企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

『ChatGPTの法律』に執筆参加しました

 
中央経済社様からお声かけをいただき、2023年6月の新刊『ChatGPTの法律』に著者の一人として執筆参加させていただきました。

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2022年11月にOpenAI社がChatGPTを一般ユーザー向けに公開し、全世界で耳目を集めているのはご存知の通りです。企業はその活用方法を模索する一方で、そのブラックボックスな特質に起因する法的リスクに神経を尖らせています。

日本においても、それ以前の画像生成AIブーム段階で話題となっていた著作権処理のあり方に加え、テキストを扱う文章生成AI特有のリスクとして、個人情報・秘密情報をプロンプトに入力し外部に漏洩させてしまうリスクや、ハルシネーション(AIがもっともらしく事実と異なる内容を出力する)問題がもたらすリスクについて、毎日のようにメディアに取り上げられるようになりました。

本書では、こうした生成AIの代表格となったChatGPTを企業がビジネスに利用する際のリスクを概観した上で、その法的論点を抽出して整理。特に法律条文上具体的な手当てがないもの・解釈が割れるものについては、それが今後どのような方向に発展していく見込みであるかを展望する内容となっています。

先進的AI企業をクライアントに抱える著名な弁護士の方々が多数参加される本書において、私に貢献できることはほとんど残されていないようにも思いましたが、ChatGPTを具体的にビジネスに活用している企業側に所属する者の目線からリスクをどのように捉えているか、いち早くその「当事者の生の声」を共有させていただくことが唯一の貢献ポイントであると考え、拙い文章をしたためさせていただいた次第です。

また「最新のリスクポイントを一覧して把握したい」というニーズにお応えすべく、私のパートでは見出し構造をリスク分類に沿って整理し、5月初旬の校了日までに把握できた最新のサービス仕様・法律家による先進的議論・生成AIに関するトラブル事例やニュースについても引用文献としてできるだけ多く盛り込み、図表を用いながら整理するように心がけました。

Amazonでは6月26日まで予約ステータスとなりますが、以下4書店では先行販売が行われています。出版社からは正式発売前にもかかわらずすでに重版がかかったと聞いており、ChatGPTに対する企業の関心の高さをひしひしと感じているところです。

・丸善丸の内本店
・丸善日本橋店
・ジュンク堂池袋本店
・至誠堂



本格的ブーム到来から間もない出版であることからも分かる通り、本書は法律書籍としては異例の進行スピードで編集が進められました。執筆者全員が同時並行かつ2週間前後で執筆・校了し、お互いの原稿は参照していません。結果的に、同じ法的論点でもそれぞれの著者がさまざまな立場・視点から異なる見解を述べている部分もあります。

個人的には、生成AIによって生まれるリスクは私たちが想像する以上に高く、現段階で定まらない法解釈についてはやや保守的に・ディフェンシブに捉えるぐらいでちょうど良いと思っています。一方でリスクが高いところにこそ大きなビジネスチャンスが生まれやすいのも事実であり、こうした書籍をベースに議論を深めて行くことで、企業によるAIの利活用が健全な形で広まることを期待しています。
 



法務パーソンのためのブックガイド「法律書マンダラ2023」

新年度にあわせて、“マンダラ形式”の法律書ブックガイドを2023年版に更新しました。Google Slideで公開しています。企業法務に関心のある方や、新たに法務部門に配属・異動された皆様のお役に立てれば幸いです。

スライド内の書名がアフィリエイトリンクになっており、そのままご購入いただけます。なお、マンダラ内ではスペースの都合で一部書名を略しています。リンク先では正式書名をご確認いただけますのでご了承ください。


企業法務マンサバイバル_法律書マンダラ2023

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以下、2022年版から追加・入替した書籍について、各分野ごとにコメントさせていただきます。

・契約・商取引法

以前はどの書籍を推薦すべきか迷うことが多かったこの分野も、ここ数年ラインナップが安定してきた感があります。AIがビジネスで実用化できるレベルに高まったところで、ちょうどタイミング良く『AI・データビジネスの契約実務』が改訂されましたので、こちらをL3に追加しています。

・消費者法

BtoC実務では参照する機会が多いはずが、行政が無償で公開している逐条解説やQ&Aが充実しているからなのか、頼りになる本が意外に見つけにくいのがこの分野です。今回、L2の推薦書籍を『基本講義消費者法』に変更しました。景表法関係でもう1冊推したい新刊書籍があったのですが、とある事情により控えさせていただいています…(お知りになりたい方は個別にご連絡いただければ)。

・情報法

L2に『よくわかるパーソナルデータの教科書』を追加しました。法律家でも説明に苦慮する個人情報の概念を、正確さを担保しながらわかりやすく説明している点でおすすめです。『プライバシーポリシー作成のポイント』もありがたい出版でした。拙著ではございますが、『新アプリ法務ハンドブック』も末席に加えさせていただきました。

・知的財産法

昨年に行った知財分野書籍の大幅入れ替えで唯一心残りだったのが、商標法で最新の法改正・判例を反映した本がなかったことでした。そこで今回は、2023年2月に発売されたばかりの『商標の法律実務』を推薦させていただきます。同書には商標分野の推薦書籍リストも掲載されており、もしこの本では物足りないという方であっても、その先何を読めば良いかがわかるようになっている点で、安心して推せます。

・M&A・経済法

2022年に刊行された法律書籍の中で、私が一番面白く読み通せた好著が『カーブアウトM&Aの法務』でしたので、迷うことなくL3に追加しました。また金商法の概説書として、L2に『実務担当者のための金融商品取引法』を新たにお迎えしています。

・会社法

株主総会デジタル化等により改訂が著しい分野ですが、なんといっても『会社法実務スケジュール』の第3版が発売され、再びご紹介できることになったのが何よりも嬉しいです。

・訴訟法

万が一訴訟になった時を想定して早いうちからリスクを(ミニマイズではなく)コントロールすべきという思いをより強くしており、L2に『裁判事例から見るシステム監査の実務ポイント』『ステップアップ民事事実認定』を、L3に『システム開発紛争ハンドブック』を、新たに追加しました。L2の『裁判例から見る—』は、伊藤雅浩先生が長く更新されているブログ「IT・システム判例メモ」を図版入りで書籍化したような本ですが、その本家本元がL3の『システム開発紛争ハンドブック』となります。加えて、昨年その存在を特許実務家から教えてもらった『論点別 特許裁判例事典』との出会いは印象的で、多少マニアックですがL3に掲載してみました。

・その他諸法

ここでは、L2として新たに『電子署名活用とDX』『リーガルリスクマネジメントの教科書』の2冊を新たにご紹介しています。仕事柄電子署名法関連書籍は全て目を通していますが、現状の電子署名実務を最も正確に捉えた書籍と思います。後者は先日著者である渡部友一郎先生からご恵贈賜ったばかりなのですが、揶揄されがちな「攻めの法務」の本意を漫画の力を借りて上手く表現されており、新人法務としてビジネスリスクにどう向き合うべきか、正しく伝わる好著です。


なお、この“マンダラ形式”のブックガイドのアイデアは、山口周著『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』からお借りしています。重ねて御礼申し上げます。

時間をかけて他人のニーズに自分のウォントを練り込んでいく

 
目の前にいる他者からの期待(ニーズ)に応える仕事は、短期的な成果・やりがい・熱狂を得やすいものです。一方で、そればかりではすぐに燃え尽きてしまいます。

そこに自分自身の願望(ウォント)も練り込んでアレンジし、成果がすぐに出なくても、5年10年単位の長い時間をかけて取り組み続けることが重要なのではないか。最近は、そうしたニーズ軸×ウォント軸×時間軸で、自分が関わる仕事を捉えるようになりました。


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今年は、5年前に立ち上げたメディア「サインのリ・デザイン」がその役割を終え、看板を下ろしました。始めた当時は電子署名のニーズも少なく、リーガル領域にテクノロジーを持ち込むことにもアレルギー反応を示されていた時代。今やデジタル庁や政府臨調がこのテーマを掲げ、国主導で契約業務全体を変革する具体的工程が進められています。

私はいま、その次のテーマとして、押印や手書き署名が使われていない意思表示や合意の領域、例えば「ウェブ上で[規約に同意する]ボタンを押す」ことのリ・デザインに、私が以前所属した会社の皆さんと一緒に取り組んでいます。現時点ではウォント軸先行で手探り状態の事業ですが、おそらく2年後ぐらいにはニーズ軸にも確信を得て、「これだ」と言える方向性が見出せているのではないかと思います。


昨春から副業でお手伝いをしているDPF取引透明化法関連の仕事にも、2年経ち変化がありました。デジタルプラットフォーマー、特にアプリプラットフォームの市場独占をリバランスする動きが、日本だけでなく世界中で具体化しはじめています。遡ること10年前、前職(アプリ提供会社)在籍時からのウォントの一つが、ようやく現実のものとなりつつあります。

これに関連して、『新アプリ法務ハンドブック』プロジェクトを完遂することもできました。春にお話をいただいた当初は、前著リリース以降7年間に起こった法改正等の反映だけでなく、出版社の変更・書籍タイトルの権利処理などの調整ごとに時間がかかり、2023年春に出せれば御の字かと思っていました。共著者及び関係者の皆様のご理解とご協力のおかげで、結果的にベストなタイミングで出版ができました。


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健康については、引き続き不可逆的問題を抱えながらも、師の導きでいくつかの対処法と出会い、小康状態を維持することができました。家族に関しても、落ち着かない情勢のなかで仲良く健やかに過ごすことができており、何よりありがたいことです。

来年は、15年ぶりぐらいに、新しい楽器にチャレンジします。昨年から継続してマインドシェアの20%ぐらいを占めている、モノに関わる仕事へのトライも続けていきます。「住む場所を変える」(by大前研一)もそろそろ、特に発信をする場所を強制的に変えることで、これまで出会えていなかった方々からフィードバックをいただくサイクルができればと考えています。

ご迷惑をおかけしてしまうことも多々あるとは思いますが、「色々あったけど、長い目で振り返れば、あいつと関わって助かった/楽しかった/よかった」と思っていただけるよう、引き続き精進します。

2023年もよろしくお願いいたします。
 

法律系Twitterアカウントのフォロワー数ランキング2022年版

年末恒例の定点観測企画です。

2022年12月26日時点でフォロワー数が3,000を超えている法律系の個人アカウント(ニュースアカウントや企業公式を除く)を91、リストアップしました。



このアカウント抜けてるよ、とお気づきの方はコメント欄でご教示いただければ幸いです。

アカウント2021/12/262022/12/26対昨年
@hashimoto_lo2,695,4882,690,628100%
@kitamuraharuo243,472307,329126%
@takeshibengo226,928234,467103%
@SotaKimura121,266131,089108%
@nobuogohara112,655116,846104%
@NomuraShuya71,04481,489115%
@MichikoKameishi62,18462,701101%
@tamai196155,95956,428101%
@stdaux47,55250,982107%
@hiroshi9985767240,69747,333116%
@lawkus36,49837,639103%
@o244128,49831,469110%
@yjochi32,04431,24398%
@shouwarame27,79628,705103%
@kamatatylaw22,55328,287125%
@fukuikensaku22,15225,412115%
@noooooooorth 21,16423,135109%
@sspmi16,80322,058131%
@suzukimasatomo17,60418,828107%
@TasukuMizuno17,13917,748104%
@olga_tokyo_law18,38217,54495%
@take___five14,24017,451123%
@nodahayato15,05216,221108%
@okaguchikii15,36715,24499%
@kyoshimine 11,49914,400125%
@redipsjp12,21813,302109%
@fukunagakatsuya12,00513,021108%
@okumuraosaka12,36112,426101%
@masahirosogabe 10,43912,294118%
@idaprof9,90411,509116%
@babel0101 9,89611,316114%
@takehiroohya10,26311,216109%
@ebisawa_miyuki7,39110,926148%
@igi310,23010,05898%
@DaisukeP10,2839,95297%
@marumichi0316 8,8719,741110%
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@Nobuyuki_kawai7,0207,959113%
@gvashunyamamoto5,5257,421134%
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@big_lawfirm 5,2556,766129%
@tonghwi176,3866,536102%
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@sollamame5,9426,058102%
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@m_masuda4,7595,845123%
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@tmczs3,8923,901100%
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@gk10243,4693,694106%
@lawyer_makoto2,3843,643153%
@kubori_hideaki3,4493,637105%
@dtk19703,0263,605119%
@lawyerfuru3,7033,59297%
@tsukassaito3,2573,424105%
@seko_law3,386
@MasatoshiAdachi3,370
@NakagawaRyutaro2,8253,246115%
@kbtpp 3,1273,174102%


つぶやきの頻度が増える→インプレッションが増える→フォロワーが増えるのがこれまでのtwitterの基本的な仕組みです。アカウント保有者がリアルビジネスでの活動量を増やせば、つぶやきの数も増えるのが通常なので(ご事情により口数の減る方・アカウントごと消えていく方もいらっしゃいますが…)、フォロワーを伸ばしている方の多くは、ビジネス上も順調なご活躍を果たされている方と一致するようにお見受けします。

その一方で、(2021年に続き)昨年対比2倍超のアカウントはゼロ。さらに1万超え・10万超えの方々の多くもフォロワー数が伸びていない状況があるのを見るにつけ、既にサービスがサチっていることもわかります。うわさどおり、文字数上限撤廃や有料購読システムの導入は不可避なのでしょう。

2023年、個人的には、このリストの連続性が保てなくなるくらいのtwitterの変化に期待しています。
 

TwitterアプリのBAN(配信停止措置)を巡るイーロン・マスクとAppleの「密談」に関する考察


Twitterを買収したイーロン・マスクが、AppleのCEOティム・クックに直談判し、「twitterアプリが配信停止になるのではと心配していたが誤解が解けた。ティムは、そんなつもりはさらさらなかったということだ。」とツイートしたことが話題になっています。



これについて、

「さすがはイーロン・マスク、行動力の人だ」
「Appleも話が分かる会社だ」

などと賞賛する向きもありますが、多くのアプリ事業者にとって、これを手放しで歓迎すべきではない行為と考えます。

そもそも、なぜtwitterがApp StoreからアプリBAN(配信停止措置)を受けそうになっていたのか?マスク氏の「Appleによる言論の自由に対する挑戦」と抗議をしていたわけですが、そこが問題の本質なのか?

マスク氏によるtwitter買収劇の当初の目的に遡って、この問題を分析しておく必要があります。

twitterにアプリBAN(配信停止措置)リスクが発生した背景


2022年4月にtwitter買収に名乗りを上げて以降、交渉過程で紆余曲折あり一時は買収資金不足による撤回のウワサも囁かれながら、結局マスク氏は10月28日付でtwitter買収を完了しました。

この買収劇が繰り広げられた半年間、マスク氏はtwitterがこの先生き残るための戦略として経営体制刷新と課金施策強化の必要性を表明し、CEO就任早々に取締役・従業員を大量解雇し、さらには「言論の自由」を守る必要性を訴えトランプをはじめとする閉鎖アカウントを復活させるなど、世間の耳目を集め続けてきました。

その騒ぎの裏で、Appleは「マスクCEO体制となった後のwitterに起こること」を予期し、準備していたのではないかと思われる行動をとっています。App Storeで配信するアプリ審査の基準「App Store Review ガイドライン」を、2022年10月24日付で、事前予告なく同日から改定したのです。

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今回のガイドライン改定では、NFTのアプリ内利用制限などの新たな審査基準がいくつか加えられましたが、その中の一つが、以下のアプリ内広告表示に関する課金ルールを加えた条文です。

3.1.3(g):広告管理App:広告主(商品、サービス、イベントを広告する個人や企業)が、各種のメディア媒体(テレビ、屋外広告、Webサイト、Appなど)にわたる広告キャンペーンを購入および管理することを唯一の目的とするAppでは、App内課金を使用する必要はありません。このようなAppはキャンペーン管理を目的としているため、広告そのものを表示することはありません。ただし、同一App内で表示するための広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入を含め、App内で体験または消費されるコンテンツのデジタル購入には、App内課金を使用する必要があります

一読しただけでは何が言いたいのか分からない文章ですが、「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」についても、Appleに対して支払う配信手数料(販売代金の30%)の対象となることが、新たに書き加えられました。

アプリ事業者がユーザーから収益を得る手段にはさまざまありますが、これまで、

・アプリをユーザーが入手(ダウンロード)する際のDL課金
・アプリ内で販売されるデジタルアイテムや拡張機能等を入手する際の追加コンテンツ課金
・動画やニュース等のアプリサービスの提供を継続的に受けるためのサブスクリプション課金

このような手法に限定されていたところ、上記文言の追加により、たとえばユーザーがSNSの中で広告などの手段により「目立たせる」ことを目的に行う課金についても、配信手数料の対象となりました。



イーロン・マスクがとった戦術


これに焦ったのがマスク氏です。

前述のとおり、マスク氏はtwitterを買収するにあたり、経営立て直しのためには企業広告一本槍からの脱却が必須と考えており、買収以前からtwitterユーザーへの課金強化を検討していました。中でも、一番手取り早い施策として、認証済みユーザーに与えるバッジ(マーク)等による販売強化を考えており、自身も何度かそのアイデアをツイートしていました。

ところが、Appleが10月24日にガイドラインを改定したことにより、文言上はこのユーザー課金施策が「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」にあたり、Appleに手数料を支払わなければならない可能性が出てきたわけです。

マスク氏はこれに対し、以下のようなツイートでAppleに批判的な論者を煽る作戦に出ました。



「Appleが理由の説明もなしにアプリ配信停止をするぞと脅してきたが、これはtwitterが実現しようとしている言論の自由に対する挑戦だ」と。

実際、12月2日からスタートしようとしていた新しいアプリ課金施策をリスケしたところを見るに、Appleのアプリ審査チームにアプリを提出し、リジェクトを受けていたことは事実なのでしょう。そして、一般論としてAppleの審査チームがリジェクト理由について多くを語りたがらないのも事実です。

しかし、さすがにtwitterほどの大きな影響力を持つアプリを、何の理由の説明もなしに審査プロセスからリジェクトすることは考えにくく、今回の審査リジェクトは、用意周到に改定した10月24日ルールを理由にしたと考えるのが自然です。

ここでマスク氏は、Appleに配信手数料徴収を認めさせないための交渉カードとして「いかに世論を味方につけるか」という戦略に踏み切ることにし、「言論の自由への脅威」を訴える手法を選択したものと思われます。

Appleの打算


実際、このマスク氏の戦略は功を奏しました。

レッシグのような法学者がAppleを擁護する発言をする一方で、フロリダ州知事で次期大統領候補との評判もあるデサンティス議員をはじめとした政治側から、Appleを批判する声が上がり始めたからです。



日本においてもそうですが、米国ではデジタルプラットフォーマーの市場独占に対する政治の風当たりは強まる一方となっています。

そうした状況下で、私企業が言論の自由を脅かしているという論法で火をつけられると、SNSをそれほど利用していないようなアメリカ国民も交えて一気に「デジタルプラットフォーマー憎し」の世論に傾く可能性がある。Appleのクック氏は、この状況をいち早く収束させるべきと考えたのではないでしょうか。

冒頭紹介したマスク氏の「和解ツイート」は、Apple側がマスク氏に会談を持ちかけ、問題となった「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」に対する手数料ルールの適用について、ある種の“手打ち”を行った可能性が高いものと考察します。

クローズドなアプリ審査プロセスが抱える課題


Appleのトップを交渉のテーブルに引き摺り出し、和解に持ち込んだマスク氏の戦略は、経営者としてさすがの一言です。しかしそれができたのは、大手アプリ事業者のバーゲニングパワーがあったからこそ。

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本当にクック氏自身が交渉相手だったのかは、マスク氏の動画に映る影しか手がかりがなく不明

中小アプリ事業者の場合、突然のルール改定によって収益が脅かされ、審査が通らなくなり、死んでいくケースがあります。そうしたルール改定や審査プロセスの透明性についてクレームをしても、トップのクック氏はもちろん、審査チームの責任者ですら、個別のアプリ事業者との対話の場に現れることはありません。

独占状態のストアにアプリをリリースするには、デジタルプラットフォーマーがいつ改定するかもわからない審査ガイドラインをクリアしなければなりません。その審査ガイドラインが制約なく自由に改定できてしまうこと自体も問題ですが、そこに書かれた文言の適用・不適用についての透明性について疑問を感じざるを得ないのが、今回のやりとりでした。

マスク氏個人の経営手腕はさておき、デジタルプラットフォームが課すルール適用に振り回されている中小デベロッパーの立場からは、こうした「デジタルプラットフォーマーと大手アプリ事業者にようる密談での解決」は、歓迎できないものであったというべきでしょう。


新アプリ法務ハンドブック
橋詰卓司
日本加除出版
2022-12-12

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はっしー (Takuji H...