GW中にちょっとした盛り上がりを見せていた、総合研究開発機構(NIRA)の研究報告書に対する池田信夫先生とhamachan先生のご意見を読んで。

終身雇用という幻想を捨てよ(池田信夫blog)
長期雇用だけを「正規雇用」として転職を悪とみなす労働行政を変えるべきだと明確に提言し、flexicurityの理念を掲げたことは注目に値する。
終身雇用と呼べるような実態は従業員1000人以上の大企業の男性社員に限られており、その労働人口に占める比率は8.8%にすぎない。これは戦後ずっと変わらない事実であり、終身雇用が日本の伝統だなどというのは幻想である。

終身雇用という幻想を捨てよ(EU労働法政策雑記帳)
解雇権濫用法理それ自体に、「そもそも終身で雇用すべきだ」などというスタンスはありません。こういう勘違いは、経済学者には非常によく見られますが、困ったものです。これでは、アメリカ以外のすべての国、北欧諸国も含めて、不当な解雇を制限している国はすべて終身雇用を法律で強制していることになります。そんな馬鹿な話はありません。
期間の定めのない雇用は必ずしも「長期雇用至上主義」ではありません。スウェーデンの労働法は不当解雇をかなり厳しく規制し、有期雇用についてもその雇い止めを厳しく規制していますが、労働市場は非常に流動的で、決して長期雇用至上主義ではありません。

ちょっと言葉がきついなあと思うところはあるものの、お二人のような論客が終身雇用というテーマについて語っていただくのはよいことだと思いますので、ここではそれぞれのご意見にケチをつけるつもりはありません。

しかしながら、お二人が話題にしているNIRA研究報告書については、勤続年数をベースにして終身雇用のありやなしやを語っているところはイマイチな気がします。
小企業の労働者の勤続年数が大企業のそれより短いのは、大企業よりも企業自体の存続が短命なことも大いに影響していると思いますし、女性の勤続年数の短さは出産・育児が大きく影響していると思いますし。


誤解を放置した怠慢のツケなのかも

さておき、本エントリのタイトルにもあるとおり、「終身雇用」という言葉は、やはり労働契約に対する誤解の最たるものだと思います。

hamachan先生が上記エントリでも述べているとおり、労働者を「正社員」として積極的に雇用する企業でさえ、「終身」=その人が死ぬまで雇用するなんてつもりはさらさらありません。
「正当な理由なくして解雇はしないよ」と約束して入社させているだけなのであって、
・会社の倒産などのやむを得ない事由
・明らかな職務遂行能力不足などの本人の責に帰すべき事由
があれば、契約である以上本来は契約解除=解雇できるわけで。

しかしながら、事なかれ主義的な御用組合との労使協調路線とあいまって、企業側も解雇権を然るべきときにきちんと行使しようとせず、労働者(組合)側もそれを行使させようとしなかったばかりに、法律学的にも裁判例的にも「『終身雇用』してしまった以上はクビにできない」という解釈が幅を利かすようになり、そうこうしているうちに、企業も労働者も「正規雇用とは『終身雇用』の権利である」と誤解する世の中になってしまいました。


終身雇用≠正規雇用時代に即した法律の整備と教育を

このような誤解を企業・労働者の双方にさせてしまった原因は、1つには法律の不備にあり、もう1つには日本の法律教育の不足にあると私は思います。

今後、企業・労働者双方に生じている誤解を解くために、まずは、
1)企業または労働者から労働契約を解除する際の
  「正当な理由」とは何か
を(例示列挙でいいので)はっきりと明文化することが1stステップとなり、その上で、
2)労働とは契約であり、契約によって双方に発生する
  権利と義務とを確認し理解してから自らの責任で結ぶこと
の重要性を教育で伝えることが必要だと思います。

労働契約法が制定されたことで、2)が再認識された面もありますが、肝心の1)の議論が条文として盛り込めなかったところに、大きなチャンスを逃したのかもしれないと感じる面もあります。

日本において、「終身雇用」という誤解に基づく呼び名が使われなくなり、法律に忠実に「無期(期間の定めのない)労働契約」と自然に呼ばれるようになる状態。
さらには、「無期労働契約」が正規雇用すなわち“唯一の理想的な働き方”ではなく、選択肢の一つに過ぎない状態
そんな状態がフツーに感じられる新しい時代を作っていくことも、私たち人材ビジネスに関わる者に課せられた使命なのかもしれません。