバが取れ、緩いカンテを登り、直ぐにテラスに到着。ここも直ぐにロープを固定し、懸垂下降し登り返す。登り返しは、ルンゼ側を行くが、いつもの通り難しい。ポケットのような右手1.5本指で我慢して、左上のガバを取る。そして足を上げさらにその上のガバを取って一段落。さらにカンテを登ってテラスに到着。セルフビレイを取ったところで、一本ロープを引き上げ、末端をザックと支点に固定。さらにもう一本を引き揚げ、末端を結ぶ。3ピッチ目は、40m程。ロープが絡まないようにザックの上に分けて置く。
 スタート。5m程登ってランニングをとり、一段ギャップを登ってクラック沿いに登る。
最初はボルトがあり安心。途中は、ドアノブのような石灰石にロープを懸ける。そして核心部に到着。ここでキャメロット#0.5を使用。一応補助ロープ5mを2mと3mに分けて、3mの末端をボルトに掛ける。そして、半レイバックのように岩に足を置き、二手上がると右手がガバに届いて一安心。補助ロープを外しそのまま登り、さらに大テラスまで上り詰める。
 大テラスの灌木にビレイを取り、直ぐさま懸垂下降。そして、テラスに到着後ロープを整理し、ザックを背負い登り返し。二度目なのでさっきよりもスムーズに登ろうと思うも、なかなか旨くいかないね。登り返しが終わって第休止。靴を脱いで少し食べる。暑い!!。
 
 大休止後、上部3ピッチはロープを引いていく。2カ所のポイントは、先ほどと同じ補助ロープ5mを使って、安全に通過する。最後の登り(今回は左)の前に、重たくなったロープを引き上げ、程なく終了点に到着。ロープを引き揚げ二つのループにし、そのまま尾根まで登って、終了。先行パーティが西岳頂上に向かっている。靴を履き替え、ロープ等をしまって山頂へ出発。
 最初のピークで中央稜の写真を撮る。こんなに良く見えるんだ!と感心。大テラスから上がしっかり画面に入る。そのまま山頂へ。山頂では先行パーティが休憩中。山頂の標識の写真だけ取って直ぐ出発。その先を行くが、両側が切り立っていて高度感満点。こんなだったっけ?と思うも慎重に通過する。そして例の場所からルートをそれて、ローソク岩に向けて下る。一部、ふっるーいロープがあり、3本纏めて掴んで、慎重に下降とトラバース。今度、ここのロープ取り替えようか?程なくして、ローソク岩に到着。ヘルメットを被ったガイド(ツァーリーダー)らしき人が居て、10人ほどの団体さん(おばちゃん達)を見なかったか?と言う。見なかったと言うが、この人ローソク岩の回りを2周ほどしたらしいが、その後も見あたらなかった。どこへ行ったのだろうか??
 そのままトラバースして中央稜の基部を通過し、股峠下に到着。二輪草の写真を撮って、直ぐ下ると、登りで出会ったパーティに追いつく。ピッタリくっつくのも嫌なので、途中で休憩し沢の水を飲む。そして、ハーネスとヘルメットを外してザックに詰めて出発。そのご、先のパーティを追い越すと、直ぐ「登人」の登山口に到着。思ったより下りも早かった。

 始めて登人から登ったが、意外に近い。45分で股峠だ。フリークライマーも少なく、静かな二子山だった。これなら股峠まで車が行かなくっても良いのではないか?と思ってしまう。天気にも恵まれ、一寸暑すぎたが、良い一日だった。次は、妙義か瑞牆山、そして谷川だね。

■コースタイム
5/11・日・晴れ 
自宅(9:10)==民宿「登人」上の登山口P(10:50/11:12)−股峠下の分岐(11:50)−中央稜取付(12:05/12:20)−大テラス(13:45/13:55)−終了点(14:15)−尾根(14:20/14:25)−西岳山頂(14:33)−下降点(14:38)−中央稜取付(14:53)−股峠下分岐(15:00)−−登山口P(15:35)==自宅

■装備:ザイル10.5X50mX1、キャメロット#0.5、シャント 他

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2014年05月01日

20140429 二子山開山式と両神四阿屋山 他

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20140429 二子山開山式と両神四阿屋山 他

 今年の二子山開山式は、2月14-15日の大雪により股峠への林道は、残雪や倒木が残り通行止になっている為、いつもの股峠ではなく対岸の両神側・尾ノ内自然ふれあい館の広場で開催されました。いろいろやっていたら、出発が遅れ、10時丁度に入り口合い向かいの駐車場へ。急いで会場へ行くと、神棚を二子山方向に向けて、式は既に始まっていた。受付するまもなく、頭を垂れる。
 神主さんの祝詞奏上が終わり、玉串拝礼となる。ここで来賓等参加者の指名があって順に玉串拝礼をする。
 が、突然、埼玉県山岳連盟副会長兼・・・・と言われ、ビックリ。やっぱり石倉会長は来ていないらしい。そう思ったら、「二礼二拍一礼」の二礼がぶっ飛んでしまい・・・参りました。そして式は終了。
 その後、二子山の自然を守る会会長の福島町長が挨拶し、数名が挨拶。自分も番が回ってくるのかと言葉を考えていたが、出番は来なかった。会長が「電文」を送ったのかと思われたがそれはなかった。
 式終了後、式前に到着していたらお願いしたのだが…と、柳原さんに言われて、胸を撫で下ろす。
 それからは、参加者の皆さんと話した後、加須の井上さんに久しぶりに再会し、固く握手。
 それからの行動は、岩井田さんたち川越山の会五十雀の皆さんと二子山へ!、と思っていたが、天気が悪い為か?両神・四阿屋山に変更となる。天気も良くないので、まあいいか?と、四阿屋山へ一緒に行くことにする。
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 両神・四阿屋山は初めての場所。2月から3月の「福寿草」や「節分草」が有名なところ。両神国民休養地としてよく整備された場所で、登山者も多いようだ。
 福寿草園手前の四阿屋で昼食後、既に福寿草は終わっていたが、ツツジやシャクナゲの咲く階段を上り、展望台を経由して急登の男坂を登って両神神社奥社へ。
 その先の直登ルートは通行止めとなり、左側から登る。ここから急坂となり岩場が続き鎖が続く。3人組と2人組の下山パーティとすれ違う。左手から登ってくる上級者コースは通行止めの看板があった。そこからまもなく山頂へ。
 山頂から西側の両神山方面が見渡せるが霞んでいた。ここは狭い山頂。直ぐ引き返し、奥社で一休みして下った。
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 駐車場で川越パーティと別れ、再び倉尾方面から二子山・股峠へ行こうと県境まで行ったが、股峠方面の林道は「通行止め」の大きな看板が立っていた。山菜採りらしい一般の人も居たり…、時間も時間(15:00)なので…無理せず諦めて、万場方面へ下った。
 途中の万場町では「鯉のぼり祭り」?をやっていた。
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 結局、今日は雨には遭わなかったが、二子山に登れず…、一寸残念な1日。でも、元気な加須の井上さんに逢えたので良かった。

※おまけ 一寸考えた、披露しなかった挨拶。


「みなさん、こんにちは。埼玉県山岳連盟の加藤と申します。石倉会長が所用ですので、変わりに挨拶させていただきます。
 さて、少し場違いでありますが、この場をお借りし、埼玉県山岳連盟の新役員をお知らせいたします。長らく会長を務めました森下会長が退任し、その後任に大宮アルパインクラブの石倉昭一氏が埼玉県山岳連盟会長となりました。石倉氏は日本山岳協会の自然保護委員長を務めています。また、古峰、福田両副会長も退任し、後任に川口市登山同好会の相澤重夫氏、同じく加須スポーツクライミングクラブ村岡正巳氏、そして私加藤が副会長となりました。この場をお借りし、ご紹介させていただきました。
 さて、本日は「二子山開山式」の開催、誠におめでとうございます。
 埼玉県山岳連盟は、この二子山に大変お世話になっております。若い血気盛んな岩好きは、二子山の西岳・東岳の山頂直下の壁でフリークライミングの練習に励んでいます。二子山を出発点として、全国、そして世界に羽ばたいております。ここ二子山はフリークライミングのメッカとして親しまれております。
 また、登山初心者の登山者や年季の入った中高年の登山者には、日帰りのできる展望の良い山として、四季を通じて親しまれております。
 しかし、先ほどの県警救助隊副隊長のお話の通り、事故も発生しております。埼玉県山岳連盟では、安全登山を呼びかけ、啓蒙し、指導をしておりますが、残念ながら事後が無くなることはありません。その節には、県警山岳救助隊を始め地元の皆様には大変お世話になっております。この場をお借りし、感謝申し上げます。
 本日は、地元の神主さんにより、二子山の安全登山が祈願されました。今後、我々登山者も安全に留意し山を楽しみたいと思います。二子山の神様もその思いを見守って下さることと思います。
 最後に、本日お集まりの皆様、そして、ここ二子山を訪れる登山者の皆様の安全登山と楽しい山登りを祈念し、挨拶といたします。」
  
Posted by buntak2 at 00:00 近況