Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。

監督:小松隆志 
原作:瀬尾まいこ
主演:北乃きい、勝地涼


 
 当初は確かミスチルの「くるみ」が使われた映画だったよなあ、という程度の認識しかなかった。BSで少し前でやっていたものを録画しておいたので、それを最近見たというわけだ。もっと早く見てもよかったし、少し逡巡している今見る価値というのもあるかもしれない。まあそれは、これからの俺にかかってるが。

 北乃きい演じる中原佐和子の家庭はちょっと変だ。兄のナオ(平岡祐太)は彼女にふられる→付き合うを延々と繰り返す元超優等生。母は数年前に家をとびだしたが、佐和子は彼女の家を学校帰りなどによく訪れるなど、家族とも関係が悪いわけではない。そして父がある日朝の食卓である宣言をする。それは佐和子が中学三年生になった春のできごとだった。佐和子の学校では大浦勉学(勝地涼)という中学生が転校してきた。佐和子の学区にあり、そして兄も通った進学校である西高に合格するためだという。もやもやしていた佐和子の心が勉学の影響で少しずつ明るくなり、一緒の高校をめざすことになる。

 コメディ調とまではいかないが、少し調子のおかしい家族やあまりにも単純で快活すぎる大浦勉学の存在はこの映画の中で唯一普通の人である(と思う)佐和子にとっては理解できないことがいっぱいだ。そっけない表情もできる、普通の女の子という意味でも北乃きいという女優はなかなかにはまっている。よく見ると美人だが、過度に映える美人でもないと思う。ただ、内にひしひしと何かを秘めてそうな、そういう容姿が映画の中の中原佐和子という人格に非常に適している。高校生になって委員長をつとめて挫折を味わうシーンなどはいかにもありそうだが、。そして大浦勉学役の勝地涼も非常にはまっている。彼は典型的な爽やかな二枚目(平岡祐太もそうかもしれないが、平岡とは違うのは幼さ故の爽やかさだと思う)で、この爽やかさは無口で気取っているキャラよりは不器用でも体当たりをするような大浦勉学というキャラに面白いくらい当てはまっている。前者として勝地涼は「亡国のイージス」で如月行という役を演じているが、正直しっくり来なかった。原作を読み込んだ分、もっと影のオーラを醸し出すイメージだったのに勝地は少し不自由に演じていた気がする。というわけでこの映画では主演2人のかけあいがたまらなく面白くもあり、歯がゆくもあり、そして何より切なくもある。

 シンプルにいうと、家族をテーマにし、そこからさらに広げて人との繋がりの妙を描き出す。食卓というのが一種の触媒になっているが、人そのものが家族それぞれにとっての触媒になる、という形をとっていると思う。支え合うことに不慣れな中原家は、非常にバラバラだ。どこか脆さを抱えて虚勢を張り続ける家族、そして理想と現実のギャップを受け入れられる女の子である佐和子、という構造。それぞれが大切なものを探しながらも、なかなかつかみきれない。彼らは思う。何を求めて生きるのか。

 ある意味では保守的な映画なのかも知れない。価値観や家族形態が多様化する中で中原家のように朝はきっちり家族揃って食事、などという家庭は少ない(たとえ気持ちはバラバラだとしても)だろう。家族それぞれが個人主義のようなものを掲げるあたりは現代的ではあるが、ラストの収まり方は現代的、というよりは近代的。でもその保守性(といっていいのかどうかは正直分からないが)をひとつの映画として見られて非常に心地よかった。なんか変な感じ、ではある。連ドラだったら過度に盛り上げそうなシーンでも、割と淡々とつなげるあたりはそれ自体日常的であるからなのかもしれない。

 最近見た「into the wild」とは180度違う映画だなあ、という実感。「into the wild」のクリスは不自由であることを嫌い自由を求め続けた。そしてあのラスト。この映画での中原佐和子は不自由な世界でも生きる喜びを見いだそうとする。クリスが最後につかみきれなかったものを、佐和子は最後の最後に実感する。ここからは若干ネタバレになるが、「天元突破グレンラガン」の12話でシモンが掴んだものに似ている。そんなラストには中川翔子もいいけれど、ミスチルの「くるみ」が抜群に合う。「くるみ」が流れる間の6分間のシーンは、静かだけれど圧巻である。久々にこの曲を聞いて、歌詞も知っているはずなのに最後のフレーズを口ずさんだシーンは涙が出そうだった。

 誰も強いメッセージを吐くわけでもない。ただ、歩む道が違うからこそ言葉にしたいことがある。伝えたいことがある。家族というものがある限り、誰もひとりぼっちではない。そういう映画だ。

 これが北乃きいの映画初主演作だという。ドラマ「Life」のイメージが強い彼女だが、この映画も十分代表作になるだろう。そしてさりげなく映画の中で北乃きいを支えた石田ゆり子は素晴らしい。台詞と言い仕草と言いあれほどの自然体で演技ができるのはさすがだ。当然のようにそこにいる、という存在感を十分発揮していた。
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