Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



監督:ロバート・ゼメキス
脚本:ロバート・ゼメキス&クリストファー・ブラウン
原作:フィリップ・プティ『マン・オン・ワイヤー
主演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット:フィリップ・プティ


 2009年に日本で公開された『マン・オン・ワイヤー』というドキュメンタリー映画がある。1974年のニューヨークに存在したワールドトレードセンターのツインタワー間をワイヤーウォーク(綱渡り)するという芸当をなしとげたフランス人のドキュメンタリーで、09年のオスカーで長編ドキュメンタリー賞部門などの賞を獲得した映画だった。09年の夏ごろに新宿高島屋のテナントとしてかつて存在したテアトルタイムズスクエアでこの映画を見ていて、もうずいぶんと内容は忘れていたがツインタワーを綱渡りしたという事実には強い印象を持っていた。そろそろ前置きが長くなってきたが、その『マン・オン・ワイヤー』を今度は劇映画にしたのが本作『ザ・ウォーク』である。ちなみに『マン・オン・ワイヤー』の映画パンフレットにはすでにロバート・ゼメキス監督が長編映画化を構想、と書かれてあるのでアイデアから公開まではそれなりの時間が流れたことがわかる。

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 この映画を見たあとにTSUTAYAで『マン・オン・ワイヤー』をレンタルして再視聴してみたが、ドキュメンタリーのほうではワールドトレードセンターの綱渡りについての証言を集めたという感じ。付け加えて、ビルへの侵入方法や綱渡りにいたるまでのもろもろのセッティングなど、再現映像も多数織り混ぜたまさにドキュメントという撮影を行っている。『ザ・ウォーク』ではもう少し時間のスパンが長く、フィリップ・プティというフランス人の青年が25歳でワールドトレードセンターを綱渡りする場面をクライマックスにおいた群像劇という仕立て上げ方だ。

 たとえば『マン・オン・ワイヤー』においてはニューヨークでの日々が主になっているが、『ザ・ウォーク』ではまずフランスでのプティと彼の愉快な仲間たち(カメラマンのジャン・ルイ、内気な数学教師のジェフことジャン・フランソワ、そして美大生であり路上のシンガーでもある恋人のアニーなど)との日々が、青春時代のアルバムをめくっていくように生き生きと描かれている。主演のジョセフ・ゴードン=レヴィットはまさに『マン・オン・ワイヤー』のプティのように陽気で明るく、無謀でやたら早口で協調性をいくらか欠いていて、でも彼のすさまじいエネルギーと才能にまわりに愛される、そういうキャラクターをとてもうまく演じている。

 なぜフランスでの日々に焦点を当てたかというと、ワールドトレードセンターを渡ってしまおうという突飛な思い付きのきっかけが面白いせいもあるだろうけど、当時のプティがこの偉業にいかに賭けていたかを伝えるための構成、というところだろうか。『マン・オン・ワイヤー』で彼のすごさはもう十分にわかっているが、それが彼の実力や才能とどれだけみあった業績なのかまでは分からない。だからそれより過去、フランスでの日々を描くことによってプティがなぜ綱渡りを志すようになったかであったり、なぜワールドトレードセンターに憧れを抱いてしまったのかという動機の部分を掘り下げていくことに成功している。もっとも、あくまで動機であって理由ではない。ニューヨークでの綱渡りを成功させたあとにプティはなぜこんなことをしようと思ったのですか、とさんざん取材で聞かれることに辟易したというのはこの映画を見ているとよくわかる。理由があるとしても、登山家ではないが、山があれば上るのであって、綱渡りができるのだからやってみた、というところが関の山だ。

 青春には友情と恋愛がつきもので、ジャン・ルイやジェフとの友情はほんとうに面白い。ジャン・ルイとはノリのようなもので協調し、性格的にはおそらくプティとはかなり対照的で、内気で控えめなジェフとも不思議な信頼関係が生まれる。ニューヨークでも新たに仲間を探し、実際に何人かを「共犯者」として仲間に引き込むわけだが、フランスからの友情とニューヨークでの新しい仲間意識とはやはり距離があって、当日までのちょっとした喧嘩や仲間割れのきっかけになってしまう。

 結局のところ、プティという人間のことをどれだけ知っていて、いかに無謀でも最後は彼を信じることができるかどうかが重要なのだ。そのことを一番体現しているのは恋人であるアニーで、彼女にとっては見たことのない景色を見せてくれるプティにあこがれ(少し嫉妬混じりの)を抱きながら、恋人として彼の死をおそれる。ニューヨークに来てからプティはしばしばアニーと対立することになるが、二人がともに見せる焦りそのものが本番までのカウントダウンをしている緊迫感となって画面に出てくる。事実をもとにした映画だから基本的に安心して見ていいのだけれど、ニューヨークでの日々ははらはらさせられることだらけだ。(現場の視察でプティが釘を踏んづけてケガをしたりもするし)

 そんなプティたちの青春のまさに到達点となったのがワールドトレードセンターなのだ。当時の最高峰とはいえ、ニューヨーク市民にとっては単なる新しい摩天楼でしかなかったこの二つのビルに、まるで命を吹き込むような芸当をプティはなしとげる。このことによってもちろん逮捕もされるのだが、マスコミで大きく騒ぎ立てられることによって、あるいは直接目撃されることによって多くの市民にプティは歓迎される。『マン・オン・ワイヤー』では現場に居合わせた警察官に"once in a lifetime"とまで言わしめるのだから、「美しい犯罪」という言葉は大げさではない。

 そしてこのポイント、つまり綱渡りを成し遂げたあとと以前ではなにもかもが変わってしまう。「なにかが終わったの」とアニーは証言しているが、フランスからずっと見守ってきたアニーでさえも、ここで青春に一区切りをつけなければならなかったのだ。おそらくまずは(まだなにもなしとげていない)自分のために、そして偉業をやってのけたプティと一線を引くために。それ以外にもいろいろ理由はあるのだろうが、プティだけがニューヨークに残ることを決め、アニーやジャン・ルイ、ジェフはフランスへ帰る。ジャン・ルイは確か「友情の終わり」だと表現していた。友情も恋愛も、ここまで一つのポイントできれいに区切りがついてしまうなんて、そのこと自体がとても美しい幕切れなんじゃないかと思わずにはいられない。

 もちろん、ワールドトレードセンターも2011年の9月11日に終わりを迎えてしまう。仏教的な視点に立てばあらゆるものは儚いということになるわけだけど、この映画を見たあとではその儚さに幾重もの思いを重ねてしまうことができてしまう。クライマックスにあたる綱渡りの実演の場面では「エリーゼのために」がBGMとして流れることもあって、切なさや寂しさが駆り立てられてしまう不思議なクライマックスとして成立している。アニーたちにとって歓喜と喪失を、両方受け入れることを思いながら。

 まだ一度しか見ていないが、二度目に見ることがあれば前半のフランスでの日々をとてもいとおしく眺めることになるかもしれない。プティの思い付きによってあらかじめ設定されているゴールラインを通り過ぎるまでの、長いようで短いその日々もまた、美しく尊いものに他ならない。







マン・オン・ワイヤー
フィリップ プティ
白揚社
2009-06

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