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日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



原題:Lilting
監督・脚本:ホン・カウ
制作:イギリス(2014年、86分)
IMDb:http://www.imdb.com/title/tt2560102/
wikipedia(en):https://en.wikipedia.org/wiki/Lilting_(film)


 毎年行われている香川レインボー映画祭に初めて行ってきた。今年のオープニングプログラムとして本作が上映されていたので見てきたが、本作はゲイ映画でもあり、ケアをめぐる映画でもある。なのでそのへんに関心がある人にも見ておいて損はないだろう。

 主人公リチャードはゲイの青年で、最近カップルのカイを事故で亡くす。カイにはジュンという母がおり、彼女には介護が必要だがカンボジア系中国人のジュンは言葉の通じたカイを亡くして孤立を深めようとしていた。そのジュンの力になりたいと、リチャードが奮闘する。英語しか話さないイギリス人と中国語しか話さない中国人移民との間に横たわるのは、全体的には静かな対話劇だった。対話劇なのだが、その対話、コミュニケーションがいかに成立しないかということと、成立したとしてもすれ違い続けるのはなぜなのかというところはいささかつらみのあるところで、静かななかに突然感情がこもってしまう。そこが「人間くささ」でもある。そして、老いることの困難さかもしれない。

 もっとも、老いることの困難さを感じるのは当人ではないかもしれない。当人は自然な成り行きのものとして老いをとらえようとしても、周りは放っておいてくれない。ここがケアのポイントでもあるけど、ケアする以上はつきまとうやっかいさでもある。そのケアする上でのやっかいさに加え、自身がゲイであるというもう一つのやっかいさと向き合わなければならないのが本作の重要な要素だろう。この二つのやっかいさは不可分で密接であり、逃げることはできないのだ。

 だからこそより丁寧な対話が重要になる、わけだがそれは甘くない。まず言語の壁が立ちはだかる。リチャードは英語を話すが、ジュンは北京語といくつかの中国の地方語、そしれ彼女のルーツに持つカンボジアとベトナムの言葉を話すことはできるがイギリスにおいて英語を学習する機会はなかったらしい。そこでヴァンという仲介者が有償の通訳として間に加わることになるが、通訳を介するとしてもすべては伝わらない。たとえばちょっとしたジョークや、言いたくないことを思わず口走ってしまったとき、何度も「いまのは訳さないで」という一言が加わることになるからだ。こういう状況の中、すでに夫を亡くし、また最近一人息子を失ったばかりのジュンに心を開けというのはかなり無茶がある。

 それでもリチャードはあくまでカイの「友人」としてジュンとのコミュニケーションを試みる。あるときはディナーを用意したり、あるときはかつてカイと過ごした自宅に招いたり。それを実現するたびにヴァンの力を借りることになるわけだが、ヴァンはあくまで仕事としてリチャードに付き合う。ヴァンは非常に従順で有能だ。最初はそう思っていたし、彼女は透明な存在になろうとした。だが、彼女もいつまでも透明な存在ではいられなずに、己を発現するようになる。コミュニケーションはさらに複雑になる。原題のliltingは「軽快な、浮き浮きした」という意味の形容詞(あるいはliltの現在分詞)だが、その調子とはほど遠い。

 ところで、ヴァンとは一体何者なのだろうか。ヴァンがリチャードやジュンとやりとりするたび、当初は消極的だった気持ちが傾いていくことは分かる。さらに、いくつかの場面でリチャードと(男女の関係のように)親しくしている場面がある。最後までこの二人の不思議な関係の謎は明かされなかったが(そもそも透明な存在であるヴァンにとって、説明は不要なのかもしれない)この映画に出演するまでヴァンが演技を未経験だったとは恐れ入る。

 カイのためにもなんとかしないといささか独りよがりに奮闘するリチャードは彼の器用ではない性格も手伝って、すれ違いを続ける。ジュンもまた、容易にはリチャードのことを信用しないし、心を開かない。これは破綻を描く映画なのかと思ってしまったが、一つの重要な要素に落としていく。それは過去を知ることである。リチャードとジュンはそれぞれ、互いの目の前の存在を見ているだけで、それぞれにどのような過去が存在していたのかを十分に知らない。知らないばかりか、知ろうともしなかった。ほんの少し、勇気を出して踏み込めば、雪解けは見えてくる。

 序盤からたびたび繰り返される過去の回想は、まるでカイがいまこの時空に生きているかのような錯覚にさせられる。しかし過去は過去だと、夢のようで、確かに存在したのだと気づくこと。そして踏み込むこと。静かな映画は、最後に小さな飛躍を見せることで原題の意味にほんの少し近づくことができた。それぞれの生きてきた過去を思いながら踊りながら終わるラストシーンへ向けたシークエンスは、静かで優しく、なによりあたたかいものだった。
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