2017年06月25日

法務省専門職員(人間科学)と自治体福祉職の試験を受けてきたので勉強法をまとめてみる(専門試験編)

これまでのあらすじ

 5月と6月に3つ受けてきた公務員試験の筆記試験が一段落ついた。それぞれ東京都1類B・福祉区分(5/7)、法務省専門職員人間科学・法務教官区分(6/11)、香川県職員採用試験・社会福祉区分(6/25)。
 東京はGWに東京に行ったついでに受けたほぼ記念受験なので、結果はお察しください。とりあえずこれからは6月の2つの試験の結果待ちで、筆記が通れば来月以降面接に進むことになる。法務省専門職員は3年前に保護観察区分で受験したときにたまたま通過し、順位もそれなりによかったが合格したあとの面接試験(国家総合職でいう官庁採用と多分同じ)で落ちてしまったので結果採用ならずだった。1年間は名簿というのに乗って、2つほど電話連絡があったもののそっちには行かずに現職に就いたのが現状。
 で、現職でも3年目、齢27ということもあってそろそろ転職を考えるべきかなと思い、とりあえず年齢制限にまだ引っかからないので公務員試験を受けようと思った次第。

目次
1.この記事の流れ
2.専門試験対策
3.社会福祉
4.社会学
5.心理学・教育学
6.何を重視すべきか?
7.新書を読みあさる
8.あとがき

1.この記事の流れ

 3年前に書いておくべきだったかもしれないがあのときは本当にたまたまでしかなかったのもあり、ちゃんとしたことは書けなかった。
 今回は仕事の合間を縫ってそれなりに対策をとり、まあ現役学生よりははるかに勉強時間は少ないだろうが効率的に勉強してきたことと、6月に受けた筆記試験の手応えがまずまずだったので勉強法をまとめてもいいだろうと思って今回書くことにした。
 時間を費やさないということはテキストを絞り、集中的にこなすことを目指す。基本知識のインストールにはさほど時間をかけず、いかに問題演習を分厚くやるかが重要となる。そうすることで知識が勝手に定着してくれるからだ。
 具体的な勉強法はこの本を参考にした。



 それほど応用はできなかったが、有名な山口真由のこの本も読んだ。


 筆記試験の結果は今後晒すかもしれないし晒さないかもしれませんがそのへんはご了承ください。俺のマネをすればいい、というわけでもないと思うので。

2.専門試験対策
 
 なぜ教養をすっとばして専門から書くかというと、専門のほうが通常配点が厚い、対策に時間がかかるからである。
 教養はまた今度書けたら書きたいと思うが、正直数的処理と判断推理以外はさほど重きを置いていない。実務教育出版の過去問500シリーズがあれば概観できるし、受験ジャーナルにも問題はいろいろ載っている。そのへんで傾向と対策と、あと問題慣れすればよく、時間を多く費やすべきではない(特に社会人受験の場合は)と判断したからだ。
 よって、ここでは専門試験に重きを置いた勉強法を書いていく。

 ちなみに法務省専門職員はそれだけの過去問集が出ているが既に絶版であり中古しかない。3年前は定価だった。


3.社会福祉

 まずは社会福祉である。法務省専門職では専門の1/4、自治体職員の場合はそれ以上の比率が社会福祉にあたるだろう。
 まずは社会福祉、なのだが実務教育出版の新スーパー過去問ゼミシリーズや、あるいは過去問500を見ても社会福祉という項目は載っていない。なぜかというと、国家公務員の総合職と一般職試験でたぶん選択肢にないからだろうなと思う。福祉職区分で受けない限り、必要とされない。要は書籍化するほど需要がないのだ。

 とりあえず基礎知識のインストールは有斐閣のこの本で行った。


 また、社会保障分野についてはこの本を使ったが、個人的にかなり勉強になったのでオススメ。一家に一冊あっていい。
 

 さてしかし困った。知識は仕入れたが、問題を解くにはどうすればいいのか(ほんとうに一時期困っていた)。こういうときは2chが頼りになる、
 まあ2chにも専門職試験の情報は微々たるほどしか載っていないので、BBSの過去ログを眺めることになるのだが、どうやら社会福祉士の問題集をやれば大体のことは勉強できるらしいことが分かった。
 いろいろ見てみたが、2chでも薦められていたのがメディックメディアのこのシリーズ。





 クエスチョンバンクが過去問集と解説、レビューブックがテキストという感じ。とりあえず両方買ってみたが、普段使いはQBだけでいい。QBだけでも膨大な分厚さがあり、解説もかなりまとまっているので、QBをガンガン使い回すだけで知識はかなり定着する。もちろん膨大なので傾向と対策を考えて使うべきだろう。
 香川の試験会場ではレビューブックを持ち込んでいる人がちらほらいたが、試験前に見返す程度でいいと思う。QBをこなしながら、疲れたときにレビューブックをナナメ読みする、というのもいいだろう。
 いずれにせよ、この二つを使いこなせば社会福祉士に要求される知識量(心理学、社会学理論、社会調査含む)が得られるので、法務省専門職の社会学と心理学対策にもなりうるという、二冊でかなりおいしい本だ。
 あと受けてみて実感したのが、社会福祉や社会保障関連の法改正が反映された問題作りになっていたので時事対策もしたほうがいいです。今日だけでも改正社会福祉法や障害者差別解消法が出ていた。


4.社会学

 社会学(社会調査含む)も社会福祉分野とダブりがあるので、結果的に比重が大きくなる。とりあえず知識のインストールはこれを使い、
社会学 (New Liberal Arts Selection)
長谷川 公一
有斐閣
2007-11-21


 問題集はこれを使った。


 社会学はこの二冊だけだが、スー過去で学者と理論を一つずつ詰めていくのが重要。デュルケムやウェーバーは出題パターンも多いし、法務省の試験でリオタールが出てきたりしたのは驚いたので、可能ならば現代思想まで手広くやっておくべき。香川の試験ではフーコーやギデンズが出てました。
 ただ基本は古典理論を分厚く抑えるべき。出題のバランスを考えると、各論(都市とかメディアとか)は理論をある程度固めてからでいいと思う。

5.心理学・教育学

 心理学も社会学同様に学者と理論を抑えるのがまずは重要。なので恒例のこのシリーズを使って知識をインストールした。


 そのあとはこの二冊。




 心理学は極めようとすると範囲が広いので勉強する分野をしぼりづらいが、基本は過去問の演習で知識を定着させるべきで、むやみに手を広げるべきではない。
 それと、教育学に関しては社会学や心理学に比べると範囲がそう広くなく、対策がとりやすいので、いきなりスー過去に入ってよい。教育学を使ったのは法務省だけだったので、直前の一ヶ月くらいで集中して知識を定着させた。
 心理学は範囲が広いことと、社会福祉と社会学に比べると配点の比重が少ない(心理職受験の場合は話が全然違う。心理職受験を目指すなら、試験に出る心理学シリーズをコンプすべきだろう)のでと、社会福祉士の試験範囲に心理学が多少含まれているので、勉強する順番もこの目次の順でいいと思う。
 心理学が得意でガッツリ稼ぎたいなら話は別だが、範囲が広くやっかいだったので、あえて後に回すことにした。現役生ならこうした省エネはすべきでないが、社会人ならこういう取捨選択は必要だろうと思う。
 
6.何を重視すべきか?

 ここまでで知識の定着はかなり進むはずなので、あとは残された時間の中で何を重視すべきか、である。具体的にはどの科目を重視するのか、記述式対策はどのように行うのか、である。
 前者についてはこれまでも触れてきたが、社会福祉と社会学の問題演習を主に取り組みながら、合間に心理学と教育学という形でやってきた。
 記述式対策についてだが、過去問はまず見るようにした。過去問はある程度の傾向を教えてくれるし、どの程度の知識を定着させればいいかのヒントになる。
 過去問で傾向を確認すれば、配点などを考慮しつつ、残された時間で自分の得意なところと不得意なところをいかに勉強していくか考えればよい。

7.新書を読みあさる
 それに加え、たぶんこれはあまり他の人がしていないことだと思うが、関連する分野の新書を読みまくった。その中でわりと助けられたのがたとえば最近出たこれ。


 この本にはたくさんの医療者やソーシャルワーカーが登場するが、彼らがどのような倫理や価値基準で日々を生きているかがつぶさに記述されたなかなかいい本だ。それに加え、普段見えない世界が垣間見える。医療も福祉も、現場によって仕事内容はかなり異なることがよく分かるのだ。
 といった感じに、新書を読むという行為は単純な知識の定着をはかる過去問演習では異なる種類の頭の使い方である。それに、日々定着させた知識が具体的なエピソードや事例として登場することもある。
 たとえば次のような新書は記述対策にも、時事対策にもなりうるだろう。




 なるべく新しく、自分が興味関心のある分野と、あまり知らない分野の本を交互に読むのが望ましい。そうすることで思考力を高めることが記述対策にもなるのかなと。
 他方で次のような少し古い本も現場が見えるという意味ではかなり役に立った。
累犯障害者 (新潮文庫)
山本 譲司
新潮社
2009-03-30



 あとはまあ、ブログでもなんでもいいが日々文章を書くという習慣は生きてきたと思う。論理的で一貫性のある文章はある程度トレーニングしないと書けないので、苦手ならまずそこから対応したほうがよい。
 文章の読み書きなら、ほぼ間違いなくこの一冊を薦める。



8.あとがき

 本の紹介が多く長くなったが、大体年が明けたくらいからこんな感じでやってきた。3月ごろからは週末ごとにカフェや図書館にこもって勉強していた。社会人は平日は夜以外に時間が確保できない分(朝は弱いので論外)週末は好きな場所で勉強、という形での切り替えはまずまずできていた気がする。
 ちなみに受験ジャーナルには勉強のスケジュールや時間などが事細かに書かれているが、あれはあくまで参考程度にすべきで、間に受けて萎えるべきではない。
 どのような試験でもそうだが、大事なのは過去問で合格ラインに届くまで自分の力を上げることだ。それが三ヶ月なのか半年なのか、はたまた一年なのかはその人がどれだけ普段から勉強してきたかによって変わると思う。法学部でバリバリ勉強している人なら、公務員試験の法律科目などさほど苦にもしないだろう。
 ただ、受験ジャーナルは情報誌としては使える。試験科目ごと、あるいは受験地ごとの傾向や時事対策もやってくれるし、さほど高くもない。独学ならば最低でも目を通して置くべきだろう。ていうかもう来年度受験のシリーズが出てんのな。


 教養対策は情報も大量に落ちているしさほど書くこともないと思うが、記事のバランスを考えてそのうち書くかもしれない。
 とりあえず、福祉職受験と法務教官ないし保護観察官を目指している人は参考にしてくれたらと思う。今年はまだ分からんが、3年前に似たようなことをして保護観察官試験には合格したので、まったく当てにならないわけではない、はず。
2017年05月03日

2016年の映画記録

 Evernoteに下書きだけしておいて投稿していなかったのでいまさらですが振り返ります。

劇場(17本)
・『傷物語 機戞イオンシネマ高松東
・『ザ・ウォーク』@イオンシネマ高松東
・『スティーブ・ジョブズ』@ホールソレイユ
・『同級生』@イオンシネマ宇多津
・『劇場版 響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』@イオンシネマ綾川
・『ヤクザと憲法』@ホールソレイユ
・『ずっと前から好きでした 告白実行委員会』@シネリーブル神戸
・『ちはやふる 上の句/下の句』@イオンシネマ高松東
・『64 ロクヨン 後編』@イオンシネマ高松東
・『シン・ゴジラ』@バルト9
・『劇場版アイカツ! ねらわれた魔法のカード』@バルト9
・『劇場版 アイカツスターズ!』@バルト9
・『君の名は。』@イオンシネマ高松東
・『聲の形』@イオンシネマ綾川、ピカデリー新宿
・『この世界の片隅に』@イオンシネマ岡山
・『ポッピンQ』@イオンシネマ高松東

 劇場新作が17本で、そのうちアニメが10本なのは今年の象徴かな。『ちはやふる』は漫画原作だし、『シン・ゴジラ』は言わずもがななので、今年の傾向がよくわかる。というか全然洋画見てなかったのな、今年は。
 20行ったかなと思ったど後半は月1ペースになっているのでまあこんなものでしょう。『聲の形』だけは二回見に行ってます。
 『君の名は。』については『アニクリ』vol.5.5で、『聲の形』については『アニバタ』vol.16で長めの文章を書いています。

アニバタ Vol.16 [特集]聲の形
すぱんくtheはにー
アニメ・マンガ評論刊行会(販売:密林社)
2017-01-17



 それと、『ずっと前から好きでした』、『劇場版ユーフォ』、『同級生』、『劇場版アイカツスターズ!』、『劇場版アイカツ!』については『Fani通 2016年上半期』に短評を寄せているので、こちらも合わせてぜひ。
 Filmarksではどれも3点以上つけていて不満らしい不満は少なく、数はやや物足りないものの楽しめた一年。
 ランキングをつけるとするとこんな感じかな。映画館で見る映像作品としての体験のすごさ、みたいなのを重視した。

1.劇場版 響け!ユーフォニアム
2.聲の形
3.同級生
4.シン・ゴジラ
5.ザ・ウォーク
6.劇場版アイカツ!スターズ
7.この世界の片隅に
8.ヤクザと憲法
9.君の名は。
10.ポッピンQ

 もちろん映像体験だけでパッケージは成功しないし、それだけではつまらないのだけど、上位5作品はどれも物語のすごさと演技演出面でのインパクトがあってこそ、音や映像が一つのものとしてとてつもないところまで行ってしまったなという感じがある。
 ユーフォ劇場版は一期の再構成になるわけですが、ほとんど別のものとして提示されたようなインパクトは2時間にもう一度おさえこむ、という制約がプラスに働いた証拠。『聲の形』と『同級生』は映像もさることながら音がとてもよかった。
 いやまあ音楽ものであるユーフォも音は言うまでもないんだけど、この二作品の音へのこだわりは音が映像を引き立てるだけでなく、映像もまた音を引き立てるという相互作用がパーフェクトだったんだろうと思う。この点は『劇場版アイカツスターズ!』のクライマックスも同様だし、『君の名は。』は言うまでもなく。
 『ポッピンQ』を推す理由はいろいろあるんだけど、おジャ魔女どれみを通ってきたという個人的な体験が下支えしてくれるエモさに乗っかれたから。たぶんこれに乗っかれるかどうかで、要はかつて思春期だったころをフラッシュバックさせることができるかどうかが重要なのかなと思う。アニメっていうのはある程度の世代を狙い撃ちしたものでよかったはずで、この戦略自体は間違ってないと思う。
 であるがゆえになぜ、なぜ12月に公開してしまったのか、という疑問だけが重くのしかかるんだけれども。

自宅(7本)
・『舟を編む』(2013年)
・『Wの悲劇』(1984年)
・『たまこラブストーリー』(2014年)
・『劇場版 神戸在住』(2015年)
・『ハーモニー』(2015年)
・『マイブルーベリーナイツ』(アメリカ、2007年)
・『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年)


 TSUTAYAにもよく行ったはずなのだが、アマゾンプライムビデオを積極的に使ってた気がする。プライムビデオがなければ『Wの悲劇』をちゃんと見る機会もなかなかなかった。
 今年は職場近くのTSUTAYAが少し離れたところに移転するのでさらにTSUTAYAから遠ざかりそうな気がしている。
 配信もまだまだ使いこなせていないので、来年はもっと積極的に使っていきたい。ちなみに今年はNetflixにも加入した。のんきり映画ばっかりは見てられないだろうが、元はとれるように見ていくつもり。
2017年04月29日

あらかじめ精巧に構築された退屈さ ――『たかが世界の終わり』(カナダ・フランス合作、2016年)



見:ホールソレイユ
監督/脚本:グザヴィエ・ドラン
原作:ジャン=リュック・ラガルス
出演:ギャスパー・ウリエル、レア・セドゥ、マリオン・コティヤール、ヴァンサン・カッセル、ナタリー・バイ


 見始めてしばらくして、ああこれはなんて退屈な映画なんだと思った。ググってもにたような感想はいくつも見当たる。これまで見たグサヴィエ・ドランの映画ならば、どこかでエモーショナルなドライブが始まるに違いないという期待を持つが、この映画に関してはどこにそれを見いだしていいかがわからない。もちろんダンスのシーンや回想シーン、あるいは突然ラジオから流れ出した「恋のマイアヒ」にノっていくシーンなど、動きをつけるシークエンスがないわけではない。それでも全体的に、退屈な99分であるのは間違いない。前作『Mommy』がクレイジーな作品だったからこそのこの対比はどこからくるのか。

 しかしもう少しじっくり見ていくと、ドランのねらいが見えてくる。まず実家を12年ぶりに訪れる主人公のルイがゲイらしいということがわかること。そしてミニマルに繰り返されていく家族の会話(ほとんどが喧嘩腰のようでもある)は、デビュー当初から一貫して家族という題材へのこだわりを持ってきたドランが、今回もそのこだわりを維持しているということ。まるで村上春樹のように同じようなモチーフを繰り返しこそすれ、世界観や映画そのものの長さなど、与える印象は異なってきた。だから今回も、これまでと同じでいて、どこかが違う。そんなドランの映画なのだ。

 たとえばヒロイン二人のルイへの受け止め方はかなり違う。一番最初にルイを迎え入れてハグをしたシュザンヌはルイを待ち焦がれていたと言っていい。12年の歳月はあこがれや片想いににた感情をシュザンヌに抱かせていて、ルイの送り続けた絵はがきを大事に保管しているし、作家であるルイについて書かれた新聞記事や雑誌記事のスクラップを自分の部屋に張りつけている。言わばルイマニアとも言えるシュザンヌだが、思いをぶちまける自分と違って静かなまま多くを語ろうとしないルイに対する不満も同時に抱く。タバコを誘っても断られてしまうときのシュザンヌの複雑な感情を、ルイは容易に理解できない。

 他方でルイとは初めての対面となるマリオン・コティヤール演じるカトリーヌ(ルイの兄アントワーヌの妻)は、ルイに対してもっともフラットに、そして優しく接することのできるキャラクターだ。ルイもカトリーヌにだけは伝えられる言葉を、いくつか口にするようになる。兄嫁という立場でルイに接するカトリーヌは時にアントワーヌの逆上を買うこともあるが(とはいえアントワーヌは映画のなかで常に「怒っている」キャラクターだ)コティヤールの大きな瞳はそれだけで優しさだと言ってもよくて、ルイがマニアになってしまったシュザンヌに若干引きながらカトリーヌとはまだ会話をできる、と思ってしまうのも無理はない。

 こんな風に、家族の誰もがルイに対する複雑な感情を持っているが、その理由までは明かされるわけではない。ルイも、なぜ自身が12年ぶりにわざわざ実家に帰ってきたのかを、話そうとしない。いや、正確には話せないのだ。話すタイミングのなさ、自身の間の悪さ、あるいは12年間で明確になってしまった自分と家族の断絶。話せない理由を挙げるとキリがなくて、その状況の中で重要な話をする、というのはよほどの条件が整わないと難しい。

 最初にこの映画は退屈だと書いたが、家族の会話なんて外部の人間が見たところで退屈なのは当たり前だ。そこに12年間の断絶が持ち込まれるのだから、単に退屈である以上に様々な混乱を招く結果となっており、そしてその混乱の背景が語られないことで映画の視聴者をさらに困惑させることにもつながっているのだけれど、つまりそれは視聴者もまたルイのことをよく知らないストレンジャーだということをつきつけてくるのだろうと思う。

 よく知らない。それでも血はつながっているし、共有していたはずの過去の記憶がある。家族だとか家だとかいうものがきれいなものではない、というのは冒頭に挿入される歌の歌詞がストレートに物語っているが、だからこそドランがこだわり続けているのもよくわかるし、物語作家である前にキャラクターとキャラクター同士の複雑で繊細なコミュニケーションを描いていく、というところが出発点なのだということもよく分かる。もっと簡単にまとめてしまえば、非常に純文学的なテーマを持った映画作家だなと思う。とりわけ物語らしい物語が薄く、家族5人のたった1日を書いただけのこの映画は、その純文学性がより色濃く表れている。

 音楽とか色づかいとか、触れたいところは他にもいろいろあるのだけど、ただ単に退屈な映画だと片付けるのは(それはそれで間違っていないが)惜しい。言いたいことを容易には言えない、だが言わなければならないと、表情をほとんど変えずに半ば透明な存在としてもがいているルイを演じるギャスパー・ウリエルの演技は見事だ。言葉に頼らない演技をするのもまた容易ではないだろう。苦悩を内に抱えながらそれを表出できないルイというキャラクターに、ウリエルの透明さはよく似合っている。パンフレットで彼が幽霊という表現を使っているのもうなずけるところだ。幽霊だからこそ、たった1日しか現れることができなかったのかもしれない。
2017年04月16日

徳永の飛躍と神谷の転落、ただそれだけを丁寧に ――『火花』(Netflixオリジナルドラマ、2016年)



※大いにネタバレしていますのでご注意ください

 NHKで3月からドラマ版『火花』が放送されていたのをなんとなく見ていたら後半になってかなり面白くなってきたので、残りの話数をNetflixで視聴した。NHKが放映するまではネトフリだけだったからか、原作の話題性に比べるとドラマの話題はネットでも乏しい。たとえば逃げ恥のように、連ドラならネットから話題に火がつくことがあるが、ごくごく一部の視聴者に限定される配信限定ものの場合、火をつけるのはまだ難しいのだろう。だからかどうかわからないが、NHKが放映することをきっかけにネトフリの配信を見てみた、という俺みたいな視聴者はほかにもきっといるはずだ。

 それはさておき、原作のかなり忠実な映像化であるとともに、日本映画のフォーマットを借りた連続ドラマでもあり、純文学的ビルドゥングスロマンだなと改めて感じた。神谷の要請によって徳永は彼の伝記をノートにしたためるわけだが、これってつまり神谷の死だよねという話を創竜(@k_soryu)さんが以前配信で語っていたけれど、だとするならばもはや結末は見えている。神谷の死、つまり先輩芸人である神谷が死に向かって転落していくのであれば、新人芸人の主人公徳永は飛躍していくしかない。そしてその神谷の記録だけは残される。神谷は徳永の目の前から消えることによって、逆に文字の上では生き残るのだろうと。

 また、お笑いコンビを主人公にするのではなく、スパークス、あほんだら両コンビの片方同士を取り上げてその師弟関係を主軸にすえるやり方は、原作が純文学でなければなかなかなかった取り合わせではないか。飛躍していくスパークスの二人に焦点を当てたドキュメンタリーにすればエンタメ的には面白くなる。ただ、原作でもドラマでも、徳永の相方である山下の存在感はさほど大きくない。ドラマでは本業のよしもと芸人が役を当てている山下を差し置いて、徳永のほうがまだ目立つのはボケ担当という役柄上でもあるだろう。そして映像の前ではどうしても、声が大きくてよくしゃべる神谷にかき消されるのだ。その意味では、神谷を演じた波岡一喜は、全話通じて渾身の演技をしていると言っていい。

 最初徳永を林遣都が演じると知って、いや正直もっと地味な俳優でなくてはイケメンすぎるのでは? と思ったがこの徳永演じる林の素朴さがいい。素朴に演技しつつ、次第に徳永という役に入り込んでいく。途中から髪を銀色に染めてキャラ立ちをするが(そしてそのことを神谷は肯定的には受け止めなかったが)そこが徳永にとっても林にとっても一種の分岐点になっていた。要は、今後の展開で「化けていく」のが予感できるし、実際にそうなっていく。対して神谷は、その逆に進むだけだ。あまりにも分かりやすく。

 ではそうした予言めいた期待通りの展開や、分かりやすい飛躍と転落は視聴者を退屈にさせないのだろうか、という疑問が残る。これについては先ほど書いたようにキャラクターに焦点を当てて丁寧に撮っていく日本映画のフォーマットがうまく功を奏している。物語はもちろん重要だが、まず人が前面に出るような映像を作ることで、ストーリーの平坦さにはあまり退屈さを感じない。たとえば徳永の銀髪を肯定しなかった神谷が、第8話で徳永を模倣したシーンがある。徳永は神谷に対する複雑な思いをためながら、しばらく黙り込む。カメラはその徳永の表情をじっととらえるのだ。神谷に対する不満をぶちまけるという、期待された展開を準備するように。

 あるいは最終話、山下が徳永にコンビ解消を打ち明けるシーンや、徳永が事務所の人たちに芸人引退を告げるシーンなどをあげていい。どれも重要な場面であり、山下にとっても徳永にとっても人生のかかった場面だ。しかしあまりにも静かに、かつ丁寧に交わされる会話を切り取っていく。菜葉菜の感情高ぶった徳永への言葉かけだけが、やや目立つものの、あまりにもあっさりと幕切れを迎えていく。これはもちろん、原作である小説が派手なものではないことを踏まえたものでもあるだろう。

 いずれにせよ、気づいた時には神谷への魅力は失われ、飛躍していく徳永の言葉や行為や彼の見ているものに魅了されていく。そのプロセスの面白さや同時にある悲しさと、一方で人生というものが若者の夢の先には常に横たわっているのだということが感じられる。徳永と神谷を対にしながら、他方で山下という第三者的パートナーを配置することで徳永と神谷との相互行為だけには回収しない、奥行きを持たせることにも成功している。もちろん門脇麦演じる神谷の同居人である真樹(というか神谷がヒモ状態)も、徳永の友人でもある美容師のあゆみといった、脇を固める女性陣の配置もいい。ともすればホモソーシャルになりがちな男性芸人の世界に、幅を持たせてくれるのは彼女たちが徳永と神谷の物語に加わっていくからだ。

 夢の先には人生があるし、そして足下には目の前の生活がある。生活に対しても人生に対しても、徳永と神谷の態度は大きくことなる。ほんとうに神谷は、自身の死によってこそ生まれる特別な何かを、徳永と出会ったときからずっと目指していたのかもしれない。ただひたすらに、馬鹿みたいに、その特別さに向かって生きていたのかもしれない。
2017年04月07日

豊富な学術的知見に満ちた架空の人生の追体験 ――デイヴィッド・ブルックス(2012)『あなたの人生の科学』訳=夏目大、早川書房





 タイトルだけ気になっていてすぐに買わなかったし、最初はちょっと情報量が多すぎてだるさもあったのだけど、半分近く読んでから俄然面白くなって下巻は一日で読み終えた。これは間違いなく読むべきというか、いままさに読むに値する本、だと言っていいだろうと思う。

 なぜそう言いきるかというと、著者もあとがきの最初のほうでのべているが本作には膨大な学術的知見が反映されている。主なところは認知心理学、行動経済学だが伝統的な経済学、政治学、あるいは社会学や哲学、文学(スタンダールが度々登場している)といった知見も紹介されていて読みどころが多い。著者のねらいとしては近年特に目覚ましい認知心理学と行動経済学の研究成果を一般読者に還元したいという意識(この意味では様々な研究を紹介したレビュー論文的でもある)と、ルソーが『エミール』で試みたような、架空の人生を通してよりリアルなメッセージをこめたい、という目的を両立させることだろう。

 ある部分では持ちつもたれつといったところで、フィクションに関する部分のディティールのバランスが崩れたりもしているが、そこはあくまで研究成果を反映される部分としてサブなものとして割りきればいいだろう。とはいえメインの部分だけを伝えるのなら実際に論文や本を読めばいい。そうではなく、ハロルドとエリカという一組のカップルを題材にしたフィクションを見せることで、読者に読み物としての面白さを提供することに成功している。なにせ二人が誕生するところから、二人の死までを通して書こうとするのだ。70年とか80年とかあるだろうスパンの読み物を文庫二冊で、しかもそれが単なるフィクションではなく限りなくリアルな世界に立脚したものであるという点が非常に試みとして面白く、成功していると言えるのだ。

 先に書いたように本作で取り入れられている知見は数多いが、ベースになっているのはおそらく行動経済学だろう。伝統的な経済学のオルタナティブとして出現した行動経済学は、人間や人生といったものを表すのにも向いている。アリエリーの数々の著書や『ファスト&スロー』といった日本でも訳されて有名になった固有名詞が多々出現するし、主人公のうちエリカはカーネマンをリスペクトするキャラクターでもある。ビジネススクール的な合理性を嫌い、そうではない部分、つまりヒューマニティや人間の非合理性に着目して、やがてビジネスを起こすのだ。



ファスト&スロー (上)
ダニエル カーネマン
早川書房
2012-12-28


ファスト&スロー (下)
ダニエル カーネマン
早川書房
2012-12-28



 ブルックスのねらいは人々の「無意識」に焦点を当てるところにある。『ファスト&スロー』で言うところのファストの部分とほぼ重なるし、非認知能力と呼ばれる最近の教育界隈で話題になっている要素にも近いだろう。ハロルドは中流以上の家庭で育ち、教育水準も高いがエリカはシングルマザーの家庭で育ち、生活水準も下流に近いところで子ども時代を送る。ここしばらくの傾向としては一般的に、階層によって教育水準が決まり、教育水準によって次の世代の階層も決まるという、階層の固定化がアメリカでも日本でも指摘されている。日本でも「貧困」がゼロ年代以降注目されてきたが、移民を多く抱え、南北の格差が大きいアメリカでは日本の比ではないのだろう。こうした状況の中、エリカは貧困から脱出するためのプログラムに参加するのだ。

 エリカはプログラムによってまず違う階層の人々の存在を実感する。大学進学後はよりそれを大きく感じることになるわけだが、教育というものがこうして階層を引き上げるのではなく固定化してしまっている現実がやはりアメリカでも問題視されているのだろう。エリカは大学に進学しなければ後々自分がCOEとなって会社を立ち上げることもなかっただろうし、その会社が傾いたあとに転職することも容易ではなかっただろう。高等教育は機会とスキルを提供することによって、人生の可能性を広げる。逆に言えば、その恩恵に預かれない可能性もまた存在するわけだ。

 行動経済学の話に戻ろう。この本は行動経済学の知見に満ちている。教育だけではなく友人関係や恋愛関係、結婚やセックス、そして幸福といった、人生や生活にあらゆるところに一般的な傾向としての知見が紹介される。ではそれらの知見を踏まえれば人生は成功するかというと、必ずしもそうではない。エリカは事業に失敗するし、ハロルドは鬱傾向からアル中一歩手前までいく。二人は離婚の危機をも迎えてしまうのだ。これはつまり、人生には自分の選択でコントロールできるものもあれば、コントロールできないもの(運や権力、あらゆる人間関係に左右されてしまう何か)が存在することになる。ではどうすれば、それらの限界を知りつつ人生を豊かにすることができるのか。

 人生を豊かにすることもまた、選択の範疇なのだとこの本は教えてくれる。ハロルドはかなりの回数転職を重ねているが(とはいえ平均して10回以上転職sるアメリカ人としては珍しくないのだろう)、そのたびに自身の可能性と限界を知ることになる。エリカもまた、野心に満ちてはいるが成功だけではない人生を歩んでいる。この本のねらいはそうした成功と失敗の繰り返しの中で、いかに内省をすることによって次の失敗の機会を減らしていくか、というところにあるように思う。人生すべてをマネジメントすることは難しいが、人生を細分化すれば個々のリスクに対応したマネジメントをとることはできる。たとえば家庭内でのスキンシップであるとか、お酒を控えて外に出ることとかだ。

 人生は難しいが生きるに値することを、最終的にブルックスは伝えたかったのだろう。老年期に入ってからのハロルドとエリカの充実度は、二人が青春時代に感じていたそれと同等か凌駕するかのようだ(そしてなぜそうなのか、という知見も合わせて紹介されている)。これはつまり、加齢、老いることに対してネガティブな現代社会に対する痛烈なアンチテーゼとも言える。誰もがやがて若さを失うし、老いるし、やがて死ぬ。そうしてごく当たり前の事実に丁寧に向き合うことが、やがて幸福な人生を招くのかもしれない。たとえ遠回りであっても、人生が続いていく意外なところに幸福が落ちているのかもしれない。




 これもハヤカワNFになるけど、類書としてはこれかなーという気がする。人生という長いスパンで見たときに、20代までの歩みが大きく影響を与えることを、これもまた豊富な知見を用いて紹介していく。
 いま何をすべきか、そしていま何をすべきでないかというヒントを与えてくれる重要な一冊。