iPhoneに代表されるスマートフォンの普及と相まって、アプリケーションセントリック(アプリ中心主義)であることがクラウドをクラウドたらしめると言われてきたのに対し、データがあまりにも巨大な塊になると、そこに惑星のような「引力」が生まれ、どんなに優良なアプリ(やサービス)が存在しようが、吸い寄せられるようにデータがある方に寄っていく=データセントリックになるのではという話。

Data Gravity – in the Clouds(MCCRORY'S BLOG)
datagravity

このData Gravityという概念は、データの増加が生み出すポジティブな効果の面だけに着目すると、“ネットワークの外部性”と同じ話かもしれません。けれど、「大きい惑星=データほど引力が強い」というビジュアルイメージとの重なりと、「一度引力にとらわれるとそこから抜け出すのが大変」というネガティブなニュアンスを強調する表現として、感覚的にはしっくりきます。

また、GigaOmのこの記事では、James Urquhart氏がこのData Gravityを引き合いに出しながら、「引力」をさらに強化している要素として“法規制”を挙げています。この記事には我が意を得たりといった感じ。

クラウドの障害となる法規制の代表例が、ご存じEU指令。EU域内クラウドのデータセンターにある個人情報は、EU指令により、認められた国にしか持ち出すことはできません。ちなみに、情けないことに日本は持ちだして良い国にはリストアップされていなかったりします。こうなると、せっかくのクラウドのはずが、結局はアプリはおろかサービスもデータも自国内に閉じ込めざるをえなくなり、データセンターと何が違うんだっけ?というオチになります(この辺についてはクラウドを専門にするORACLE社のブログでもわかりやすく語られています)。データの「引力」は、図らずも法律によっても強化されてしまっている、というわけです。

国という存在があるかぎり、そして情報に価値が認められる限り、自国に置かれたデータの移動に対する法規制はなくならないどころか、ますます厳しくなっていくものと予想します。それは、どの国も自国の知識労働の価値を他国にできるだけ流出させまいと、「就労ビザ」という制度によって外国人労働者の流入を管理するのと同じ発想なのでしょう。

クラウドにとっての最大の障害は、やはり越境問題にあるようです。