Days

日常と読書日記。 受験生日記は閉幕です。



 是枝裕和のホームドラマと言えば2008年の『歩いても 歩いても』を思い出すわけだ。この映画の「何も起きなさ」とも言ってもいい、あまりにも素朴すぎて、だからこそ感じてしまういとおしさであったり郷愁といったものをさて『海街diary』にも期待していいのだろうかと思いながらこの映画を見た。
 公開のボリュームを考えると、原作に沿ったストーリーという効果もあってか『歩いても 歩いても』のようなストーリーの分かりづらさはない。三姉妹のかつての父親だった人が連れてきた異母妹という特殊な関係性を描いたストーリーではある。
 ただ、広瀬すず演じる浅野すずの誠実さはしっかりと表現されていて(あまりにも素直すぎるという特徴も、広瀬すずにはよく似合う)安心した。三姉妹に主役級(綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆)を据え、その上で広瀬すずという一人の若手を売り出すというビジネスライクな思惑も見えなくはないけれど、そのへんは長澤まさみのベッドシーン後の朝から始まるという意外性を持ってしてもうまく切り抜けているのかもしれない。原作を読んでいると、この意外性も長澤演じる佳乃の性格を考えると十分理解できるというのも面白いところだろう。

 原作つき、とりわけ漫画原作の実写化というのはとかく嫌われがちであるが、吉田秋生原作ならむしろアニメより実写のほうが生きてくるなと素朴に思った。
 ちゃんと鎌倉の風景が映り込んでいることも大きいが、綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆の三人がちゃんと幸、佳乃、千佳の三人のキャラクターを受け継いでいることになにより安心を覚える。安心だけでは映画は作れないけれど、原作つきの作品としての最低ラインはあっさり超えてくれたなと。
 とりわけ、母のように振る舞ってしまう(それくらい口の出てしまう)幸演じる綾瀬はるかの長女っぷりがなかなかいい。性格的に酒にだらしなくて色恋に生きる長澤まさみにはサービスシーンがあるけれど、綾瀬はるかにはそれがないというところも含めて、その映像的な報われなさは綾瀬によく似合ってしまっているという気がした。

 内容的には原作の三巻までをうまくつないでいる感じで、一つ一つのエピソードを鮮やかに書きすぎることはない。たとえば幸の場合は小児科医の椎名先生との不倫はかなり重要な重みを持つわけだけれど、椎名先生に堤真一という役者を据えながら登場頻度は乏しい。
 佳乃にしても、都市銀行から転勤してきたという坂下課長との関係は新しい色恋沙汰という点と、仕事と地域、そして人と人との関係について向き合わざるをえないというシビアさも含めて重要なわけだけど、幸と椎名先生との関係性同様、あくまである一幕としてでしか描かれない。
 これは連作短編集のような構造をとっている原作の意図したところかもしれないが、2時間の映画で完結させるための方法としてもっとも重要なのは浅野すずの成長を観客が三姉妹の心境にシンクロして見守るところにあるのではないかと思う。
 見守るという点では、もっとも遠い場所にいるのは幸だ(口は出すけれど/そしてあえて遠くにいる)し、佳乃は持ち前のフランクさですずに接近するけれど、一番友達のように話ができるのは年の近くて変な趣味を持っている千佳というところが面白い。
 これも原作の意図したところではあるけれど、できるかぎり千佳っぽくあろうとする夏帆の好演もあってだろう。三姉妹のなかで千佳に夏帆は一番合わないだろうと思っていたが、これはとてもいい期待の裏切りだなと思った。

 すずは二重の悩みを抱えている。自分が山形を離れたことに対する心のしこりと、新しい場所、鎌倉で受け入れられるのかという不安だ。
 きれいに切り分けられるわけではないが、前者は母と遠く離れたこと、後者は父の記憶が残る場所で生きるということから起因すると考えると、幸が思いつきとはいえすずを引き取るという行為を選択したことは、あまりにも早計だったのではないかと思わせる。
 それでも重要なのはちゃんと向き合うことなんだということを、幸と佳乃はその仕事ぶりでしっかりと教えてくれる(すずには直接伝わらないとしても)し、千佳はすずと仲良く会話することですずの痛みをやんわりと受け止めるのだ。
 おりしも、不在の父が過ごした街鎌倉にはもう一人、三姉妹にとって不在の祖母が過ごした家で暮らしているという設定も大きい。いない人間について実は人間は饒舌で、とりわけその人間を知らない第三者に対しては口を開きたがるものだ。
 
 原作にはない(と思う)いささか感動的なラストを用意したのは映画としてきっちり落とし前をつけるためだろう。普通だったらそういうきれいなオチの付け方に関しては嫌悪感を持ったりもするのだけれど、抱きしめる、叫ぶという行為が最後の最後に用意されていたことには安心を超えたもっとあたたかな気持ちを感じさせられた。
 「ここで生きる」こと、原作3巻の言葉を借りると、「時計の針を進める」ということ。子どもの時間はけっこう長いから、近くにいる大人が、あるいは仲間たちが時計の針を進める助けになることはできる。
 時計の針を進めるということは過去から遠ざかることでもあり、不在の色は強くなってしまうけれど、その上で自分の人生を生きるという思いが映画が終わったあとの浅野すずの決断にもそういえば色濃く表れているなと考えると、なかなかすがすがしいものであったなと思う。

 ラ!劇場版の動員にはさすがにかなわなかったようだが公開初週の動員は2位だと聞いた。いずれ原作も、と思う人が多く増えて欲しいなと素朴に思う。原作ファンとして不満があるとすると、風太は出てくるのに裕也がでてこないところかな。
 でもまあ広瀬すず、サッカーけっこううまいじゃん(練習したのかな)と思わせる作りにはちょっとにやりとした。
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