企業法務マンサバイバル

ビジネス法務に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きる皆様に貢献するブログ。

【本】『数理法務のすすめ』― “経験”ではなく“論理”で経営者にアドバイスをするために必要となる法律以外の知識とは


2014年のマイベスト法律関連書籍であった『数理法務概論』の翻訳者のお一人である西村あさひ法律事務所 草野耕一先生が、その応用編として書き下ろしたのが本書。一読して理解できるような本では決してないものの、普段の仕事を数段上の高みに引き上げるきっかけを与えてくれる、おすすめ書籍となっております。


数理法務のすすめ
草野 耕一
有斐閣
2016-09-09



特に企業法務に直結するのは5〜6章「財務分析」でしょう。まず、法務がなぜファイナンスを学ぶべきなのかについて。経営者に対して“経験”ではなく“論理”でアドバイスするのが法務パーソンの役割である以上、ファイナンスの知識が絶対に必要だということが、明快に述べられています。

あなたが顧問をしている企業の経営者からM&A取引や自社株買いあるいは公募増資などの具体的な経営政策の当否について意見を求められたとき、あなたは何と答えるのであろうか。「それは法律問題ではないので、あなた自身がお決めください」。あるいは、「私がいえることはただ1つ。善良な管理者の注意を尽くして行動して下さい」。これではあまりに情けない。提示された政策の当否について会社法の知識とその企業を取り巻く状況を踏まえてできるだけ明確な意見を述べてあげたい、そうあなたも思うのではあるまいか。しかしながら、企業経営をしたことのないあなたには提示された政策が企業に何をもたらすかを経験的に知るすべがない。したがって、その政策を会社法の理念に照らしてどう評価してよいか分からず、結局のところ有益な意見を述べることができない。(P168)
このジレンマを打開してくれるものがファイナンス理論である。ファイナンス理論は経営政策の帰結を論理的に明らかにするものだからであり、その帰結と法律知識を結びつけることによって提示された政策の当否を(経験的ではなく)論理的に語ることが可能となる。これこそは法律家であるあなたにふさわしい意見の述べ方であり、それができる能力を養うことに法律家がファイナンス理論を学ぶ最大の意義がある(P168)

では、ファイナンスとリーガルを統合することで経営にどのようなアドバイスができるのか。6章では、投資政策/資本政策/配当政策/多角化政策/非営利政策の検討におけるその具体例が挙げられています。以下は配当政策に関する一節。

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【図6−9】を子細に眺めていると配当政策のあるべき姿が自ずと見えてくるのではないだろうか。それは、「配当政策は他の政策の結果として他律的に定まるべきものであり、独自の配当政策というものを作り出すことは有害無益である」という考え方である。(P290)
(1)株主に分配可能な資金がある場合であってもNPVがプラスとなるプロジェクトがある限り、資金はそのプロジェクトに用いるべきである。なぜならば、
 ,修離廛蹈献Дトの実施を断念すれば、株主価値の最大化という経営の目的がその限度において阻害され、
◆〇餠發魍主に分配したうえで資金を借り入れてそのプロジェクトを実施すれば、資本構成の最適性が保たれず、
 資金を株主に分配したうえで新株を発行して新たな株主資本を調達してそのプロジェクトを実行する行為は分配可能資金をそのままプロジェクトに用いる行為に比べて不効率である。なぜならば、新株発行を実施するためには多額の取引費用を支出しなければならず、そのうえ、バッキング・オーダー理論に従えば、新株発行を行うこと自体が1株あたりの株主価値の希薄化を招く
からである。

(2)NPVがプラスとなるプロジェクトがないのであれば分配可能資金はすべて株主に分配すべきである。なぜならば、
 〇餠發鯤配しないでNPVがマイナスのプロジェクトに用いれば確実に株主価値は減少し、
◆〇餠發鯢藝弔諒嶌僂砲△討譴弌∋駛楾柔の最適性が保てない
からである。

配当政策の基本原理がかくのごときものである以上、年間の収益に占める配当の割合が企業の業種によって異なってもなんら不思議ではない。一般的にいえば、NPVがプラスの投資機会に恵まれた成長産業に属する企業の場合はできるだけ配当を減らして収益を再投資に向けるべきであり、他方、成熟産業に属する企業は誇りを持って大胆な収益の分配を行うべきである。(P292)
会社法の解釈論としていえば、経営者は、配当政策を決めるにあたり配当課税効果まで考慮する義務は負っていないといえるのかもしれない。しかしながら、経営者を選任するのは株主であり、株主にとって真に重要なことは彼らにとっての税引後所得であるから、事実問題として言えば、配当課税効果まで考慮して配当政策を決める経営者がいてもなんら不思議ではない。(P297)

上場会社の株主総会のご担当者であれば、別冊商事法務などのアンチョコを参考にして毎年作成する配当関連質問の回答案に漂う白々しさから脱却するヒントとなるでしょうし、配当政策を変えようか悩んでいる経営企画部門の壁打ち相手を担えるようにもなるかもしれません。


[以下おまけ 〜事前にファイナンス知識を得るための参考書籍〜]

本書において登場するファイナンス用語や概念、たとえば上記引用で言えば「NPV」「株主価値」「資本構成の最適性」などについては、本書内でも必要最低限の説明はあります。しかし、(ファイナンスの知識以上に)高校レベルの数理技術が本文中に普通に出てくるただでさえ難易度の高い本書を読み通すにあたっては、事前に何冊かのファイナンス関連書籍に目を通してその用語や概念に慣れておくことをおすすめします。

当ブログはファイナンス専門ブログではありませんし、詳しくはその道の専門家にお尋ねいただければと思いますが、以前、『数理法務概論』の弊ブログ記事コメントで「ファイナンスのおすすめ本は何か?」とご質問をいただいたこともあるので、私がよく読み返しているものをいくつか一言コメントを添えてご紹介しておきます。

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ざっくり分かるファイナンス
学問的な体系にとらわれず、セミナーのような語り口で、会計とファイナンスの違いから分かりやすく解説してくれます。私は、他のファイナンス本を読んでいて用語や概念についていけなくなったときに、学生ではなく企業人向けに言葉を噛み砕いて分かりやすく説明してくれるこの本の該当箇所を読み返すようにしていました。

新版グロービスMBAファイナンス
体系的なまとめ+ケーススタディも交えた文字通りMBA教材っぽいテキスト。どこの本屋さんにも必ず置いてあるほど売れ筋なだけあって、内容もこなれていて文字やレイアウトも読みやすい。米国の教科書の翻訳本ではないため日本企業の事例が積極的に取り上げられるなど、日本人読者にフレンドリー。

ファイナンシャル・マネジメント 改訂3版
米国の大学院でも使われている正統派教科書の翻訳。ブリーリー著『コーポレート・ファイナンス 第10版』のほうがメジャーですが、あちらは大部で記述にも少し冗長なところがあるので、こちらをおすすめしておきます。

MBAバリュエーション
ビジネスにファイナンス理論を活かす代表的場面であるバリュエーション=企業価値評価についての初級者向け書籍。同じく森生明先生の新刊『バリュエーションの教科書』は最新かつ各論のノウハウが詰め込まれているのに対し、こちらは基本を漆塗りのように固めていく内容になっています。

超入門 企業価値経営』『MBA アントレプレナー・ファイナンス入門
中小・ベンチャー・スタートアップ企業をバリュエーションする際、上場企業のような評価軸をそのまま使うことができないのですが、実際の投資案件はそのステージの企業が多いのも事実。そこに特化したバリュエーションについて学ぶならシリーズもののこちら2冊がおすすめ。前者は会計→ファイナンス→バリュエーションの順にストーリーに沿って手を動かしながら学べる本で、後者は理論に特化して解説する本になってます。

企業価値評価 第6版[上]』『企業価値評価 第6版[下]
この分野では超有名・定番本です。ファイナンス理論を経営判断の場面にどのように当てはめると役立つのかが端的に・論理的に・具体的に述べられており、冒頭から目から鱗が落ちまくることまちがいなしです。ちょうど先月新しい第6版が出たばかりですので購入にはベストなタイミングです。

【本】『M&Aにおける財務・税務デュー・デリジェンスのチェックリスト』― 結局DDの責任を取らされるのは法務だし

 
昨日ご紹介の『法務デューデリジェンス チェックリスト』とセットでどうぞ。





M&Aのデューデリジェンスには、法務・知財・財務・税務・人事・ビジネスと大きく分けて6つの側面があります。そして法務は、契約書の表明保証条項を作り込む立場である以上、少なくとも各DDの結果についてはすべての側面から把握しておく必要があります。買収後に実際に問題が発覚・発生した時には、それが財務・税務分野の問題であったとしても、「どうにかしろよ」と責任を追求されるのは残念ながら法務です(はい、そんな経験をしたことがあったような気がすっごくします。あれ、目から大量の汗が)。監査法人・税理士法人等の専門家を使って調査したからといって、DD委託契約の鉄壁の免責条項に守られた彼らが、あなたの代わりにその問題の責任を取ってくれるわけではありません。

結果を把握するために、DDを委託した専門家が対象会社との間で交わしたQAリスト・DD報告書を読み、DD報告会に出て…というのは当然にやっていらっしゃることだと思いますが、加えて、その過程で必ず行われているはずの対象会社の責任者に対して行う財務・税務インタビューについても、長時間で疲れはしますができる限り同席したほうがよいと思います。インタビューに立ち会っていればはっきりと匂いが嗅ぎ取れる“危ない話”も、QAのアンサーメモやDDレポートの形になるとどうしても上品・マイルド・曖昧な表現になってしまい、見落としがちだからです。M&Aを得意分野とされている弁護士の先生方ほど、こちらからお願いしなくても「財務・税務のインタビューにも同席させて欲しい」と大概おっしゃるので、これはセオリーなのでしょう。とはいえ、普段財務や税務の実務に携わっていない者には疑問・質問の目線をどの辺に置けば効果的なのかわからない。そんな時にこのようなチェックリストが手元にあると、インタビューの時間を有効に活用できるものと思います。

本書はDDのチェックリスト本の中でも、財務だけでなく税務をあわせて取り扱い、さらには法務DDで確認する定款・登記簿・規程をはじめとする基礎情報や、ビジネスデューデリの範疇となる企業評価との整合性を確認する目線も意識的・体系的にカバーされているのがよいところだと思います。その現れが、璽據璽犬砲△詼椽颪料澗料や、チェックリストと合わせて示されている図表・解説にも見て取れます。

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余談ですが、この本、「はじめに」に面白い一幕が。

チェックリストは網羅性を重視し、一方で、各項目の解説については、エッセンスを記載することで、1つの論点を詳細に解説することは避けています。決して怖い編集者の方に、締め切りに間に合わせるように急かされた結果、このようなシンプルな形になったわけではありません。
最後に、本書を企画時から担当してくださり、締め切りに間に合わせることの重要性を教えてくださった中央経済社の末永芳奈氏(中略)に改めて厚く御礼申し上げます。

なんかあったんですかね?あったんでしょうね…。
 

【本】『法務デューデリジェンス チェックリスト』― 10億円サイズのM&Aというリアリティ

 
西村あさひ法律事務所パートナー 佐藤義幸先生の著書。オンデマンドペーパーバックで9月29日に発売予定だそうなのですが、私は待ちきれず、Kindle版を購入しました。






法務DD本といえば、長島大野の『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版) 』が定番の書として不動の地位を築いています。その独占市場に、チェックリストに特化しかつオンデマンド&Kindleフォーマットによるお買い得価格で殴り込みを掛ける本書。その意気込みとアプローチ、素敵です。

本書は、筆者が長年使用してきた法務デューデリジェンス(法務DD)のチェックリストを標準的なものに再整理した上で公開するものです。

お買い得価格といっても、内容は西村あさひクオリティという安心感。そして、

対象会社として、特に強い業法規制のない時価総額10億円程度で、上場を前向きに検討しているが、他社グループとの統合も選択肢としている未上場会社を想定しました

この「時価総額10億企業」というターゲットもリアリティがあります。四大クラスの法律事務所は起用しない、かと言って法務DDをさぼるわけにはいかないというライン。掘り出しもの案件であればあるほどスピード勝負となり、チェックリストを片手にさっさと商談→DDをはじめ、鉄は熱いうちに打てで一気にクロージングに突き進むに限ります。去年まさにそういう案件にまみれていた私としては、この本がその時出て入たら助かったのに…と。

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サブタイトルには「万全のIPO準備とM&Aのために」とあります。たしかに、ウェブサービスで起業して早期のEXITを狙っているアントレプレナーの方なんかが、企業価値をより高く見せるためのセルフチェックに使うのもいいですね。
 
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