成毛眞さんが「まだ読みかけだけど面白い」と評していたのをきっかけに手に取ったこの本に、こんなに素敵な法務ドラマが詰まっていようとは。


ニンテンドー・イン・アメリカ: 世界を制した驚異の創造力ニンテンドー・イン・アメリカ: 世界を制した驚異の創造力
著者:ジェフ・ライアン
販売元:早川書房
(2011-12-22)
販売元:Amazon.co.jp



その物語は、ニンテンドー・アメリカが米国でアーケード版「ドンキーコング」をヒットさせた後、これを家庭用ゲーム機“コレコビジョン”の同梱ソフトとして展開しようと、ハードウェアメーカーのコレコ社と提携話を進めていたところから始まります。

主力製品のコレコビジョンを準備していた頃のコレコに、MCAユニバーサルから投資したいというオファーが寄せられていた。
両社の社長が部屋に入ると、ユニバーサルの社長はとたんに本性を現した。―「ドンキーコング」を同梱したコレコビジョンを出荷したら、コレコを訴えると脅したのだ。「ドンキーコング」は『キングコング』のキャラクターを不法使用しているとユニバーサルは考えていた。1通のテレックス(当時はまだ電子メールはなかった)がコレコにこう通告した―「ドンキーコング」の全所有権を放棄し、すべての販売を中止して、このゴリラで得た利益は1セント残らず渡せ。ユニバーサルは任天堂にも同じテレックスを送った。
コレコはコレコビジョンを発売できなくなったら一大事とばかりに、ユニバーサルに利益の3パーセントを支払うことにあっさり同意した。
勢いを増したユニバーサルは、任天堂だけでなく、任天堂が「ドンキーコング」をライセンス供与した他の6社も正式に訴えた。ユニバーサルは2社を除いてロイヤルティを取っていた。(中略)ユニバーサルは、まだ訴訟が始まってもいないうちに、かなりの利益を得ていた。弁護士の力はたいしたものだ。小さな企業は早々に降伏した―ほとんど合法的な窃盗だ。
だが、任天堂は屈さず、これを法廷に持ち込んだ。ハワード・リンカーン(引用注:ニンテンドー・アメリカの法務)は、ジョン・カービィという辣腕の法廷弁護士を雇って任天堂の弁護を開始する。
ここでカービィはカードを切る。1957年に、ユニバーサルは『キングコング』の映画を最初に製作(引用注:原文ママ)したRKO社を訴えたことがある。ユニバーサルはこの裁判で、1933年に製作されたこの映画が、著作権による保護期間が切れてパブリックドメインに入っていることを証明し、勝訴した。つまり「キングコング」は誰でも自由に使うことができ、したがってユニバーサルはキングコングの「所有者」に1セントも払う必要がないと保証されていた。すなわちキングコングは誰も「所有」できないのだ。カービィは訴訟の略式却下を求めて、認められた。

この後数年に渡る訴訟合戦の末、ニンテンドーアメリカ法務とカービィ弁護士らの活躍によってユニバーサルは完全敗訴に追い込まれ、それどころか、それまでの中小企業から搾取していたライセンス料の返還までを求められることになります。一方、このコレコ起用をめぐるいざこざでケチがついたこともあり、任天堂は自社で家庭用ゲーム機を開発することを決め、1983年7月に「ファミリーコンピュータ」を発売。成功を決定的なものにしていくわけです。

しかし、もっと痛快なのは、この法務ドラマがこれだけでは終わらなかったところ。

ハワード・リンカーンは、NOA(引用注:ニンテンドーオブアメリカ)の社外弁護士を振り出しに、同社の上級副社長兼相談役へと出世していき、最後は会長にまで上りつめた。
カービィは、セガール氏と同じく、任天堂から最大級に報いられた人物だろう。1992年、任天堂は小さなピンクのフワフワしたボールが活躍する人気ゲームシリーズを発売する。そのボールの名前は―「カービィ」だ。

そう、法務パーソンがかたやその企業のトップになり、かたやあのヒット作『星のカービィ』の主人公になったというわけ。

星のカービィ Wii星のカービィ Wii
販売元:任天堂
(2011-10-27)
販売元:Amazon.co.jp


企業の法務パーソンがここまで報われた話はいまだかつて聞いたことがありませんでした。もちろん、彼らの貢献はこの訴訟だけではないと思いますし、訴訟大国アメリカだからといえばそれまでですが、日本においても、“企業の行く末を左右しかねない法的争いに地道な調査と頭脳戦で勝つことの価値”がもっと認められれば、法務パーソンやその予備軍である法科大学院生のモチベーションも上がるというものです。いや、私はそれが例えなくとも、自分のプライドとプロフェッショナルとしての意地にかけて頑張りはしますけどね(笑)。ただ、この本を呼んでいて、そういった法務ならではの価値が理解されるだけのアピールの旨さも必要だよな、と思ったりしました。

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その他にも、任天堂/ニンテンドーアメリカの隆盛の陰に隠されたこんな法務ネタの数々も散りばめられています。
  • 『ドラクエ』は、その人気のあまり学校を休んで買いに行く少年らが増加したため、日本では平日に販売できないよう法律で規制された(P99,これは当時の「政府要請」の間違いと思われる)
  • 『テトリス』のライセンスは世界中で偽物が横行しており、アメリカのゲームメーカー大手アタリ社も偽物を掴まされていた。そんな中、ニンテンドーアメリカの社長は自らソ連に赴いて交渉し、正式ライセンスを取得。このとき、ニンテンドーアメリカに対してゴルバチョフを使った妨害工作まであった(P128)
  • 任天堂とソニーの提携により「任天堂プレイステーション」が発売されるはずが、任天堂が発表後に反故に。それでもソニーが「プレイステーション」の名称を使って単独開発に乗り出したため、任天堂は訴訟を起こした(P192)
  • 手厳しいことで有名な任天堂の法務が、ネット上に散乱するブラウザ用のマリオゲームを規制していないのはなぜか。岩田社長曰く、「当社への愛情から何かをした人々を、犯罪者扱いするのはいかがなものかと思う」(P322)

この本そのものの主題は、サブタイトル「世界を制した驚異の創造力」にもあるように。任天堂がいかに少ない資源で知恵を使ってアメリカを舞台に成功を収めたかというもの。特にその成功の礎となったアーケード版「ドンキーコング」が、実はアメリカで2,000台も売れ残ったアーケードゲーム「レーダースコープ」の筐体を再利用し、そのROMを入れ替えただけで実現できるゲームが何かできないかと入社間もない宮本茂氏が考えぬいて作り、当時6名程度だったNOAの社員総出でROMをハンダ付けし直して出荷したものだったなんていうあたりは、臨場感たっぷりです。私はてっきり日本のファミコンソフトを世界に輸出したものだと思ってましたよ。

その主題とはだいぶ外れた読み方かもしれませんが、法務パーソンの士気向上にはこの上なく効く一冊だと思います。新春一冊目のお正月ボケ解消にも持って来いですね。