「俺、パソコンやらないから」。メールアドレスを聞こうとしたとき、無職の知人がこう答えたのを聞き、内心笑ったことがある。「持ち物は人並みに」が口癖の父の方針に賛成しかねてきた私でさえも。
しかし、私もすっかり少数派になった。今やスマホが普及し、大抵の友人はフェイスブックやツイッターをしている。電車に乗っても、お店に入っても、あちらこちらで撮影の「カシャ」という音が聞こえる。私は口に出さないが、人類監視の道具を持たされている愚かな大衆の振る舞いと理解する。それで一層、最新メカの採用に消極的になってきた。
ついに先日、困った事態に直面した。バイト先の不動産屋で、外出中の営業部長から「書類を写メで送ってくれ」と頼まれたのだ。私はPHSしか持っていない。一日中携帯をいじっていた田舎女への嫌悪感から、メール設定もしていない。事務所にいたのは六十代後半の社長と私だけ。できないことを社長に告白し、支援を求めた。
「俺、何にも分からんねえから」
「私も分かりません」
社長は「時代遅れ」「IT音痴」と社員たちに冷やかされている。それでも「どれどれ」と言ってガラ系の携帯を開き、「これでいいのか」とカシャッとやる。目を凝らしてメールに添付し、送信をする。
社長に後光が差して見えた。十年間の空白のつけは大きい。私はもはや石器時代の住人である。なぜこうなったのか考えると、腹立たしくなった。もともと数学や理科は得意だったのに、受験に失敗した姉の入れ知恵で放棄したのだ。と、スティーブ・シーボルトの本の一節が拍車を掛ける。
「二流の人は進歩にびくびくし、一流の人は面白くなってきたとワクワクする」
私は恐怖を押し返そうと、「どうせ進歩など、異星人たちが管理のために小出しにしているだけじゃないか」とうそぶく。
