自分の中の匿名・実名論争に引導を渡してくれた本がこれ。

CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー
CODE VERSION 2.0



匿名だの実名だの語り合う前に、読んでおいた方がいい本だと思います。読んでもなお匿名規制を主張する人は、ある意味相当勇気ある人かもしれません。


完全性担保が可能なネットで完全性を追求することの危険

以下『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』巻末の訳者あとがきから。
法律の規制は不完全だ。刑に服する覚悟さえあれば、法律に違反することはできる。その意味で、これまでの著作権やプライバシーの保護は不完全だった。でもその不完全さには価値がある。これまでは人の追跡が不完全にしかできないので匿名性が保証されていた。でも匿名で何かできることには価値がある。著作権には保護しきれない部分がある。やろうと思えば私的なコピーを作って友だちにあげることができるし、引用もできる。でもそういう保護の不完全さには価値がある。そしてこれまでの規制は、意識的にその不完全さを保護している部分と、物理的に保護しようがないから放置されていた部分がある。
でも、とレッシグは論じる。これまでの各種仕組みの不完全さは、憲法上の価値を保証する欠陥でもあった。だから、今後そうした憲法上の価値を保存したいなら、きちんと規制をかけて、その欠陥を敢えてシステムに作りこまなきゃならない!
多くのネットワーク自由論者は、政府規制を弱めることで自由が実現されると思っている。でもそうじゃない。自由は、政府が適切な規制をもうけ、各種のアカウンタビリティのシステムを確立したからこそ実現されているものだ。自由を守るためにこそ、人は適切な政府の規制を要求しなきゃいけない!そしてそのときの「自由」とは具体的にどういうことなのか、国民の間で議論して、腹を決めなきゃいけない!

レッシグ教授は、この本において世の中の「規制」というものが
・Law(法)
・Norm(規範)
・Market(市場)
・Architecture(構造)
の4つの要素によって成り立っていると分析し、その中でも特に法(Law)は、その他の3つの要素に介入して規制対象主体に対して間接的に規制をかけてしまうために、法律の作られ方には気をつけるべきであることを述べています。

そして、サイバー空間においてはArchitecture(構造)を決めるソフトウェアコードが全てをコントロールするのであり、法律がこのソフトウェアコードの決定に及ぼす影響には特に気をつけるべきであることを述べています。

ネット上の脅威がリアルの脅威とほぼ同じかそれ以上の影響力を持ちだした今。

リアルでは、Architecture(構造)を簡単にいじることができないので制御が難しくても、ネットでは、リアルのあなたと同定できるようにLaw(法)を変え=ネット本人確認法を作り、Architecture(構造)を変えて=ネットへの顕名入場認証を強化して、この脅威を制御することも可能でしょう。


ネットだけでなく、リアルでの自由をも放棄する勇気はあるか

それでは、匿名の発言が可能な今のネットの“欠陥”を放置するのか、それとも、匿名はやはり問題が多いから、ネットとリアルの人格を完璧に同定できるよう、Law(法)を変えてサイバー空間のArchitecture(構造)を設計し直させるべきか。

このネット上の匿名・実名論争は何度も繰り返されていますが、あなたがこの議論に終止符を打ちたいのであれば、質問をこう置き換えて自問自答してみることをおすすめします。

明日からあなたが住む国に、リアルでの匿名活動を一切認めないという規制ができるとしたら、あなたはこの国で暮らしていこうと思いますか?

私はもはやネットはリアルそのものだと思っているので、ネット上での匿名規制ができることは憲法上の自由を失うことに等しいと考えます。

あなたが「ネット上の匿名活動は規制すべきである」と声高に主張される際は、「自分自身のリアルにおける匿名活動の自由を捨ててもかまわない」という覚悟と勇気の持ち主であるかどうか、胸に手を当てて考えてからの方がいいでしょう。