Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。

Helpless [DVD]
浅野忠信
タキ・コーポレーション
2000-04-28



サッドヴァケイション プレミアム・エディション [DVD]
オダギリジョー
ジェネオン エンタテインメント
2008-02-27


 最近知り合った人に青山真治作品を薦められ、『Helpless』から始まる北九州三部作のうち『EUREKA』以外の二本を見た。青山作品ではEUREKAが一番有名なんじゃないかな、と思ったのだが薦めてくれた人が言うにはあまりレンタルに転がってないらしい。古いほうの『Helpless』だけレンタルして、『サッドバケイション』はNetflixで見た。

 明確なストーリーがあるわけではなく、白石健次というキャラクターの人生を10年間くらい追ってみました、というところだろう。北九州という舞台から離れない土着の物語であることや、『Helpless』はそのまま路上から始まる物語だ、というところからしても(また、青山が小説を執筆していることを加えても)紀州を舞台に物語を書き続けた中上健次への目配せがいくらかあるのだろうと思う。

 健次と安男の人生をわずかに切り取っただけの『Helpless』と、間宮運送という小さな運送会社を舞台に繰り広げられる『サッドヴァケイション』では味わいがかなり違う。『Helpless』はストーリー性はほとんどなくて、ほんの少しだけ物語は進むが、どちらかというと健次と安男それぞれのキャラクターを強く印象づけるための演出であったりカメラワークがなされていた、というべきだろう。おそらくさほど予算もかかってないように思うが、その手触りがなおさら健次の粗削りな情熱を拾い上げているようにも思う。

 粗削りな情熱はそのままつまり暴力へと転じたりするわけだ。後半のファミレスのようなシーンで急に窓ガラスが割れて健次が店のなかに侵入するシーンや、暴力とは違うが昔の友達がトンネルの向こうからカメラでシャッターを焚きながらこちらへ向かってくるシーンなど、場面の転換の際に視覚的に分かりやすいアクションが入っている。なにかが起こりそうな気がすると見ているものに感じさせ、不安を宿らせる。トンネルのシーンのあとはたいしたことはなく、ファミレスのシーンでも中に侵入してなにがあったかまでは細かく描かない。なにか物事が起きる瞬間を、衝動的にカメラがとらえているのだ。

 だからほとんどのシーンで静けさに満ちていた『Helpless』と比べると、『サッドヴァケイション』はとてもにぎやかだなと思う。間宮運送は大きな橋の下にたつ小さな運送会社だが、そこで生計を立てている男たちや屋台骨を支える女たちがいる。『Helpless』のころは若かった浅野忠信も、『サッドヴァケイション』では順調に歳を重ねている。まだほんとうに若い高良健吾や宮崎あおいがそれぞれの形でスクリーンで輝きを放つ一方で、オダギリジョーや浅野はどこかほの暗さを漂わせている。

 『Helpless』ほどわかりやすくはないものの、なにかが起きそうなシーンや瞬間は常にある。高良演じる間宮運送の息子、勇介は、これまた粗削りな高校生といったところで、親に反抗したり、その流れで万引きをしたり、はたまたバイクで家出を図ったりする。それを止めるのはもちろん大人の役回りになるが、間宮運送は社員もファミリーのようなところがあって、社員にも反抗しようとする勇介を激しく突き飛ばすのも社員の役目だ。住み込みで働く宮崎あおい演じる田村梢も、そうした献身がベースにある。

 『サッドヴァケイション』はまた、女たちの物語である。白石健次と女たち。過去にまつわるや、代行運転の仕事で新しく出会う椎名冴子、そして(見てないので断定はできないが)『EUREKA』からの縁でつながっている田村梢。 彼女たちの生き様と健次の生き様は時には交差するが、すれ違いもする。人生とはそういうものだ、というどうしようもない事実を、身をもって味わうのは冴子と健次の関係なのかもしれない。

 どこへもいけない。ようでいて、むやみに希望的なラストの明るさはなんだろう、絶望の無意味さを、最終的には帰る場所や人生を引き受けてくれる誰かがいれば、また歩き出せる。愚直で不器用でも。三部作としての映画は終わっても、どこかで健次の人生は続いていくのだろう。
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