第1版の283ページから版を重ねるごとに増量し、内容もモバイルコンテンツ業界の契約論・コンプガチャといった旬なネタも交えてついに442ページにまで到達、厚さだけ比べれば第1版の面影は全くなくなってしまったこの第3版。

このブログを開設して間もないころに書いた、この本の第1版を読んだことを記す拙いエントリがあるのですが、今月出版されたこの最新の版を読みなおし、ボリュームの増量はさておいて、こんなに挑戦的な本だっただろうか?と心底驚かされています。


エンタテインメント契約法〔第3版〕エンタテインメント契約法〔第3版〕
著者:内藤 篤
販売元:商事法務
(2012-08-06)
販売元:Amazon.co.jp



一部の裁判官は、契約書というものをあまり重視していないのではないか、という印象を持つことがある。つまり、当事者同士が合意して調印した契約書の条項について、裁判官が、公序良俗の旗印のもと、勝手に(とまでは言わないにしても、自ら信じるところの正義公平の観念に忠実に)解釈を加えて構わないと考えているようなフシがあるのだ。
こうしたことが何故発生するのか。公序良俗論については、第2章で触れるように、「私的自治は公序良俗の内在的制約下にある」という我妻法学の影響下にあった裁判官たちが、そうした「理念」を実践しているフシがあるわけだが、もう1つ重要な点は、彼らがエンタテインメント業界における「ソフトロー」について、あまりにも無知であるということである。
いつなんどき契約に対して「公序良俗」という名の「最終破壊兵器」がふりかざされかねないとしたら、本来の私的自治・契約自由が全うされる保証は何1つない。しかしだからこそ、ソフトローの存在を声高に主張していかねばならないのだ。

すごい。商事法務の冠をつけて、ここまでストレートに現役弁護士が裁判官に対する批判を文字にした単行本は、そうそうお目にかかれないかと。

この引用部に表れているように、著者の内藤篤先生は、著作権法・著作権ライセンス契約の解釈においてやってしまいがちな「弱者救済」的発想を徹底的に批判し、「リスクマネーを負担しコンテンツを製作する真のプロデューサーに著作権のすべてを帰属させて何が悪い」というスタンスを貫き通している方。

それだけ聞くと、またまた業界寄りの人が偏ったポジショントークを・・・とスルーしてしまう方もいるかもしれませんが、例えば、著作権処理に関わる契約レビューにおいてこの本が指摘する
・著作権法27条・28条の「特掲」条項
・著作者人格権の不行使条項
のあり方に疑問や違和感を持たない法務担当者はいないはずで、それを少しでも感じたことがある(一般人の感覚を持ちあわせた)法務担当者であれば、読了後はすっかり内藤説に染まる可能性大です。

第1版を読んでいたときの私は、プロデューサーはリスクを背負ってはいるけれど、やっぱりコンテンツを作る人・実演する人が最後は尊重されてプロデューサーは苦労する、それがエンタテインメント業界と著作権法の悲しい性というものなのですかねぇ、とポカーンと口を開けたような態度で聞き(読み)流してしまっていた気がしますが、実務家としてこの問題意識を公言し正面から戦おうとされていることが、どれだけ挑戦的なことか。第1版を読んだときはまだ3年そこそこでしたが、その後7年の一通りの法務経験の中で、著作権法に対する“疑問→落胆→(勝手な)あきらめ”を通過してきた今だからこそ、その重みが多少なりともわかるようになった気がします。そして、これから私もその戦場に立つ一人になるのだと思うと、かなり身の引き締まる思いなわけでして。

きっとこの本は、著者のようなエンタテインメント業界にどっぷり浸かっている方には拍手喝采の、
一方で契約法初心者にとっては、まったくピンとこないかもしれない奥深さをもった、
そして、主にユーザーサイドの立場で著作権法に中途半端に慣れ親しんでしまった私のような若輩にとっては、その価値観を破壊するような、

そんな本だと思います。
 
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心して、読んでみてください。