いつも行く図書館が休みだったので、隣町の図書館に行った。帰り際、階段の踊り場に張り紙を見付けた。


 「注意! 最近、男子学生が女子学生に携帯アドレスを教えるよう強要するなどの迷惑行為が発生しています。このような場合は、すぐに近くの係員へお知らせください。また、不審な状況を見かけた方もすぐにお知らせください」


 私は暗澹(あんたん)たる気持ちになった。思春期に三角関係から友達全員を失った私は、同じ職場やクラス、集団の女性にちょっかいを出すことができない。ナンパが禁止なら、永遠に結婚できないからである。大衆は「少子化対策の強化を」などと軽々に口にしながら、平気で真逆のことをしている。ただでさえ、「セクハラ」「ストーカー」などとマスコミ宣伝をおうむ返しに唱え、出会いを妨害しているではないか。


 ジョージ・オーウェルの未来小説『1984』では、男女の自由な出会いやデートが禁止されている。違うのは、この作品が監視社会を描いているのに対し、わが国では本気で口減らしをしている点である。社会保障を控除から給付へ変更し、年金分割を可能にし、テレビは男そっちのけで働く女性を格好良く描く。生殖に異常を来すホルモン汚染問題を葬り、添加物や遺伝子組み換え作物の規制は緩和の一方だ。


 わが国が利用され、捨てられる定めで建国されたのは、むき出しの高速道路や鉄道網、木製の枕木やクモの巣状の電線、ウサギ小屋とやゆされる集合住宅群を見れば明らか。少子化を促す各種策略は、中国を近代化するための一時要員として位置付けられた日本人が不要になった証しではあるまいか。


 ナンパ禁止の張り紙に心中穏やかでない私だが、係員に抗議すれば、「こいつがセクハラ犯人」と捕まりそうだ。それではらわたが煮えくり返りながら、とぼとぼ帰った。