Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。

監督・脚本:ショーン・ペン
原作:ジョン・カラカウア『荒野へ』
主演:エミール・ハーシュ(クリス)

劇場:テアトルタイムズスクエア

 「そして僕は歩いていく。まだ見ぬ自分に出会うために」のキャッチコピーそのままの自分探しの物語である。悪く言えば現実からの逃避行、だが。実際映画もそれほど逃避行の旅を賛美しているわけでもなく、かなり皮肉なストーリーだと思う。これが作り物ではなく実話に基づいているというのもあるからだろうし、だからこそあのアラスカの大地の大きさが心に残るのかと思う。

 主人公のクリスはアメリカの裕福な家庭で育つ。大学も抜群の成績で卒業するが、家に帰ったその足で、誰にも告げずアメリカ横断の旅を始めてしまう。自分と同じような放浪者、ヒッピー、自分を気にかけてくれる老人。様々な人に出会い気持ちが揺さぶられながらも、最終目的のアラスカは諦めきれないでいた。

 前半で彼の生い立ちが紹介されるが、それ自体は彼の旅の目的とはそれほど関係もないだろう。この演出は、結局はこの映画が”人のぬくもり”と言ったところに帰結していくとき、ずるいと思った。オスカーで助演男優賞にノミネートされたハル・ホルブルック演じるトレイシー翁の存在がまたひきたてる。独りでいることをクリスは望み続けるが、その過程で出会う人たちは独りではないことを求めている。大切な人と生きていくことこそが、人生なのだと言わんばかりに。もうこのあたりで、クリスの行く末を見守るのが辛くなるから、やはりずるいなあと思う。

 そうした主題とは別の見所はなんといっても圧倒的な映像美。アラスカだけが予告編などでは強調されるが、それ以外のシーンもさすがアメリカと言わんばかりのスケールの大きさを見せつける。どれほどクリスがちっぽけな存在であるか、も同時にだ。それを分かった上でのクリスを演じるエミール・ハーシュが上手いと思うのは、表情の変化なのである。旅の過程で様々な表情を見せることになるが、特にアラスカでの生活における彼の表情はクリスの生き様そのものである。自然と動物への畏敬、自分に対するやみきれない思い。そういうことを考えながら、最後に彼が笑ったか否かを見守って欲しい。

 生きる意味、まだ見ぬ自分。そうしたものを求め続けるのは自然なことなのだと思う。敷かれたレールからとび出して、社会という枠から抜け出して、文字通り自分の道を歩くのはカッコイイとは思う。ただ、あまりにも理想を追い求めすぎるときに、人は大事なものを見失うのだろう。そして人は思う。時すでに遅し、と。

 まあ、だからと言ってクリスの生き様を否定する気はまんざらない。アラスカまでに掴んだもの、そしてアラスカでしかできない経験を得たこと。それは紛れもなくクリスを人間的に成長させた、という事実は否定できない。良くも悪くもだが、人生とはそういうものなのかなとも思わされる。旅をしてもしなくても、冒険(比喩的な意味もこめて)や後悔なくして人生ではない。ただ彼の場合は、その両方のスケールが常人のそれらを逸していただけで。

 楽しく見ることもできる映画だし、見終わったあとの感情はなかなか複雑なもので、実際劇場で見終わったときもしばらく席を立たない人が少なくなかった。個人的には、クリスと近い年齢のうちにこの映画を見ることが出来て良かった、かな。単純だけど。
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